鈍い唸り声をあげて、部屋の中央に舞い降りる鋼鉄の機械神。  ボル=オプトの全機能が集約された中枢にして、この坑道で最強の破壊マシーン。それはシステムの自衛と保護を目的としている為、強固な壁となってエステル達に立ちはだかった。  宙吊りに束縛された誰もが、絶体絶命の中に声を聞く。 「エステルッ、せんっ、ぱぁぁぁぁぁいっ!」  絶叫が転がり込んで来た。刹那、青い人影を無数の光が襲う。侵入者の排除の為、ボル=オプトの本体が本格的な戦闘を前に律動する。室内を真紅の非常灯が照らす中、気付けばエステルは叫んでいた。 「バカッ! またそうやって……無茶だって、どうして解らないの!」 「すみませんっ! 考える前に、体が、勝手にっ! 考えないから、解りませんっ!」  ザナード=ラーカイナが眼下を駆け抜ける。その後を追うミサイルの煙に咽ながらも、エステルは身を捩って尚叫んだ。傍らに吊られたカゲツネが、ギリギリと絡み付くコードを引き千切ろうともがく。 「なんて無謀な。たった一人で。ギリアム、カゲツネ、抜け出せそうか?」 「御嬢様、今お助けしま――カゲツネ?」  爆光が炸裂音を引き連れ、室内の空気を激しく掻き乱す。その最中にあって、逃げ惑うザナードを目で追っていたエステル。彼女は不意に、愉快そうに喉を鳴らす仲間の声を聞いた。 「カレン御嬢様、あれがハンターズですよ。蛮勇もまた、私達ハンターズの本質なのです」 「それでは英雄たる資格も、資質も見出せません。状況も返り見ず、考えてもいないと公言など」 「しかし彼は私の生徒でして。それも、優秀な……そうでしたね、エステル?」  カゲツネを振り返るエステルの、その身を縛り上げてたコードが切断された。突如飛来したフォトンの刃は、ひるがえって完全に拘束を引き千切る。誰かがスライサーを振るったのだと気付いた時には、エステルの身体は落下し、覚えのある体温に抱きとめられていた。  いつの間にか現れたヨラシムが、他の四人も助けるべくエステルを下ろす。言葉もなくただ、そっと彼女を立たせると……その手のスライサーが再度唸りをあげた。 「よぉぉぉし! いいぞザナード、こっちぁ終わりだ!」  カレンが、ギリアムが、そしてバーニィが自由になるや銃を構えて四方に散る。カゲツネだけがエステルを庇うように、ヨラシムに並んで身を寄せてきた。その姿を見ても、ヨラシムはただ片眉を僅かにあげるだけ。またも言葉はなく、代って持ち替えたソードが高周波を響かせた。  突然の救出劇に呆然とするエステルは、一人ボル=オプトの注意を引いて転げ回る、ザナードのことを思い出す。 「えっ、ちょっとヨラシム! ザナード君は」 「あ? ああ、俺に泣きついてきやがった。お前さんが、一人で出てったって聞いてよ」  そう、一人坑道の最深部に挑んだのは、エステルの方だった。  ザナードはザナードなりに、考えられないなりに用意をしてきたのだった。 「俺もここんとこ腑抜けててよ。最初は止めるつもりで追いかけてみりゃ、この様って訳だ」 「蛮勇に加えて、人を頼ることを覚えたようですね。思い出したと言うべきでしょうか」  呆気に取られるエステルは、鉄火場と化した部屋の中央に見る。カレンに何かを叫び、言い返しながらも剣を振るうザナードの姿を。傍らのギリアムがいきり立っているところを見ると、その内容は恐らく、 「随分と物怖じしない子なんだな、アンタの教え子ちゃんは。はは、面白ぇ」 「ハンターズの礼節は教えてあるんですが。溜まった鬱憤もあるんでしょう」  バーニィがくさす通り、直情的な意思の絶叫だった。  ザナードは降り注ぐ鉄柱を掻い潜り、舞い散る弾幕を避けながら、自分を否定するカレンに叫んでいた。己を主張しながら、同時に相手に合わせて連携を取る。補助テクニックを実行しながらも、せわしく走ってボル=オプトを撹乱。吹き飛ばされては起き上がり、転んでも立ち上がる。  やれやれとヨラシムが、肘でカゲツネを小突いた。  ええ、ええ、と頷きカゲツネも肩を竦める。 「少年! 一人飛び込む勇気、信頼出来る仲間は褒めよう! だが、足りないっ!」 「御嬢様、あまり熱くなられては……カレン御嬢様?」 「ハンターズではラグオルの謎も、お父様の野望も暴けない! 英雄はっ、一人でいい!」  既にバーニィは、一度は構えたフレイムビジットを納めてしまった。傍観を決め込むつもりで、ちらりとカゲツネに意味深な笑みをよこす。  だが、再び集った仲間達の背後から、エステルは両者を割って前へと歩み出た。 「僕は英雄なんかじゃないっ! それは先輩だったり、師匠とか先生とか……兎に角っ!」 「くどいっ! 私が、このカレン=グラハートが為さねば。私以外の誰に背負えるか、この――」 「誰が一人で……一人になんかぁ、僕がさせないっ!」  ボル=オプトの猛攻の中、ザナードとカレンの声が爆音の奥から響いてくる。  ニヤリと笑ってヨラシムが駆け出し、ショットを構えたカゲツネが続いた。エステルもロッドを呼び出すや、そのままいつもの呼吸で印を結ぶ。  三人の目の前で今、ボル=オプトは一際眩い光を放ち、それは光球となって中空を漂いはじめていた。  獲物を求めるようにしばし彷徨い、僅かに密度を高めてカレンの頭上に落ちてくる光。 「カレン御嬢様、危ないっ!」 「まず動くっ! 感じるままに突っ走る! 考えるのは、後からだって、別の人だって」  僅かに怯んだカレンを、迷わずザナードは弾き飛ばす。彼はカレンに代って光を全身に浴び、同時に床より飛び出た隔壁に四方を囲まれた。  ただカレンは、駆け寄るギリアムの腕の中で呆然と言葉を失う。 「おっと、どいてな! 英雄のお嬢ちゃん? ちょいと手荒くやるぜ、おいザナードォ!」 「カレン御嬢様。我等がハンターズの流儀を御覧あれ……一人背負うのはもう、やめましょう」  完全にザナードを閉じ込めた合金製の殻に、ヨラシムがフォトンの刃を突き立てる。カゲツネも逆側に回るや、ショットを押し付け零距離射撃を試みた。  考えるのは、後から。  そして、それは別の人でも。  それがザナードにとって自分なんだと、自分達なんだと思った時には、エステルもテクニックを実行していた。眩い癒しの光がレスタとなって、閉じ込められたザナードへと注がれる。  同時に、ボル=オプトのコアもまた、ロックオンの光を冷たく放っていた。 「硬ぇな、こいつぁ! エステル、シフタをよこせ! デバンドもだ!」 「もうやってる! ザナード君、聞こえてる? このままじゃ君、蒸し焼きにされちゃう」 「ですがご安心を。もうすぐブチ破れそうです。その点はお任せを。後は……」  カゲツネが言い終わらぬ内に、殻の一角にひびが走る。それはヨラシムの渾身の一撃で無数に枝分かれして、金切り声と共に一つに繋がった。四散する隔壁の中から、照射された熱線を避けて飛ぶ影。 「後はっ、僕の全力っ、全開っ!」  解放されたザナードは、露出したボル=オプトのコアへ翔んだ。そのまま中心へと、セイバーを強く強く押し出す。眩いプラズマが無数に弾けて、切っ先をコアが飲み込んだ。  そのまま姿勢を崩してザナードはドサリと落ち、駆け寄るエステル達。  再会を果した四人の背後で、狂った賢人が沈黙した。 「ほほー、たいしたもんだ……流石ハンターズ、ってか?」  ザナードへと選んでいた言葉を、エステルは飲み込んだ。それでも真っ直ぐ見詰めてくる瞳から、ついつい逃げるように声の主を睨む。  バーニィは既に事はなったとばかりに、セキュリティレベルが平常時に戻る中、部屋の外へと歩いてゆく。ひらひらと手を振る、その背が続きを語った。 「あのお方にどう報告したもんかな……まあ、問題はこの先なんだけど、な」  遺跡……それだけ言い残して、バーニィは消えた。  エステルは仲間達やカレン、ギリアムと共に、ボル=オプトの停止と共に浮かび上がるゲートを、ただぼんやりと見詰めていた。