パイオニア2、ハンターズ区画。ラグオルへと降りる転送装置への、ゲート前。  エステルは仲間を待つ間に、けじめをつけることにした。  意を決して、普段から遠ざけていた携帯端末をクラインポケットから取り出す。そうして、まずは溜まった着信やメールを、ばっさりと削除する。勿論、仲間達からの仕事のものは、既に退避済みだ。そうして、改めてアドレス帳から、その男へとエステルは通話を試みた。 「もっと早くこうすればよかった……アタシもたいがいよね。バカなんだ」  ひとりごちて、溜息を一つ。その間にもワンコール。待つ間に、最近手入れがずさんな髪を指に絡める。潤いの失せた毛先が、無言で彼女の激務と疲労を物語っていた。相手を呼び出すコール音だけが、耳に当てた携帯端末から響く。  いざ、けじめをつけると思い立ったら、エステルの思考はシンプルだった。  忙しかったのもあるが、その合間を縫って脳裏に練り上げる文面は、どんどん単純化されていった。最初はそれこそ、悲劇のヒロインもかくやという内容だったが。それは鋭利な感情で推敲され、さらには感情論を廃した実際的な損得勘定で改稿されていった。 「ったく、早く出なさいよ。散々連絡繋ごうとして、こっちがその気になれば、なに?」  壁にもたれて片膝を曲げながらも、いらいらとエステルは踵を鳴らした。  瞬間、耳元でガチャリと、呼び出し音が途切れて切り替わった。同時にエステルは、声を限りに想いのたけをぶちまけた。周囲のハンターズ達が、何事かと足を止めて振り返るのも構わずに。 「この下種野郎っ! 他に女がいるなら、最初からそう言えっ! アタシは――」  用意していた原稿が四散して、頭の中から霧散した。  気付けばエステルは、あれほど冷静を己に戒めていたのに、火がついたように喚き散らした。その小さな身を声にして、あらん限りの声で叫び倒した。自分でも驚くほど、粗野で下品な罵詈雑言が飛び出てきた。それも、後から後から、尽きることなく。  自分でも熱くなっていることに気付いても、それを止められなかった。 「――っはあ! はぁ、はぁ……解った? いい? 何とかっ、言いなさいよっ!」  息が切れてはじめて、エステルは相手の言葉を待った。  そして、意外な返答に、その場にずるずるとへたり込む。 《ただいま、通話に応じることができません。メッセージをお預かりしますので、手元の……》  エステルは前髪をかきあげ、被っていた帽子を脱ぎ捨てた。ぽてんと転がるそれを、嘆息と共に手を伸べて拾い上げる。  相手は留守だった。  もしくは、受話器の向こうで表示される番号に、震えているか、小躍りしているか。 「っちゃー……そうきたか。やっちゃったなあ。つーか、出なさいよ、バカ」  改めてエステルは身を起こすと、何事かと集まる視線へ眉根を寄せる。そうして注目を弾き返すと、耳元で鳴るガイドに従い、指定のボタンをプッシュした。メッセージの録音がスタートするのを確認して、深呼吸を一つ。 「もしもし、アタシ。これっきりだからよく聞いて、一度しか言わないわ」  少し間を置いて、回線の向こう側に沈黙を作る。別に他意はないが、自然と言葉を選びなおせば、短い間の無言がレコーダーへと込められた。 「アタシはプロのハンターズだから、ラグオル調査の情報が欲しかったら、ギルドを通して」  いや、違う。ような、違わないような。自分でも言ってて、虚しいことだと俯き額に手を当てる。結果、またも短い沈黙を送ってしまったが、気を取り直して、エステルは一番大事なことを伝えた。  正直に。  こころからの……思えば、何を不快に過ごしていたか? 勿論、自分の他に意中の人間が、それも本命がいたのは悔しい。しかしそれよりもエステルを苛んだのは―― 「それと。アタシ、アンタの言い訳が欲しかった。そういう態度、欲しかったのよね」  それは多分、本当に好きだったから。  時間が過ぎれば過ぎるほど、無視すればするほど、自覚が芽生えて固まり、確かなものになる。エステルはあの男が、本当に好きだったのだ。だから、今までの人生で二番目に、関係が長持ちしたのだ。  今後どうするかは別にして、気持ち的に許して踏ん切りをつける、口実が欲しかった。  ただラグオルの恋人を想い、調査の進捗状況だけを強請ってくるのは、辛かった。 「アンタの女はもういない。ラグオルの人間は全員消えたわ。アタシはこれから、軍人崩れのばかげた計画を潰すついでに、その謎を解き明かすけど……アンタには、教えてあげない」  一息ついて、突き放すようにエステルは、締めの一言を呟いた。  その時、回線の向こうで受話器のあがる気配がした。しかし意に返さず、エステルは携帯端末を耳から離すと、真正面に向かって掲げ、指差し言ってやった。 「アンタのアタシももういない。アタシのアンタが、最初からいなかったようにね。それじゃ」  何か、相手が言ったような気がする。しかし、最後にサヨナラを呟いて、エステルは回線を切った。それから、アドレス帳から迷わず相手のデータを削除する。  それだけでエステルは、どっと疲れを感じて、投げ捨てるように携帯端末をクラインポケットに葬った。 「……あー、疲れた。……で? いつから見てた訳?」  髪を手ですき束ねて、再度帽子を被りなおすエステル。彼女は、先程から自分が一仕事終えるのを、黙って見守り待っていた三人組に向き直った。 「いえ、来たばかりですが。最後の一言で十分でしたよ。あんなことは言われたくないものです」  巨体の肩を竦めて見せるカゲツネには、普段の聡明で冷静な姿を取り戻していた。今の彼になら、今まで通りに頼れるとエステルは確信する。キャストといえど、目を見れば解る。そこに灯る光は、一時の無気力な彼ではなかった。 「強烈な一言だったな。なんかでも、相打ちっぽかったけどよ」  無精髭を綺麗に剃ったヨラシムが、その顎を手で撫でながらにやにやと笑っている。これでも自分に気を使ってるのだと、解れてしまうエステルだから、苦笑を返すしかない。復讐の虚しさから立ち直った彼には、依然と同じ関係が期待できそうだった。 「まーね。いちおー、けじめってやつ。言ってやったわ。さ、行きましょう」 「あっ、あのっ、先輩っ!」 「ん?」  最後に、ザナードだ。メディカルルームから出たての彼は、まだ鼻の頭に張られた絆創膏に今、しわを寄せてエステルの手を取る。 「げっ、元気だしてください! 先輩、美人だから大丈夫ですよ! きっといい人、見つかります!」 「……何、それ」 「フォローです! 仲間ですから! 辛いときはほら、この間だってお見舞いにフガフガッ」 「このアタシをフォローしようなんて、十年っ、早いのよっ」  ザナードの手をそっと振り解くと、エステルは背伸びして彼の両頬を引っ張りつねった。それでもう、エステルの後輩はふひふひと、空気を言葉に還元できずに呻く。最後にパチンとその手を離して、エステルは改めて三人を見渡した。 「さて、準備はオッケー? 次にここに戻る時、アタシ達は英雄か、犯罪者か、それとも……」  物言わぬ死体か。それも、戻ってこられればの仮定の話に過ぎない。  今宵、日の落ちるラグオルへと、エステル達は最後の調査に降りる。遺跡の深部へと赴き、レオ・グラハートの陰謀を暴くと共に……あの星の真実に触れるだろう。何故か、後者に関しては、確信めいた予感がエステルにはあった。  仲間達はめいめいに、黙って頷くだけだった。