暗雲打ち払う真実はいずこや? その答は今、海へと続く迷宮の底深くに。さらに深部にオランピアを追えば、立ち塞がるようにモンスターが無限に湧き出てメビウス達を遮る。  並み居る障害を踏破して進む彼女達の前に、尚も巨大な壁が圧してきた。  襲来する鱗竜……吼え荒ぶ海竜の牙が、天地に大きく開かれた顎門より迫った。 「ネモ、こいつには雷だっ! タリズマン、グリフィス! 速攻っ!」  スカイアイは声をかけずとも、メビウスに阿吽の呼吸で薬瓶を投げてくる。それを宙へと翔んで掴み取るや、メビウスは口で噛み千切るように開封。その中身を目の前にぶちまける。  海都の星詠み達が、星霊の加護を願い封じた香油が舞った。ショックオイルが巨大な海竜の方向に波紋と散り爆ぜる。その中をメビウスの拳が突っ切った。 「援護します、隊長ぉ! グリフィスさん、奴の足を」 「うんっ……ぼくが影を、縫い留める!」  撓る突剣が空気を切り裂き、放たれたクナイが驟雨と注ぐ。  その連撃の最後を飾る一撃を、メビウスは真っ直ぐ相手の眉間へ振り下ろした。雷神の鉄槌にも等しい拳が、鈍い音と稲光を伴い炸裂する。だが―― 「しまった、浅いっ! ネモ、星術で……あと一撃っ、一撃でいいんだ」 「待ってください、まだエーテルが。駄目だ、間に合わないっ」  古竜の急所を穿った反動で、無防備に重力へ捉まるメビウス。  その時彼女は、己の放った雷撃をチェイスする銃声を聞いた。 「二枚目ってな辛ぇな、どーしても見せ場が回ってきちまう。……行けよ、メビウス」  その男は、硝煙をくゆらせる銃口を手にニヤリと笑った。彼が連れる仲間達が戦列に加わり、一気に趨勢は大きく傾く。コッペペ達トライマーチの助力が、荒れ狂う迷宮の牙を粉砕した。 「コッペペ……エミット、リシュリーも。トライマーチ!」 「オランピアちゃんの尻をおっかけてな。が、見失ってみればこの有様でよ」  ニシシと笑って、コッペペはらしからぬ利発さで仲間達を率いる。  まるでメビウス同様、立派なギルドマスターのようだ。 「メビウス、無事だな? これより後は引き受ける。先へ進め!」 「ソラノカケラの皆様、オランピアさんはこの先ですわ! そこでわたくし達、見失いましたの」  崩れ落ちる巨竜の亡骸を超えて、次から次へとモンスターは押し寄せる。その敵意の荒波を前にエミットが、リシュリー達が立ちはだかった。まるでそう、メビウス達へ道を譲るように。 「見失った? うん、ぼく達もなんだリシュリー。それであいつは、オランピアは」 「それでしたらお任せを。ソラノカケラの皆々様、メビウス様……敵はクジュラ様達が」  迷いながらも走り出そうとしたメビウスの、その痩身が象る床の影が不意に揺らめいた。その中より一人のシノビがゆらりと浮かび上がる。同業のグリフィスですら息を飲む、隠密の秘術……分身だ。  髪を総髪に結った麗人のうつしみは、ピタリと目の前の壁を指差した。 「この先に小部屋が。この壁は虚像……破ッ!」  陽炎のように揺らぐ女は、気迫を短く小さく叫んだ。瞬間、メビウスの前で珊瑚の回廊が新たな道を現出させる。現れた隠し通路の奥からは、激しい剣戟の音が僅かに零れ聞こえてきた。 「どうか祖父様へ、あの方へ……ミラージュ様へご助力下さい、メビウス様」  一瞬、凍れる美麗な表情が翳り、ついで幻像は霧散した。  後に残るは、迷宮の奥へと続く新たな道。 「いきたまえ、メビウス。後は俺達が……ネモ、一緒にトライマーチを援護だ」 「了解。行ってくださいよ、メビウス。流石のクジュラさん達も苦戦中らしいし」  仲間達の頷きを視線で拾って、メビウスは大きな頷きを返した。 「敵を引き付ける! 一匹でも多く。時を稼ぐ! 一瞬でも長く……行けっ、メビウス!」 「大丈夫ですわ、おばねーさまは無敵ですもの! さあ、メビウス様」 「貸しにしとくぜ? オイラの貸しはでけぇからよ。あとで美人の一人でも紹介しろ、よっ!」  たちまち周囲は戦騒に巻き込まれ、敵味方入り乱れる大混戦となった。その中からメビウスは優しく一人、押し出される。トライマーチとソラノカケラの共同戦線は、溢れかえるモンスタの渦を前に一歩も退かない。 「みんな……ゴメンッ! いいや、ありがと! ちょっと片付けてくる」  メビウスは新たに現れた道へと駆け出した。その身が熱を帯びて疾風の如く馳せる。  たちまち背中を預けた怒号と喧騒が遠ざかり、代わって刃がぶつかる音が近付いてくる。メビウスは迷わず、一直線に走る。目の前にある壁と言う壁が、全て幻想だと心に結んで。  事実、虚像で象られた迷宮の一角を、まるで放たれた矢のようにメビウスは貫いた。  一呼吸に駆け抜けた時、メビウスの視界が不意に開ける。 「ほう、ソラノカケラの小僧っ子か。ミラージュ、クジュラ殿も。こいつは面白くなってきたのう」  以前も会った老将が、血に濡れた太刀を肩に遊ばせ弟子と並んでいる。その隣で気勢を吐き出すのは、 「来たか、ソラノカケラの! 前座は片付けた……後はオランピア、奴の首級をあげるのみ!」  珍しく声を荒げて血潮を滾らせるクジュラの姿があった。背の剣を右手に構え、左手には光の刃を握っている。その両刀が睨む切っ先の前に今、追い詰められたオランピアの姿があった。  激闘の後を物語る巨大な肉食蜥蜴の死体が、その前に山と積まれていた。 「クジュラッ!」 「悪いが下がってて貰おうか、メビウス。シンデン、ミラージュも……手出し無用!」  メビウスの叫びを置き去りに、クジュラは感情も露にオランピアへと躍り掛かった。  対するオランピアもまた、マントの奥より伸べた手に刃を光らせる。彼女の腕から直接、巨大な刃が肘へと伸びていた。それが今、二刀一刃と激しく斬り結ぶ。 「まさかこの私をここまで追い詰めるとは……海都の元老院の手の者かっ!」 「この世界樹に散っていった仲間達の無念、冒険者達の遺恨! ここで今、俺が断ち切るっ!」  それはメビウスが呼吸も忘れるほどの、達人達の常軌を逸した剣舞。  二人は互いの肌を、衣服を擦過する刃に踊りながらも、そのリズムを速めてゆく。 「カカカッ! クジュラ殿も熱いのう。ミラージュ、この勝負どう読む?」 「は、かの者……オランピアとやらから氣を感じませぬ。我が師シンデン、もしや」  クジュラが連れ従える者達は皆、剣を鞘へと戻して傍観の構えだ。  メビウスだけがただ、死闘を前に拳を握って焦れる。 「クジュラ、斬る前に聞きださなきゃ! オランピアから真実を……深都の謎を!」  かろうじて気圧されることなく、メビウスが言葉を挟みこむ。  その時、天から声が降ってきた。重厚な、総身を震わせるような、それでいて穏やかな声だ。 「両雄それまで……王のしもべよ、剣を収めよ。小さき者よ、海都の者達よ……そなた達も」  青いマントを翻して、声に従うようにオランピアが距離を取った。そうしてクジュラの二刀流から逃れると、僅かに表情を滲ませ空を見上げる。頭上を覆う海そのものが喋っているかのような、荘厳な声が辺りを満たした。 「誰だっ、姿を現せ。ぼく達に脅しはきかない……出て来いっ!」 「よくぞ吼えた、小さき者よ。我は海王ケトス、深王の友なり」  メビウスの声に応える空気の振動は、周囲の海水を泡立たせる。まるでこの世界樹の迷宮が、第二階層自体が囁いているような律動。それは周囲をくまなく包んでメビウスの肌を震わせた。  圧倒的な、神々しいまでの存在感。  それに臆した様子も見せないのは、クジュラ達元老院の精鋭だけ。メビウスは敏感に、声の主が恐るべき存在であると感じて震えた。冒険者としての直感が、大いなる存在だと告げていた。 「王のしもべよ、かの者達に海珠を。我の元へと勇者をいざなえ……審判は我が下そう」  オランピアの無表情は瓦解して、その顔には疑問も露だった。 「何故です、海王ケトスよ! 我が主の友よ! 海都の人間達は追い返す、それが我等が――」 「海都の覚悟を前に、深王は決断された。我が友の為にも……我が直々に相手をしようぞ」  メビウスには何故か、オランピアの顔色が悲痛に哀願を訴えるように見えた。そして確かに聞いた。追い返す、と。始末するとも殺すとも言わず、彼女は確かにそう言った。その意味を探してメビウスは、耳朶の奥に反響する言葉をくりかえし胸中に呟く。 「……クジュラとやら。この勝負、預ける。そして後悔するがいい」  偉大なる海王の怒りを買ったことを……そう吐き捨てるや、オランピアの輪郭がぼやけ消えてゆく。  超常の技で消え失せた少女の後には、小さな輝きを放つ宝玉が落ちていた。