現れたゲートへと、迷わずザナードは転がり込んだ。  慌ててエステルが追えば、やれやれとヨラシムやカゲツネもついてくる。ギリアムを伴い、カレンもまた後に続いた。 「ちょっと、ザナード君っ! さっきは咄嗟だったけど――」  立ちのぼる光に包まれ、転送に身を任せる。体が解けて遠くに……よりラグオルの深部へと自分が象られてゆく。その感覚に肌を泡立てながらも、エステルは抗議の声を紡いだ。  視界がクリアになるや、目の前にひょろりと立ち尽くすザナードの背中へ呼びかけを続ける。 「また、あんな危ないことしてっ! ちょっと、聞いてる?」 「行き止まりだ……先輩、行き止まりですよっ!」  人の話を聞かないのはもう、今は堪えるしかない。  それでも言って聞かせるしかない。 「いいから聞きなさい、ザナード=ラーカイナ! アンタ、全然解ってないじゃない」  袖を引っ掴んで引っ張り、無理矢理こちらを向かせる。背伸びしてザナードの襟首を掴むエステル。 「一人で突っ走るなって、あんなにっ! ――ああもっ、うるさいっ!」  またぞろ鳴り出した携帯端末を、クラインポケットから取り出すなり床に叩き付ける。しぶとく着信のメロディを奏でるそれを、エステルはヒールで木っ端微塵に踏み砕いた。  悔しいけど、まだ相手のアドレスがそらで言える……覚えてる。  しかし今、まだ忘れられずにいるということを、ザナードへの怒りが一時忘れさせた。 「はぁ、はぁ……兎に角っ! どうしてそう、無茶ばかりするの?」  気付けば息が切れて、胸を押さえながら帽子を脱ぎ捨てる。はらりと落ちてくる前髪をかき上げると、エステルはきょとんと見下ろすザナードを睨んだ。  意外な言葉が返ってきた。 「いや、だって……エステル先輩、一人で出てったって。それで僕、追いかけなきゃ、って」  今度はエステルが黙る番だった。 「エステル先輩を助けようって思って、でも一人じゃ駄目だって」 「それでコイツときたら、俺に泣きついてきてよ。腑抜けてられねぇよな、これじゃ」  呆気に取られていると、背後でヨラシムが指で鼻の下を擦る。そうして彼は、エステルの帽子を拾うと、ポンポンと埃を払い始めた。 「それに、僕等が助けにいかないと……先生の死を無駄にしてしまう、そう思ったらもう」 「まあ、結果的に私は生きてた訳ですが。先に連絡を入れるべきでしたね、申し訳ありません」  別段悪びれた様子もなく、カゲツネが笑いながらヨラシムに並び、背後へと振り向く。  そこには同じ姿のレイキャストに守られ、成り行きを見守るカレンの姿があった。  構わず続くザナードの独白は、半べそで声を曇らせた。 「一人で英雄になるより、みんなでハンターズでいたいじゃないですか」 「ザナード君……」 「先生のこと聞いた時、もう誰もって……そう思った矢先に先輩、飛び出していくから」 「その、それは……ゴメン」  エステルは返す言葉もなかった。  事実、一人で先走っていたのは自分だった。今回に限って言えば。みなのリーダーとして、自分が先へと進まなければ……チームという名の絆が綻んでしまいそうだから。その焦りが一人、彼女を坑道の単独調査行へと駆り立てた。  それが未熟者へ突きつけた、未熟な行為そのものだということも忘れて。 「兎に角、また四人で進みましょう。私も生きてたことですし……カレン御嬢様のお陰で」  不意にカゲツネがエステルの手をとり、ザナードの手を重ねる。  ヨラシムもやれやれと肩を竦めて、乱暴にエステルに帽子を被せた。 「カゲツネ、誓いを違えるつもりですか?」  しばし空気が緩んだのも束の間、慄然とした声が四人を振り返らせる。既にもう、四人で一つのチームに戻り始めたエステル達を。  カゲツネのうつしみのような姿の、ギリアムが一人拳を握っていた。 「ギリアム。私は……オレぁ、戦友との誓いは違えねぇ!」 「なら、何故!」 「……御嬢様を守ると誓った。その私達が、御嬢様を危険の渦中へ連れて……それはできません」 「それが御嬢様の望みだからだ、カゲツネ! それに、御嬢様こそふさわし――」 「もういいでしょう。下がりなさい、ギリアム」  カレンが一歩、こちらへと近付いて来る。また一歩。その足取りは揺るがない。  彼女は身構える四人も、その中で戸惑いがちな視線を投じるカゲツネも無視して、一人突き当たりの壁に向かった。そこには今、三つの刻印が三色に輝いており、その奥へと通じる道をふさいでいる。  そして足元には、リコのメッセージカプセルがあった。 《政府の研究機関も、例の文字を解読しようとしていたようだ》 「私達は……私達が父の野望を暴き、この星の謎を解き明かします。そうですね、ギリアム?」 《ここに残ってた分析結果と、あたしの手持ちのデータを合わせてみる》 「はい、御嬢様。カゲツネ、お前は」  何がそうさせるのだろう? エステルには頑ななカレンの態度が解りかねた。  だが、一つだけハッキリと解っていることがある。  ――気に入らない。好かない。  そしてそれはどうやら、エステルだけではないようだった。 「よぉ、どうするカゲツネ? お前さん、あっちでヨロシクやってくか?」 「それもいいと思ったのですがね。エステルを……何よりザナード君を見て思い直しました」 「だな、俺も気合入っちまったよ。凹んでる場合じゃねぇ、ってな」  もはや確認を取るまでもなかった。いまだザナードの手を握りながら、握り返してくる感触を確かめながら、エステルは毅然と仲間達の前に立った。 「アタシ達は別に、英雄とかどうでもいい。ただ、アタシ達の仕事をするだけ」 「愚かな……仕事などというレベルで事態を見ている、それが貴女は――」 「あら、たかが仕事と言えるだけのことをしてるの? お嬢ちゃん?」  エステルの挑発にギリアムが殺気だった。その手はクラインポケットから飛び出たライフルを握っている。しかし、それを下がらせるカレンはあくまでも冷静に見えた。 《光……影……対あって無く……存在……無……無限……印を結ぶ……ムゥト、ディッツ、ポウム……?》  ただレッドリング・リコの声だけが、行き詰まりを凝縮した到達点へ響く。  今はまだ、ただの行き止まりでしか無い、ラグオルの地の底へ。 「私はパイオニア2を救いたい……その邪魔だけは、しないで欲しいのです」 「あら、お邪魔だったかしら? ごめんなさい、でも仲間は渡せない。お嬢ちゃんには選ばせない」  カゲツネは先程、自ら選んだ。再びエステル達と共に、ハンターズとして進む事を。  ならばそれを全力で守るのが、リーダーたるエステルの務めだった。 「……いいでしょう。残念ですが、カゲツネ。気をつけて進みなさい」 「……御嬢様もどうか、ご自重なさってください。グラハート准将はもう」 「戻ります。この先に進むには、この謎かけを解かねばならないようですね」 「御嬢様! ギリアムも……それがグラハート准将の狙いだとは」  カゲツネの説得も虚しく、リューカーの光が屹立する。  カレンは一度も振り向く事無く、パイオニア2へと消えた。最後に目線で別れを告げて、ギリアムも続く。二人を飲み込み遥か地上へと、集束する光が飛び去ってゆく。 《……よく解らないけど、最後のは呪文か何か?》  ただリコのメッセージと、不規則に明滅する三種の封印だけが、静まり返った部屋にこだまする。  それでもエステルは、改めて集った仲間との連帯感を全身で感じていた。行き止まりで今、再びはじめるのだ。四人でのラグオル調査を。改めてザナードを仲間と認め、同時にザナードの無謀さが自分にも潜んでいたことを認める。そうして互いに弱さを支え合うことを今、四人は無言で誓っていた。