轟雷が空間を引き裂く。  爆ぜる業火が呼気を焼く。  闇の淵より今、ダークファルス降臨。その邪悪な力は今、あらゆる物理現象となって顕現し、場に居合わせる者達を襲う。エステルは自分を半ばザナードへ任せて、先ずはレオ・グラハート達を守るカゲツネへと気を向けた。幸い、彼女の頼れる仲間は、いつもの仕事をこなしている。そして―― 「エステェェェルッ! ザルアをよこせ! 堅いったらねぇぜ、畜生っ!」  ヨラシムは一人、異形の巨躯を前に、剣を振るっていた。その逞しい肉体も今は、邪神を前に小さく見える。しかし彼は、大上段にかかげた大剣を、軽々と振るっていた。噴出す汗に混じるのは、毒々しい紫色の、ダークファルスの体液。  堅いといったが、ヨラシムは周囲に近付く独楽状の物体を切り払いつつ、本体に確実にダメージを与えていた。実体を持つと解れば、それを倒すことも出来るかもしれない。 「ザナード君っ」 「ジェルンもですね! ……せせ、せっ、先輩っ、近付いてきますよ!」  押されるヨラシムの踵が、人面で埋め尽くされた大地を抉る。彼を圧しながら、ダークファルスはエステル達へと迫ってきた。圧倒的な敵意、害意が、ビリビリと周囲の空気を震わせる。  しかし、臆すことなくエステルは左手を伸べて印を結び、隣のザナードも叱咤する。 「テクニックの発動と同時に、翔んで!」 「は、はいっ!」  横目でザナードを一瞥するや、脳裏に組み立てた術式を実行するエステル。  彼女の手から、分子の結合を緩めるテクニック、ザルアが放たれた。その蒼い波動を追う様に、ザナードの手からも紅い衝撃が放たれる。  一瞬怯んだ様子を見せながらも、ダークファルスはその巨体をぶつけてきた。  エステルはザナードと共に、悲鳴をあげて泣き荒ぶ地面を蹴る。 「カゲツネは……カレン達は、無事ね?」 「うわわ、これが、ダークファルス」  荒ぶる怒龍、ダークファルスの下肢を形成するその一つに着地し、エステルは見上げる。  禍々しき闇の私生児は、まるで泣き叫ぶ赤子のように、ひっきりなしに咆哮をあげる。その都度、空間が揺れて稲光が閃き、冷気に気圧は下がって、爆光がびりびりと肌を焦がした。  その圧倒的な破壊の手も、徐々に、僅かずつだが弱くなってゆく。  エステル達の攻撃が……何より、ヨラシムの剣が利いているのだ。 「よ、よしっ、僕も! 師匠っ、今ぁ、行きまぁぁぁぁぁぁす!」 「おうっ、手伝えザナード! 兎に角、斬って斬って斬りまくれ!」  エステルもすぐに後を追い、効果が薄れつつある補助系のテクニックを、迅雷の速さで上書きした。 「テクニックも、フォトンウェポンも利く! 倒せない相手じゃないわ!」 「だといいが、なっ!」  身を捩るようにして、大きく剣を振りかぶったヨラシム。彼はエステルに返事を投げてよこすや、勢いに乗るように大剣を叩き付けた。そのまま深々と斬り裂き、ダークファルスの上を駆け上がる。  一際耳障りな絶叫と共に、ダークファルスの攻撃が止まった。 「や、やった? 止まった、けど……」 「さっすが師匠! って、あれ? せ、先輩、足元がっ!」  突如、ダークファルスの実体が薄れ、そして透過した。自然とその身体から降りるエステルは、集まりだす仲間達と頭上を見上げる。ダークファルスはいったん、その輪郭を解いて、霧状に身を集めた。  まさしく、闇の淵……中空に暗黒が澱む。 「ありゃ斬れねぇな……やっこさん、次はどうする気だ」 「ヨラシム、エステルもザナード君も。先程から空間が不安定です」  カレン達を連れるカゲツネが、腕に埋め込まれた端末を忙しく操作する。彼に言われるまでもなく、エステルは足元に震動を感じ、見上げる視界が微妙に歪むのを知覚していた。今正に、自分達を閉じ込めたこの空間は、異界にも等しい。 「これが、こんなものが……これを私は、制御しようと、マザー計画を……」 「グラハート准将……いえ、お父様。あれは」  暗闇の雲にもにた澱みを仰いで、准将がよろめき、額に浮かぶ汗を拭う。隣のルピカは怯えて震えながら、軍服の裾を掴んで身を寄せていた。気遣うカレンの顔面も蒼白で、既に歳相応の小娘に戻ったようだ。 「かつて、どこかの宇宙の異文明が、あれをラグオルに埋葬した……」 「それが、ダークファルス?」 「そうだ、カレン。あの遺跡と呼ばれていた迷宮は、異文明の宇宙船」 「遺跡が……宇宙船」  驚くカレンの言葉尻を拾って、エステルは言葉を紡いだ。 「そう、そしてその封印を、恐らく解いてしまったのよ。パイオニア1は」  レッドリング・リコのメッセージは語る。遺跡は太古の宇宙船であると。そしてそれは、気が遠くなるような昔に、この星に遺棄されたのだ。倒すことも敵わぬ、恐るべき闇の私生児を内包して。 「せっ、先輩! 師匠も、先生も! なんか、ダークファルスの様子が」 「光ってんな……ああ? クソッ! ……笑ってやがる」  上空に凝縮された闇が、光を帯びた。  同時に、エステル達の立つ大地は、円形に切り取られて宙を舞う。その外縁をダークファルスは取り巻いて、一箇所に集束し、再び実体化した。  その姿に、エステルは息を飲む。 「――っ! 神様気取りって訳。みんな、今までのは小手調べみたいよ?」  ほぼ完全に人型をなしたダークファルスは、その下半身だけが球状に固まり、そこに負の力が凝縮されている。妖しくうごめく異形は、一層禍々しいながらも……どこか神々しい威容をも湛えていた。その背に、光輪が展開して、辺りを照らす。 「へっ、しゃらくせぇ……おいカゲツネ! ザナード! 気合入れてけよ……ここいらが正念場だぜ」 「お嬢様、准将とお下がりください。ルピカも。ヨラシム、援護しますよ」 「ぼっ、僕も行きますっ!」  エステルは、怯むことなき男達の背を押した。強く後押しした。そうして、自分も後を追って踏み出す。  神罰にも似た光が、天上から降り注いだのは、その瞬間だった。