キミのハートを狙い撃ち 2010/05/13
 いまだ海底レリクスを跳梁する、無数の原生動物。その群へと無言で銃口を向ける、端整な横顔をファーンは眺めていた。射手は今、ヨウメイ製のスナイホウを構え、フォトンをチャンバー内へと圧縮してゆく。通常よりも長い時間、それこそベテランのレンジャーのように。

「ファーン、僕の顔に何か?」
「……いえ」

 スコープから目を離さず、照星に敵を捉えたまま。視線を逸らさず、シオンはファーンへ言葉を放る。その間も彼の手は、忙しく照準を調整していた。
 そして、スイッチ。限界まで高められたフォトンの弾丸が、冷たい遺跡の空気を引き裂く。それは射手の狙い違わず、ギルシャークの頭部を撃ち抜いた。瞬間、ファーンは駆け出すシオンの後に続く。手にしたスナイパーを速射すれば、フロアのエネミーは蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。

「これでこのフロアはクリア、かな」
「……え、ええ。問題ありません、シオンさん。ただ――」

 今日の仕事は奇妙な物だった。さる長銃愛好家の大金持ちが、長銃だけでのミッション遂行が可能かどうかで、議論になったとか……傍迷惑な話だが、それをメシの種とするのがヴィジランツの常である。最近はリトルウィングの台頭なども手伝って、フリーの傭兵としても仕事を選べる立場になかった。
 その仕事を半ば終えた時点で、ファーンは先程からの疑問を口にした。

「……シオンさんは以前、レンジャーとしての訓練を受けられているのですか?」
「それは、僕に聞かれても困るな。それほど狙撃に自信がある訳じゃないけど」
「……先程のフォトン圧縮、そして狙撃精度、一朝一夕の技術ではありません」
「なら、訓練を受けていたのかもしれないね。……もしくは、訓練されていた、か」

 周囲を油断なく見渡しながら、普段の超然とした無表情でシオンは呟く。
 ファーンは改めて、この奇妙で底の知れぬ男に驚きを禁じえなかった。何も、銃器の扱いに卓越していたからではない。銃器の扱い"も"常人ならざる技を身につけていたから。そう、シオンは剣の扱いにもずば抜けたセンスがあり、華奢な身で長剣から双剣まで、何でもソツなくこなした。
 ぬいも驚いていたが、シオンの戦闘能力は常人を遥かに凌駕していた。
 そして今、ファーンもそれを再認識する。

「さて、さっさと片付けようか。あともう少しみたいだし」
「……了解。それでシオンさん、記憶のことですが」

 二人は銃の粒圧を確認すると、互いに背中を庇いあうように次のフロアへ扉を開く。ファーンが肩越しに感じる安心感は、やはりよく訓練された人間のそれに等しかった。
 静寂を湛えた遺跡の最深部を、用心深く進む二人。

「記憶? ああ、相変わらずさ」
「……やはり、何も思い出せないみたいですね」
「こうして身体を動かしてれば、何か……そうは思ったんだけども」
「……ヤノアさんのことも、何も?」

 背後で振り返る気配が、不思議そうに見上げてきた。ファーンはその、普段と変わらぬ無表情が、眠そうな半目が僅かに揺らいでいるのを感じた。同時に、いつもの超人的な戦闘力からは想像できないくらい、無防備な背中を襲う敵意。
 迷わずファーンはシオンを押し退け、四肢を広げて襲い来るギルシャークを撃ち抜いた。
 同時にさざなみが寄せるように、周囲からエネミー達の咆哮が上がる。

「……すみません、この話は後にしましょう。私としたことが」
「今、僕は動揺したのか。興味深いね。因みに彼女のことも相変わらずだ」

 咄嗟にシオンがナノトランサーから長剣を取り出し、思い出したように引っ込める。そうしてスナイホウを構え直す姿は、既に落着きを取り戻していたが。間違いなくシオンは、自分でも言うように動揺したようだった。
 しかしファーンは、その事を追求するよりも、エネミーの処理に忙殺される。長銃だけでの戦闘というのは、専業レンジャーのファーンでも数を相手にすれば難儀するもので。しかし不思議と、シオンと交互に退きながらの射撃は、効率良く敵の戦力を削いでいった。
 二人が再び口を開いたのは、最後のフロアのエネミーが駆逐されたあとだった。

「……状況終了。シオンさん、お疲れ様です」
「うん、ファーンもお疲れ様。今日は人型のアレは出てこないみたいだね」
「……反応はありません。最近は海底レリクスも人の出入りが多いですから」
「じゃあ戻ろうか。流石に今日は僕も疲れたよ」

 口とは裏腹に、汗一つかいていない涼しい顔で、シオンはスナイホウをナノトランサーへと放り込む。
 ファーンも武装を解除して警戒レベルを下げると、出口に続く扉へと歩き出す。これで今日の仕事は終了、依頼人が依頼人だけに報酬は期待できそうだが。結局今日も、シオンの記憶は一欠片も戻ってはこなかった。
 元よりカタギの、真っ当な人間ではないとファーンもぬいもふんでいたから。自然とヴィジランツの仕事を通じて、荒事の鉄火場で記憶が戻るのでは……そんな淡い期待はあった。しかし今日も、シオンの高い戦闘力に驚くだけで終ってしまった。
 だが、収穫がなかった訳でもない。
 やはりシオンは、ヤノアのことを気にしている。それもやや過剰に。そのことを口にすると、シオンは考える素振りを見せて言葉を選んだ。

「君は例えば、半死の自分を助けてくれた人間がいたら……まあ、君達もそうなんだけど」
「……確かに、気にはなります。記憶がないなら尚更……一度医療機関でカウンセリングを――」
「僕等に正規のIDがあれば、それも考えるけどね。まあ、でも」

 シオンは秀でた額をつるりと撫でると、溜息混じりに呟いた。

「ヤノアは嘘はついてないと思う……彼女のいう通りの男だったのかもしれない。僕は」
「……なら、彼女の望むように接してもいいのではないでしょうか」
「僕はまだ『彼女が言う通りの関係を僕が強要し刷り込んだ』という可能性を考えている」
「……考えすぎでは?」

 シオンはただ、黙って肩を竦めるだけだった。
 結局のところ、記憶が戻らず、かといって言われるままを甘受も出来ず。シオンは頑なに律儀に、ヤノアの保護者としてヴィジランツの道を選んだ。ヤノア自身の特殊な生い立ちも手伝って、それはもはやシオン自身の不問律でもあるかのようで。今日もまた、帰宅すればいつもの甘いやり取りが交わされ、しかし片方に己を律する気持ちが強いのが、ファーンには不思議でしかたがなかった。

「……あの懐きようを見れば、キャストの私でも一目瞭然なんですが」
「種族は関係ないさ。ただ、彼女はアーキテクツヒューマンだ。以前の僕がそこに――」
「……お嫌いなんですか? ヤノアさんのことが」
「まさか。好いてもでも、いけないような気がしてね」

 それ以上の言葉を打ち切るように、シオンは出口へと歩き出した。
 ファーンは今日もまた、煮え切らない男女の複雑な関係に、一人溜息を零すのだった。
2010/04/22
 ニューデイズの辺境、片田舎のサナトリウム。そこでの半日は今、あっという間に過ぎてしまった。クエスラはそれが、楽しい時間ほど速く流れるものだと実感していた。病室のベッドに腰掛け並ぶ親友と一緒に、自慢の我が子を眺めながら。

「マーヤ、まだかしらん? そんな古いカメラ、買い換えた方がいいんじゃなくて?」
「おっかしいなあ、タイマーが……や、古いからいいんだって。わかってないな、義母さんは」

 今日は、母の日。
 クエスラを連れて母を訪れ、共に穏やかな休日を過ごす……そう言い出したのは、他ならぬマーヤだった。それが嬉しくてつい、クエスラは店を臨時休業で放り出してしまった。彼女自身、すっかり失念していた記念日を、息子が意外にも覚えていた。それが嬉しくて、つい。

「クェス、マーヤは少し大きくなったような気がしないかしら?」
「あら、ダメよレィル。あれで全っ然、身長伸びてないんだから。……気にしてるのよ、あの子」

 あらそうなの、と、クエスラの隣で痩身の麗人が小さく驚いてみせる。僅かに骨の浮いた手を頬に当て、まあまあと俯き目を細める……そんな友の姿が、クエスラには以前よりも痩せて白く見えた。彼女の名はレィールゥ=カーバイド。だれであろう、マーヤの実母その人である。
 フォトン科学文明を極めたグラール太陽系にも、不治の病は存在する。そして不幸にも、未だ延命措置しか知られぬ病魔は、クエスラの親友を、マーヤの実母を蝕んでいた。
 もっとも、会いに来るたびやつれてみえるその姿は、いつでも柔らかな笑みを絶やさなかったが。

「もうあの子も二十歳、どうしましょう。やっぱり男の子は気にするのね」
「あなたが気に病んでもしょうがないじゃない。……それより最近どう? 身体の具合は」

 記念撮影に持って来たカメラを三脚に立て、悪戦苦闘するマーヤを尻目に。クエスラは、まるで自身のことのように思案に暮れるレィールゥに額を寄せた。自然と声がひそめられる。

「あら、わたしはいつでも元気よ。最近はなんだか調子がいいの」
「それは来るたびに聞いてるわ。顔色も前よりはいいみたいだけど、医者はなんて?」
「ふふ、もって半年、を繰り返すだけよ。そればかり何年も聞かされてきたわ」
「歯痒いわね……余命宣告の延長を繰り返すだけなんて。マーヤには?」
「それが、言っても聞かないのよ、あの子……僕がなんとかするから、の一点張りで」
「相変わらず頑固ね。誰に似たのかしら」

 互いを指差し、僅かに二人は微笑んだ。

「それにしても、やっぱり大きく見えるわ。月日が経つのは早いものね」
「マーヤももう、子供じゃないもの。立派なガーディアンズになっちゃった」

 クエスラが真面目な顔で「今や教官までこなせる立場なんだから」と念を押すと、我が子の成長が実感できるのか、しきりにレィールゥは頷いた。そんな二人に並んで写真を撮るべく、先ほどから噂のマーヤはカメラと格闘をしている。どうやらまだ、もう暫くかかりそうだ。
 クエスラはレィールゥに身を寄せ並んで、我が子の姿を改めて眺める。
 確かに、大きく見えるかもしれない。今や巨大な組織と化した、ガーディアンズの制服がそう見せているのかもしれない。しかし、外見は三年前から全く変わっていないにも関わらず、マーヤは随分と大人びた印象を二人の母に与える。特に、日頃接する機会の多いクエスラは、口にこそ出さないが常々感じていた。

「ごめん、母さん。義母さんも。これでよし、タイマーが時々ね……!?」

 やっとカメラから顔を上げた、マーヤの表情が僅かに強張る。それは彼の携帯端末が、独特のアラートを奏でたのと同時だった。
 瞬時に通信に応じる、その横顔が引き締まり、緊張感を帯びてゆく。
 思わずクエスラは、傍らの華奢な肩を抱いて引き寄せた。その手に手を重ねて、安心させるような体温が伝わってくる。

「もしもし? マナか、どうし……っと! 先ず落ち着いて。現状報告、簡潔に」

 けたたましい声が、クエスラ達の場所からでも聞こえる。マーヤは携帯端末を手の長さ一杯に遠ざけながらも、悲鳴に近い幼い声に呼びかけた。その声音はクエスラが感心するほど落ち着いている。
 元ガーディアンズのクエスラには、瞬時に仕事の雰囲気を察することができた。そして今のガーディアンズでそれは、仕事というよりは任務……むしろ使命に近い。今この瞬間も、グラールのどこかで誰かが、救いの手を求めているのだ。

「うん、うん……ルミアは? うん、だろうね。マナは、ええと……とりあえず後を追って」

 ちらりとマーヤが、こちらを見た。
 だからクエスラは、精一杯の微笑を向け、それを隣にも感じる。それでマーヤは、しばし逡巡する様子を見せたものの、毅然と携帯端末を持ち直して面を上げた。

「僕もすぐ行く。場所は? モトゥブ? 了解、大丈夫さ」

 それから二、三のやり取りをして、泣き出しそうな声を慰め宥めると、マーヤは通信を切った。深い溜息を一つ零したが、次の瞬間にはそれを悟らせぬように、申し訳なさそうな顔で髪をかく。

「ごめん母さん。急な任務で、すぐ行かなきゃいけなくなっちゃった」
「まあ酷い! 美人で薄命なかあさん達を残して、マーヤは仕事に生きるのね! よよよっ!」
「白々しいから嘘泣きやめてよ、義母さん。いや、ホント悪いんだけど」
「じゃあやめるわ」
「それと、義母さんは嫌んなるくらい健康じゃないか。誰が美人で薄命なのさ」
「んまぁ、言うようになったわね……レィル? あなたもたまに何か言ってやんなさいよ」

 レィールゥはただ黙って笑うと、そっとクエスラから身を離した。そうして二人の間に空いたスペースをポンと叩くと、静かにマーヤを呼ぶ。
 マーヤは急いでタイマーをセットすると、二人の母に挟まれ座った。

「マーヤ、気をつけていってらっしゃい」
「はい、母さん」
「大丈夫よ、こう見えて結構逞しいんだから。ね、マーヤ? しっかりやんなさい」

 レィールゥに押し付けるようにマーヤへ抱き付き、クエスラは満面の笑みでブイサインをファインダーに向けた。僅かに弱々しく、しかし確かにマーヤを押し返してくる友の手。結局、困惑気味のマーヤに二人でべったり抱き付いて、クエスラはカメラのフラッシュを浴びた。
実は俺はクノーさんが好き 2010/04/22
 山猫亭の狭い狭い、奥まった細長い店内。落ち着いた明度のフォトンランプが灯るカウンターで、ぬいは頭を抱えていた。泡が失せて温くなったビールが、半分以上もジョッキに残っている。彼女に労働後の爽やかな一杯を忘れさせる程、手の内の携帯端末が表示する数字は恨めしかった。

「いらっしゃい。……あら、珍しい人が顔を出すこと」

 かららん、と鳴るドアのベルも、客を迎える女将の声もぬいの意識の外で。最近聞き慣れた声が挨拶を返して、隣に腰掛けるのも気付かない。それ程に、悩みの種は苦難を芽吹き、既に業苦の大樹と化していた。それは全て、一人の少女によってもたらされたものである。
 エミリア=パーシバルが勝手に持ち出したアイテム、それを数えれば額の奥がキリキリ痛む。
 エミリア=パーシバルが好き放題使ったメセタ、それを数えれば鼻の頭にしわが寄る。
 エミリア=パーシバルが好意から買い集めてくれた服、それを数えれば最早、溜息も出ない。

「彼女と同じ物を。流石のぬいも手を焼いてるようだな、エミリアには」

 青い髪をかき上げながら、隣から手元を覗き込まれて、ぬいははじめて同僚に気付いた。
 同じリトルウィングに在籍する、クノー。それが姓なのか名なのか、はたまたコードネームや通り名の類なのか。兎に角、リトルウィングでも一目置かれる女ハンターは、自らをクノーとしか名乗らなかった。無論書類上は、何の不都合もないのがこの業界だ。

「クノー、手を焼いてるなんてもんじゃないさ」
「手がかかる子ほど可愛いと言うぞ。それに」

 とりあえずはクノーが、女将から受け取ったジョッキを向けてくる。ぼやきつつ乾杯して口を付け、既に気の抜けたビールにぬいは閉口した。クノーのうっそりとした苦笑にせかされるように、一気に喉へと流し込む。

「女将、おかわりを頼むさ。あーもう、今日の仕事、終わりっ! ……それに?」
「それに、君によく懐いている。私ははじめてみたぞ、彼女の……エミリアの笑顔を」

 確かにエミリアは、最近は明るく闊達で、屈託がない。以前よりは勤勉でもあり、失敗こそするものの、挫ける素振りも見せず前向きだった。そして何より、不器用にだがぬいを慕ってくる。自らパートナーと公言し、公私に渡って大いに世話を焼いてくる。それがぬいに言わせれば、手を焼かせてくれるのだが。
 女将が差し出すジョッキに手を伸べ、ぬいは脳裏で悪びれず笑う少女を振り払った。

「サンクがいるから、二倍手がかかるさ。でも二人は仲がいいし、最近は仕事もするさ」
「うん。こんなにもポジティブなエミリアははじめてだ。だから、私は感謝しているんだ」
「? ああ、クノーもそのクチか。みんながみんな、エミリアを甘やかしすぎさ」
「クラウチやウルスラ程じゃない。私には、エミリアの幸せを願う義務がある」

 祈る責任もあると付け加えて、クノーは杯を煽った。細く延びた白い首を、二度三度とゴクゴクいわせて、彼女は冷えたビールを飲み下す。それは見ていて気持ちよくなるような飲みっぷりだったが、ジョッキを置いたクノーは、苦しげに溜息を零した。

「そうして見守ることしか、私にはできない。だから、君に期待している。協力も感謝もするのさ」

 事実、クノーはエミリアに頭を悩ませるぬいに、よくアドバイスをくれる。誰の目にもそれは、エミリアの行く末を気にする姿に映っただろう。だが、ぬいには解せないことが一つあった。

「ならクノーが直接、エミリアを導いてやればいいじゃないさ」
「……もう試した。もっとも、エミリアが一日で根を上げたが」

 出された肴を、味わうでもなく嚥下しながら、にべもない言葉でクノーは再度ジョッキに手を伸ばす。
 ぬいには容易に、その光景が想像出来た。クノーは自分にも他人にも厳しい人間だから。そんな彼女が少し手加減した程度では、以前のエミリアが能動的になれるとはとても思えない。今でこそ活発だが、以前の彼女はそれ程までに、全てに対して興味も持てず、生きる活力を失っていたから。

 酒はそれほど飲まぬ性質なのか、最初の一杯を空にしたところで、クノーは頬を赤らめ目を潤ませた。そしてどうやら、飲むと饒舌になるタイプで、それはさらに加速するらしい。女将は注文されるままに、合成リキュールを手にカクテルを作り始めた。

「過去に色々、ね」
「そうだ……だが、その傷ももうすぐ癒えるだろう。君の度量と手腕に乾杯だな」

 蛍光色のグラスを受け取り、クノーは頬杖つきながら軽くぬいへとかざした。そうして、氷をからんと鳴かせて一息に半分ほど飲み込む。ぬいも黙って、冷たいビールをちびちびと舐めた。

「いずれ君にも話す時がくるだろう。いや……いつか聞いて欲しい」
「その、エミリアの過去って奴をか?」
「そうだ。君にはきっと、その資格が――」
「そいつは御免被るさー」

 それは恐らく、意外な返答だったのだろう。グラスに浮かんでは沈む氷を眺め、視線を落としていたクノーが顔をあげた。

「不幸自慢の押し売りは、酒が不味くなるさ。それが解らないクノーでもないだろ」
「フッ……そうだったな。私とした事が、今日は君を労いたかっただけなんだが……いけないな」

 二人の他に客はなく、女将は空気を読んで距離をおいている。そんな彼女が中空に浮かべる光学新聞の裏面へ目を逸らして、ぬいはクノーの気苦労に溜息を吐いた。どうにもリトルウィングには、不器用な人間が多いようだ。エミリアを筆頭に、クラウチ、ウルスラ、そしてこのクノーもだ。

「君の経歴は社のデータベースで見せて貰った。だから、言えた義理じゃなかったな」
「いいさ、誰にだって過去は、嫌な過去はあるさー。……勿論、クノーにも」

 それをこそ、いつか本人の口から聞きたいとぬいは思った。それで少なからず、クノーの心が軽くなるのなら。常に理知的で冷静な同僚は、どこかいつも見えない影を引きずっていた。それとなく気遣ってくれる、その微笑に時々翳りがさす。
 自分はモトゥブの名もなき町……ローグスのふきだまりに捨てられた孤児だった。今日食べる物もなく、明日生きる道すらなかった。それでも今、子供の面倒をみる立場にまでなった。それというのも、師に恵まれたから……ならば自分もまた、同じ道を示せばいい。ぬいにはもう、それでしか師に恩を返す術がなかった。

「ま、いいさ……心の傷とやらはオレが、きっちり縫ってやるさー」
「頼もしいな。助かる……とても先ほどまで、悲鳴を上げてた君とは思えないが」
「それは――物事には何でも、限度ってものがあるさ」
「そんなに大変か? エミリアのお守は……まあ、私も経験者だから解らないでもないが」
「酷い浪費家で気まぐれで」
「そうそう、その上だらしなく怠け癖があって――」
「「何より、やる気がない」」

 二人は互いを指差し、声を重ねて同意に至り、そして笑った。

「まあでも、最近はやる気の方は解決したようだな。それも」
「オレのお陰はもうやめるさー。オレだけじゃないさ、エミリアを見守ってるのは」

 今のエミリアには、友達がいて、ライバルがいて、見守る多くの大人達がいる。ぬいはただ、そんな大人達の中で少しだけ、彼女に身近なだけ。自分にとって師匠がいたように、エミリアにとって自分がいるなら……それで彼女が前へ進めるのなら。多少の事は目をつぶるし、その範疇を逸脱したことも、こうして酒と愚痴で忘れる。
 ぬいはクノーに言われてはじめて、自分がエミリアをパートナーと認め始めていることに気付いた。
 そしてそれを悪いとは感じていない自分に、少しだけ驚き、込み上げる笑いを噛み殺した。



 俺は実は、クノーさんが好きなんだが…ゲームを進めてると、非常にガッカリな台詞を頂戴したりする(笑)まあ、それでも好きなタイプのキャラなのだ。クノーさんとバスク先生を連れて、あとは自分のパシリでもぐる…それが些細な夢でした。パトカくれないのね、二人とも…(涙)
それより僕と踊りませんか 2010/04/15
 シオンの生活は、日々平穏だった。
 あいも変わらず記憶は戻らず、故に素性も知れぬが敵から追われている身だったが。それを忘れてしまうくらいに、毎日が目まぐるしく過ぎてゆく。別段身を潜めるでもなく、しかし用心しながら暮す日常。
 実際、記憶云々や未知の敵の存在よりも、彼が今手を焼いているのは――

「たっくさんあるんです、ホントにたっくさん! だから大丈夫です、ヴァローナ」

 電話機を片手に、ヤノアがリビング兼シオンの寝室に駆け込んできた。そのまま長い赤髪を翻して、熱心に喋りながらキッチンの方へと抜けてゆく。毎度のことながらシオンは、平静を装ってフランスベッドを引っ張り出していた。
 それが彼の唯一の寝床にして、一つだけのプライベートな空間。小柄ゆえに、こんな小さな折り畳みサイズでも間に合う。いつものように、洗いたてが香る白いシーツをしく。

「この間、初めて一人でお夕飯の買い物に……あの、ファーンもシオンさんもお仕事で」

 どうやらヤノアにもやっと、同年代の友達ができたらしい。と、言っても、ヤノアが正確に幾つなのかは不明だが。それは自分も同じなので、シオンは特になんとも思わない。ヤノアが普段から連れ立って遊ぶのは、みな小さな子供達だったし……本人自身、中身はそのくらいなので丁度良かったが。
 シオンは先日ヤノアが紹介してくれた、リトルウィングなる民間軍事会社の二人組みを思い出していた。

「それでですね、お肉とかお魚とか、いーっぱい売ってたんですけど」

 バン! とヤノアが冷蔵庫を勢いよく開け放つ。
 その中をぎっちり占領している『ここ数日の三食の定番』がちらりと見えて、僅かにシオンは眉をひそめた。げんなりしているのだと自分でも気付いて、それは意外なことだ、とも。

「シュークリームがすっごい安かったんです! ……はい、ちょっと叱られちゃいました」

 本当に子供の様に、しゅんとしてヤノアは冷蔵庫を閉めるなり、それに背を預けてずるずると座り込んだ。電話機を両手で握り、首を僅かに傾げて俯いている。
 叱ったというか、窘めた……ファーンもシオンも。
 預けた財布の中身を全部、特売品のシュークリームに変えて持ち帰ったヤノアを。

「わたしは毎日食べれて嬉しいんですけど、シオンさんが。……そうですか、やっぱり」

 もうかれこれ、シュークリーム三昧が一週間は続いている。食にこれといってこだわりのないシオンでも、流石に辟易してきているところだ。仕事の都合上、外で軽く済ますことになるときなど、シュークリーム以外の味にほっとする位である。
 ふっくらとしていて、それでいてサクリと歯ごたえのあるシュー生地。その中に内包された、鮮度を失わぬホイップクリーム。カスタードのものもあって、それがまだ冷蔵庫に山ほど残っているのだった。

「だから、明日少し持っていきますね! おすそ分けです!」

 三人分のパートナーマシナリーを集めて、この部屋の光熱費やら何やらを清算していたファーンが顔をあげた。こちらを見詰めてくる目には、安堵の色が静かに潤っている。どうやらキャストでも流石に、シュークリームだけの日々は堪えるらしい。シオンは黙って肩を竦め、そんな日々が少しばかり縮まるらしいことに溜息を零した。

「はい、じゃあ明日……わたし、楽しみにしてます。じゃあ、おやすみなさい」

 通話が終って、ヤノアは今時めずらしいクラシカルな電話機を胸に抱く。そのまま、ふう、と子供の様に一度嘆息すると、きりと表情を引き締め、立ち上がるや振り返った。再度、冷蔵庫の扉を開く。そこには先ほど同様、災厄の元凶が詰め込まれていた。
 しかしヤノアには未だ最愛の甘味料らしく、迷った末に一つを取り出す。もう寝る時分だというのに、誘惑には勝てないらしい。ヤノアだけが今もって、甘い甘いシュークリームの虜だった。
 開封しながらリビングまで来て、彼女はソファがベッドに変形しているのに気付いた。

「こんな時間に食べると、また太るよ、ヤノア」
「えっ!? そ、それは困ります! ……じゃ、じゃあ半分だけ」

 外の世界に出たヤノアには何物も珍しく、取り分け甘いお菓子が彼女を魅了した。シュークリームなどはその最たるもので、今もってヤノアに子供じみたツマミグイをさせているのだが……それが原因で、時々バスルームから悲鳴が聞こえるのを、シオンは知っていた。
 ヴィジランツの仕事で報酬として貰ったソクテイキを、しれっと脱衣所に置いたのは、ファーンのささやかなオシオキだった。

「明日の朝御飯もそれなんだから、今食べなくても」
「う〜、でもわたし、つい……ひゃって、おいひぃりゃないれふか〜」

 口をもぐもぐさせながら、とりあえず半分に割った片方を……クリームの多いほうを頬張るヤノア。立ったままでお行儀が悪いが、座る場所をシオンが寝床にしてるので、咎める訳にもいかず。もう半分の誘惑と戦うヤノアを、黙ってシオンは見ていた。
 ヤノアは今、以前はぬいが使っていたパジャマを着ている。居候だったころに借りっぱなしのものを、結局貰ってしまったのだ。裾も袖も随分と余らせ、細い首から胸元にかけてが白く露で。何より、ぬいの意外にも少女趣味なピンク色のパジャマは、嫌にヤノアに似合っていた。
 ついぼんやりと眺めていたシオンの視線に、ヤノアがふと気付いた。

「あ、シオンさんもいかがですか?」
「……いや、僕は遠慮するよ」
「えっ、でも今、見てましたよ? シュークリーム、じいいい、って」
「いや、それは」

 ヤノアを見てた、とは言えない。

「も〜、なんだかんだ言って、シオンさんも好きなんですよねっ」
「い、いや、僕は……解らない。それは、そうだったのかもしれないけど」
「? シオンさん? シュークリームの話ですよ?」
「え? ああ、うん。……じゃあ、貰おうかな」

 シュークリームを片手に、ヤノアがぐいとベッドの上に身を乗り出してきた。しぶしぶ受け取ろうとしたシオンの手を避け、だぼだぼの袖をまくった腕が差し出される。

「はいシオンさん! あーん、してくださいっ」
「……いや、それは」

 思わず視線をそらせば、視界の隅でファーンが顔を背けるのが見えた。その肩が僅かに震えている。彼女はパートナーマシナリーを定位置に戻して、自室の明かりを黙って消した。
 その間もずっと、ヤノアは満面の笑みで「あーん」と繰り返し口元にシュークリームを寄せてくる。

「一人で食べられるよ、ヤノア。ほら、クリームがシーツに零れてしまう」
「もうっ、前はこうして時々食べさせっこしたじゃないですか」
「……そうなのかな」
「こんなに美味しいものじゃなくて、もっと味気ないご飯でしたけど」

 記憶のない自分を恨み、忘れてしまった自分の所業を忌々しく思いつつ……シオンは観念して、促されるままに口を開いた。食傷気味の甘さが突っ込まれて、舌先がとろける。酷く恥ずかしいのに、どんな顔をしていいか解らず、そのまま彼は手でシュークリームを押し込んだ。

「ごちそうさま。ほらヤノア、早く寝ないと」
「はーい。おやすみなさ……あ」

 ぴょこりとベッドを飛び降りたヤノアが、再度手を伸べてきた。細くしなやかな指が、ついとシオンの頬を撫でる。彼女はそうしてクリームの残滓を拭うと、それをぺろりと舐めて微笑んだ。

「えへへ、じゃあシオンさん、また明日。おやすみなさいっ!」
「あ、ああ。おやすみヤノア、いい夢を」

 ヤノアはぺこんと頭を下げると、肩をずり落ちるパジャマを引っ張り上げながら、寝室に消えていった。

「いい夢を、か……」

 これは、夢ではないかと誰かが言う。忘却した、自分という名の誰かが。今も耳元で囁く……いい夢を。忘れた過去に自分は、あの無垢で無邪気な娘と、どんな夢をみていだのだろうか? それを掘り起こすことも、取り戻すことも、どこか時分には許されないような気がして、シオンは毛布の中で丸くなった。
 ヤノアの王子様は今も、御伽噺とはあべこべで……一人、見えない魔女の檻に、その頑なな心を閉じ込めたままだった。
sakura 2010/04/08
「そもさんっ!」
「ええと、せ、せっぱ? でしたっけか」

 常春のニューデイズを避け、人は季節のうつろいを求めてパルムに集う。キャスト達が百年単位で再生させた人工の大自然は今、花咲き芽吹く季節を迎えていた。
 春、爛漫。
 誰もが桜花舞い散る春風に吹かれ、そこかしこで杯を傾ける。その中でもことさら賑やかなリトルウィング御一行の片隅で、アズラエルは珍しく張り切る親戚を見詰めていた。手に持つ付き合い酒に、ひとひらの花びらが舞い落ちる。

「星霊とはこれ、そも何ぞ?」
「うーん、また難しいお話を。わたしもよく解らないんですけど、祈り、じゃないでしょうか」
「祈り、でござるか……ヒック!」
「はい。多分、生きてるみんなの、祈りとか願いとか……希望とか? そういうものを――」
「ふむ! 教団ではそう定義しているのでござるな! ヒック」
「え、あ、いや、その……個人的な解釈というか、感覚というか、雰囲気? も違うな、うーん」

 花見の余興にしては小難しいが、右も左も酔っ払い。ましてここは酒宴の最中。だからアズラエルは、親戚のお侍様がグラール教団の修道女と、とんち問答をはじめても黙って見ていた。これといって飲みたいわけでもなく、しかし出されたものだからとチビチビ酒を舐める。

「あー、いたいた。おーい、アズー! 久しぶり」

 古い友人が酒瓶を片手に、手を振り近付いて来る。紅白のイロハフブキなどという、これまたおめでたい恰好のマーヤを出迎え、アズラエルは立ち上がった。

「久しぶり、マーヤ」
「お、おう……また背、伸びた? 訳ないよな、うん」
「いや、前からこんなもんだろ。マーヤも相変わらず」
「よせよ、これでも気にしてるんだから」

 頭一つ分小さな友人の、青髪をポンポンと叩いてやる。振り払う手も今は笑みを伴い、まあまあまずはと、どちらからともなく敷き物に腰掛けた。
 気付けば三年……互いに酒を勧めれば断われない年になっていた。マーヤに至っては、そういう立場ですらある。若くして総合調査部などという、面倒な(増して新人の教官など、これまた面倒な)部署で働く友から、アズラエルは酒瓶を取り上げた。

「しかし、何でまたガーディアンズが?」
「ああ、あれさ」

 マーヤが親指でクイと指差す。挨拶を述べてたお侍様も修道女も、アズラエルに倣って首を巡らせた。
 一際賑やかな宴会の中心で、二人の少女が何やら言い争っていた。

「ルミアが――うちのコがご招待されてね」
「ああ、あの……なんつったかな。あのガキの」
「エミリアだっけ? それで僕もご相伴ということになった訳で、ついでだから」
「久々に会おうということになったでござるな!」
「では、再会を祝して、お二人とも乾杯とまいりましょう! ヒック!」

 親戚のこの、どこか時代がかった物言いのニューマンは相当酔っ払っている。その桜ノ宮紋三郎辰政はしかし、普段はあまり見せぬ陽気さで杯を掲げた。隣で頬を朱に染め、したたかに泥酔しているのは、確かヴィジランツをやってるグラール教団の修道女だ。
 その修道女の名前も思い出せぬまま、アズラエルはとりあえず杯を交わした。
 兎に角、興味の対象外にある人間……取り分け異性に関してのみ、アズラエルの記憶力は酷く鈍感になる。そのことを察知したマーヤは、相変わらずだと笑って花見酒を口につける。

「なんだ、来たんだ。せっ、せいぜいたらふく飲み食いしてきなさいよっ」
「わざわざご招待戴いたのに、理由もなくお断りするのも非礼になりますから」
「はいはい、お付き合いいただきありがとーございますー……可愛くないやつー」
「べっ、別に可愛くなくても、普段の任務には支障がありませんっ」

 マーヤが改まって紋三郎と自己紹介を交わす傍ら、アズラエルはぼんやり遠くを見ていた。
 よくまあ飽きもせずに、などと思う。名前は思い出せないが、あれは確かリトルウィングの取締役が面倒を見ている子供だ。その正面でにらみ合ってる、ガーディアンズの制服を着た少女は初見だが、マーヤとの話から察するに部下なり後輩なりだろう。

「エミリア、自分で呼んどいてそれはないさ。今日ぐらい仲良くするさ」
「ルミア先輩も、折角お友達が招待して下さったんですから、もっと楽しみましょう!」

 周囲がなだめて、二人の少女は張り合いながらも人の和に溶けて行く。それを外から見つめて、アズラエルは面倒見のよい同僚に感心したり同情したり……目が一瞬合って、やっぱり同情したりした。
 不思議と暖かな陽気の中、どこか暗鬱とした気持ちが胸に澱む。
 それを奥底に沈みきれないから今、いつになく紋三郎がはしゃいで、グラール教団の女もそれに付き合ってくれているらしい。そしてその気持ちはすぐに、友へと伝播していった。

「アズ、うかない顔だな」
「ああ、また春がきちまったな、って」

 巡り来る春は、ニューデイズのように常春ではない。今、満開の桜が散る為に咲くように、季節は絶えず流れてゆくのだ。やがて若木の萌える初夏がきて、暑い盛りの夏になる。かと思えば残暑もそこそこに、落ち葉の積もる秋がきて……厳しい冬を越せば、また春。
 そうして月日が重なり一年が過ぎれば、いよいよ残された時間は少ない。
 春という季節は、ことさらそれを痛感する節目の季節だった。悲観も未練もないが、どこか一抹の寂しさがアズラエルの胸中を騒がす。普段は講義やレポート、リトルウィングでのミッションに追われて忘れているが、こういったはずみにそれは浮き上がってくるのだ。沈めても沈めても、沈める手を掻いくぐるように、無意識に表面化する。

「――アズ、やっぱり家とは」
「あ? ああ、悪い。つい……それよか、あれはウォルじゃないか?」
「ん、確かに呼んだけど。ああ、ホントだ」

 友が注いでくれるので、重い気持ちを飲み込むように杯をあおって。そうして気持ちを切り替えて、アズラエルは露店が並ぶ通りの方を指差した。
 長身のキャストが、きょろきょろと周囲を……自分達を探している。

「相変わらずとろいな、見つけらんないみたいだ」
「あ、店につかまった。何か言われてる」
「あれ、絶対買わされるぞ。賭けてもいい」
「賭けにならないよアズ、僕もそっちに全賭けでいい」

 僅かに晴れた気持ちで、アズラエルは立ち上がった。隣でマーヤも、ポンと膝を叩いて並び立つ。二人は酔っ払い二人に見送られて、大量の焼きそばを抱えて立ち尽くす友を出迎えるべく、狂い咲く花吹雪の中を歩き出した。



 お花見がしたいでござる!しかしながらまだ青森は肌寒く候。明け方などまだ、零下を越す寒さに候……あと一月は、桜の咲く気配すら感じないでござるっ!
フォトグラフィ 2010/04/01
 思ったよりも片付いている。むしろ綺麗な方だ。
 それでもやはり、男の一人所帯というものは……などと兄を思い出す。
 ルミアは今、先輩ガーディアンズのマイルームを見渡し、腰に手を当て溜息。ついつい普段の癖で、床に散らばってる雑誌などを拾って片付けはじめてしまう。無論、中身をいちいち気にしてはいられない。この辺は既に兄で慣れている。

「ああルミア、いいよ別に気にしなくても。マナも楽にしてて、今お茶を」
「私が気になるんです。どうしてこう、男の人はだらしがないんですか?」
「教官、またルミア先輩に怒られましたねっ!」
「怒ってなんかいませんっ!」

 キッチンの奥でマーヤが、苦笑を零しながら古めかしいパートナーマシナリーとお茶の準備をしている。興味深そうに部屋中をウロウロする後輩を窘めつつ、ルミアは目に映る乱雑さについ手が伸びる。先程の雑誌をラックに戻し、さて次はと眼を光らせていると、

「教官っ、この写真! これって、教官のお母さんですか? ……その、どちらかが」
「ん? 両方とも僕のかあさんだよ。産みの親と、育ての親。二人いるのさ」

 マナがビジフォンを備えた机の壁に、沢山の写真が貼られているのを見つけた。これだから子供は……などと思いつつも、ついついルミアも覗き見てしまった。
 今時珍しい、紙媒体に印刷された写真は、どれもモノクロ現像で大きさは様々。
 その中の一枚、丁度マナ位の年頃だろうか? 青髪の少年が二人の女性に挟まれ写っていた。

「マナも珈琲で良かったかな」
「あ、はいっ! お砂糖を入れれば飲めます。わー、教官は昔から小さかったんですね」
「こらっ、マナ」

 壁に身を乗り出して、写真を眺めるマナを、ルミアはどうにか襟首掴んで引っぺがす。その間も視線はついつい、先輩の思い出を飾るフォトグラフを見てしまう。雑然と適当に張られた写真はどれも、マーヤを囲む暖かな人々の輪が感じられた。
 その中でも、特別目立つ一枚に眼差しを留めた時、手の中でマナが懲りずに声をあげた。

「教官、これは最近の……じゃないですね。これ、三年前の被災地キャンプだ」
「そんな写真もあったかな」
「今と全然っ、変わってないですね!」
「……僕が小さい訳じゃないよ。周りの二人が大きいだけさ」

 写真の中では、当時まだ制服もなかった頃の若きガーディアンズが……ガーディアンズの少年達が笑っていた。荒涼とした廃墟と、その中で復興へと立ち上がる人達を背景に。
 写真の隅に刻印されたデジタルの日付は、三年前のものだった。
 へー、とか、ふーむ、とか言うマナをひっ掴まえたまま、ルミアもその写真に見入った。

「イーサンも……ルミアの兄さんも一緒だったよ。みんなあの頃は、必死に働いたものさ」
「みんな、ですか。じゃあじゃあ、この人達は教官の」
「うん、仲間。そうだな、友達かな」
「友達ですか! いいなぁ……マナにも素敵な友達ができないかな」

 するりとルミアの手を抜け出て、マナは珈琲の香るリビングに駆けていった。
 この部屋の主は今、新しい捜査資料を中空に投影しながら、お茶の準備を整え仲間を待っていた。今を共に生き、明日を共に戦う仲間を。ルミアも思い出したように身を正すと、気合を入れなおしてマナの後を追った。
 ルミア達は今、総合調査部が最近頭を悩ましている、とある難事件に挑もうとしていた。

「マナにもできるさ、友達くらいいくらでも」
「本当ですか、教官っ!」

 マナはマーヤによく懐いてる。フォースとして未熟で、ガーディアンズとして半人前だが、言う事はちゃんと聞くし、分別はある。一応戦力として数えてもいいと、ルミアは受け取るマグカップから熱い珈琲を飲みつつ、マーヤの向かいに腰を下ろした。隣は常に、マナの指定席だ。

「僕は嘘はつかないよ。ルミアみたいに、素敵な友達に出会えるかもしれない。ね?」

 不意にルミアの脳裏に、一人の少女が姿を現した。
 翼を抱いた、少女。

「な、なななっ――マーヤさんっ! あれは、あんなのは違いますっ!」
「あれ、友達じゃないんだ。僕はてっきり」
「たまたまこの間のミッションで、現場の判断で共同戦線を……友達なんかじゃないです」
「そう? まあ、ルミアがそう言うなら別にいいけども」

 エミリア=パーシバル。確かそう名乗った。民間軍事会社、リトルウィングが派遣した同年代の少女だ。何もかもが自分と真逆で、何もかもが自分の癇に障る。覇気に欠け、意欲もなく、理想も目標も持っていない。それなのに、戦闘センスはそれなりで、何より頭が良く回る。
 だが、友達などでは決してないとルミアは心に結ぶ。
 ガーディアンズを敵視するような人間と馴れ合うつもりは、彼女には毛頭なかった。

「でもルミア、彼女の……ええと」
「エミリアです。エミリア=パーシバル」
「そうそう、エミリアのことを話してる時の君は、凄くイキイキしていたけどな」
「それは……心外です。それに……」

 ルミアは慌てて、散らばる捜査資料へ手を伸べる。空中に浮かぶ映像の一つ一つを整理し、作業しながら彼女は俯き小さく呟いた。何故か顔が火照り、耳が熱い。

「私の仲間は、マーヤさんとか、清信さんとか……あと、まあ、マナとか。兎に角っ!」
「ほら、教官。またルミア先輩を怒らせちゃいましたよ。だめですよ〜」
「怒ってません! さあ、早く今後の捜査方針に関しての打ち合わせをしましょう!」
「っと、そうだった。マナ、今日までで本部が掴んでいる情報を」

 マーヤの表情が一瞬で仕事の顔になった。隣でしゃちほこばって、報告書の映像を拡大するマナ。

「ガーディアンズの失踪者は、今日までで14人です」
「ふむ、共通点は?」
「それが、ガーディアンズであるということ以外は……部署も配置もバラバラですっ」
「情報封鎖の方は? 多分ライアさんの方でキッチリやってると思うけど」
「まだ外部の人間には知られてないと思いますけど。でも教官、時間の問題かもしれません」

 マーヤが細い顎に手を当て、捜査資料から視線を外す。ルミアもまた、今ある情報から何か手掛かりを探った。
 ガーディアンズ隊員の謎の失踪事件……この半月で、実に14人もの人間が忽然と姿を消した。
 失踪者にガーディアンズであるという以外の共通点はなく、総合調査部の捜査は行き詰っていた。

「マーヤさん、他の組織にも同様のケースが起こっている可能性は考えられませんか?」

 ルミアは間に浮かぶ映像を手でどけると、グイとマーヤに身を乗り出した。
 ガーディアンズが今回の件を、失態として隠し続けている以上……もしかしたら、他の組織でも同様の事例が秘められているかもしれない。

「同盟軍やヴィジランツ達……後は、リトルウィングとかかい?」
「はい」
「でもっ、ルミア先輩。ヴィジランツは兎も角、他の組織にも体面? てゆーのがあるんじゃ……」
「こっちから先に情報を出すの。連続失踪事件が起こってるって。何かそれで情報が引き出せれば」

 ふむ、と唸って腕組み、マーヤがソファに身を沈めた。端整な顔に眉根を寄せて、可能性を検討しているようにルミアには見える。マナはそんなマーヤを、不安げに見詰めるだけだった。
 ルミアにはただ、見えない予感があった。悪寒と言ってもいい……嫌に黒い胸騒ぎ。

「ライアさんに上申してみよう。後は……そうだな、僕でおとり捜査ができないものかな」

 ぽつりと呟いたマーヤの一言に、ルミアはソファから立ち上がっていた。マナと同時に。

「マーヤさん、危険ですっ! ……それ、前の私みたいじゃないですか」
「教官っ! それは流石に危ないです! いつも、チームプレイって言ってるじゃないですか」
「……まあ、そうなんだけど。他の組織に打電はするにしても、もう少し埒があかないかな、って」

 真剣な表情のマーヤに、ルミアは怯まず反論を叫ぶ。

「マーヤさんは今は、マナの教官でもあるんです。反面教師はいけないと思います!」
「そうです! ルミア先輩、もっと怒ってください!」
「今のところ、どういった条件で失踪者が発生するか、それも解ってないんですから」
「そうですそうです! それに、教官がやるくらいなら、マナが努力と根性でっ!」

 キッと睨んで、瞬時にルミアはマナを黙らせる。そうして縮こまらせると、更なる剣幕で捲くし立てようとして……先輩ガーディアンズの苦悩を察し、舌鋒を納めた。
 できれば、情報がマスコミを通じて市民に漏れる前に、カタを付けたい。
 何故なら、ガーディアンズは力なき市民達の、頼れる盾にして剣なのだから。

「とりあえず、話を上に通して各方面のリアクションを待とう。焦りは禁物、か」
「そ、そうです。そんな行き当たりばったりな……エミリアじゃあるまいし」
「あっ、やっぱりルミア先輩は気になるんですね、そのエミリアって人が」

 思わずルミアが「こらっ!」と拳を振り上げれば、マナはさっとマーヤの影に隠れた。
 マーヤはただ笑って、これで打ち合わせは終わりとばかりに、捜査資料を片付け始める。結局のところ、上申書を作成して他の組織に探りを入れ、同様の事件を抱えているのであれば、協調路線をとる……今はそれしか望めない。それは提案したルミアが一番よく解っていた。

「ふむ、じゃあ僕の方で上申書を作成しておく。ああ、それと……」
「私はっ、別に友達じゃないですから! エミリアに聞いたりなんかしません」
「いや、そんな話じゃなくて……」
「リトルウィングの内情も解れば、それにこしたことはないですが。今はまだ、憶測の域を……」

 言えば言う程ボロが出る。ルミアは痛い程自覚していた。友達だなんてもっての他だが、自分はあの子を……エミリアを意識している。マナが「おお、これは……ライバルだ!」と言って、マーヤの背中に隠れた。

「エミリアとは別に、何の関係もありませんっ!」
「いや、それは別に……ただ、一緒に写真、どうかなって。な、マナ?」

 口を尖らせ、頬を膨らませていたルミアは一瞬固まってしまった。
 構わずマーヤは、パートナーマシナリーにカメラを取って来させる。

「僕の良き仲間で……何よりマナのいい先輩でいて欲しい。ルミア、記念に一枚」
「わっ、私は……別に、そこまで言うなら、いいですけど」
「わぁ! ありがとうございますっ、教官! ルミア先輩も! マナ、感激ですっ」

 パートナーマシナリーがカメラを構えて抑揚に欠く声で「それでは皆さん、はいチーズ」などと言いながらファインダーを向ける。マナはルミアの腕に抱き付き、マーヤに身を寄せて元気よく「バターッ!」と叫んだ。
 パシャリとフラッシュがたかれて、ルミアは仲間達と一枚の写真に納まった。
 後日データでメールに添付されてきたそれを、ルミアは印刷して部屋に張ってみた。何だか悪い気がしなくて、急に懐かしくなり……兄や赤い戦鬼、他にも親しい人達の写真データを引っ張り出して見る。それも印刷して並べて張ったら、少しだけマーヤの気持ちが解るような気がして、そこに確かな絆を感じた。
はじめての再会(後) 2010/03/25
 ククーシカは困惑を通り越して、困窮していた。
 昔、降下直前の空挺師団とカーゴ内で揉めた時も、こんなに困ったことはない。濃霧、雷雲、強風……天候の理不尽さとは付き合いも長い。現役軍人だった頃の、ありとあらゆる困難が今、ククーシカことユーリ=ナジェインの中で過去になりつつあった。
 だが、彼はまだ諦めるということを学んではいなかった。
 今の相棒がいつでも、妥協点を高めることに妥協しない人だから。

「とりあえず、その、泣きやんでもらえませんか?」

 官給品の(しかし自分では一度も使ったことのない)ハンカチを取り出し、そっと差し出す。
 目の前に今、うおーん! と声をあげて天を仰ぎ、大粒の涙を零す女の子の姿があった。同僚が転送してくれた詳細なデータから、眼前の人物が要救助者であることは間違いない。しかしククーシカは、想像のナナメ上をゆく現実に挑み始める。
 てっきり、小さな子供だと思っていた。
 しかし、それは違った。二十代前半位の、イヤに鮮やかな赤髪の女だ。もしやキャストでは、と疑いたくなる位に、整いすぎた容姿の。しかし、それはククーシカに知識として雪崩れ込むも、感性に何ら訴えかけるものを含んでいなかったが。
 問題は、救助対象が絶世の美女で、しかも幼子のようにへたりこんで泣いていることだった。

「ええと、ヤノアさん、ですよね?」

 ククーシカの問い掛けに、赤い髪がこくんと揺れる。その鮮やかさを際立たせる夕映えは、今はもう地平線を紫色に染めている。太陽は今、静かに大地の底へと沈もうとしていた。
 やれやれと零れそうになる溜息を飲み込み、ククーシカはどうにかハンカチを握らせる。
 ヤノアと呼ばれた女は、それで遠慮なく鼻をかむと、ポツリポツリと喋り出した。

「バスク先生が、帰るから集合って。それで、わたしシオンさんとファーンにお土産を忘れてて」

 再度、ちーん! と盛大に鼻をかむヤノア。ククーシカは自分では使わないので、ハンカチの返却を遠慮しようと考えつつ、今日のような事態に備えて常備するのもアリだと思いながら、

「わたし、お花を少しつんでいこうと思ったんです! それで、ちょっとだけ」

 内心、呆れてしまった。
 まるで絵に描いたような、迷子の発生にいたる典型的な事例だった。
 つまるところ、眼前のヤノアなる女性は、バスクがちょっと眼を離した隙に集団行動を乱し、植物採取中に道に迷ったのだ。こんなグリングリンファームの端の端、この先は原生動物が蠢く野性の森という瀬戸際で。

「兎に角、戻りましょう。バスクさんも、お友達も心配してました」
「でも、でも……どうしましょう! わたし、道に迷ってしまったんです」
「ですから、俺が迎えにきた訳ですが」
「えっ? じゃ、じゃあ帰れるんですか?」

 本当に子供と会話しているようで、流石のククーシカも違和感を感じ始めた。
 だが、瞬時に脳裏に相棒がイメージとなって浮き出て、深く考えるなとポカリ。本当に小突かれた訳でもないのに、ククーシカは額を擦りながら自分を諌めた。
 このヤノアなる人物は、ククーシカの眼には酷く不審で怪しく見えたのだ。

「す、凄いです! よかったぁ。あ……でも、もう、こんな時間……門限、ぐすっ」

 ヤノアはまたも涙ぐんだ。
 ククーシカはもう、見た目でヤノアを判断するのをやめることにした。つまり、同僚のバスクが言う通り、子供の女の子なのだ。どうして見た目が大人な、それも妙に容姿端麗なのかは、再度浮かび上がる相棒が後回しにしろと蹴り飛ばす。

「少しでも明かりがあるうちに、原隊復帰……あ、いえ、戻らないと」
「あっ! ででで、でっ、でもっ! シオンさんが、知らない人に、ついてっちゃダメだって」
「……俺はユーリ=ナジェイン、みんなはククーシカと。で、あなたはヤノアさんですね?」
「はいっ! あ、じゃあこれでもうククーシカさんはお友達ですね!」

 これがヒューマン達が常々口にする、頭痛というものかとククーシカは感嘆した。
 ともあれ、事は急ぐにこしたことはない。ちぐはぐな問答を繰り返しているうちに、薄暮のパルムは今、闇の中へと沈もうとしていた。
 闇雲に歩き出す前に、地図を確認する。勿論、素人の民間人が、それも子供がいることを前提にルートを選択する。来た道は駄目だ……急いだため強行軍の最短ルートを取ったから。ファームの農道に出れば、後は道なりだが、それも少しばかり距離がある。

「ふむ。ではヤノアさん、歩けますか?」
「は、はいっ。平気ですっ」

 立ち上がったヤノアが、一瞬よろけた。慌てて支えたところで、ククーシカは頭上をフォトンドライブの駆動音が通り過ぎるのを聞いた。それが旋回して戻ってくると、眩い明かりが周囲を照らす。

「おー、いたいた。って、ユーリ! 子供を捜しにきといて、何やってんだい!」

 いかに相棒が利発的な人物でも、大いなる誤解を誘発させるに充分な光景を、ククーシカは与えてしまった。突然のことに驚き、腕の中のヤノアはぎゅむと自分に抱き付いている。
 駆けつけたヴァローナの眼には、男女の逢瀬に見えたに違いない。
 違いはないだろうが、それがどんな心証を与えるかは、ククーシカは良く理解していた。

「ま、お前が何をどうこうってこともないか。事情は? 説明……ってか、誰? その娘」
「この人が迷子です」
「……ちょっと待て、いま降りてく」
「はい」

 胸元にヤノアをぶら下げたまま、ククーシカは相棒のヴァローナと再会した。
 かいつまんで説明した後、ククーシカが浴びた言葉は意外なものだった。

「お前、真っ先にファームに飛んできただろ」
「え、あ、はい。それは……緊急事態でしたので」
「要領悪いね、足ぐらい調達してからきなよ。ま、無事だったからいいさ。乗んな、帰るよ」
「はい。……その、それだけですか?」

 野暮なことなど一言も言わず、誤解は誤解と紐解いて。ヴァローナはニ、三の確認を取るなり、すたすたと車両に引き返してしまった。呆気に取られつつ、まあいつものことだと歩き出したククーシカの前に、ヤノアが飛び出し追いかける。

「あっ、あのっ! ありがとうございました!」
「ん? ああ、いいさ。……最近の子は発育がいいんだねえ」

 ヤノアを一度だけ、その全身をくまなく見詰めて、ヴァローナは笑った。どこか察して追求を保留したような、しかし無事なことだけが今は嬉しい……そんな笑顔だった。

「わたしはパーシャ=グラドコフ、ヴァローナで通ってる。ええと」
「わたしはヤノアですっ! シオンさんちでお世話になってるので、ええと……」

 ヤノアは僅かに俯き、次の瞬間には満面の笑みでヴァローナに並んでいた。

「ヤノア=ササキです。だと思います!」

 少し後を離れて歩く、ククーシカは改めて違和感を思い出す。僅かに頬を染め、無邪気すぎる笑みを浮かべているヤノアに。それも、肩越しに振り向く相棒の視線が、やんわりと封殺してくる。

「とりあえずヤノア、先生の言う事はちゃんと聞く。いいかい? 駄目だよ、勝手に動いちゃ」
「はい……ごめんなさい」
「うん。まあ、それだけさ。帰ろう、バスクも心配してるし。ククーシカ、運転交代だ」

 運転席に納まったククーシカは、背後で相棒がドアを閉める音と共に車体を浮上させる。
 変に懐いたのか、安心したのか……帰路の車内でヤノアは、ヴァローナにずっと喋りっぱなしだった。対するヴァローナは、何度かバックミラー越しにククーシカに頷きながら、笑って相手をしていた。
 これが、ひょんなことからククーシカが関わることになる、様々な人々の第一号だった。
はじめての再会(前) 2010/03/18
 民間軍事会社リトルウィングの業務は多岐に渡る。
 例えば要人の護衛や施設の警護、法の代理手続きや企業間の交渉。それらは言うに及ばず、些細なご近所のトラブルから、日曜大工のお手伝いまで……ようするにリトルウィングは、グラールの何でも屋だった。
 その一員である彼女が、今日はどんな依頼内容をこなしてきたかはわからないが。
 ただ、ヴァローナことパーシャ=グラドコフは上機嫌だった。
 クラッド6へ戻る港の前に、困り顔の同僚を見つけるまでは。

「お疲れさん、バスク。何か困り事かい?」
「ああ、ヴァローナか。丁度良かった、今連絡を入れようとしていたところだ」

 リトルウィングでは同じ新参者のバスクが「みんな、ご挨拶を」とヴァローナに向き直れば、元気のいい声が無数にあがった。バスクは今、小さな子供達に囲まれていた。

「グリングリンファームあたりに遠足ってとこかい、先生?」
「うむ。子供達にはなるべく、直接大自然を見せたくてな。……例え人工の自然でも」

 鋼の知性を優しさで包んで、バスクが腕組み視線を遠くへ放る。
 ここは惑星パルム、キャスト達が統治する青の星。広がる大自然の合間には、整然とした大都市が点在する。特にここ、ホルスシティは一番の賑わいを見せる中心都市だった。
 嘗ては戦火に焼けて荒れ、草木の生えぬ不毛の星だった時代もあるという……しかし、この地に故郷を得たキャスト達は、自然の景観と環境の修復に心を砕いた。今のパルムは全てが、キャスト達の手で復元された自然だったが、ヴァローナはそれでも自然には違いないと心に結ぶ。

「それで? 水臭いじゃないか、さっさとお言いよ。わたしでも何かの足しになるだろう?」
「ふむ、この師ありてあの弟子あり、か。いや何、私自ら始末をつけなければならないだろう」
「? 持って回るのはよしなよ。察するに、おおかた子供が迷子になったんだろう」

 図星のようで、バスクの鉄面皮が表情を曇らせる。

「私も捜索に一度、ファームの方に戻ろうと思う。そこでヴァローナ、この子達を――」
「逆ならいくらでも。子供達には先生が必要だろ? 家に帰るまでが遠足さ」

 言うがはやいか、ヴァローナは帰りの便をキャンセルすべく、携帯端末を取り出す。そんな彼女を見詰める子供達は、どこか不安そうにバスクの周囲に固まりはじめた。年の頃は、五〜七歳くらいだろうか? ざっと数は十人ほど。揃いも揃って口々に、バスクの名を呼び見上げている。
 ヴァローナは勿論、子供が嫌いという訳ではない。
 ただ、ここまで懐かれているバスクを前にすれば、自ずと誰が何に適任かは明白だった。

「ファームの方にも確認の連絡を入れる。そのうえでわたしが出向こう。そのほうが、いいよね?」

 すらりとした痩身を屈めて膝に手をつき、ヴァローナは居並ぶ子供達を覗き込む。
 皆が皆、大きな瞳で頷いた。

「ところでバスク、私も、というのは……」
「うむ、その件で実は、ヴァローナに連絡をと思っていたのだよ」

 思い出したようにバスクは、顎に手を当て肘を抱いた。そうして次の瞬間、ヴァローナを仰天させる一言を言い放つ。

「確か、ククーシカ君、とか言ったかな? 君が研修させている、元同盟軍の」
「ああ、うちのがどうかしたかい? 今日はオフだけど」

 お陰で仕事ははかどったが、物足りなさを今は胸に秘めて沈めるヴァローナ。
 ククーシカ……個体識別名ユーリ=ナジェインは、ヴァローナが面倒を見ている新人社員だった。元同盟軍のパイロットで、腕はそこそこだが、社会性と生活力が絶望的な、それでも常識はないのに良識だけはしっかりしている、ようするに難物なのだが。
 どうして彼の名がここであがるのかと、ヴァローナは首を傾げた。
 同時に、嫌な予感が黒い霧となって胸中に充満してゆく。

「つい先程、この場で会ってな。GRMのファクトリーに顔を出したようだったが」
「あのバカ、まさか」
「うむ、事情を説明したところ、止めるのも聞かずに飛び出してしまった」

 ヴァローナは、ぐらりと足元が揺らぐのを感じた。実際に揺れていたのは、彼女自身だったが。同時に、その時の光景がありありと脳裏に再生され、その一挙手一投足までもが事細かに、それこそ手に取るように解る。
 再度、あのバカめと呟き、手の内の携帯端末を指で弾く。
 着信は繋がらない。
 短く簡潔なメールも、届きはしたが返信の気配が感じられなかった。

「民間人の保護を最優先、と言ってたな。彼はきっと、いい軍人だったのだろう」
「短慮なだけだよ、バスク。……っとに、しょうがない奴だねえ」

 呆れ半分の笑いに気付き、ヴァローナは自分でも不思議に思った。厄介事を増やしてくれてるのだが、忌避の前に笑いが込み上げてくる。
 それは恐らく、今自分が選択しようとしている道と同じだから。

「さて、じゃあ日が暮れないうちに片付けようかねえ。ん? どうしたんだい、お嬢ちゃん」

 バスクに身を寄せる子供達の中から、小さな女の子が歩み出た。

「お姉ちゃんは、ガーディアンズ? それとも、ヴィジランツ?」
「難しい言葉を知ってるね、お嬢ちゃん。わたしはバスク先生の仲間さ、安心おし」
「じゃあ、リトルウィングの?」
「そうさ。まあ、先生同様わたしも外様で――」

 ヴァローナの目の前で、女の子はナノトランサーを手の内に引っくり返した。色とりどりの包装紙に包まれた、チョコレートやキャンディーが溢れ出す。何個かがこぼれて、慌てて女の子は拾いあげた。

「んとね、これでね、お友達を助けて欲しいの」

 両手にいっぱいのお菓子を捧げて、背伸びしながら女の子が見詰めてくる。頷くバスクを横目に、再度屈んでヴァローナは女の子に目線を並べた。真剣な眼差しは、ありありと不安が浮かんで見える。

「前に、お兄ちゃんがこなかったかい? こう、白い髪の、白いお兄ちゃんが」
「うん、来た。あのね、お兄ちゃんはね、いらないって。何かね、難しいことね、言われてね」

 ヴァローナはすぐに想像できた。ぴしりと変に身を正して「民間人の保護は、俺の、自分達の責務ですから」と踵を返すククーシカの姿が。やはり、笑みが止まらない。
 存外、やるじゃないか……そう呟いて、ヴァローナは相棒の軌跡をなぞった。

「なら、わたしも受け取れない。気持ちだけ、って言っても解るかな?」
「でもでも、リトルウィングは、ちゃんとお金を払わないと……あたし、お金は、ないから」

 バスクの苦笑が聞こえた。誰がこの子に教えたのかは知らないが、概ね間違っていない。リトルウィングは金次第で何でもやる……それは裏を返せば、金を払えぬ者に用はないということだ。
 だが、それは大人の社会だとヴァローナは断じる。まだ、目の前の子供達に重ねていい理屈ではない。

「お金はいらないよ。お菓子も。その代わり、一つだけ。いいかい、お嬢ちゃん?」
「う、うんっ」
「他のみんなと一緒に、先生の言う事をよく聞いて、ちゃんと家までお帰り。いいね?」

 そう言ってヴァローナは手を差し出し、小指を立てる。

「お姉ちゃんが約束する。お友達は必ず助けるから。だから、安心おしよ」

 両手に溢れるお菓子をこぼしながら、女の子もグイと突き出す手に小指を立てる。
 指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます――

「ゆび、きった!」
「うん、指切った。自慢じゃないけど、わたしは約束を破ったことはないんだ」

 大事な約束は、と後から付け足す。男との約束はどうだったかが思い出され、女の子との大事な約束はと訂正を重ねる。そうして立ち上がると、ヴァローナは今来た道へと振り返った。

「じゃあバスク、ちょっといってくるよ。うちのが世話をかけたね」
「いや、世話になってるのは私の方だ。助かる、頼んだぞ」

 既に日は傾きはじめ、太陽の下弦が地平線へと触れかけている。徐々に夕映えに染まりつつある高層建築群の中、ヴァローナは足を調達すべく駆け出した。

「待てヴァローナ! 今、捜索する子のデータを」
「うちの相棒が、そんなことも聞かずに飛び出すと思うかい?」
「確かに、ククーシカには伝えてあるが」
「なら、いいさ!」

 グリングリンファーム自体は安全だが、その近くには野性の原生動物も多い。
 焦れながらもヴァローナは、相棒の機転に僅かな望みを、何より確信を得つつ走った。
どすこいフォース、見参っ! 2010/03/11
 クラッド6で一番の大通りに面した、広く賑やかなオープンカフェ。そこはどこか、マーヤにはパルムのあの店を髣髴とさせた。ガーディアンズには御馴染みの、ホルテスシティの溜まり場。いつでもそこには、仲間達の笑顔があった。

「よう! なんだ、今日は制服じゃないんだな。ルミアちゃんがうるさくないか?」
「いや、あの恰好じゃ『捜査に動いてます』って言ってるようなもんだし。ケースバイケースさ」

 わざわざ出向いてきてくれた旧友を、マーヤは立ち上がり出迎える。
 スクールの頃からの腐れ縁、リトナもまたガーディアンズに籍を残していた。今は機動警護部で便利に使われているらしい。紅白のイロハフブキといういでたちのマーヤに、口笛を吹きながら歩み寄ってくる。
 彼もこの場所には懐かしさを感じるのか、ウェイトレスにコルトバジュースを注文した。

「総合調査部はどうだ? こっちは毎日人手が足りなくて、苦労してるよ」
「どこも一緒、か。組織として整備が進んだ今、ガーディアンズの人材確保は急務って訳だ」

 久々の再会だというのに、挨拶もそこそこに二人は額を寄せ合う。晴れ渡る平日の午後、カフェはそれなりの客足で賑わっていた。元がリゾート艦という立地条件なれば、明るいうちから酒を傾ける客も少なくない。

「ライア姐さんも毎日大忙しでよ。ま、今じゃちょっと雲の上の人になっちまったけど」
「今やガーディアンズ総裁だからね。でも、ライアさんの手腕はみんな褒めてたけどな」
「今や、と言えば……お前さんがまさか、指導教官とはね。あのマーヤがねえ」
「な、なんだよ。だから、人手が足りないんだってば」

 ガーディアンズは現在、慢性的な人手不足に悩まされていた。警察権を持った組織として再編された三年前、大量の離脱者を出したから。その後も仕事は増えるのに、人材の確保はままならなかった。
 マーヤもリトナも、肩を竦めて溜息を零す。

「あー、やめやめ! 久々に会うなり仕事の話じゃね。何か面白い話はないの? リトナ」
「それがサッパリ。清さんは相変わらずだし、他のみんなもテンテコマイだし」
「はは、あの人はほら、マイペースだから」
「その上、俺はまた豪快に振られるし」
「何人目? 長持ちした方じゃないか」
「八人目……お前も経験すればいいんだ、仕事と恋愛の板ばさみって奴を」

 どうやら友人はまた失恋したらしく、しかもそれが一方的だったと嘆かれ、マーヤは苦笑を零した。

「マーヤは? 何かこう、浮ついた話の一つや二つ……ないよな、多分」
「酷い言い草だな。……そりゃ、ないけど、さ」
「そんなんじゃますます、マザコン疑惑が広がるばかりだぞ」
「まあ、言わせておけば? 僕も義母さんも大して気にしないし」

 マーヤには、その気はない。
 正確に言えば、もう卒業したのだ。少年期の不安定な思慕の情は今、綺麗に清算されてしまった。ただ、自分には母親が二人いて、愛されている。自分もまた、二人の母親を大事に思っている。それだけのことを受け止め受け入れるのに、随分と時間を使ってしまったが……無駄ではなかったと今は思うマーヤ。

「じゃあ、どんなのが好みだ? あ、いや、待て。俺が当ててみせよう」

 腕組み考え始めたリトナから視線を外して、マーヤはテーブルに頬杖ついて周囲を見渡す。
 ふと、その視界に清冽なまでに鮮やかな赤髪が映りこんだ。
 通りに面した最前列のテーブルに、一人の女性が佇んでいる。そのパステルカラーのたおやかな長髪が、リゾート艦ならではの温かなそよ風に揺れていた。その頭髪と対照的に、肌は透けるように白い。目鼻立ちも精緻で華美な印象を発散しており、ビスクドールのようだとマーヤが思っていると、

「ああいうのが好みか? えっらい美人だが、何かこう、妙な感じだな」
「リトナ、気付いた? 何だろう、言葉にはできないけど違和感が」

 二人の視線の先では、件の麗人が往来を飽きることなく眺めている。その整った横顔は綺麗過ぎて、まるで作り物のよう。興味深げにみつめていたリトナが、もしやと席を立った時……さらなる違和感が疑念を連れ去った。

「お待たせしました、お客様。トレッカ名物、スィートハニー・アイランドでございます」
「わぁ、すごいっ! いっただきまぁーす!」

 ストンとリトナが、脱力して椅子に腰を落とした。
 疑惑の美人は破顔一笑、運ばれて来たスイーツの山を前に子供みたいにはしゃいでいる。一礼して去ってゆくウェイトレスにも構わず、わたわたとスプーンを手に頬張りはじめた。
 それは例えて言うなら、アイスをチョコとクリームで彩った、ガラスの器に浮かぶ巨大な島だった。

「……ま、まあ、リゾート艦だからな。色んな人が来てるし、色んな人がいるだろうさ」
「……お、おう。黙ってりゃ可愛いのにな。なんだありゃ、子供じゃあるまいし」
「子供と言えばリトナ。僕の担当することになってる子だけど」
「あ? ああ、人手不足だしな。本人もやる気だし、書類上不備はないぜ?」

 既にもう、豹変してしまった麗人を意識の外に、マーヤはこの場所に呼び出された理由を思い出していた。今日から彼は、忙しい毎日の傍ら、指導教官として新人と組むことになっている。
 その相手というのが、資料を見る限りどうにも、マーヤには不安だった。

「俺等だってスクールを出たのが17の頃だろ? そう大して違わないって」
「大違いだよ、13歳って。全然子供じゃないか。まったく」
「割としっかりした子だったぜ? それに根性もある。ってかド根性くらいしか今のところないが」
「これくらいの年頃の子供は扱いが……それに、親御さんだって心配するだろ? 遊びじゃないんだ」
「その親御さんがな、世間勉強にって放り出したのさ。ほら、噂をすれば……おーい! こっちだ!」

 振り向きリトナが手を振る先に、ニューマンの少女がきょろきょろと辺りを見回していた。正規のガーディアンズ制服を着込んではいるが、マーヤにはやはり年端もいかぬ子供に見える。事実、それは小さな子供だった。
 若草色のショートボブを揺らして、大きな眼鏡の奥でつぶらな瞳が輝く。こちらを見つけたようで、一直線に新米ガーディアンズは駆けて来た。

「すみませんっ、遅れました! エレベーターに乗り遅れちゃって……ごめんなさいっ!」
「お疲れ、マナ。こっちがお前さんの指導教官になる、マーヤ=クラインだ。挨拶しな」

 床に付くかと思われるほど頭を下げてた少女は、リトナに続いて立ち上がるマーヤに向き直り、再度深々と頭を垂れた。

「クライン教官、マナ=アマミネですっ! ご指導、宜しくお願いしますっ!」
「あ、ああ、うん。よ、よろしく」

 戸惑いながらもマーヤは、面を上げさせると同時に手を差し伸べる。握手を交わす手は細く小さく、一抹の不安が胸中を過ぎる。資料では確かフォースとのことだったが、見たままに子供過ぎて、マーヤは困惑を隠しきれなかった。
 だが、それが些細なことであると、次の瞬間に彼は思い知ることになる。

「じゃ、マーヤ。後は宜しく。大丈夫だって、彼はこう見えても根性だけはあるから」
「はいっ! 努力と根性で頑張りますっ」
「まあ、リトナがそう言うなら……は? え、今……彼?」

 マーヤは目を点にして、眼前で身を正す少女を見下ろす。
 自身が言えた容姿ではないが、うずうずと見上げる少女は、見た目も服装も女の子だ。

「マーヤ、お前ちゃんと資料読んだか? アマミネ家はニューデイズでも古い家でな」
「え、いや、だって……ゴメン、13歳ってのにばっか目がいって、まだ全部は」
「マナの家ではみんな、14歳で成人するまで女の子として育てられるんです。おかしいですよね」

 マーヤの、指導教官としての波瀾に満ちた日々の幕開けだった。
 その原因であるマナは今、真っ直ぐマーヤを見詰めてくる。隣のリトナは、笑いを必死で噛み殺していた。慌てて携帯端末をいじれば、確かに資料には性別は男と明記されている。

「ニューデイズは独特だしな。じゃあ、改めて宜しく、マナ」
「はいっ、教官っ! リトナさんも、今までありがとうございました!」
「おう、せいぜい頑張れよ。総合調査部は一応、エリートコースだからな」

 マナの元気のいい返事が、クラッド6の高い空へと吸い込まれていった。



 喫茶トレッカ、大復活! ……なんちゃって。そんな訳で新キャラはどうみても男の娘です、本当にありがとうございました。PSPo2さ、女キャラ作るとき胸を完全につるぺたんにできないじゃないですか。マナは今Lv17なんですが、脳内で「ガーディアンズ制服には生命維持装置の類とかも内蔵されてて、それで女性用は胸が若干……」と無理矢理解釈してます。よかったね、ルミアさん(笑)例えば心配停止状態になっても、外から仲間の入力でバチン! と電気ショックで蘇生できたりすると思いねぇ……凄いぜガーディアンズ制服っ! まあ、脳内設定ですが。
 後はリトナきゅん、久しぶり……PSU以来ですな。キャラ自体はPSOからの付き合いだけど、久しぶりに登場したな。まあ、彼もガーディアンズに残りそうだな、って思ってさ。グラールのマーヤはほんと、友達に恵まれたね。アズ子とかウォル君とか。
少女は卵泥棒……多分 2010/02/18
 友との再会に、ぬいの心は弾んでいた。半ば強制的に強引に、リトルウィングに入社させられ、ヴィジランツとしての自由を失いはしたが。それで居を違えても、ファーンは今も気のおける大事な仲間だった。
 そんな彼女を新居へ、初めて招く。積もる話が山ほどあった。キーを入力してドアのロックを解くのももどかしい。

「それじゃ、まだデコ助の記憶は戻らないのか。難儀な話さー」
「……パートナーマシナリーが何か記録しているようなのですが」
「それなら話は早いさ、直接聞いてみれば」
「……パスワードを要求してくるのです。私も少し解析しようと試みたのですが」
「そのパスワードってのをじゃあ、デコ助に聞いてみるといいさ」
「……シオンさんはどうやら、そのパスワードもお忘れのようで」

 ファーンの話しぶりでは、ぬいが去った後も相変わらずのようで。天真爛漫なお姫さまと、記憶喪失の王子さまの世話で、意外と忙しいようだ。
 それはぬいも一緒……寧ろ、以前よりもリトルウィングでの生活は多忙を極める。
 ドアが開くと、その原因にして元凶が居座っていた。

「あーもっ! 汚いッス! ハメ技ッスよ、ハメ! あんなの避けれないスよぅ〜!」
「サンクが大雑把過ぎるんだってば。ボムと前ビしか使ってないじゃん」

 こたつを挟んで、エミリアとサンクがゲームに熱中している。帰宅したぬいにも気付かずに。二人は手にツインスティックを握り、宙へ投影された画面を真剣に睨んでいる。
 ぬいはまた、頭が痛くなってきた。
 溜息を零しつつ、状況説明を求めて周囲を見渡せば……台所の隅でパートナーマシナリーのシャリオンが、ふてくされた顔で茶を用意している。主の帰宅に気付いた彼は、泣きつくように足にしがみ付いてきた。

「おぬいさん、おかえりなさいっ! 酷いんですよ、またエミリアさんが。突然サンクさんと上がりこんできて、勝手におこたまで出して。その上、僕のこと何度もパシリって……あ、ファーンさん。お久しぶりですっ! あっ、あの、姉は元気ですか?」

 半べそで喚くシャリオンにも気付かず、件の二人はガチャガチャとゲームに夢中で。既に怒る気も失せたぬいは、心底呆れつつシャリオンを慰めた。ファーンも微笑を浮かべて、相棒の弟の頭を撫でる。

「だいたいサンク、テムジンばっか使ってるから駄目なんだって。ハンデつけようか?」
「んぎぎぎぎ……いーやっ、いいッス! 自分はテムジンが好きなんス!」
「あ、そ。でも、も少し地形や段差使わないとね。あと、あたしみたいに色々乗って覚えないと」
「エミリアのは何か、インチキ臭いッス。いっつも気付けば、自分が負けてるスもん」
「さっきの勝負だって、最後のあれは6フレームも余裕あるんだから、見れば反応できるっしょ」
「6フレーム……ええと、一秒間が60フレームで出来てるスから、んっと……」

 二人は対戦を再開した。再び画面に『Get Ready?』の文字が躍る。間髪入れずにゲームが開始され、軽快な音楽に巨大な人型機動兵器の駆動音が入り混じる。鼻息も荒く、体ごとスティックを倒しながらのめりこむサンクに対して、エミリアは余裕の表情だった。
 完全に二人だけの世界に没頭する、その姿にぬいは鼻の上にしわを寄せた。

「……この子がメールで言ってた、エミリアさんですか?」
「そうさー。っとに……こらっ、エミリアッ! サンクも! 何、勝手に上がりこんでるさ!」

 エミリアが、次いでサンクがやっと振り向いた。
 慌てて立ち上がるサンクとは対照的に、悪びれた様子もなくエミリアは「あ、おかえり」などと呑気な事を言いながらも……棒立ちになったサンクのキャラクターに、容赦なく攻撃を加えてゆく。
 派手な爆発エフェクトが舞い散り、勝負がついて初めてエミリアも腰を上げた。

「遅かったじゃん、お疲れ様。怪我は、ないっか。よしよし」
「お、おう……じゃなくて、エミリア。お前にちょっと、言いたいことがあるさ」
「毎日お仕事大変だよねー、うんうん。あ、ちょっと待って。パシリ! お茶一人分追加!」
「エミリア、先ずは人の話を聞くさ」

 がくんと肩を落すぬいは、隣でクスリと友人が笑う声を聞いた。それでエミリアも、初顔合わせのキャシールに気付く。最近は挨拶くらいはまともにできるようで、ぺこりと頭を下げつつ、顔には「あんた、誰?」という表情が浮かんでいた。
 ゲーム画面だけが虚しく、次の対戦エントリーを待っている。

「……はじめまして、私はファーンと申します」
「! あ、あんたが。フーン……あたしはエミリア。こいつのっ、今のっ、パートナーよっ!」

 エミリアが不意に回り込んで、ぬいの二の腕に飛び跳ねしがみ付いてきた。そのままエミリアをぶらさげながら、ぬいは再度深い溜息を一つ。
 エミリアはライバル心剥き出しの視線で、僅かに笑みを象るファーンの白い顔を睨んでいる。

「そのパートナー様が、何をやってるのかってオレは聞いてるさ」
「あ、うん。えっと、その、まあ……」
「あー、ぬいぬいっ! 自分が言い出したんスよ、ホントごめんッス!」

 パン! と両の掌を合わせて、サンクが拝むように頭を下げてきた。
 つまり、謝るサンクと、渋々ぬいから離れるエミリアの話を要約すればこうだ。今日も今日とて、仕事という気分にもなれず、かといってリトルウィングのオフィスで遊んでいる訳にもいかず。ぬいが契約社員の青年と雷獣退治に行っているのをいいことに、朝からずっとゲーム三昧を決め込んでいたのだ。
 しかも、よりにもよって、ぬいの部屋で。

「自分が言ったんスよ、エミリアんとこに遊びに行きたいって」
「オッサンの家、散らかってるしさ。ここ、居心地いいしさ。その……ゴメンッ!」

 ついに、ようやくエミリアも過ちを認めて謝った。先程から弁明を腕組み聞いてたぬいは、じろりと二人を交互に見やる。その影から、いい気味だとシャリオンが声を上げては、ファーンに窘められていた。

「……だってさ、初めてだったんだもん。友達、家に呼ぶのさ。だから」

 もじもじと手と手の間で指を遊ばせながら、俯きボソボソとエミリアが言い訳を零す。

「こいつとは気が合うしさ、似た者同士? あたし、そゆの初めてだったから……つい」
「いやもう、エミリアとはマブダチみたいなもんッスよ! ここ最近、親しく遊んでるッス!」

 満面の笑みでサンクが、昨日はクレープを食べ歩きに出かけたとか、一昨日はエミリアがゲーム機を修理改造したとか喋り出す。
 勿論、二人でミッションをこなしたとか、仕事に関する話は一言も出てこない。
 類は友を呼ぶというなら、引かれ呼び合う二人は正しく友人同士だろうとぬいは諦めた。しかし、一応成り行きとはいえ、エミリアの監督を保護者より任された身。腰に手を当て長身を乗り出し、サンクの声を意識の外に、じっとエミリアを見詰める。

「あ、あのさ……明日から、頑張る。うんっ、明日からちゃんと働くよ」
「エーミーリーアー? 今日はまだ終ってないさ。まだお昼を過ぎたばかりさー」
「や、やっぱり? は、ははは……はぁ、しょうがないな。じゃあさ、あんた――」

 期待をこめた眼差しを、ぬいは意図的に跳ね返した。ここで甘やかして、一緒にミッションに繰り出せば、結局エミリアは人任せにしてしまう。失敗してもいいから、少し苦労すればいいのだと、筋肉でできた小さな脳味噌がぬいに告げていた。

「――手伝って、くれないっか。まー、あんたも疲れてるみたいだし、友達来てるし」
「おっし! ここは一つ、自分に任せるッスよ! エミリア、丁度小遣いも尽きてきてるスから」

 話が意外な方向に動き出した。今のパートナーは自分だという態度はそのままに、それでもエミリアはファーンに気を遣ったようだった。初めて会った時に比べれば、何とも驚くべき進歩。それだけに留まらず、自ら仕事をするというサンクにも驚愕。さらに、素直に応じるエミリアが追い討ちをかける。
 ぬいは感心を通り越して、感動してしまった。
 やればできる。エミリアもサンクも、決して悪い奴ではないのだ。
 ……少なくとも、悪気は、ない。

「さて、そうと決まれば……サンク、ネットで楽なミッション検索するよ。端末回して」
「おしきた、任せるッス! 自分もメールして、ロクちゃんに準備させるスよ〜」
「ロクちゃん? ああ、あんたもパシリいるんだ……いいなぁ。オッサン、あたしにもくれないかな」
「エミリアには自分が、このサンク様がいるじゃないスか」
「あんた、パシリじゃないじゃん。……友達、だもん。あ、この仕事なんかいいかも。これ、どう?」
「えー、どれどれ……卵泥棒? ふっふっふ、モンハンで鍛えた自分の出番ッスね!」
「ゲームと違って面倒臭そうだけど。ま、いっか。ちょっと待って、ユートにメールするから」

 嬉々として、ひたすらに楽をする為の努力に勤しみ始めた二人を見て、ぬいは傍らのファーンと苦笑を交わした。
 それでもどうにか、二人は仲良く仕事へとでかけていった。その背を見送り、やれやれとぬいは肩を竦める。仲睦まじく、マイシップのポートへ向かう大小凸凹の二人は、どこか自分達に似ていた。それでぬいは、遊び散らかされた部屋も、ドアロックのパスを変える度に破られるのも、取りあえずは許すことにした。
 今日は友が、いつもより楽しげに横で微笑んでいるから。



 ゲームのエミリアには、足りないものが山ほどある。友達もその一つで、それが彼女の歪さというか、稚拙さに磨きをかけてるような気がするんだ。友達のいないヒロインって、何か、ね。
二大ヒロイン夢の共演 2010/02/12
 でんこは悩んでいた。
 それと言うのも、話を聞いてしまったからしかたがない。でんこには、相手の事情を察すれば自然と、共感して思いを共有せずにはいられない気質があったから。そんな彼女の感受性を、キャストには類稀な……などと言ってはいけない。
 ここグラールでは、キャストはれっきとした一つの種族、人間なのだから。

「なるほど、それで玩具を集めてるんだ。うーん、いや、待て。待つんだ、ぼく。でも」
「おねえちゃん、この人……あと一押しだよ!」
「こらっ、ディアス! そんなこと言わないの」

 惑星モトゥブ、西クグ砂漠のオアシス。
 でんこは腕組み唸って、再度自分のナノトランサーを確認する。そこに納められているのは、マイルームに飾るシノワビート。つい先日、念願叶って手に入れた稀少品だ。ガーディアンズ制服の新色で町を闊歩するという、非常に気恥ずかしい仕事で得た代価でもある。
 それが今、無垢なる願いに、切なる祈りに求められていると知れば、悩みは重きを増した。

「あの、無理にとは言いませんから。私もたいした物をご用意できませんし」

 そう言って微笑むのは、このオアシスでバザーを開催するミクア。彼女はここでルームグッズと引き換えに、サルベージされた様々な武器や防具を提供していた。
 不満そうな弟分のディアスを再度たしなめ、ミクアはついに差し出されたシノワビートの置物をそっと押し返す。

「いや、いいんだ。使って、ミクアさん。ぼくの部屋に飾るよりも、きっと子供達に……」
「いいえ、こんな高価なものは。子供達も解ってくれると思います。ね、ディアス?」

 ミクアはSEED事変の際に大量に生み出された、孤児達を引き取り面倒を見ていた。彼女の孤児院では生活費もさることながら、子供達が遊ぶ玩具の調達にも四苦八苦させられている。このバザーは、そんな彼女に厚意を寄せる有志達の手で、考案されたものだった。
 そして、それを知ったでんこの選択肢はもう、一つしかなかった。
 生来、でんこには潔いまでの漢気があった。それが原因で、周囲から好感を持たれているとも気付かずに。無自覚だが無知ではない、しかし無条件な心意気。

「よう、ねーちゃん達……そいつぁいいじゃねぇか、貰っちまえよ」
「そうそう、それは値打ちもんだ。売って少し、借金を返してくんねぇかな?」

 不意にでんこの背中を、大小二つの下卑た声が撫でた。
 振り向けば、このモトゥブでは珍しくもない人種が、ニヤニヤと笑みをたたえている。人目で悪漢だと知れるのは、その手に武器を握っているから。自然とでんこは、ミクアとディアスを庇うように立ちはだかる。
 惑星モトゥブは、荒くれ達のふきだまり……こんな男達の出現は日常茶飯事だった。
 最も、眼前の二人に心当たりがあるらしく、ミクアはディアスを抱き寄せつつ言葉を選んだ。

「すみません、まだ返済は……教団の方にも援助をお願いしているのですが」
「星霊様に頼っても無駄だぜ? フォトンで腹が膨れるかっつーの!」
「キャー! 巫女様ぁ! ……ってか? いいから800,000メセタ、今日こそ返して貰うぜ?」

 不穏な空気に、バザーに参加していた誰もがどよめいた。皆が皆、事情を知りつつ、孤児院の姉弟を助けることができない。ただ一人を除いては。

「君達、ローグスだろ? ぼく、散々相手をしてきたから解っちゃうんだよね」

 だって、ガーディアンズだから……だったから。でんこはナノトランサーから飛び出す二丁拳銃を握るや、続いて浮き出るマガドゥーグを定位置に下がらせる。

「おいおい、お嬢ちゃん! 俺達ぁ貸した金を返して欲しいだけなの。解る? アンダスタン?」
「このご時勢、ローグスだって真っ当に働いてんの。まあ、金利は高いけどよ……ウシシシ」

 一触即発。
 自分でも浅はかだと思いつつも、手が速い自覚がでんこにはあった。逃げ足はもっと速いが、それを発揮する必要性は感じていない。背中に怯える気配があるから。
 損な性分だと苦笑しながら、でんこは無言で銃を構える。無論、相手が手に持つ武器にフォトンを灯したから、しかたなく。元ガーディアンズだからでもなく、ヴィジランツだからでもなく……ただ自分が自分であるから、そうでしかないから。

「事情は解らないけど、取立ても穏やかにやって欲しいよね。暴力反対、一応ね」
「お嬢ちゃん、オジサン達は強いよ?」
「そうそう、この星じゃガーディアンズもすぐには駆けつけないしな。ま、痛い目を見たいなら――」

 刹那、震える声が空気を分断した。

「おやめくださいっ! 孤児院の借金でしたら、教団の方でお支払いしますっ」

 誰もが一斉に、声のする方を振り向いた。当然でんこも、背後の姉弟と一緒に。
 一人の尼僧が、グラール教団のマークが入った僧衣を全身に着込んで佇んでいた。この猛暑の砂漠にあって、顔以外露出のない漆黒の僧衣……それが唯一覗く白い顔を際立たせている。白過ぎる肌が、声の主をキャストだと無言で告げていた。

「今月の分はもう、振り込んだ筈ですが。あの、足りなかったでしょうか?」
「だってよ、兄弟。どうだったかなぁ?」
「ああ〜? あのはした金の事かなぁ? 確かに入金があったが、利息にも足りねぇなぁ」

 歩み寄る尼僧がでんこに並んで、その銃口を遮りながら男達に対峙する。

「そもそも、最初は無償援助のお約束だった筈です。それを後から、借金だなんて」
「シスターさんよぉ、そりゃ、援助の気持ちはあったぜ? だが、金は別だ」
「そんな不条理、多分星霊様が許さないかもしれないと思いますっ! ……そんな気、します」
「ははっ、どうかなぁ? とりあえずでも、返す金がねぇなら、よぉ!」

 男達は揃って、手にする武器を振り上げた。いかにもローグスが好みそうな、作りの荒いテノラ製の長剣が唸りを上げる。瞬時に反応したでんこは、その時意外な声に驚いた。

「ええっと……じゃあ、その、ごめんなさいっ! 踏み倒して、いいですか?」

 尼僧がでんこの前に躍り出た。その視線が横目で訴えてくるので、自然とでんこはミクアとディアスを逃がす。いよいよ騒がしくなるオアシスの中心で、尼僧は右手を天へとかざして声高に叫んだ。

「星霊様、いたらごめんなさい……コール・ユニバース! フェイム・アップ!」

 瞬間、僧衣を脱いだ尼僧から眩い光が迸った。
 目を細めるでんこは、コツンと頭部に鈍い衝撃を受ける。落ちてきたのは、白銀に輝くパコローネ・アーム。首を傾げながらも拾い上げれば、他のパーツをミクアとディアスが拾っていた。

「つるこさん、また落としてますよ! はいこれ」
「つるねーちゃん、バイザーも! ……あのさ、いつも思うんだけど。変身って、もっとこう」
「二人ともありがとう。ごめんね、何かアニメみたいに上手く変身、できないんです」

 つること呼ばれた尼僧は、改めて散らばったパーツを姉弟から受け取り、それを抱いて悪漢に向き直った。

「ちょ、ちょっと着替えて準備するので、もう少し待ってくださいね。ええと、どこか人目のない……」
「つるねーちゃん、もう脱いじゃってるじゃん。早くいつもみたいに、ちゃっちゃと」
「つるこさん、それより頭! バイザーだけでも早くかぶってください!」

 つるりとした頭をさらして、つるこは不思議そうに首を傾げた。その背後では、今正に凶刃を振り下ろさんとしている悪漢達が、痙攣に顔を震わせている。
 でんこが我に返った男達の機先を制した。雌雄一対の拳銃からフォトンの礫が放たれ、スタンモードの弾丸が正確に撃ち込まれる。甲高い音をたてて、凶器が相次いで宙を舞った。

「まあ、どなたか知りませんがありがとうございます。では、着替えてきますので」
「いや、もう終ったし。ぼくは嫌いだな、変身シーン? を邪魔する無粋な敵役は」
「いっつも失敗しちゃうんですよね。父様の設計ではもっとこう、パシィン! と装着する――」
「ん、ごめん。まだ終ってなかった」

 男達が予備の光剣を引き抜いた。同時にでんこの横から、マガドゥーグが滑り出る。

「問答無用っ、全力全開っ!」
「ブルァァァァァァッ!」

 苛烈な光芒が周囲を塗り潰した。マガドゥーグの咆哮と共に放たれたダム・グランツが、男の片方をオアシスの泉へと吹き飛ばす。光が収まり、遠くで水柱が上がった時……でんこの隣には、白銀の天使が舞い降りていた。

「よしっ、変身完了っ。せーのっ!」

 光の翼を羽ばたかせて、踏み込むつるこの手にフォトンの槍が輝く。スタンモードの一突きで崩された男は、そのまま大きく振りかぶられた一撃で兄弟の後を追った。かくも豪快なスイングで、つるこも悪漢を吹き飛ばした。

「場外ホームラン、ってとこかな。ああでも、どうしましょう。踏み倒してしまいました」
「いいんじゃない? だってあれ、どう見ても悪徳金融の手口でしょ」
「悪徳でも何でも、お借りしたお金は……困ったな、教義に反するかもしれません、きっと」
「……あ、あのさ、ええと、グラール教団の人、だよね? 星霊様がどうとか言ってたし」
「あ、はい。一応グラール教団の人です。ミクアさんの孤児院、何とかしたいな、って」
「そ、そうなんだ。……ふーん、一応、か」

 周囲の喝采を他所に、駆け寄るミクアとディアスに挟まれながら。でんこは取りあえず、フルヘルムの守護天使へと手を差し出した。

「ぼくはトリム、みんなはでんこって呼ぶんだ。よろしく、ええと……」
「わたしはアウラです。つるつるなのでみんな、つるこって呼びます。宜しくお願いしますね」

 握手を交わすでんこは、つるこが仮面の奥で微笑む気配を感じて頬を綻ばせた。



 エンジェルスラッガー、再臨! つるこさんことアウラは、山猫亭PSOBBの主人公だったヒューキャシールです。信仰心のよく解っていないシスターという、凄く微妙な設定のキャストでして。俺はお気に入りにしてるキャラらしく、設定だけなら何とあのモンハン世界にさえ存在します(シキ国の尼さんだけど、般若湯も飲むし兎も食べる、その上太刀で狩りもする……詳しくは清春外伝を待て!)……まあ、書く機会も需要もないけどね。ちなみにその愛称が、でんこさんことトリムさんへのリスペクトに溢るるオマージュなのは言うまでもない。
 さて、グラールのつるこさんはといえば……グラール教団のシスターってことになるのかな。でもグラール教団って神道っぽい感じですよね。巫女服だし。まあでも、つるこさんはいつものシスター姿です。趣味は野球。父様が造ったワンオフキャストだけど、性能はド平凡。戦う時は変身するけど、どうも上手くいかず、ナノトランサーから撒き散らされるパーツを、せっせと着替える日々です。掛け声は「歓呼万象!(コール・ユニバース!)星霊万来!(フェイム・アップ!)」……ノリ的にはメタルヒーロー系とかセーラー○ーン、プリキュ○の感じです。
騒々しくも愛らしい日常 2010/02/05
 山猫亭はクラッド6にある、小さな小さなバー。ここでウェイトレスをするのが、わたしの副業。こうして店の奥に場所を借りてる、お礼のつもり。女将さんのSSLともすぐに仲良くなれたし、意外とわたしに向いているかも? 最も、わたしはウェイトレスタイプではなく、メイドタイプなんだけど。
 そう、わたしの本業は……

「ちょいと待ちな、デコ助。ディセット、案件308号の資料を表示してくれや」

 わたしは抱き締めるように運んでいた空のピッチャーをSSLに渡して、マスターの座る奥のテーブルに急ぐ。そう、わたしはヴィジランツのギルドマスターをしている、ベオルブさんのパートナーマシナリー。型式番号はGH413。
 本当はカトルヴァンディセットっていう名前なんだけど、長いからみんなディセットって呼ぶ。

「お待たせしました、マスター。案件308号の依頼内容を表示します」
「なぁデコ助……この仕事、引き受けてみろや? 悪かねぇ報酬だぜ?」

 マスターの声をぼんやりと聞いてる、この眠そうな人はデコ助さん。最近ヴィジランツになった、男だか女だか解らない人。デコ助さんはそういえば、本当の名前はなんていうんだろう?
 ヴィジランツっていうのは、ここ数年で増えたフリーの傭兵家業の俗称。元々は民間警備会社だったガーディアンズが、権限を強化されて大規模な組織になった為、こまごまとした依頼を引き続き解決する、何でも屋として独自に働いている。民間軍事会社みたいに組織を構成することなく、各々ギルドで仕事を選ぶの。
 そして、マスターは沢山あるギルドの一つを、細々と三年前からやりくりしてる。

「確かに報酬はいいね。でもベオ、これは……」
「両方ともお前さんが着て、データを取ればいいじゃないか。きっと似合うぜ」

 マスターが豪快に巨体を揺すって笑うと、カウンターの奥で女将さんも苦笑している。デコ助さんだけがいつもの無表情で、秀でた額を撫でながら考え込んでいた。
 その時、カランとお店のドアが鳴った。

「ただいまー、ってのも変か。……まあ、こんにちは」
「あら、いらっしゃい、でんこちゃん。お仕事、どうだった? 例の子、見つかったかしらん?」
「世の中の飼い犬ってのは、何であんなに逃げ足だけは速いんだろう、って感じ」

 それでも、ヴィジランツの少女は首尾を問う女将さんに、力強く親指を立てた拳を突き出す。わたしは直接確認しなくても、依頼が完遂されたと思って報酬支払いの手続きを準備した。
 でんこさんは……うん、この人も本当の名前、なんていうんだろう。デコ助さんがデコ助さんなのは、一目瞭然だけど、でんこさんは? きっと、わたしみたいに長い名前だからかな。

「おっ、でんこちゃん! いい所に戻ってきたじゃねぇか。どうだい、景気は」
「んー、ぼちぼちってとこかな。ベオさん、今日はもう一件いけそう……何か仕事、ない?」
「はっはっは、ガーディアンズ上がりはフットワークが違うぜ。丁度いいのがある。それと……」

 マスターはナノトランサーから、二着の服を取り出した。今では警察権を持つ、あのガーディアンズの制服だ。でもちょっと色が違う……時々女将さんの息子さんが着てくる、正規の白と青じゃない。

「それと、調べといたぜ。しっかしなあ、姉弟だろ? 自分で聞けばいいじゃねぇか」
「だって……あいつ、メールの一通もよこさないんだよ? ぼくから、ってのも何か」
「なるほどな。まぁいい、弟さんの新しい配属先は、ガーディアンズの中では割と……」
「あー、待って! うー……よし。ごめん、やっぱり自分で聞いてみる。一応、姉だし、さ」

 でんこさんは色違いの制服を受け取りつつ、マスターの申し出をやんわりと断わった。わたしはマシナリーだからよく解らないけど、姉弟だからかな? キャストでもやっぱり、家族の近況は直接伝え合うのがいいみたい。
 もっとも、でんこさんが気に病んでるのは、弟さんが全く連絡をよこさないから。

「ウォルの奴、ぼくがガーディアンズを出た時も素っ気無かったし……でも、それでいいのかな」
「まあ、男にゃ男の都合ってもんがあらぁな。な、デコ助?」

 厳つい鋼の体を僅かに揺すって、マスターがキュインと首を巡らせる。
 デコ助さんは、男性用の制服を広げていた。サイズは大丈夫、服の方が合わせてくれるから。それより……やっぱり男なんだ、デコ助さんは。
 そのデコ助さんの、愛想も何もあったもんじゃない一言がでんこさんに向けられた。

「特に用件がない場合、連絡の必要性はないと思うけどね」
「……悪ぃ、でんこちゃん。デコ助に同意を求めた俺がバカだったぜ」
「……いや、デコさんだし。いいよ、もう慣れた。ってか、こっちも着せる気だったでしょ」
「いやぁ、モニター頼まれてんだけどよ! デコ助なら両方着せても大丈夫か、ってな」
「キャストのぼくが着ていいなら、それでもいいけど。デコさんは……うんにゃ、いいや」

 案件308号は、ガーディアンズの制服のモニター。正規のガーディアンズに対して、元ガーディアンズの予備役や、外注扱いの独立特殊捜査部等……ようするに、部門別に色分けをしようという試み、かな。
 わたしはでんこさんが気さくに笑いかけてくれるので、それを了承と受け取り手続きを取った。

「へー、こんなの支給する気なんだ。元ガーディアンズに。ぼくにも回ってくるかな」
「キャストは本来、正式な手続きがない限りは、有機種族用衣服の着用に制限が――」
「相変わらずお堅いぜ、デコ助! いいんだよ、仕事がキッチリできればな!」

 本当は少しまずいです、マスター。でも、まずいこともヴィジランツなら、という風潮はある。ヴィジランツには独特の、自主独立の精神が根強いから。だから、多少の事には目をつぶって、自分なりの仕事をする人は多い。ヴィジランツで駄目なら、もうこのコロニーのあの会社に……リトルウィングにダメモトで転がり込むしかない。
 モニターと言っても、ようするに「こんな色の制服だと、一般の市民達はどう感じるか」を調べるのが今回のお仕事。で、手続き完了……女将さんが貸してくれるので、デコ助さんとでんこさんは店の奥へと着替えに消えた。
 勿論、デコ助さんは追い出されて、でんこさん待ち。
 おかしな人だな、デコ助さんって相変わらず。

「いや、ごめん。時々忘れるよ、でんこ君が少女だってことをね」
「デコ助、そいつぁ絶対に本人の前で言うなよ。気にしてんだからな、あの真っ平らな――」
「もう聞こえてるって……いいですよー、どうせぼくはまな板ですよー、洗濯板ですよー」

 わたしは何故か無意識に、胸に手をやる。シンパシー? ……おかしいな、わたしマシナリーなのに。
 そうこうしている間に、色違いのガーディアンズが一組。わたしは端末を操作しながら、挨拶もそこそこに仕事へ出てゆく二人を見送った。
 今日も小さなバーの小さなギルドは、平和そのもの。
 世は全てこともなし、されど退屈する間もなし。わたしはウェイトレスの仕事に戻りながら、伝票の束を処理し始めたマスターに、渋めの番茶を出すべくカウンターをくぐった。
エミリアを1.2倍ほど可愛くしてみた 2010/01/30
 夜を徹してのフリーミッション……幾度となく繰り返される、海底レリクスの入念過ぎる調査。それでも、目的の物は見つからず、ぬいがリマ夫妻に別れを告げたのは夜明け前だった。つい数時間前のことで、今も心地よい疲れに睡魔を招いて、惰眠を貪っていたところなのだが。

(……どうして朝から、こんなことになっているさ)

 ふと目が覚めたら、彼女がいた。
 焦点の定まらぬ視界の中、眠気眼にぼやけて滲む少女。

「エミリアさん! 何してるんですか、おぬいさんの物だけじゃないんですよ!?」

 パートナーマシナリーのシャリオンが、ぬいの率直な感想をストレートに代弁してくれた。その声に、エミリア=パーシバルは共有倉庫へ突っ込んでいた上半身を起こして、足元の小さな少年を見下ろす。

「何って決まってるじゃん。あたしはぬいのパートナーなんだもん」
(その自称パートナーさんが、何をしているのか聞いているさ)

 もぞもぞとベッドの中で、ぬいは毛布の端を掴んで薄ら目で様子を見る。
 共有倉庫の物色を再開したエミリアの足元では、シャリオンが相変わらずの剣幕で捲くし立てている。それもエミリアには、全然相手にされてなかった。

「エミリアさん、だいたいですね……パートナーを名乗るなら、先ずはこの僕をっ」
「はいはい、あんたはパシリだからね。っとに、ぬいってどうしてこう不精なんだろ」
「あーっ! パッ、パパ、パシリって言った! ぐぬぬぬ、言ってはいけないことを」
「でもいいよね、ぬいはパシリいてさ。マイルームだって」

 エミリアにあしらわれて、シャリオンはその場で地団太を踏んで悔しがった。
 個体差はあれど、パートナーマシナリーは皆が皆、略称であるパシリというのが、あまり好きではないようである。無論、ぬいもそう呼んだことは一度もない……少なくとも、本人達の前では。

「大体ですね、エミリアさんっ! おぬいさんのパートナーといったら……」
「やだ、ハラロドウばっか何十本も溜め込んでるじゃん。ん? 何だ、まだいたんだ、あんた」
「僕はこの部屋の、おぬいさんのパートナーマシナリーですから! ずっと一緒にいるんです!」
「あー、うん、そうだねそうだね、っと。ロッドはでも、人数分はあった方がいいかな」

 シャリオンの人格設定を良く知るだけに、ぬいは気の毒になってきた。心から同情するが、気だるさと眠気も手伝って、ベッドから這い出る気力が持てない。
 ぶっちゃけ、だるい。面倒臭い。
 頑張れシャリ、と思いつつ、二度寝を決め込もうと寝返りを打ったとき、シャリオンがエミリアの足にしがみ付いた。

「そもそもっ、おぬいさんにはっ、ファーンさんって立派なパートナーがいるんですからね!」
「……誰、それ?」
「アルト姉さんのマスターです! それはもう、素敵な女性です……誰かさんと違って」
「ふ、ふーん。どど、どんな奴なのさ」

 シャリオンも言うようになったと、ぬいは毛布に包まり苦笑を噛み殺した。

「ヴィジランツ? その、ファーンとかってのも」
「もっちろんです! 昔は一緒の部屋に住んでて、毎日仕事を……」
「やだ、ぬいってそゆ趣味? うわー、信じらんない」
「……貴女に言われたくないです。信じられないのはこっちですよ、もうっ!」

 ファーンはぬいにとって、シャリオンとは別の意味でベストパートナーだった。
 フリーの傭兵ヴィジランツとして、安心して背中を任せられる。彼女の援護射撃があれば、どんな敵にも踏み込んでいくことができた。零距離での密着した肉弾戦を得意とするぬいと、遠距離での多彩な銃器による射撃戦を得意とするファーン。死角はなかった。
 それに、私生活の面でも――

「ファーンさんは毎朝、美味しいご飯と珈琲を用意して、おぬいさんを起こすんです」
「……ふ、ふーん。あっそう。……ちょっと台所、借りるわよ」

 エミリアも歳相応の子供だと、ぬいは苦笑を通り越して爆笑に近い笑みに腹を抱える。
 存外、可愛い所がある。
 礼儀や節度にやや欠けるところがあるが、エミリアにはきっと嬉しいのだ。今、自分のパートナーであること。リトルウィングの一員として、日々の仕事が面白くなりはじめていること。何より、人と接することが。
 だからつい、張り合ってしまう。

「ちょっと、豆はどこ? ……ええと、先ずはお湯を沸かして。冷蔵庫、拝見っと」
「エミリアさん! あーもう、折角僕が仕切ってるのに。あ、ちょっと、やめてくださいよ」
「どうせこの辺に……ほら、あった。え? やだ、ミルが必要じゃん。何で粉んなってな――」

 椅子の上で背伸びして、戸棚から珈琲豆の缶を手にするエミリアの悲鳴が聞こえた。間髪いれず、ドスン! という鈍い音。流石にぬいも、しぶしぶ毛布の温もりに別れを告げた。
 のそりと身を起こすうちに、どんどん事態は悪化してゆく。

「いたた……エミリアさん、大丈夫ですか? お、重いです、はやくどいてくださ」
「失礼ね、やな奴。……だいじょぶ?」
「僕はパートナーマシナリーですから。僕の管理する部屋で怪我されても、困りますし」
「あ、そ。ま、まあ、ありがと。あっ、ぬい!」

 大惨事だった。
 ファーンと別れて一人暮らしになってからも、ぬいの私生活は極めて清潔に清貧を保ってきた。ひとえに、シャリオンの努力の賜物である。しかしそれも今は、見る影もなかった。
 床に散らばる珈琲豆は、地味にそれなりの高級品だ。
 ファーンと分け合ったお揃いのマグが、エミリアの頭にコトン、と落ちてくる。
 そのエミリアは、シャリオンに馬乗りになって床にへたりこんでいた。
 ぬいに代って湯の沸いたケトルが、悲鳴にも似た笛を吹いた。

「エミリア、朝から何をやってるさ。だいたい、どうやって入っ――」
「ごめんなさい、おぬいさん。僕が、その、つい」
「あ、あはは……あたしがさ、玄関であんまり騒ぐから。それで、こいつが」

 人形の様に小さなシャリオンの上から、おずおずとエミリアは立ち上がった。その背後では、冷蔵庫が開きっぱなしになっている。ぬいは頭痛の種が加速してゆくのを感じた。

「それに、ほら! あんたの部屋は、あたしの部屋でもあるんだからねっ!」
「……とりあえず片付けるさ。話はそれから」

 ぬいは服を着る間も惜しんで、のろのろと床の珈琲豆を拾い始めた。御丁寧に缶一杯のブルーマウンテンを、余さず全てぶちまけてくれてる。溜息が止まらない。シャリオンがコンロを止めると、エミリアも慌てて周囲を片付け始めた。その小さな尻で、ドン! と冷蔵庫のドアを閉める。

「あ、あのさ、あたしさ。今日はぬいに」
「その前にエミリア、先に言う事がある筈さ」
「あ、うん。えっと、ごめん……なさい。それと」

 以前に比べて、エミリアは随分と素直になった。
 これでも、と思えばもう、ぬいには怒る気にもなれない。悪意のない無邪気さにいちいち腹を立てていると、この天真爛漫な少女とは付き合っていけないのだ。

「それと?」
「おっ、おはよ! あのね、前から思ってたんだ、あたし! それで今日」

 シャリオンが掃除機を持って来たので、薫り豊かな珈琲の原材料が、余さず吸い込まれてゆく。それを未練がましく見送っていたぬいの前を通り、エミリアが共有倉庫にすたすたと歩き出す。

「共有倉庫! あんた、もっとアイテム整理しないと。あたし、やっといたから」
「そりゃまた……何で」
「何で、って。あたしは! あんたの! パートナーなのっ! どう? ファーンとかってのも」
「そりゃ、ファーンが小まめに整理してくれてたから。オレはただ放り込んでおくだけだったさ」
「あ、そなんだ……なら、やっぱりあたしが必要じゃない。うんっ!」

 先程の失敗もどこへやら。シャリオンの恨みがましい視線を吸い込んで、エミリアは得意気に喋り出した。

「あんたが使わない武器は、ランク順に整理しておいたから。昔のヴィジランツの仲間? とかいるんでしょ? その人達が使うんだな、って思って。ディスクも、レベルの高いのだけ人数分残して、出しといた。サンクが欲しがってたから、アックスとソードのディスク、あと現物も何点か渡しとく。いい?」
「お、おう」
「それと! 同じ属性ばっかり溜め込まない! しかも、5%とか6%とか……ラインもそう、メイガラインばかり20個もあったんだから。それと、あのいけすかないガーディアンの……ええと、マーヤ? だっけ? あいつが前言ってた、新人用のテクディスク選んどいた。っとにお人好し、ガーディアンズなんか助けなくてもいいのに」
「テクは、その、マーヤが、服をくれるっていうから」
「服?」
「いやあ、奇跡的に丁度いいサイズだったさ。それに……可愛いのさ」
「はぁ。ま、いいけど。それより何よりっ! あんた、SランクやAランクのロッドやマドゥーグなんて持てないんだから。各属性一つずつ残して、全部出しといた。後で売ってさ、クバラ品でもっと法撃力の高いの買おうよ。あ、それと……フォトンクリスタルとか、あたしの分も入れといたから。つ、使いなさいよね」
「は、はあ。どうも」

 エミリアはテキパキと、不用品の烙印を押したアイテム群を、ぬいのナノトランサーに詰め込んでいく。
 そういえばファーンも、よくアイテムの整理をしてくれたな、などと呑気なことをぬいは思い出していた。エミリアの手際は、ぬいが圧倒される程に整然として、全くの無駄がない。
 こういうことをやらせると、不思議とエミリアは無自覚な才能を発揮した。

「よしっ! ……珈琲、駄目にしちゃったからカフェでおごる。その、お詫び? ってゆーか」
「いいさ、子供にたかる程オレも貧乏じゃない。シャリオン、ひとっ走り頼むさ」
「はい、おぬいさんっ! 砂糖も切れてるんで買ってきますね。いっそ今朝はあれです、サンドイッチとかにしちゃいましょう。カフェの季節限定、アボガドシュリンプマヨバターが――」

 シャリオンが掃除機を片付け、ばたばたと部屋を飛び出してゆく。その背を見送り「やっぱパシリじゃん」と笑うエミリアに、ぬいも唇に人差し指を立てて微笑んだ。そうしてとりあえずは、押し掛けパートナーに適度に感謝しつつ、珈琲を待ちながら……ぬいは今日のミッションに備えて着替えをはじめる。
 ガーディアンからこっそり回してもらった服は、昔あのイーサンとヒューガを鍛えた教官のレプリカモデルだったが……得意気に着てはみたものの、エミリアには酷く不評だった。
 ぬいは落胆で、帰ってきたシャリオンを出迎えた。



 おぬいさんのパシリはGH474型、愛称は「シャリ」とか「シャリ坊」……ゲーム内でもちゃんと、ぬいのことを「ぬいさん」って呼ぶ可愛い子。レスタも一番早い、ような気がする。とっても使える奴だ。ちっこいのにバカでっかいソードで果敢に戦う健気なパシリ。因みにアルト姉さんことアルトリオンは、ファーンのパシリ。つるこやマナのパシリもそうだが、これらは全て同じマイスターによって「人型まで成長、調整されて出荷されたパシリ」である。通称リオンシリーズをワンオフで育ててくれるのは……今はまだ、その人は出てこない。
 ところで、イラストを楽描いて貰ったので、それにあわせておぬいさんにクラシカとか着せてみた。袖の無い肩の露出したチャイナっぽいのって、ないのね。残念。それよりも昨晩、新ミッションでフォトンブースターを三つ取れたので、カレン・レプカの黒を取って着せてみた。似合う、ような、似合わない、ような……個人的に太股のむっちり感を重視してます、服のコーディネイトは(笑)でもセンスが絶望的に死んでる……
今後使うかもしれない設定 2010/01/16
・サキ
 ぬいの師のライバルに育てられた、ビーストのむっちりお姉さん。ぬいの物と始祖を同じくする、古い格闘術を伝承した拳の使い手である。しかしながら師匠同士が仲が非常に悪かったらしい。ぬいはお人好しのバカだが、サキは陰湿でネクラなネガティブ系、何でも悪い方向に悲観する陰鬱さん。
 師の「力こそ真理、その力で世界を破り裂きなさい」という呪いにも似た教えに束縛されており、洗脳されずともシズルに手を貸してしまう。因みにぬいは「幼馴染」だと思ってるが、サキは「怨敵」だと勝手に認定している。若干厨二病で邪気眼なところがあって、こんな世界終わればいいと思ってる。

・シオン
 その正体は、太陽王カムハーンの娘にして寵姫。第七王妃との間に生まれ、王位継承権第十二位を持つ。カムハーンは気丈で思うようにならぬミカへ執着を見せる一方で、気に入れば肉親でも寵姫としてかこっていたのだ。
 シズルを乗っ取りインヘルト社の実権を影で掌握したカムハーンは、ある日グラール教団の暗殺者に襲撃を受ける。名無しの暗殺者はかなりの手練だったが、ワンパン見開きバーン! で撃退……しかし良く見れば、男ながらその暗殺者は嘗ての娘にそっくりだった。
 そこでカムハーンは、第一回の亜空間実験を行った際、試しに不完全ながらマガハラへと接触を試みる。正否はどうでもよく、その可能性を試したいだけであったが、幸か不幸かシオンの残存思念は、美しき暗殺者の肉体へと再臨した。
 こうして洗脳されることなく、名無しはシオンに肉体を支配されながら、カムハーンの手駒となった。しかし、元来シオンは父親に絶対服従ながらも、気立ての優しい娘であった。表面上はカムハーンに「この肉体を完全に手中に収めました」と言いつつ、消え行く名無しの意識をなんとか繋ぎ止めているのだった。そうして、悪行に胸を痛めつつも、シズルの野望の尖兵となる。
 そして名無しの暗殺者は、運命の出会いを経験してしまうことになのだったぁ!

・ヤノア
 インヘルト社製のアーキテクトヒューマン。勿論、非合法。
 以前より各地で多くの強者を洗脳し、サキやシオンと違って、使い捨てにできる手駒を増やしたカムハーン。彼はシズルという表の立場を利用し、有象無象の無頼漢達を効率よく使うべく、性欲処理用の人間を製造した。それがヤノアである。その目的上、両性具有で生殖能力はない。
 しかし、ここでカムハーンの、想定外の事態が発生した。
 一仕事終えた荒くれ共の前で、溶液を満たしたカプセルが開かれる。生まれて間もない、五歳児程度の精神年齢しかもたぬ人形……誰もが我先にと、その肢体に飛びつこうとした時。普段は大人しいシオンが、多数を制してヤノアを抱き上げる。目覚めたヤノアが初めて見たのは、自分を抱いて大勢の男女に対峙する、シオン……正確には、その肉体の真の所有者だった。

「あ、あのっ、お姫さま――ううん、王子さまですよねっ!」

 結局カムハーンは、シオンにヤノアの教育係として、色々と教えて使えるようにしておけと命じた。それでヤノアは、毎日夜伽に忙しい中、シオンとその中に潜む名無しの男に懐いてゆく。ヤノアだけは本人から言われずとも気付いていた……自分を助けてくれたのが、カムハーンの娘ではなく、自分だけの王子さまだと。
 そんなある日、遂にヤノアにも運命の日がやってくる。くたびれてベッドにまどろんでいたヤノアは、突然シオンに――その中に潜む男に連れ出された。鳴り響く警報、迫る追っ手……シオンが読んでくれた童話のようで、びっくりするヤノア。シオンは深手を負いながらも、ヤノアを外の世界へと救い出したのだ。
 しかし、その肉体は既に死に絶えようとしていた。シオンは自らの思念と引き換えに、その命をギリギリで繋ぎとめ……そして消えていった。名無しはただ、シオンという名を得て一命を取り留めたが、もともと不安定だったシオンとの関係性が突然解消され、そのショックで記憶をうしなってしまう。そうとも知らず、ヤノアはべそをかきながらも、シオンを背負って歩き出した。
 その時まだ、ヤノアは素っ裸だった。

・アウラ
 ニューデイズの小さな田舎町に、グラール教団が運営する孤児院がある。そこでは、ニューデイズでは珍しいキャストのアウラさんが働いているのだ。すっぽりと僧衣に身を包み、顔以外の露出はないので、キャストとは気付かれにくいが。
 普段は、ちょっとおっちょこちょいでドジな、ほんわかシスター……しかし、彼女にはもう一つの顔がある。教団から送られてくる資金では、子供達全員を食べさせることができないため、ヴィジランツとしてこっそり働いているのだ!
 月末になり、いよいよ切り詰めても進退極まり、帳簿が真っ赤に染まる時……アウラさんはクラッド6の山猫亭を訪れる。小さなギルドの窓口がそこにはあって、ゴツいキャストのおっさんが仕事をくれるのだ。そしてアウラさんは「フェイム・アップ!」の掛け声と共に、星霊の加護を得て変身するのであるっ!
 ……単に着替えるだけです、ハイ。フルヘルムになるので、顔は結構知らない人が多い。
 頭髪がないので、誰が呼んだか愛称は「つるこ」……本人はあまり気にしてない。本人が少し気にしてるのは、信仰心があまりなく、熱心な教徒でないこと。どうも星霊様というのが、いまいちピンとこないのであった。

・マナ=アマミネ
 サンクやエミリアに手を焼くおぬいさん、ククたんと凸凹コンビのヴァローナさんを見て、民間軍事会社も大変だなあ、と人事だったマーヤ。しかし教官資格を取った彼にも、その大変さを味わう機会が訪れるのであった!
 マナは熱血純情ニューマン、努力と根性のどすこいフォース娘である。若干十四歳にして、ガーディアンズ総合調査部に飛び込んできたはいいものの、何が出来る訳でもなく「マーヤに勉強させとけ」のライア様の一言で、なんとか居座ることに成功。現在猛烈勉強中である。
 正確は勝気で強気、頑固で一途、超ポジティブな前向き人間で、座右の銘は「努力と根性」の熱血漢女。しかし一人称が自分の名前だったりと、まだまだ幼い一面も覗かせるとか。非常に正義感は強く、曲がったことは大嫌い。融通が利かないが、ルミアとは気があうようで……それはそれで、マーヤを時々困らせることになるかもしれない。

・ファーンのヴィジランツ仲間達
 ファーンは主に普段、シオンと一緒に仕事をしている。その時、一緒に来てくれるのがヴィジランツの頼れる仲間達だ。
 ハンターのシグナムさんは、時代がかったお姉さんだが、非常に義理堅く頼りになる。武人の誉れがどうとかで、おぬいさんと仲もいい。ちょっと堅苦しいところがあるが、基本的にいい人である。また、フォースの経験もあり、チームの縁の下の力持ちである。武器にレヴァンティンという名前を付けて愛用している。どこかで見た事があるような人だが、誰も気にしていない。Fataのセイバーの服(白)を着せたら、ますます再現度が上がったが、誰も気にしていない……筈。
 レンジャーのカチーナさんは変わった人で、わざわざ男性キャストの外装、ゲシュペンストを着込んで戦う姐御だ。それがまた結構良く出来ていて、レンジャーながらクロー片手にチームの壁になることも……というか、ほっとくと勝手に突っ込んでいく。必殺技はジェットマグナム(注:ただのシュウセントツザンガ)、時々レンジャーなのかが疑われるが、楽しそうに銃弾をばら撒いている姿を良く見かけるので、まあレンジャーなんでしょう。いつもパシリのラッセル君が苦労している。やっぱりどこかで見た事があるような人だが、誰も気にしていない。
あの娘の扱いがあんまりな件に関して 2010/01/14
 少女は緊張に満ち満ちていた。
 遠くグラール教団の施設を見据える、その張り詰めた表情。真一文字に結ばれた唇。顔といわずその全身が、尖り強張った雰囲気を発散していた。
 やれやれと清信は手を伸べ、そのガーディアンズの制服に包まれた尻を撫でてやる。

「なっ! 何をするんですか! 渡辺さん、あなたには事の重大性が解っているんですか!?」

 たちまち頬を張られた。気の強い娘だと、ひりつく痛みを手でさする。

「いちち……わーってるけどよ。お前さん、まさか一人で突入するつもりかよ、アレに」

 くい、と立てた親指で、清信は教団施設をさす。その正面入口へと通じる道は、原生動物であふれかえっていた。ざっと見ても、百や二百どころの数ではない。さながら獰猛なる殺意の海だった。
 少女はしかし意に返さず、再び視線をその奥へ……不気味な沈黙を湛えた、施設へと投じる。

「だいたい何ですか、渡辺さん。制服も着ずに。そんな不真面目な方の支援、お断りです」
「あの服なあ……俺っちが入った頃は制服なんてなかったんだがなあ。いや、持ってるけどな」
「なら、着てください。規則ですから」
「常駐警備部は地域密着がモットーでね。まぁそれはいい。俺ぁ支援なんてしないぜ?」

 え? と意外そうな顔で、少女は振り向いた。それも一瞬の事で、前言を思い出したのか「結構です」とナノトランサーを操作する。飛び出すロッドを手に、いざ敵中へ……身を乗り出した彼女に、再度清信は手を伸ばす。

「いやしっかし、色気のねぇモンはいてやがる。……ガキだな」

 耐圧耐術に優れたスカートを、ぴらりとめくってみる。清信は気持ちさえ動けば、下は何歳からでも構わない性質だったが。流石に目の前の尻を、それを覆う純白の薄布を見ると萎える。
 見た目もそうだが、ガキなんだと思った瞬間には、目から星が迸った。
 今度は怒りに燃える鉄拳だった。

「渡辺さんっ! せめて邪魔はしないで貰えますかっ!」
「ってーな、まあ落ち着けって。……先ず、怖ぇならそう言えって。な?」
「怖い? 私が……ですか?」
「おうよ。おっかねー、ってさっきから震えてるじゃねぇか」

 少女は咄嗟に、今しがた清信を打ち据えた拳を手で覆う。ことん、とロッドが地に転がった。

「ま、歳相応ってこった」

 きっ、と鋭い視線の矢を射る少女は、反論も出来ずに口ごもる。

「……三年前、SEED事変が起こるちょっと前だ。ガーディアンズにお前さんみたいな奴がいてよ」

 清信は着古したコートの襟を立てると、頭一つ以上小さな少女が、さらに身を縮込める気配を察した。本当は「お前さんみたいな馬鹿な奴が」と言いたかったが、それは寸前で飲み込む。
 馬鹿は、いい。寧ろ馬鹿が付く位が丁度いい。馬鹿がいいのだ。

「そいつは肉親が……まあ、義理の母親が腕利きガーディアンズでよ」
「それって、まさか」
「そらもう、おかーちゃんは凄腕よ、エリート様だ。それに比べてそいつときたら……」
「スクールの成績は最下位だと聞いていますが」
「そうだな、ガーディアンズになってからも問題ばっかでよ」

 清信は眼前の少女に、一人の少年の面影を重ねていた。それが気付かれても構わず、目を細める。何が似てるとはいわない、顔立ちは似て小奇麗だが、発散する空気などはまるで別物だ。
 それでもやはり、ぴたりと重なるのは、無駄に気負った気概だ。

「クラインさんは先日教官資格も取られた、立派な先輩です。それが何か?」
「まー、立派になったもんだよな。……何でだと思う?」

 少女の顔が真剣さを増した。生来の真面目さが、可憐な目鼻立ちをどこか凍らせている。勿体無いことだと清信は心に結んだ。
 あと数年もすれば……だが、今のままでは駄目だ。数年先と言わず、今日を生き残れない。

「お母様の名に恥じぬよう、研鑽を詰まれたのです。そうとしか」
「だろうな。だが、それだけじゃない……」

 民間警備会社とはいえ、今やグラールの守護神として警察権さえ持つガーディアンズである。その一員には常日頃の鍛錬は、当たり前とも言えた。高すぎる目標に挫折することなど、今の組織は許さない。
 ガーディアンズも変わったと、清信は高説を垂れ始めた少女から思惟を逃がした。
 彼女が言うように、今のガーディアンズは崇高な使命を持った組織だ。牙なき者の牙となり、はびこる悪より弱きを救う。しかし、そうして体質を頑ななものへ高めたガーディアンズは、SEED事変の沈静化と共に多くの離脱者を出したのも事実だ。

「兎に角、渡辺さんの言いたい事は解ります。私だって、兄の名に恥じぬよう」
「その背を追ってはいけない、ルミア=ウェーバー」

 不意に物陰から声がして、白地に青を彩った制服姿が現れた。

「持つべきものは追う背だけではないよ。先達の背に固執すれば、その影に飲まれてしまう」
「クラインさん。どうしてここに……」
「遅いぜ、言いだしっぺが」

 マーヤ=クライン。ルミア=ウェーバー。共に、英雄を家族に持つ者達。
 清信が詰め寄ると、マーヤは遅参を詫びた上で、ルミアのロッドを拾い上げた。

「一回りしてきました。やはり正面から入るしかないみたいです、清さん」
「かーっ! マジかよ、勘弁しろよな……あの数だぜ? 恐らく中はもっとだ」

 わざと肩を竦めて大袈裟に、清信は呆れてみせた。ルミアの表情が険しくなってゆく。

「ルミア、最近お兄さんに……イーサンに会ったかい?」
「い、いえ……お兄ちゃ――兄は、忙しいですから」
「そっか。僕は、義母さんに会ったよ。気楽なもんさ、今や小さな店の女将だ」
「は、はあ」

 ロッドを返され、おずおずと受け取るルミア。今やもう、原生動物への恐れを隠そうともしない。

「さて、ルミア。君の担当する事件だ。どうする?」

 同じ総合調査部のマーヤは、どうやら上に話を通しているらしかった。つまり、ニューデイズのグラール教団本部で起こった異変に対し、ガーディアンズは戦力としてルミア=ウェーバーを派遣する。マーヤも、それに呼ばれた清信も頭数には入っていない。

「私の、事件……」
「そう、君の事件だ。あの混乱を収めるガーディアンズは、君だ」

 にべもない言葉を放って、マーヤは清信に並ぶ。その小柄な身体が今は、以前より少し大きく見えた。
 少女は硬くロッドを握り締めたまま、面を上げた。弱気を振り払った、決然とした顔がそこにはあった。

「正面から突入、施設内の原生動物を鎮圧します。私が……ガーディアンズが」

 どうだろうか、とマーヤが見上げてくるので、清信としては嘆息するしかない。

「へいへい、真面目なこって……誰かさんそっくりだぜ」
「そんなに似てますか?」
「いや、そうでもねぇな……お前さんならもう、とっくに飛び込んでるころだ」
「でしょうね。僕も若かったから。いや、違うな……稚拙で無謀だったんだ」

 怖いもの知らずの瞬間湯沸かし器だったと、マーヤが笑った。それを見てきた清信も笑う。

「ルミア。さっきの続きだ。持つべきものは追う背じゃない……並び立つ仲間」
「仲間、ですか?」

 そうだと頷くマーヤ。幼く貧弱だった彼には、当時心の許せる、命の託せる仲間がいた。屈強でもなければ、頼れる存在でもない。ただ、共に歩む者がいた。時に支えて助け、時に身も心も預ける……同年代の友がいた。そして、今も。

「そして僕はマーヤ=クライン、君と同じガーディアンズの仲間だ」
「最近じゃ、同志なんて言葉もはやってるが……ありゃいけねぇ、品がない」

 それでも、俺もだと清信が顎をしゃくる。きょとんとするルミアの前で、マーヤがナノトランサーを起動させた。使い古された一振りの剣が現れ、その長大な刀身にフォトンを灯す。

「ルミア=ウェーバー、僕達を頼れ」
「どれ、久々に一槍馳走してやるか」
「……協力感謝します。え、ええと……マーヤ、さんと……清信、さん」

 真っ赤になった顔を見られたくないのか、確かな足取りでルミアが飛び出した。互いに顔を見合わせ笑い、マーヤと清信が続く。

「俺等で突破口を開く! ルミア、お前さんは速やかに施設内に突入しろ」
「はいっ! 兄の名にかけて……必ずや任務を成功させてみせます!」
「うーん、まあ……なら、僕ら仲間にも誓って。必ず、生きて返るって」
「――はいっ!」

 自信に満ちた元気のいい返事をおきざりに、ルミアの華奢な痩身が風となって疾しる。その行く手を遮る原生動物達の群が割れた。僅か一瞬の刹那に駆け抜け、少女の背中が見えなくなる。荒ぶる敵意を両断し、その中に取り残された清信は、背を預けるマーヤに叫んだ。

「いい娘じゃないか、ええ? ここはいい、お前も行けっ!」
「冗談っ! この数、清さんでも……あの娘は、ルミアは大丈夫です」

 あっという間に会話が途切れた。獣達の咆哮が四方より押し寄せ、二人は一対の楔となって、その中央を抉り続ける。清信は久しく忘れていた実戦の空気に、高揚と恐怖がないまぜとなって背筋を昇るのを感じた。

「なあ、マーヤ! お前さん、どうしてガーディアンズに残ったぁ!」

 ただ無心に、突き、薙いで、払い、斬る。
 そんな中、まだ生きてるらしい背中の気配へ清信は叫んだ。

「清さんは?」
「俺か? 俺もよく女達に、あとあいつに聞かれるな……へへっ、何となくさ」
「右、大型が三匹。先制、しますっ!」
「おうよ! 後ぁ見なくていいぞ!」

 器用にツインダガーに武器を持ち代えるや、マーヤが地を蹴った。その背に追い縋る牙と爪を、清信は榴弾の斉射で吹き飛ばした。まだまだ、祭は終らない……正しく武神闘宴、怒り狂う原生動物達は、施設内の原因が沈静化しないと納まらないだろう。
 時を忘れて清信は、懸命に武器を振るった。

「僕も、前にウォルの奴に、同じ質問、したこと、ありますよ」
「ほう? あのボウズはなんて?」

 キャストは外見で年齢を重ねない。つい、親しげな古い呼び方になった。
 四分の一は斬り伏せた。さらに四分の一が逃げ出した……恐らく突入したルミアが、災厄の元凶を断ったのだろう。それでも、残り半数が波と押し寄せる。
 息の上がったマーヤが、軽い武器を選び始めた。今は両手にハンドガンを握り、けん制に徹している。
 退際だと清信は察したが、戦いとは退却戦が一番難しい。

「例え組織が変わっても、為すべきことは変わらないと」
「おう、いいねえ! 口説き文句に使わせて貰うか、そりゃ」
「まだ続きがあります。誰かが留まり、為すべきことが存在するなら……自分が進んでそれを選ぶと」
「……それ、ホントにボウズの台詞か?」
「だったと、思います。……僕と、同じ気持ちだから」
「そうかい、それじゃ……つまらんことで死ねねぇな! おい!」

 ぷつり、と理性の糸を噛み切って。傍らでロッドに持ち替えたマーヤに目配せするや、清信の身が膨れて弾けた。秘められた闘争本能が解放され、一匹の雷虎と化した彼は……滾る血潮とは真逆に、フラットな感情が遠ざかるのを感じる。
 そうして人の心を一時忘れて、獣となった清信は、回復に徹する仲間を守りながら、一直線に退路を駆け抜けた。
Save The Universe 2009/12/24
 太陽王カムハーン。嘗てグラールに存在した、古の超文明を統べる者。
 それこそが災厄の元凶にして、諸悪の根源だった。今も、旧文明の怨念渦巻くマガハラに鎮座し、復活の時を手繰り寄せている。それは今のグラールに生きる人類の滅亡を意味していた。

『そいえばさ、あんた……苗字とか、ないの?』

 血反吐を吐いて地面をのたうつ、ぬいの脳裏に言葉が走った。
 最終決戦に命を燃やす、グラール最後の希望はもう、風前の灯に等しく。散り散りに逃げ惑う仲間達の姿も、黒炎の向こう側へと消えて行く。
 朦朧とした意識の中、ぬいはつい先程の記憶がリフレインするのを感じた。
 それは最後の自由時間として与えられた六時間……三惑星を忙しく駆け巡った直後のことだった。

『ごめん、そうなんだ。あたし、悪い事聞いちゃったな。じゃあ、あんたの名前って』

 ぬいはモトゥブのスラムに捨てられた孤児だった。父も母もなく、名すらなく。ただ日々を生きる為に、奪い盗み、時には殺す。治安の悪いモトゥブの中でも、無法地帯と言える街でぬいは育った。
 ぬい、という名を与えられて一人の男に拾われるまで。それが何年前で、その時何歳だったのかは覚えていない。ただ、名付け親を師と仰いで拳を磨く、その誓いを立てた日は今でも覚えている。家族の温もり、師弟の絆……何より、生きる誇りを胸に刻んだ日。

『ぼく解るぞ! お師さんはきっと、炎のヌイのように、強くなって欲しかったんだぞ』

 また言葉が走った。カーシュ族の古い伝承にあり、昨今ではミラージュブラストとして定着した幻獣の名。たしかあの時、ぬいは違うとカーシュ族の少年に説明したのを思い出した。
 同時に、古い記憶が懐かしい声で語りかけてくる。
 それは死の間際に現れる、走馬灯の幻覚に重なった。

『打つ、投げる、極める、絞める……我が流派は鋼の魂を持って、その身一つを武器とすること』

 師の面影が浮かび、その柔らかな、どこか弱々しいとさえ思える表情が微笑んだ。
 ユニバース……師の唇が象る言葉を、オウム返しにぬいは呟いた。

『ユニバース、森羅万象……それ即ち、世界。世界を感じ、世界と共に生きなさい。あなたは世界の大事な一欠片なのですよ。世界を形作るものは、命。いいですね、ぬい』

 それが自分の名なのだと、反芻するぬいの意識が鮮明になってゆく。現実に今、歪曲空間内で冷たい床に突っ伏す自分の身体へ、巡る思惟が引き戻されようとしていた。
 霞んで消える師の面影が、最後の言葉でぬいを押し出す。

『この世界は脆く儚い……その中で精一杯、戦いなさい。あなたに関わる、あなたの世界を守りなさい。ときに綻ぶあなたの大事な世界を、己が身を針とし、想いの糸を紡いで……縫い繕うのです』
「ガラじゃないさ……でもっ! 見つけたっ、世界の綻びっ!」

 瞬間、跳ね起きるなりぬいはナックルを捨てた。同時に左手を太陽王へとかざして狙いを定め、右の拳を固く握り締める。全身のバネをしならせ拳を引き搾れば、躍動する筋肉が震えた。血潮が燃えるように熱い。

「よぉし、ぬい! デカいの一発、ガツンとブチかましてやれ! 俺等が手数を稼いで……」
「あいつの注意、そらすぞ! 大地神さまの仇だ、おもいっきり叩いてやれ、ぬい!」

 おう、と応える声に気迫が篭る。全身全霊、乾坤一擲……死地にあって死力を振り絞り、それでも尚、ぬいは肌を粟立てる興奮に身を焦がしていた。頼るは仲間と、己の拳のみ。世界の命運……大事な人達との日々は今や、爪が食い込む程に固く握られた、ぬいの拳の中にあった。

「しっかし、ガラじゃないさ。オレは……っ! やば、血が足りない。クラクラするさ」
「ちょっと! あんた、しっかりしなさいよ! 世界を背負ってるのはあんたじゃない、あたし達なんだから! あたし達ってのは、あたしが支えるみんなであり、あたしを含むみんなが支えるあんたなんだから!」

 不意に体が軽くなった。余計な力が抜けるや、ぬいは地を踏み締めた。

「エミリア……前から、お前に言っておきたいことがあったさ」
「なっ、何よっ! そんなことどうでもいいから、無茶しないでよね、あんたはあたしの……」
「それさ、それ……それがオレは好かないさ。オレにもちゃんとした、名前ってのが、あるんさ」

 刹那、地を蹴る。エミリアが、ユートやクラウチが背後へ飛び去る。

「オレの名はぬいっ! さ、呼んでみるさ……」
「! ――やっちゃえ、ぬいっ!」

 エミリアが叫んだ。同時に吼えるぬいの拳が、太古の王を真芯で捉える。健が裂ける。肉が爆ぜる。骨が軋む。しかし零距離に肉薄したぬいは、頭上に驚きの声を聞きながら。無数の拳を無限に繰り出した。一撃一打、一発に想いを込めて。連激に血の花を咲かせながら、ぬいは無心に打った。
 その胸中、空にして無。
 絶え間なく加速する拳が痛みを感じなくなるや、蹴りを織り交ぜ猛攻。

「バカな……この太陽王が、消え行く存在の、それも生身の野蛮な……ありえぬっ!」

 巨大な豪腕が降ってきた。両腕を交差して受ければ、ぬいの長身を埋めてピシリと床がひび割れる。圧倒的な質量差にしかし、吹き出る鼻血もそのままに、ぬいは絶叫した。

「バカで結構さ! そのバカを怒らせると、どうなるか……思い、知れぇっ!」

 ぬいの輪郭が弾けて霧散し、集束する光が膨張した。巨大な黒狼へと変身したぬいは、それでも自分より倍以上大きい、哀れな王の腕を身に巻き込んだ。あるかどうかも解らぬ関節を極めるや、全力で持ち上げる。浮いたと思った瞬間には、カムハーンの巨躯は轟音を響かせ地面へと叩きつけられていた。
 カムハーンを投げた反動でぬいは、宙へと身を躍らせる。
 眼下に仲間達の姿が、そして驚愕に凍りつくカムハーンがあった。

「忌まわしい……我等の魂が器へ納まりし時は、使役される獣に過ぎぬ貴様が――」

 野性の本能を暴走させたぬいは、言葉にならぬ咆哮を返して身を翻した。
 そのまま鋭い蹴り足を突き出し、急降下。渾身の足刀がカムハーンを抉り、カムハーンごと床をブチ抜いた。太陽王の断末魔を、獣の雄叫びが塗り潰した。
鋼の理性を持つ男? 2009/12/18
 ぬいのいない部屋は静か……でもなかった。
 毎日ヤノアが家事に七転八倒し、家電製品を三日に一度壊してくれる。ファーンは奇妙な男女二人組みの面倒を見るのに、一秒たりとも退屈したことはなかった。最も、主にヤノアの方によって騒々しさはもたらされ、その彼女は……"彼女"と断定するには特殊な体質だったが。

「ヤノア、先に寝た方がいいね。もう夜も遅い」

 家事手伝いを終え、銃器の手入れをしていたファーンは顔を上げた。
 声の主は今、テーブルの上に持ち出した自分の携帯端末で、仕事のレポートを叩いている。その浮かび上がる中空の画面から、目を放さず手も止めない一言だった。毎度ながら、自分達キャスト以上に機械的なニューマンだと、ファーンはソファの形に畳まれたフランスベッドを見やる。

「大丈夫、です。わたし、シオンさんの、お仕事、終る、ま……で、待っ……」

 赤い髪の美女が、必死で睡魔に抗っていた。それも白旗をあげて今、かくんと華奢な身をソファに横たえている。すらりと長身だが程よく肉付いて、起伏が強調された痩身の女性だ。ファーンももう確認済みなので、女性だとは断言できないが、誰もが見ればそう思うだろう。見た目に反して幼いという印象が後を追うだけだ。
 そんなヤノアが安らかな寝息をたててはじめて、シオンのタイピングが止まった。

「……シオンさん、私が」
「いや、いい。僕が運ぼう」

 シオンは立ち上がると、ソファからヤノアを両手に抱き上げた。そのまま軽々と寝室へ運ぶ。小さな背中を見送り、ファーンはふと思った。このまま戻って来ない方が、人間として……生物として、雄として自然ではないだろうか、と。
 シオンはしかし、いつもの仏頂面で戻って来た。

「……レポートの方なら、私がまとめておきますが」
「ヴィジランツというのは、自分の仕事を他人に丸投げしていいものかい?」
「……頼れる人間には頼る、ということはよくあります。私達のような人間は特に」
「うん、僕も頼ってるさ。頼り過ぎはでも、どうかな」

 端整な少女然とした表情を、いささかも変える事無くシオンは呟く。そうしてテーブルに向かい、またキーボードを叩き出した。時々手を休めて珈琲をすする以外、没頭していると言ってもいい。

「……おぬいさんが使ってたベッドは、窮屈は感じない筈ですが」
「そうだね。ヤノアの寝相で転げ落ちないところをみると」
「……寝相は覚えてるんですね」
「記憶にある訳ではないし、思い出した訳でもない。君も毎朝見てるだろう?」

 カタカタとタイプの音だけが響く。ファーンは長銃の整備を終え、面倒な散弾銃の分解に取り掛かった。深夜にシオンとファーンは、互いに手だけは止めずに、向かい合って時々言葉を交える。それもいつもの光景だった。

「……ヤノアさんの話では、シオンさん、貴方は――」

 当事者の片方に記憶が無い為、もう片方の供述を信用するしかないが……ファーンが聞いたのは、恐ろしく主観にまみれた、どこまでも果てしなく広がる夢物語だった。ヤノア曰く、シオンは自分の王子様で、結ばれる(しばしば結ばれたと主張)仲とのことだった。
 しかし、記憶喪失のシオンが怪我から回復し、新たに職を得て今日に至るまで、それを是としなかったのがファーンには不思議だった。

「……失礼ですがシオンさん、やはり」
「それは何度目の質問かな。答はいつも通りだよ、ファーン」
「……すみません」
「いや、何だか僕も偉そうだね。君は、君達は命の恩人だというのに」

 笑った、らしい。シオンは僅かに頬を緩ませたのか、少しだけ口元が綻ぶ。しかしそれも一瞬のことで、次の瞬間にはいつもの表情に戻っていた。否、ヤノアの事を語るときはいつも以上に、感情の失せた無表情になる。それはどこか、自分を戒めているようだった。

「君もあれかい? ベオルブみたいに"据え膳食わぬはナントヤラ"を主張する訳だ」
「……そうではありませんが、同じ女として」
「解ってる、今のは僕が意地が悪い。でもね、ファーン。僕は……資格があると思うかい?」
「……はあ、資格、ですか」

 シオンという男は、その優美な外観からは想像も付かぬほどに、堅苦しいところがあった。頑固で偏屈と言ってもいい。感情よりも先に、知と理が走るタイプだ。感情そのものに関しては、その存在を自分に疑う程だ。短いこの数週間で、ファーンはそれだけは嫌という程思い知らされた。
 要するにカタブツなのだ。

「ぬいや君が教えてくれた状況から察するに、僕は多分――逃げてきたんだと思う」

 ファーンにはそれは、こだわるべきことではないように感じていた。例え誘拐紛いだろうが、愛の逃避行だろうが、結果は結果である。自分がキャストだからか、それが、それこそが大事にファーンには思えた。しかしシオンは頑なだった。
 今夜もくどくどと、それこそ自分に言い聞かせるようにシオンが喋り出した。ファーンは半ば呆れて、手を止めるとその言葉を遮る。

「……仰り様は解ります。ではシオンさん、ヤノアさんがお嫌いですか?」

 キーボードを叩くリズムが止まった。

「いや、これは好きとか嫌いとかじゃなくてね」
「……ヤノアさんはシオンさんに強い好意を持っています」

 それこそ、見ていて恥ずかしくなる程に。ファーンやぬいは愚か、親交ある知人友人の間では、この奇妙な押し掛け同居人の関係は一目瞭然だった。ただ、当事者の片方が頑なに拒んでいるだけ。ヤノアを拒んでいるのではない、ヤノアとふれあう自分を拒んでいるのだ。

「彼女はアーキテクトヒューマンだ。そう刷り込まれれば、相手が誰でも」
「……刷り込まれた女を守って、血塗れで瀕死になるまで戦う男がいるでしょうか?」

 決定打だった。シオンは返す言葉もなく、かといって表面上は動揺を見せない。手は止まったまま、テーブルの上で組まれて肘を突いている。ファーンは散弾銃の分解を再開しながら言葉を続けた。

「……レポートは私がまとめておきますが。今夜はお休みになられたらどうですか?」

 キーボードを叩く音が返事の代わりに返って来た。それはソファが展開されてベッドになるまで、絶え間なく続いた。
復活の馬鹿っ娘 2009/12/11
 民間軍事会社リトルウィング。それはこのグラール太陽系の、あらゆる人間が最後に望みを繋ぐ駆け込み寺だった。ここには連日、種類を問わずさまざまな仕事が舞い込む。ガーディアンズの正義にも、ヴィジランツの任侠にも頼れぬ者達が、昼夜を問わず訪れるのだった。
 よって、リトルウィングは慢性的な人手不足が深刻化しており、その為人材確保の際には経歴を問わない。無論、犯罪歴も。

「ふう、次で最後の一人かあ……こんな仕事はチェルシーにやらせればいいのに」

 同感だとぬいは思った。最も、所属希望者の面接試験を"こんな仕事"と軽んじる気にはなれなかったが。門戸を広く開くリトルウィングは、入れば厳しい実力社会。それをここ数日で体験し、納得しているからこそ……ぬいは真面目に大量の書類へ目を通す。電子データとして纏められたそれらと、額に眉を寄せてにらめっこしていると、頭がくらくらしてくるのだが。
 ぬいは基本的に、小難しい話が苦手だった。

「エミリア、そんなこと言ってないで真面目にやるべきさー」
「どうせ全員採用するんだから、あのオッサン。あんただって、やる気ないじゃん?」
「オレがないのはやる気じゃなくて、やれる頭さ」
「そんなの簡単じゃない、書いてある通りに読み込めばいいんだもの」

 気軽に言い放つ当面の相棒に、ぬいは恨めしそうな視線を返す。
 エミリア・パーシバルは利発的な少女だった。ただ、仕事に対するモチベーションが全くなかったが。時に意外な閃きを見せ、時には驚異的な記憶力を発揮する。鉄火場での荒事は及第点だったが、ぬいは隠れた逸材かもしれないと思っていた。
 もっとも、やる気も根気もない人間を褒めても、図に乗るだけなので口にしたことはないが。

「はい、次の人どうぞー」

 何はともあれ次で最後と、ぬいは突っ伏したテーブルから身を起こす。エミリアの声に促され、最後の入社希望者が勢い良く飛び込んできた。

「ういーッス! 明日からよろしく頼むッス!」
「……ぬい、お疲れ様。明日はフリーミッションだから、宜しく」
「……おうさ。んじゃ、お疲れ様さー」

 青い長身を前に、エミリアとぬいは今日の業務終了を宣言して立ち上がった。

「お、おろ? あのー、入社手続きは……」
「あんたバカァ? いくらうちでも、限度があるっての」
「礼儀知らずは駄目さー、もう入社した気でいる、それも論外」

 大きく伸びをして部屋を出る、エミリアにぬいも続いた。しかしガシリと、その太ましい脚に相手はしがみ付いてきた。見下ろせば半べそのキャストが、哀願の瞳を潤ませぬいを見つめている。
 随分と古いモデルだと、ぬいは思わず感心してしまった。友人のファーンより尚古く、ぱっと見ではメーカーの特定は不可能で。かといって、ヴィジランツ時代にギルドを主宰していたベオルブのように、改造に次ぐ改造を繰り返した結果……という類でもないらしい。

「ちょっと、ぬい? うわっ、何? やだ、すっごい古い感じ」
「面白ぇじゃないか……お前さん、ウチで働きたいのか?」

 振り返るエミリアの背後で、豪快なゲップの音が響いた。リトルウィングの業務を取り仕切る男、クラウチ・ミュラーが、ニヤニヤと笑いながら扉へもたれて腕を組んでいた。その声に反応するや、ぬいの足元で件のキャストが立ち上がる。たちまちぬいに並ぶ長身が、目を輝かせてクラウチに駆け寄った。

「でけぇな……ぬいよりでけぇ」
「んぐ、また気にしてることを」
「オッサン、目付きやらしーんですけど?」

 クラウチはこれから社員になるかもしれない、出所不明の妖しいキャストをねめまわしてゆく。それもその筈、相手は女性型のキャストだったから。そのスタイルはひょろりと長いが、出るところは出て見事に実っている。それでいて全く色気も艶もない、ド健全な笑みが子供の様だった。
 期待に拳を胸の前で握る、大きなキャストの前で、クラウチは一人納得したように大きく頷いた。瞬間、コートの奥から抜き放った拳銃が、甲高い銃声を奏でた。

「いたっ! あたた……危ないじゃないスか! 当ったらどうするッスか、も〜!」
「当ったけど、な。ふむ、デカくて固くて……まあ、後は任せるわ」

 デカくて固くて、と再度繰り返して、クラウチはぬいにウィンクして去っていった。前半は事実だが、後半は否定したいところだった。
 どうやら、面接だけでもしてやれという意味らしく、渋々エミリアが机に戻る。

「それで? あんた、名前は?」
「うす、自分はサンクっていうス! 明日から頑張るんで、宜しく頼むッス!」

 名乗るやサンクは、自分のパーソナルデータをわたわたと転送してくる。やれやれと机の端末で受け取ったぬいは、それを見て唖然とした。
 サンクの経歴は、これはこれで頭が痛くなる程に真っ白だった。

「……ガーディアンズのスクールを卒業、ってあるけど」
「ちょっとガーディアンズをやったんスけど、何かこう、自分の天職って感じじゃなかったスよ」
「あ、それなんか解るなー」

 本当にずきずき痛み出した頭を抱えて、ぬいが身を仰け反らせる。しかし反対に、傍らのエミリアが共感の意を示し出した。呼応するようにサンクは、流暢に語り出す。

「ガーディアンズって何かこう、いけすかないんスよね〜」
「そうそう、あいつ等ときたら……っと、それはいいか」
「そんでこう、貯金もちょっとあったもんスから、とりあえず自分探し? してたスよ」
「いいじゃん、なんか。そうだよね、何かこう、頑張るならやっぱ、やりたいことだよね」
「三つの惑星をあちこち旅して回ってたスけど、まぁちょっと……貯金も尽きたッス」
「ふーん、それで?」
「ガーディアンズには戻れんス……あとこう、資格もないんで、仕事がちょっと」
「で、うちに来たって訳か。なんか他人の気がしないなー……ね、ぬい?」

 同意を求められて、ぬいは困惑した。本当にもう、帰りたかった。今のマイルームではない、無愛想だが優しいファーンがいて、押しかけ同居人のデコとヤノアがいて……みんなのパートナーマシナリーがいる、下町の我家に帰りたかった。
 このリトルウィングに来てからというもの、ずっとぬいは調子が狂いっぱなしだったから。

「もう採用でいいさー、オレは頭が痛くなってきた」

 ぬいの頭痛はその後も続くことになる。ぬいは苦手な頭脳労働の末にこさえた、新入社員のリストを提出した際……無情にもクラウチの口から、サンクの教育係を申し付けられ愕然とした。
 隣で笑っていた新しい同僚も、軍からの放出品の教育係を言い渡され、閉口した様子で肩を落す。
 こうしてぬいは、頭痛の種どころか頭痛の果実がなる大樹を、育てるハメになった。



 因みに俺の脳内では、おぬいさんのCVは豊口めぐみさんだ。異論は認める。らぐもうキャラもこの数になると、かぶらない声優を探すのも一苦労……まあ、かぶっても困る訳じゃない(寧ろスパ厨的には美味しい)んだけど。え?もう誰か、豊口めぐみさんが声あててる?さらにどうでもいいが、ファーンは富沢美智恵さんな。PSZ組は中の人続投……ホント、声優ネタ好きなのな、俺。声優詳しくない癖にな(笑)
Living Universe 2009/12/04
 リゾート型コロニー、クラッド6。パルムを基盤とする複層企業、スカイクラッドの第六支社であるこのコロニーは、グラールでも有数の観光、保養、そして娯楽と快楽の街だった。歓楽街は昼夜を問わず賑わい、大小様々な店が軒を並べる。
 絢爛たる猥雑な街並みに、初めて脚を踏み入れたマーヤ。彼の第一印象は、筆舌しがたいものだった。だが、熱狂的な騒がしさは嫌いではない。その活気は、確かな人の営みを感じるから。
 夜に出歩けば眼の毒だと、着飾った婦人と擦れ違う度、マーヤは俯き足早に歩いた。
 響くジングルベルを背に口元へマフラーをよせれば、吐息が白く空気に溶け消える。クリスマスを控えて賑わう街角に、マーヤは目的の店を見つけた。猫をあしらった小さな看板には、"山猫亭"の文字が躍っている。

「ほいじゃ女将、また顔を出すさー! デコ、ファーンやヤノアにもよろしく伝えて欲しいさ」
「ちょっと、ぬい! 連絡先はじゃあ、とりあえずリトルウィングでいいのね?」
「応っ! 何かあったらすぐ呼び出してな。すっ飛んでくさ、って、おろろ?」

 不意に扉が開かれ、店内を振り返りながら長身のビーストが飛び出てきた。ノブに手を伸べていたマーヤは、突如目の前に現れた谷間に、すっぽりと顔を埋めて目を白黒させた。同時に、悪びれたようすもない呑気な声が降ってくる。
 豊か過ぎる双丘から抜け出るや、見上げてマーヤは唖然とした。身長ゆうに200Rpはある大女が、不思議そうに自分を見下ろしていた。
 思わず、実直な感想が口を突いて出てしまった。

「でか……」
「うっ、気にしてることを。それより、いつまで触っているつもりさ」

 慌てて手に余る弾力から全速力で離れる。その半端に長い耳まで真っ赤になった顔を、目の前の女は声をあげて笑った。昔ならすぐカッとなるところだが、今のマーヤには多少の分別がある。三年と言う年月は、全く変わらぬ姿の中で、少しだけ内面の刺々しさを丸めていた。

「す、すみません。とんだ失礼を」
「うんにゃ、飛び出したオレが悪いさ。勘弁、勘弁」

 少年のような笑みを浮かべて、そのまま女は手を伸べてくる。思わず身構えるマーヤ。この手の人間ときたら……などと、チリチリ神経を焼いていると、ポンと肩を叩かれた。てっきり頭を撫でられたりするのかと思っていたが、予想とは違った。
 そのまま女は肩で風切り雑踏に消えて行く。すらりとスタイルのよい影が見えなくなるまで、気付けばマーヤは見送っていた。体躯に恵まれた人間は見慣れているが、遠ざかる背はなかなかにインパクトが強い。触れた感触がまだ手の内にあって、思わず握り締めてしまう。

「あれは……ヴィジランツか? だろうな、多分」

 既に見えなくなった女は、マーヤには一目で解る匂いを纏っていたから。それは鉄火場で荒事に慣れた、ローグスやガーディアンズに良く似ている。そしてこの街でその手の人間と言えば、先ず間違いなくフリーの傭兵連中……ヴィジランツだと思っていい。
 だが、それを訂正する声が響いた。

「元ヴィジランツ、ね。最近、無理矢理ここの民間軍事会社に入れられたってボヤいてたわ」

 店の入口で翠緑色の髪を靡かせ、マーヤの義母が佇んでいた。

「この街じゃ見た目で判断する人間も、子供扱いする人間もいない……結構シビアなのよん?」
「……そっか。随分と若い子も働いてるみたいだしな、この街。色々なとこで」
「そゆこと。ま、ちょっとガーディアンズさんには、御行儀悪く見えちゃうかしら」
「別に。今日は……仕事じゃないし。元ガーディアンズは、どうなのかな」
「そうね……好き、かしらん? 水が合うのよね、それが意外と」

 クスクスと笑う義母、クエスラに手招きされて、マーヤは店内へと足を踏み入れる。
 そこは手狭な、どこか隠れ家を髣髴とさせる小さなバーだった。カウンターに六つばかり椅子が並び、最奥にはテーブル席が一つだけ。そこでは今、無骨な巨漢のキャストが何か仕事の話をしている。それに頷く小さな背中に、マーヤは見覚えがあった。視線を感じたのか、秀でた額の少女然とした顔が振り向いた。

「やあ、こんばんは」
「あ、ああ……こんばんは」

 先日と代らぬ眠そうな半目で一瞥して、形式的に挨拶をやり取りすると。シオンは再び向き直り、依頼の詳細な内容に耳を傾けている。それを見詰めながらマーヤは、カウンターの席に腰掛けた。何も言わずとも義母が、冷えたグラスを二つ取り出し、その片方をマーヤの前に置く。

「最近は結構頑張ってるみたいじゃない? デコちゃんから聞いちゃった」
「ガーディアンズは今、大変だよ。離脱者が大勢出た三年で、随分と組織力が弱ってる」

 そう、と冷えたビールを取り出すクエスラは、さして気にした様子も見せずに栓抜きを手に取った。ガーディアンズ弱体化の一端を担っている義母を前に、マーヤもそれ以上は言わなかった。
 ただ黙って、グラスを手に取る。

「リィールゥの具合はどう? 私がこの間会った時は、少しいいとか言ってたけど」
「母さんは……」
「何を焦ってるの、貴方がジタバタしてもしょうがないじゃない。せいぜい甘えて親孝行なさい」
「ま、まあ、その……はい。でもっ、まだ何か手があるかもしれない。って、思って」
「嬉しそうにしてたわよぉ? この間は花を貰ったとか、その前は……」
「きっ、聞いたな! 母さんも母さんだ……そんな、ペラペラ喋らなくても」
「友達だもの、自慢したいじゃない? お互い、自慢の息子だ、ってね」

 ポン、と栓を抜くや、クエスラが着物の袖を握ってビンを突き出してくる。おずおずとマーヤはグラスを差し出した。
 この距離まで十七年、十七年かけて二人は歩み寄った。それはマーヤにとって、意固地で卑屈な日々ではあったが……健やかな友に恵まれ、大きな契機が彼に二人の母親を受け入れさせた。同様に義母もまた自ら見えない壁を崩して、正面から向き合ってくれた。初めて素直になれた二人の、それからの三年間は幸せだった。
 ただ一つ、この幸せを共有するマーヤの実母が、死に瀕していること以外は。
 思えば母は、いつでも二人に心を開いていた。マーヤとクエスラがただ、不器用だっただけ。

「でもビックリ、まさかマーヤとお酒が飲める時代が来るなんて。そりゃ私も歳を取る訳だわん」
「誰だって老いるでしょ、全く……義母さんはいつもそうだ、若作りも程々にしてよね」

 マーヤがもう一度、強いアクセントで若作りと繰り返すと、クエスラが僅かに眉を潜めて口を尖らせた。その隙をついてマーヤは、ビールのビンを取り上げ義母へ向ける。

「注ぐの下手ね、マーヤ。泡ばっかりじゃない、もうっ」
「なんか最近は、こゆ仕事も増えてさ……お偉いさんの相手したりして。でも、慣れなくて」
「ま、頑張って頂戴。戦うばかりが仕事じゃないもの。後進指導、広報活動……あと接待」
「うん。ウォルも頑張ってるし、アズは……学校通いながらバイト? 契約社員? だってさ」

 懐かしい名前に、真っ白なグラスを両手で握ってクエスラが目を細める。しかし次の瞬間には、彼女は満面の笑みでグラスを突き出した。

「兎に角っ! 乾杯よ、乾杯っ! 今日はおめでたいんだからっ!」
「え、あ、うん……何がそんなにめでたいのさ」
「何って、聞かん坊の一人息子が、細腕で健気に頑張ってる私を気にして……」
「細腕、ねぇ」

 半ば呆れたように頬杖つきつつ、マーヤはクエスラと杯を交わした。チン、と小さな音が店内に響く。
 マーヤには二人の母親がいる。産みの親と、育ての親。二倍の苦労があったが、今はそれを二乗した分だけの安らぎがある。それが誰にでも、形や大きさの差こそあり……むしろあって欲しいと願えば、自然とマーヤは戦えるような気がした。ガーディアンズとして、アレコレ煩わしい雑務の数々でさえ。
 気がする……気がするだけで充分だと、マーヤはビールののどごしに気持ちのいい溜息を吐いた。



 グラールの女将とマーヤは、どこの世界の二人よりもあずましいですね。あ、「あずましい」は津軽弁です、意味は時間と興味があったら調べてみてください。PSOもMHも、この歪な親子関係はなかなかにウワワなものでしたが。まあ、グラールではこんな感じ。因みに身長ですが、1Cm=1Rp、1Kg=1Vgだそうです、グラールでは。で、先程サンク(最大)をインポートして気付いたのですが…おぬいさんは2メートルあるかないか、位ですね。
気になるアイツはブレイバー 2009/11/21
「お、親方っ、空から女の子がグワッ!」

 マーヤは天窓を破ってガラスをぶちまけ、その光が散乱する中へ舞い降りた。着地と同時に交差した手は、二丁の拳銃を握っている。迷わず彼は、無礼な一言を発した男へ向けて引鉄を引いた。銃声を奏でてフォトンの礫が空気に弾ける。不意を突かれた男は、衣服にフル稼働するラインを輝かせながら吹っ飛んだ。
 忽ち周囲に殺気が満ちて、無数の銃口と切っ先が向けられる。相も変わらずモトゥブの治安は悪く、危険な薬物の違法取引はなくならない。

「――逃げる者は追わない。が、あくまで抵抗するのならっ!」

 夜空の星明りに、舞い散るガラスの破片が降り終えると。マーヤはマフラーの奥から小さく叫ぶや、袖を棚引かせて左右に拳銃を構える。撃鉄を跳ね上げると同時に、跳躍。瞬間、集う悪漢達の武器が吼えて、辺りは一面鉄火場と化した。
 マーヤは苛立っていた。宙を舞いつつ、逆さに映る男達を端から狙い撃ってゆく。
 また女と間違われた。しかも女性だと思われたのみならず、女の子だと言われた。気にすることはないと、友は言ってくれるが、沸き立つ怒りは常に収まらない。そんな自分をいつも、義母と実母は優しく見守ってくれる……悪くは無いが、やはり成人してからも間違われ続けるのは腹立たしい。
 この三年、一ミリも伸びなかった身長が悪いのだと心に結ぶ。

「ひ、ひええっ! バ、バケモンだ」
「お、お助けをぉー! 逃げろぁー!」

 自分で化物なら、ガーディアンズは何だ? これくらいは友人達なら、同じようにやってのける。もっと上手い奴もいる。この三年で随分と組織的には弱体化したが……未だ牙なき民の牙となる、ガーディアンズは健在だった。一人の英雄が姿を消し、それに次ぐ者達が去った今でも。
 マーヤは逃げ散る男達の背中を見送り、取引される薬物の処理をするべく奥の部屋へと足を向けた。どんな病も癒す、魔法の万能薬……あの大災害以来、そう言われてきた麻薬の数をマーヤは覚えていない。覚えているのは、それらは自分が知る範囲では全て、己の手で潰して来たという事。同時に、それが全て紛い物だったということ。
 万能薬など、この世に存在しない。

「お、親方ぁ! 外から女の子がグエッ!」
「な、何だお前等ぁ! いい、いっ、いいから逃げろっ!」
「ガーディアンズのガサ入れだっ、早いところずらかるぜ?」
「ほへ? じゃ、じゃあ表の娘っ子は……」

 扉を開け放って、逃げ出そうとした集団は、外から雪崩れ込んだ者達と正面衝突。互いに面食らったまま、一纏めに吹き飛んだ。その何割かがマーヤの足元に転がってきて、見下ろす眼光に怯えて床を這い回る。
 マーヤは扉の向こう、夜の闇に目を凝らした。……誰か、来る。

「失礼な連中だね。まあ、ここ数週間で慣れたけど」

 ハンター用として一般的なスーツに身を包んだ、華奢な痩身が現れた。背格好は丁度、同じ位。
 眼が合った……なるほど、女の子みたいだ。向こうもそう思っただろうか? しかし、濁り澱んだような深い瞳は、眠たげに半目でじとりとマーヤを見詰めてくる。その人物は両手に雌雄一対のセイバーを握っていたが、同業者には見えなかった。

「新手か? いや、違うな……お前っ、何者だっ!」
「先ず、自分から名乗るのが礼儀じゃないかな」

 少なくともヴィジランツの流儀はそうらしいよ、と目の前の少女……否、少年は僅かに頬を歪めた。どうやら笑ったらしいが、無表情が際立つだけで。何より少年と称したが、年齢もかなり妖しい。そう冷静に分析するマーヤは、警戒心から銃を構えてしまう。呼応するように相手も剣を構えた。
 ヴィジランツ……それは三年前、あの事件を契機に軍やガーディアンズを離れた、フリーランスの傭兵集団。彼等は個々に小規模なギルドを作って集い、様々な仕事をこなす。どちらかと言えばローグスに近いが、連中には連中なりの流儀と仁義があるとマーヤは聞いていた。
 最も最近は、民間軍事会社なるものも多数あるので、情勢は複雑極まる。

「小娘どもが……よくも俺のねぐらで暴れてくれたな」

 地の底から響くような、怒りの滲む声。同時に奥の間から、のそりと巨漢のビーストが姿を現した。自然とマーヤも眼前の男も、そちらへ注意を向けて身構える。

「「僕は男だ」」

 密売人の頭目を前に、第一声が綺麗に重なった。互いに武器を敵へと向けたまま、そうなのかと改めて確認の視線を横目で放る。同時に、そうなのだという意味を込めて軽くにらみ合った。
 その刹那、激震と共に絶叫が轟き、眩い光が辺りを白く塗り潰してゆく。

「利害は一致してると思うんだけども。僕は、あの男を懲らしめて欲しいと頼まれた」
「一致しているものか! 奴は捕らえて、罪を償わせるっ!」

 口ではそう言いながらも、マーヤは一時休戦を呟く。
 目の前に今、漲る暴力に四肢を強張らせる、獰猛な獣がそびえ立っていた。咆哮が空気を沸騰させる。獣が床を蹴る。マーヤは飛び退き銃爪を引き絞り、傍らの男は這うように低い姿勢で正面から飛び込んだ。光弾が弾かれ、二刀の一撃が難なく退けられる。
 マーヤは息を飲んだ。男の剣技にも、ビースト特有のナノブラストにも。
 既に野性の本能そのものと化した敵は、獰猛な牙と爪をむき出しに暴れ回った。周囲の壁や屋根が吹き飛び、マーヤは夜空へと躍り出る。その背に、まとわりつく影のようにヴィジランツの男が降り立った。

「ヴィジランツは殺しはしない。そう義母さんに聞いた、そうだな?」
「僕もそう言われたよ。だから多分、そうなんだろうね」

 通りを行き来する人は皆、暴走状態のビーストを見て四散する。その流れに身を置き、低く身構える獣を睨んで……二人は同時に地を蹴った。騒ぎが拡大すると、犠牲者が増える……マーヤに選択の余地はない。黙って合わせてくれることを祈り、銃を片方放り投げた。
 銃把を放した手に、一振りの剣が滑り込んでくる。
 マーヤは無心で獰猛な獣へと銃口を向け、粒圧の限り弾丸をブチ込んでゆく。その軌跡をなぞる分身のように、巨体の向こう側でも銃声が響いた。銃身が灼けるまで撃ち尽くすや、地を蹴りセイバーで切りかかる。二人同時に。

「手数を稼いで足を止めるっ!」

 一時の仲間は無言で、マーヤの太刀筋を追ってくる。徐々に蓄積したダメージに、僅かに巨体が身震いして怯んだ。今だと距離を取ってナノトランサーを呼び出す、そのタイミングまで一緒だった。同じ褐色の肌の、しかし表情のない枯れたような銀髪が、無言で新たな武器を呼び出す。

「こいつでっ!」
「――決める」

 振りかぶる得物まで一緒だった。マーヤは構わず気にせず、引き抜いた大剣を上段に構えて夜空に飛ぶ。フォトンアーツまで一緒だったが、激したマーヤに反して、長大な剣を振り下ろす顔に表情はない。気に入らないとマーヤが舌打ちした瞬間、二発のグランドクラッシャーが炸裂した。
 眩いフォトンの光に、マーヤの青い長髪が靡く。
 一声苦しげに唸って、敵の姿が徐々に小さく縮んでゆく……敵意はもう、凍てつく夜気に霧散して消えていた。周囲が慌しくなり、逃げ惑っていた街の住人達が集まり出す。

「さて、僕の仕事はこれで終わりかな。君も、だろ?」

 貸した銃が差し出される。仕事だと言い放つ顔は、無表情にマーヤを見詰めていた。

「拘留して、背後関係を洗って……僕の仕事――任務は、まだこれからだ」

 押し付けるようにしてセイバーを返すと、銃を受け取りナノトランサーに放り込む。そうして密売人の総元締めを拘束すると、マーヤは立ち去る背中に振り返った。

「僕はマーヤ……マーヤ=カーバイトだ。お前、名前は?」
「シオン。それが僕の名前らしいんだ」
「らしい、って。親から貰った名だろ?」
「それがどうも、よく解らなくてね。思い出せない、というのが正しいと思う」
「……困ってるのか? 困ってるなら、ガーディアンズは誰の為でも動くぞ。勿論、僕も――」

 しばし考え込むように、男は秀でた額に手を当て天を仰いだ。

「ふむ、そうだね。当面困っているのは」
「なっ、何でも言えよ……僕はガーディアンズだからな!」
「……いや、やめておこう。自立心だけがヴィジランツの誇りらしいからね」
「そっか。噂どおりの連中らしいな、お前達は」
「君に、うちの御姫様を何とか出来るとも思えないしね」
「なっ……そりゃどういう意味だっ! 僕はこう見えても……」

 シオンと名乗ったヴィジランツは、最後にどうやら笑ったらしく。不思議な左右非対称の表情を象ると……物珍しげに集まり出す雑踏の中へと溶けて消えてしまった。マーヤはそれを見送り、小さな溜息をついた。出会いはまだ、巨大な陰謀が動き出す前に、小さな縁を刻み込むだけだった。
全ての過去をRPGにする 2009/11/13
 マイルームの、今までマイルームだった部屋の前に立つと、ぬいは腕組み天を仰いで頭の中を整理してみた。すぐに知恵熱が出て、額の奥がちりちりと焦げ付いたように痺れる。
 ぬいは、難しいことを考えるのが苦手だった。
 だから、レリクス調査でうっかり閉じ込められた挙句、自律人型兵器と戦闘の末、保護した子供を庇って死んだはずなのに、何故か無事で……気が付いたらリトルウィングなる民間軍事会社の社員にさせられていたという現状に対して、小さな脳味噌がオーバーヒートしそうだった。
 オマケに――

「旧文明人……これはもう、オレには訳が解らないさ」

 大きな溜息を吐けば、そびえ立つ長身もグニャリと力なくしょぼくれてしまう。幼女と貴婦人を混ぜて少年で纏めたような、感情に直結した表情が翳った。眉根を寄せて八の字を作り、唇を尖らせて頬を膨らませる。
 それでも気を取り直して、住み慣れた我家の扉を開く。自分も客人も気に入ってる部屋だが、リトルウィングの用意した部屋に引っ越さなければいけないかと思うと、少しだけ気が滅入った。

「ファーン、ヤノア、いま帰ったさ……はぁ」
「……おかえりなさい、おぬいさん。あ、ヤノアさん、お願いですから黙って見てて下さい」
「いえ、それはいけませんっ! お世話になってるんですから、これ位はわたしが、あっ!」

 相も変わらずの、賑やかな我家。何やら相棒のアンドロイドが、訳アリ同居人に手を焼いているようだ。
 台所で小さな爆発音がして、ぬいはぬぼーっとリビングから首を巡らせる。

「……電子レンジの沈黙を確認。ヤノアさん、洗濯機、掃除機に続いて今月三台目ですね」
「ご、ごめんなさい。こ、壊れちゃいました?」
「……これくらいなら、すぐ直ります。得意ですから、機械いじりは」
「よかったぁ。わたし、機械って苦手で……あ、おぬいさんっ!」

 しょぼんと項垂れていたのも僅かの間、アクリル絵具のように鮮やかな紅髪の麗人が、満面の笑みで駆け寄ってくる。無邪気で屈託の無い表情は、彼女を十代の少女に見せる。しかし、実際の年齢は誰にも解らないのだ……当人にさえ。

「おぬいさんっ、おかえりなさい! 今日は、お怪我とかないですか? わたし、治しますっ」
「ただいま、ヤノア。今日はどこも痛くないさ」
「良かった……あっ、あの、晩御飯をって思ったんですけど、ちょっと、失敗しちゃって」
「気にする事ないさ。それよりヤノアは、ちゃんと王子様を看ててやるべきさ」

 はいっ! と元気な返事を残して、最後にもう一度電子レンジのことを謝ると……ヤノアはパタパタと部屋の奥に駆けてっいった。その背を見送るぬいは、かつて電子レンジだった残骸を抱き締める相棒に、身体を傾け耳を寄せる。

「……可能な限り、私の方で調べてみました。おぬいさん、彼女達は……」
「あー、ちょっと今、アタマが痺れてるさ。簡潔に、うん、簡単に」
「……では先ず、ヤノアさんのことから。彼女は普通の人間ではありません」
「ファーン、それは見れば解るさ。オレも見てしまったから……解るさ」

 少しだけぬいは顔を赤らめ、脳裏に浮かぶ淡雪のように白い裸体を追い出した。

「肉体的にもそうですが、三惑星のどこにも、彼女の出生に関する情報はありませんでした」
「まあ、それは良くあることさ。それで……王子様の方は?」

 ファーンは静かに首を横に振った。

「……ただ、ヤノアさんとは別の意味で、あの人も普通の人間ではありません」
「ああ、傷の治り具合とか、あれは普通ではないさ」
「……これはあくまで、私の主観的な憶測なのですが、おぬいさん」

 つまり、ファーンの考えるストーリーはこうだ。
 ぬいが先日、ニューデイズで助けた二人組み……裸のヤノアと、それに背負われた半死の王子様は、カタギの人間ではないらしい。恐らくヤノアは愛玩用のアーキテクトヒューマンで、件の王子様はそれを組織か何かから連れ出してしまった――だからヤノア曰く"王子様"なのだ、と。
 ファーンは普段の無表情で淡々と、抑揚に欠く声でそんな事を朗々と詠う。

「まあ、それは王子様の目が覚めたら、直接聞いてみるさ」
「……二人が何らかの勢力に追われているのは明らかです、おぬいさん」
「うーん、それならそれで、オレが出来る限り守ってやるさ。ただ、ちょっと、その、あれさ」
「……? 何かありましたか、おぬいさん」

 今日の出来事をかいつまんで説明しつつ、引っ越さなければならないことをファーンにぬいは告げる。そうして彼女は、いつも通り眠り姫ならぬ眠り王子の寝室に顔を出した。
 ちゃんとヤノアが何をするでもなくベッドに頬杖を付き、じっと見守っている。

「……では、手早く荷物を纏めましょう。この二人のことは、私に任せてください」
「助かるさ、ファーン。ちょっと強引な話で、オレもとうとう飼い犬になってしまったさ」

 それは、二人に気付いたヤノアが立ち上がった、その瞬間だった。
 不意にぬいは眩暈を感じて、余程の疲れかとげんなりしたが。瞼の裏に何かが弾けて、再び瞳を開いた時……心配そうに覗き込むヤノアとファーンの背後で、褐色の肌も露に、王子様が起き上がった。
 ぬいが「あ」と間の抜けた声をあげ、ヤノアが、次いでファーンが振り向いた時にはもう……王子様はベットを抜け出し、包帯だらけの自分を不思議そうにぼんやりと見詰めている。
 一糸纏わぬその姿に、ぬいは慌てて目を覆った。

「シオンさんっ! シオンさんシオンさん、シオンさんっ! よかった、よかったです!」

 感極まった顔で、ヤノアが大粒の涙をぼろぼろ零しながら抱き付いた。そのままぎゅーっと力一杯抱き締め、なし崩し的に二人はベッドに倒れ込む。
 これは野暮だと、ぬいはファーンと無言で部屋を出ようとしたが……ボソリと零れた一言が彼女達を引きとめる。それはどこか機械的で無機質な響きだった。

「僕は、誰、だ……君は? どうしてそんなに、泣いているのかな」

 眠りの王子様は、今度は忘却の王子様になってしまったのだと、後になってぬいはファーンからのメールで知った。それでも名前がシオンであること、やはり多くが謎に包まれていること、鉄火場慣れした驚異的な身体能力を持っていること……何より、本当にヤノアの王子様らしいということが、ぬいの頭を悩ませた。


※登場人物紹介


・ぬい
 ビーストのハンターで、頭は弱いが義理人情に厚い熱血お姐さん。困っている人を見ると、助けずにはいられない性質で、厄介ごとに自ら首を突っ込んでいくタイプ。誰もが皆、おぬいさんと呼んで慕う。普段はのんびりとしているが、鋭い嗅覚でアレコレ敏感に察知する生粋のハンター。腕っ節も強く、拳一つでヴィジランツとしてのらりくらりと渡り歩いてきたが、一悶着あってリトルウィング所属になってしまう。基本的に素手で戦うが、必要に応じて爪なんかも使ったりするような感じの、いわゆる一つの脳筋ハンター。190センチを超える長身のグラマー美人なのだが、あんまり周りからは異性だと見られておらず、本人は時々そのことを気にしている。よく男に騙されて振られているらしい。名前は、育ててくれた拳の師匠が「世界の綻びを繕うべし」と命名した。漢字で書くと"縫"だが、おぬいさんは「師匠は結構いい加減な人だったさ、だから自分のフォトンミラージュと同じ名前をつけたに違い無いさ」との言。

・ファーン
 ぬいと昔から仕事をしているレイキャシール。かなり古い型だが、仕事はできる。常に冷静沈着で、狙った獲物は逃がさない狙撃の名手。加えてあらゆる火器の扱いに精通しており、仕事中はさながら人間武器庫の如き状態である。三年前の大事件の際に大破し、一度はリタイアして再処理処分を受けようと思っていたが……ぬいと出会ってからこつこつと自己修理を繰り返し、何とか第一線で戦えるまで回復したようだ。最もメーカーでは既に新型のファーン2タイプを製造しており、実質「グラール最後のファーンタイプ」になってしまった為、モデル名をそのまま個体名として名乗っている。身長180センチ程で、外見は可愛らしい金髪の少女だが、全く表情が無い。紅白に塗り分けたのは、おぬいさんの趣味。

・シオン
 謎のニューマンの青年。現段階では全てが謎に包まれており、その上本人が記憶喪失という難儀な男だが……当の本人があまり気にしていない様子で、ぼんやりと毎日を生きている。しかし頭は切れるわ、身体能力は異常に強化されてるわで、本当に妖しい奴である。外観は十代の少女にしか見えないが、れっきとした男性である。常に眠そうな半目で、その姿は憂いを帯びて見眼麗しい……が、結構思慮深いを通り越して、腹黒い一面も併せ持つ。理詰めで動くタイプで、当面は運命の人(注:ヤノアさんの自己申告による)を養う為に、ファーンやベオルブの計らいで小さな仕事をこなしている。因みに小柄で華奢な為、おぬいさんとは頭二つ位違う。普通に背後に立たれると、乳が頭に乗る。あだ名はデコ、デコ助、おでこちゃん等。

・ヤノア
 絵に描いたような美人で、黙ってれば誰もが振り向く程の美形だが……精神的に幼く、無邪気で無防備な性格が周囲を大いに困らせる。彼女は瀕死のシオンを背負って、裸で逃げ回っているところを、おぬいさんに保護された。その正体はどうやら、人為的に完璧な愛玩動物として造られたアーキテクトヒューマン……らしい。歪んだ性愛の対象だった為に、極めて特殊な人体構造をしているが、本人はあまり気にしていない。常に天真爛漫で、シオンを強烈に慕っている。将来の夢は"立派なお嫁さん"……因みに最初は、家事一切まるで駄目だったが、ファーンの仕込みで徐々に成長を遂げる。でも機械は苦手。顔も顔なら身体も身体、すらりと長身のモデル体系で、正に"工芸品の様に造りこまれた肉体"を持つ。デコは困ってる。


※今後キャラ作成が確定な人達


・ベオルブ
 古参の元ガーディアンズで、おぬいさんに仕事を回していた、小さなギルドのマスター。因みに本人はまだ、頑なに現役を主張している。かなり古いタイプのレイキャストで、自己改造を繰り返したボディは既に、原型を留めていない。彼やおぬいさんのように、ガーディアンズでもローグスでもなく、かといって組織にも属さぬ一匹狼達を"ヴィジランツ"と呼ぶ。ヴィジランツ達は皆、ベオルブのような元締めから、ペット探しや引越しの手伝い、浮気調査、要人警護等様々な仕事を請け負おう。そんな無頼漢を世間では傭兵だ何だと言うが、ベオルブやおぬいさんには、自由に食い扶持を稼ぐヴィジランツとしての誇りがあるらしい。愛称はベオっさんで、面倒見が良くおぬいさんと並んで義理人情の渡世人だが……キレると怖い。

・マーヤ
 三年前の一件で名を挙げ、一人前のガーディアンズに成長した20歳。今や注目の若手有望株だが、未だに「あのクエスラさんの御子息」「しかも実は……」などというレッテルと、日々見えない戦いを繰り広げている(笑)つい最近になって導入されたブレイバーの評価試験モデルに自ら立候補するなど、精力的に我が道を驀進中である。二人のお母さんとは、彼なりに不器用にだが仲良くしているつもりらしい。世間から見ると、ただの甘え下手であるが……信頼できる友人達の存在が、彼を少しだけ大人にした。ほんの少しだけ。因みに実母であるリールゥさんは、病状が安定して小康状態を保っている。何か特効薬があるのでは……という思いが、今のマーヤにはあるらしい。クエスラさんは今はもう引退して、ヴィジランツを名乗るモグリの傭兵連中を相手に酒場を経営している。

 さあ、皆さんの大事なマイキャラが、アヤシゲな山猫亭ワールドに巻き込まれつつあります(笑)皆さん、早めに自衛されますよう……妖しげな設定と世界観に、うかうかしてると取り込まれてしまいますよ〜、なんちゃって。いや、正直よく解らんけども。俺はまた、俺ワールドでハァハァするんだな、これがな。