遺跡でエステル達を待ち受けていたのは、荒び吼える異形のダークエネミー……ではなかった。  銃を携え隊伍を組み、組織的に通路を塞ぐ、それは人間。  エステル達の敵は今、エステル達と同じ人間だった。 「参りましたね、エステル。少数ですが、組織的な拠点防衛体制です」 「ありゃ軍人だな。それも良く訓練された、古参兵だ。チッ、めんでぇなあ、おい」  遺跡の最深部、長い長い一本道の通路を塞ぐのは、WORKSの一個分隊。現在、パイオニア2で正式に任官している、縮小された空間機動歩兵の部隊ではない。  こちらへ銃を向け、近寄る何者をも排除しようと言う気概は、明らかにレオ・グラハートの私兵の物だった。  もともと軍人のカゲツネが溜息を零し、入り口からの突破を断念する。それに追従するような愚痴は、ヨラシムのものだった。遺跡の最下層、最後のフロア前の長い回廊を前に、エステル達は今、足止めを食っていた。 「そもそも、その、レオ・グラハートって人は何なんですか? 先輩っ!」  入り口から顔を覗かせ、応射の礫に頭を引っ込めさせられながら、ザナードが問うてくる。歯噛みしながらエステルは、今回の陰謀の首謀者を説明し始めた。 「レオ・グラハート、階級は准将。WORKSをかつて率いて、コーラル本星に名を轟かせた名将よ」 「ようするに、偉い軍人さんってことですか」 「そう、端的に言えばそんな感じ」 「それがどうしてっ! マザー計画を独自に推し進めようとしてるんですかっ!」  ザナードの疑問はいちいちもっともだ。  むしろ、エステルが逆に問いたいくらいだ。しかし、ここ連日の調査で、エステルは非合法ルートを数々使って、その尻尾を確実に掴んでいた。軍が、というよりは、コーラル本星の十カ国同盟が密かに進める、マザー計画。幾重にも折り重なる複雑なそれの、根幹を今、レオ・グラハートはなそうとしていた。 「レオ・グラハート准将……本星コーラルにて、空間軌道歩兵部隊WORKSを率いた方です」  銃声が絶え間なく響く中、カゲツネの声が不思議と良く通る。彼は、明朗にレオ・グラハートの人となりを謳いあげた。最後に一言、自分の過去を添えて。 「かつて、私が仕えた人でもありました。私は、お嬢様の近衛として――」 「そう。だから言い加えなさい、カゲツネ。レオ・グラハートは……私の父親です」  不意に、凛とした声が割って入った。  同時に、爆音。  高火力のフォトンランチャーが炸裂して、そこから発した光弾が、通路の奥へと吸い込まれてゆく。それを放ったレイキャストを従え現れたのは、カレン・グラハートだった。 「ギリアム、この奥にあの男が……お父様がいます。道を、こじ開けなさい」 「了解」  突如現れたカレンが従える、カゲツネと同じうつしみのレイキャスト、ギリアム。彼は命じられるまま、爆煙の中からなお撃ち返してくる回廊の奥へと、フォトンランチャーを構えて向き直った。  当然、数多のフォトンが弾丸となって、彼の身を切り刻んでゆく。  しかし構わず、泰然とした様子で、ギリアムはさらなる一撃を発射した。 「ギリアムッ! 敵は多数です、身をさらしては――」 「フッ……忘れたかカゲツネ。我等が命は、お嬢様の物っ!」  全身に反撃を浴びながらも、ギリアムが不動の構えでフォトンランチャーを構える。第三射が発射され、それが致命打となり、回廊の奥に一際大きな爆発が起こった。その舞い上がる煙が、轟! という風と共に、見守る全員の身を焼く。  ぐらりとギリアムは、その場に膝を突いた。 「状況終了……お嬢様、血路を開き、ました」 「……ご苦労です、ギリアム」  気付けばエステルは、静寂を満たした中に、ギリアムが崩れ落ちる音と同時に駆け出していた。そのまま、平然と表情を崩さないカレンに詰め寄り、襟首を掴んでにじり寄る。 「アンタねぇ! 仲間を何だと思ってるのっ!」  小柄なエステルが、自分よりも長身の少女を吊るし上げる。吊るし上げようとして、自然とあがる踵が震える。表面上はギルド所属の正規のレイマールを飾った、カレンが顔を背けて俯いた。 「……今は、お父様を止めるが、最優先です。パイオニア2の為にも」  唇を噛むカレンの、その喉下を食い破らん勢いで、エステルは背伸びを続ける。 「あっ! そうっ! そうなの! 大変よね、英雄様も! でもアンタねぇ……」  次の瞬間には、手が出そうだった。平手ではなく、拳で。エステルがそういう人間だと知ってるからこそ、その一歩手前で、カゲツネが止めてくれた。ヨラシムやザナードが、現状に躊躇し、訳もわからず立ち尽くす中……カゲツネだけが、エステルの手を止めた。 「エステル、彼女を……お嬢様を許してあげてください」 「――っ!」  エステルはカレンを放すと、地に大の字の伏した、ギリアムへと真っ先に駆け寄る。レスタの光が眩く輝き、癒しの力が発現する。そうして怪我人を治療しながらも、エステルは回廊の遥か向こう、未だ煙に覆われたWORKSの一隊を見据えた。  その先にあるのは沈黙が伝えてくる死。 「お嬢様……」  カゲツネの声は、いたわるような柔らかさに満ちている。気遣いが温かく感じられた。 「カゲツネ、例え貴方が私の傍らにいても、私は同じことを命じたでしょう」 「しかし、ギリアムは……そこまでして、お父上の」 「お父様は……あの男は、そうまでして止めねばならないのです」  エステルは背中に、説明を求め強請るザナードの視線を感じていた。  一通りの治療を終えて、エステルは立ち上がるや、居並ぶ面々に向き直る。 「確かに、レオ・グラハートの陰謀は阻止しなければいけないわ。それを知る者ならば」  レオ・グラハートがたくらむ、真のマザー計画。その全容を知るからこそ、エステルは仲間達を伴いこの地に赴いた。パイオニア2の存亡に関わる陰謀なればこそ、付いてきてくれる仲間がありがたかった。  しかし、カレンは違った。  目的の為にただ、仲間を目の前で使い捨てて見せた。  それが今、エステルには我慢がならない。 「レオ・グラハートは、マザー計画を再び発動させようとしているわ。それは言った通り」 「は、はい……でも先輩っ、あの計画はエルノアさんやウルトさんがいなければ……」 「代わりがあるの。いえ、違うわね……さらに適した素材が、存在するの」  エステルは語気を強めて、カゲツネを見詰めた。その横では、カレンが僅かに俯く仕草を見せる。 「レオ・グラハートは、マザー計画に必要な、マザーを手にしています。そして、それは……」 「そうね、カゲツネ……アタシがそれを告げた時、アンタは知った。それが、誰か」  カゲツネはただ、無言で頷いた。 「兎に角っ、進むしかない! ただ、ついてくるなら……カレン!」  ようやく硝煙のヴェールが収まった回廊を、一本道を進むエステルは振り返った。今はただ、見た目のままに年頃の少女になってしまった、カレンに。その目は険しく、語気は荒い。 「ついてくるなら勝手だけど。アタシの仲間を勝手に使ったら、アタシはアンタを許さない」  厳とした言葉を吐き捨てて、エステルは進んだ。  その長い一本道の先には、広大な大広間……そして、その奥に小さな転送装置が、見たこともない文明の光を放ちながら、一行を待ち受けていた。