激震に遺跡は揺れた。  それはまるで、闇の胎動。 「……収まった、な」 「の、ようですね」  揺れが収まるのを待って、カゲツネは屈めた巨体を立ち上がらせた。その背を庇いあうように、ヨラシムも周囲を警戒しつつ身構える。  今日の依頼は、総督府からの直接の……それも、極秘のものだった。現在、軍の調査隊が独断専行して、遺跡の深部へ進み、消息を絶っているらしい。至急後を追うべく、多くのハンターズが続いたが……連絡は途絶えて久しかった。 「おっし、進むか。しっかしこりゃぁ、何だ? さっきから断続的によぅ」 「さて、何でしょうね。知りたいですか?」 「……嫌な予感しかしねぇんだがよ」 「とりあえず現状だけでも、知っておいてください」  無精髭をさすって渋るヨラシムに、端的にカゲツネは事実を告げる。 「異常フォトンの濃度が異常です」 「だからみんな、異常フォトンって言ってんだろうが」 「そういう意味ではありませんよ、ヨラシム。遺跡のフォトンの異常性は――」 「んあ、難しい話はいいんだよ。だいたい解ってっからよ」  空気が澱んでいると、人は言う。それはデータ頼りのキャストであるカゲツネでも、容易に感じ取れるこの遺跡の特徴だった。空気中のフォトンが、負の力に満ちている。ともすれば爆発しそうな程に、にらいでいるのだ。  それをカゲツネは正しく読み取っていたし、ヨラシムは持ち前の勘で察知していた。 「おっし、進むか。この揺れが酷くならねぇうちに、さっさと調査隊に追いつこうや」 「……追いつければ、の話ですがね。恐らく調査隊は、もう」  キュイン、と軽快な音を響かせ、カゲツネは首を巡らせた。その視界に映るのは、そこかしこに散らばる機械の残骸。恐らく、調査隊が持ち込んだものだろう。どれも、見るも無残な姿を晒している。  これだけ破壊の限りを尽くされたにも関わらず、この場の違和感はいつもと同じだった。 「死体がねぇんだ、まだそう悲観するもんじゃねぇ……とも、言えない、か」 「恐らくは吸い込まれてしまったのでしょう。この遺跡に」 「ったく、何なんだよ、この遺跡はよぉ!? まるで生きてるみてぇじゃねえか」 「まるで、とか、みたい、とかで済めばいいですけどね」  遺跡で命を落とした者は、すべからくこの地に吸い込まれてしまう。それこそが、この遺跡の一番の謎だった。どこからともなく現れる、謎のダークエネミー。それと入れ替わるように、足を踏み入れるハンターズの何割かは、二度とパイオニア2の地を踏むこと叶わない。 「ザナードの奴がほれ、例の」 「リコのメッセージですね」 「ああ、今そいつを整理してる。何かそこから、手掛かりが――」  用心深く進む二人の会話を、悲痛な絶叫が遮った。  くぐもるように唸りを上げる、遺跡の奥より響く声。瞬間、弾かれたようにヨラシムが駆け出していた。その後に続くカゲツネが、全武装のセフティを解除する。近付いてるはずの声は、か細く小さくなっていった。 「男の声だなぁ! にしちゃあ、真剣じゃねぇか、カゲツネッ!」 「美人の妹がいるとか、そういう可能性もありますからね」 「ちげぇねえ! おう、開けるぜ? せぇ、のぉ!」  二人は声を遮る扉の前で、左右に分かれて慎重に背を当てた。同時に、今まで聞こえていた悲鳴が途絶えた。普段の手際よさを発揮して、速攻で二人は扉を蹴破った。  そこには、驚きの光景が広がっていた。  声の主達は、まだ生きていた。必死に中空へと手を伸べ、見えぬ何かを手繰り寄せている。ヒューマーが一人と、レイキャストが一人。奇しくも、その姿はヨラシムとカゲツネに重なった。二人は憤怒の形相で眼を見開き、血走る眼球は飛び出さんばかり。そのまま苦悶に身を捩りながら……その姿は、徐々に霞となって消え始めていた。 「くそっ! おい待てぇ! しっかりしろ、今助けて――」 「ヨラシム! 近付かない方がいいでしょう。巻き込まれます。もう彼等は」  もうもうと瘴気を巻き上げ、男達の姿は遺跡の脈打つ大地に消えた。同時に、飲み込み咀嚼するような震えが襲い来る。四肢を強張らせて地震に耐える、ヨラシムが奥歯を噛み締める音をカゲツネは拾った。 「どういうこった……そりゃ、今までだって吸い込まれる奴ぁいたけどよ」 「生きたまま、というのは初めてですね」  それはまるで、以前よりも貪欲であるかのようで。不気味な鳴動に震えながら、遺跡は何事もなかったように静まり返った。訪れた静寂はしかし、その奥に不気味な鼓動を僅かに響かせる。  ふと、注意深く周囲をカゲツネのセンサーは、近付いてくる足音を察知する。  部屋の向こう側で、奥へと続く扉が開け放たれた。 「あら……私は? あれ、ここは……」  真紅の装束に身を固めた、一人のフォマールが現れた。  カゲツネはその顔に見覚えがあった。身にまとう衣と同じ、真っ赤に燃えた森の記憶と共に。 「ミズ・ナジャ? どうしてここに。もしや、調査隊を追ったハンターズというのは」 「まあ。あなたは……ええと、ダ、ダレでシタっけ……やだ、記憶ガ、コンランシテ」  知り合いかと、隣のヨラシムが目線で問うてくる。その視線をするりと抜けて、足早にカゲツネは駆け寄った。無論、この場は先程の惨状を思えば、安全とは決して言い難い。自分達の身の安全も気になったが、それ以上にナジャが心配だった。  一目で解るほどに、ナジャは取り乱していた。  実戦になれぬハンターズにはよくあることである。仕事が予想外のアクシデントで、チームが半壊したりすると……我を失い、混乱してしまうのだ。教団のフォースと聞いていたが、恐らく荒事への参加は初めてだったのだろう。 「さあ、ミズ・ナジャ。こちらへ。ここは危険です」 「危険……そうなんです! ええと……ダ、ダレ……そう、カゲツネ……カゲツネさん!」 「貴女達は軍の調査隊を追って、そして怪現象に飲み込まれた。そうではありませんか?」 「え、ええ……そう、でしたっけ? うん、そう……ノミ、コマレ……タ」  抱き寄せるナジャの身から、一瞬で体温が消え去った。まるで、死体を抱いているような錯覚に、思わずカゲツネが身を固くする。衝撃を感じて、同時に痛みが全神経回路を駆け巡る。  腹部を突然、ナジャの兇刃が襲ったのだ。 「なっ……ミズ・ナジャ!」 「やだ、血……? 誰の……だ、れ、の……ダレ……ダレ、ダ。オマエハ、ダレダ……」  消え入るようなナジャの声と入れ替わりに、地の底より湧き上がるような声が響く。それは聴覚センサーを通さず、カゲツネの意識に直接浸透してきた。それはヨラシムにも届いていたらしく、彼は咄嗟に二人の間に割って入る。 「ヨラシムッ! 彼女は――やめろぉぉぉ!」  ヨラシムの対応は、一流のハンターズとして正しかった。  よろけるカゲツネの前に立ちはだかるや、狂ったような表情で襲い来るナジャへと剣を向ける。柄での当身を食らわせ、効果がないと悟るや……彼は迷わず、一刀の元にナジャを斬り伏せた。  戦慄くヨラシムの背から、その肩から、気配から。カゲツネは慮って尚、責める気持ちを抑え切れずに言葉を噛み殺した。 「悪ぃ、顔見知りだったか? ……すまん」 「いえ、いいんです。それより」  豹変したナジャ、その真意は? 何が、一介のフォースを壊乱させたのか?  答よりも許しを求めて、そっとカゲツネは華奢なその身を抱き上げる。しかし、その手をすり抜け、ナジャの遺体は霧散し、遺跡の中へと消えていった。  軍の調査隊、そして多くのハンターズを飲み込んだ遺跡は、より活性化するかのように、薄暗い中に無数の明滅を輝かせて、二人をさらなる深遠へと誘った。