紅蓮の炎が燃え盛り、業火が音を立てて舞い上がる。  セントラルドームを囲む森は今、激しい災禍に身を焦がしていた。 「あ、熱いぃ! たっ、たた、助けてくれぃ〜!」 「少々お待ちを」  炎の海と化した森の中、全身火だるまの男を前に、カゲツネは冷静だった。総督府保安部より貸し出された、消火用のライフルを向け、淡々と炎へ対処してゆく。圧縮された冷却フォトンが激しく吹き出て、火は瞬く間に消え去った。 「た、助かったわい」 「では、安全な場所まで転送しますので」 「うひょー! そいついはいい――」  男が歓喜の声を叫び終わらぬうちに、座標をセットしてパイオニア2へと転送させる。そうして何人目かの要救助者を助け出した後で、カゲツネは悲鳴を背中で聞いた。  振り向けば、仲間の一人が爆炎に煽られていた。 「ザナード君、テクニックを使ってはいけないと、あれ程」 「すす、すみません、先生っ! つ、ついいつもの癖で」  転げ回って我が身をはたいて悶える、ザナード少年に消化剤を吹きかけるカゲツネ。  総督府保安部、クリスと名乗る人物の話では、現在の火災発生に際して、空気中のフォトンが非常に不安定になっているとのことだった。故に、フォトンウェポンならまだしも、テクニックを実行した場合、災害を広げる恐れがある……テクニックの使用は禁じられていたが、その訳をカゲツネはその目で、ザナードは我が身で思い知った。 「面倒でしょうが、支給された銃器を使って下さい。原生動物は――」  立ち上がるザナードを引き寄せ、背に庇いながらカゲツネがライフルを片手で突き出す。その先に飛び出してきたサベージウルフが、あっという間に蜂の巣になり、炎の中へと燃え尽きていった。 「原生生物は私が相手をします。ザナード君は兎に角、消火の方を」 「はいっ、先生! ……あの、回復や補助とかもやっぱり」 「使わない方が妥当と考えるべきでしょうね。試してみますか?」 「……やめときます。僕、懲りましたっ!」  失敗から学べるのは、カゲツネの教え子の美点だった。最も、学んだことを忘れる事も多いが。  ザナードがクラインポケットからハンドガンを取り出し、普段教えた手順で構えて消火を始めると、カゲツネは安心して次の区画へと歩を進めた。  そこに原生動物はいなかったが、黒煙を巻き上げ木々を燃やす、炎が轟と盛っていた。  そして、ゆらぐ熱気を切り裂く悲鳴。 「いやぁーっ! だっ、誰か……神様っ!」  即座にカゲツネは銃口を向け、迷わず引鉄を絞った。か弱い女性……それも、まだうら若き少女の声が、彼の反射速度を僅かばかりか押し上げた。結果、鎮火して尚燻る炎の中に、一人のフォマールを助け出す。 「大丈夫ですか、お嬢さん?」 「ああっ、ありがとう御座います……神様」 「申し訳ありません、私は一介のハンターズに過ぎませんよ」 「いいえ、きっと貴方は神様が遣わしてくださったのですわ」  少女は涙を零しながら、カゲツネに抱き付いて来た。装甲表面を炙る熱気とは別種のぬくもりが伝わり、同時に震えも感じる。安心させるように肩を抱き返して、ついついカゲツネは少女の肉体的な起伏の特徴を数値で読み取ってしまった。  しかし、そうそう悠長にもしていられない。炎の勢いは留まるところを知らず、寧ろ増すばかり。 「では、お嬢さん。パイオニア2まで転送して差しあげますので――」 「お待ち下さい、レンジャーさん……あ、ええと」 「私はカゲツネと申します」 「あ、はい、カゲツネさん……この向こうから、人の声が。そう、あっちです」  少女は身を乗り出して手を伸べ、一際燃え盛る炎の壁の、その向こう側を指差す。 「ご協力に感謝を。では救助に向かいますので、お嬢さんは――」 「私、ナジャっていいます! さあカゲツネさん、急いで! こっちです!」  ナジャはカゲツネの厳つい腕を抱くと、先程の恐怖もどこへやら……勢い良く走り出した。つられて駆け出しながらも、カゲツネはあくまで冷静にナジャの細い腰を両手で抱え上げる。 「お嬢さん、ミズ・ナジャ。この先は危険です」 「わっ! わ、私、少々テクニックに心得があるのです。何かお役に立てるかと」 「残念ながら。現在、この区画ではテクニックの使用が禁止されているのですよ」 「そ、そんな……」  ナジャが肩を落としたところで、ゆっくりとカゲツネは彼女を地面へ下ろす。 「空気中のフォトンが、火災で不安定になっているそうです。ですから」 「……では、私にできることは……残念です、折角助けていただいたのに」 「いえいえ、これからパイオニア2へ転送いたしますので。祈っててください。皆の無事を」 「そうですね……ごめんなさい、お手を煩わせてしまいました」  転送の手続きを取るカゲツネの前で、ナジャは暫し俯き、そして軽率さを詫びてきた。  素直にカゲツネは、手間のかからぬよい娘だと思ったし、協力しようと言い出したことへも好感を抱いた。ここが燃える森の中でなければ、是非アドレスの交換をしたいとも。 「じゃあ、私はお祈りしてますね……ええと、カゲツネさん? 神様って信じてますか?」 「勿論。どの神かと問われると困りますが、私にも信仰はありますよ」  無論、カゲツネが奉じるのは世の女性達に他ならない。敬い気持ちを一心に捧げる、それは可憐な少女達であり、美貌の貴婦人達である。彼女達に奇跡の御業があるとは思わないが、一時の恋愛感情はいつでも、カゲツネが戦い働く原動力となった。 「よかった……私、一生懸命お祈りします。カゲツネさんと、皆さんの無事とを」 「ありがとうございます、ミズ・ナジャ。できればファミリーネームと、あとアドレスも――」 「私はナジャ、ただのナジャ……見ての通りの女ですわ。ごめんなさい、教団の規則で」 「いえ、私こそ軽率でした。お名前だけで充分です。では」  ナジャの身体が、フォトンの粒子に包まれ眩く光る。それは天へと昇る光の柱となって消えた。  フォースには、特定の教団に所属して活動する者が少なくない。旧世紀に大半が絶えてしまった宗教だが、その神秘主義的な一部は、現代のフォース達の力に神の奇跡を見ているのだ。 「先生っ、こっちは片付きました……先生?」 「結構、では行きましょうか、ザナード君。この先にまだ、要救助者がいるそうです」  炎の気配が去った背後から、ザナードが駆けて来る。上体だけで振り返り、カゲツネはライフルを肩に担いで教え子を呼んだ。 「こっ、この先ですか!? 凄い炎ですよ」 「急がなければいけないということですね。それをつい……私も手癖が悪いものです」 「? どうしたんですか、先生?」 「いいえ、何も……いきましょうか」  こうして、後にカゲツネがバーニングレンジャーと呼ばれる所以となった、決死の救出行が試みられた。  本人は当然の行為と気にもしなかったが、総督府からの感謝状やら何やらとギルドでの評判は、彼の信仰心が実る助けとなった。多神教を奉じるカゲツネは、事件の後に多くの神々からもてはやされた。