未だ未開の地として広がる、
だが、強力な魔物が
そしてそれはどうやら、ポラーレのような
「おっし、今日も絶好調! 次行くよっ! ……っと、ボールアニマル発見っ。いただきっ」
「ったく、はしゃいじまって。おうい、メテオーラ! 先走って怪我すんじゃねーぞ」
「大丈夫だよ、パッセロさん! ウフフー、ワタシヲツカマエテゴラーン♪」
「……棒読みになってんぞ、お嬢さん」
地図を娘と覗き込んでいたポラーレは、ふと顔をあげて二人の影を緑の奥へ見送る。探索の疲れも見せず、メテオーラは元気に次の標的に走り出していた。やれやれと肩を
そう思って再び
ポラーレは意外にも、優しげに瞳を細める表情を隣に見て、思わず言葉を失ってしまう。
元気いっぱいなメテオーラに向けられるサジタリオの眼差しは、狩場で見せる
「……なに見てんだよ」
「いや、別に」
「昨日の夜、コッペペから聞いてんだ。迷宮をあんま舐めねぇほうがいい、ってな」
ポラーレは自然と脳裏に、しまらない笑顔のスナイパーを思い出す。本業は
無駄に目と目の加圧を強めていると、その間で地図を畳みながらグルージャが声をあげた。
「えっと、ぐるっと回りこんでるみたい。今度は南に」
ポラーレ達は道標である
今、この瞬間までは。
「ほうぁあああああああああっ! どーしてこうなった!」
「ばっ、馬鹿野郎っ! 言わんこっちゃねぇ、逃げるぞ!」
あられもない絶叫が響いて、その音が空気を震わす方へとポラーレは首を巡らせる。
見れば、必死の形相で走ってくるメテオーラとパッセロの背後に……巨大な球体が唸りをあげていた。通路狭しと周囲の木々を押しのけて薙ぎ倒し、遠近感を無視したボールアニマルが転がってくる。その前で逃げ惑う二人は、こちらへと全力ダッシュで迫っていた。
「あれは……」
「ちっ、ビッグボールだ! おい、ありゃヤベェぞ……やるか」
うん、と小さく応えたポラーレが風になる。瞬く間にメテオーラ達とすれ違い、二人を南の方へと見送る間もなく。目の前に、轟音を響かせ回転する大質量が迫った。ビッグボールは、突然変異で際限なく成長した巨体のボールアニマル。ただ回廊を転がるだけで、その先にある全てを粉砕する。
ゆらりとかざしたポラーレの手に、
それを握った瞬間、後方から
ポラーレは迷わず跳躍と同時に、全身を捻って真横に一閃。
ビッグボールは中空で真っ二つに割れて、あまりに鋭利な切っ先に血すら流さず落下音を二つ奏でた。
「……ええと、解体してお金に変えられる素材を持ち帰る、のかな」
「おう、やるじゃねぇか。まあ、軽いもんか? 野の獣を斬るくらい、造作もねぇと」
茶化すようなおちょくるような、その実皮肉たっぷりのサジタリオ。彼はしかし、ポラーレの横に来ると「下がってな」と腰のナイフを抜き放つ。手際よく彼は、狩人らしい手慣れた手つきでビッグボールの成れの果てをばらしにかかった。
言われた意味が、その
「軽い仕事、という言葉はそぐわない。僕はいつだって、本気だから」
「そういう意味じゃねえよ。……人を斬るのと較べてどうだって話だ」
やはり言葉の意味がわからなくて、ポラーレは沈黙をもって応えるしかない。
わかることがあるとすれば、今の彼には一つだけだ。
「仲間の援護があるというのは、極めて有利な状況だとは思ったよ」
「ああそうかい、そうですかい。……ったく、これだから。お、よしよし、剥げたぜ」
綺麗に甲殻の一部を切り取り、それをサジタリオは手持ちのバックパックに詰め込んだ。
それをぼんやりと眺めながら、ポラーレは今しがた自分で発音した言葉を
だが、これが仲間なんだと知れれば、不思議と不快ではない。
しかしそれを実感ではなく知識でしか得られないのがポラーレだった。
「あ、あのぉ……エヘヘ」
「怪我なんかはしてねえかな、って……ハ、ハハハ」
乾いた笑いを並べて、通路の向こう側からメテオーラとパッセロが顔を出した。ひどく気まずそうな顔をしているが、ポラーレはただ無表情に「問題はないよ」と平坦な言葉。そして、自分と同じ表情を娘に見る。グルージャもまた、なんの感慨もない様子で苦笑いに固まる二人へ歩み出した。
だが、メテオーラとパッセロは通路の向こうで互いに顔を見合わせながら、頭をかきつつ言葉を続ける。
「それで、そのぉ……なんか階段? 見つけちゃったんだけども」
「あっ、先生! だめだよー、こういう時は『フッ、狙ってやったんだぜ』って顔しないと!」
「そ、そうなのかメテオーラ……ま、まああれだ。階段を見つけたぜ! ……なんだかなあ」
「そういう訳なんだよっ、グルージャ! はやくはやくっ」
怪我の功名、という言葉がポラーレの語彙から引っ張りだされたが、結果オーライだと笑いを噛み潰すサジタリオにポンと背中を叩かれる。奇妙な連帯感があることが今、ポラーレの心に不思議な波紋を広げていた。
だが、サジタリオに促されるまま、全員で揃って通路の奥へと並んで向かう。
そこには、永らく使われていなかったらしい階段が下層の暗がりへと伸びていた。
「ふむ、この迷宮は随分と広く大きいみたいだね。小迷宮とは訳が違うみたいだ」
「だな。さてどうするよ、相棒。行くかい? 荷物にゃ多少は余裕があるが、この分だと夜になっちまう」
「……相棒?」
隣で手早く持ち物を確認するサジタリオに、疑問符で
当然のようにサジタリオは、「ああ?」と片眉をしかめて怪訝な顔をした。
「お前のことだよ、ったく。不本意だが、状況が状況だ。だが、慣れ合いはしねぇ、覚えとけ」
「それで、相棒って? この、僕が?」
「お前意外に誰がいんだよ。……仕事の仲間をバケモノ呼ばわりするのは、俺の
そう、過去に何度もこの男は、狩るべきバケモノとして自分に矢を
そうしていると、目の前の階段から流れ出る湿った空気が、嗅ぎ分け慣れた臭いに染まった。
それは、赤錆びた鉄の臭い……ただ、冷たい金属ではなく、
「……血の臭いが、する。サジタリオ」
「ああ。だが早まるなよ、ここは鉄火場じゃねえ。鬼が出るか蛇が出るか……」
メテオーラとパッセロは、ポラーレ達の異様か緊張感に身を固くしている。その一方で、冷静に地図を書き込んでいたグルージャが、現れた人影に第一声をあげた。
「あ……ワールウィンドさん」
現れたのは、同業者と思しき男だ。その背には大きなバックパックを背負い、その上に負傷者を載せている。強烈な血の臭いの元凶は今、彼の背でうめき声を上げながら震えていた。ぼんやりと印象の薄い、無精髭の男……そう言えば以前、グルージャが森の廃坑でワールウィンドと呼ばれる男から地図をもらったと言っていた。
「やあ、お嬢さん。こちらはお仲間さんかい? 地図は役に立っているようだね」
腰の低い態度で、ポラーレ達にワールウィンドは挨拶をよこした。
瀕死の重傷者を背負っているのに、嫌に落ち着いている……ポラーレがそう直感した時、隣でサジタリオが探るような言葉を放つ。
「そいつはどうした、酷いありさまじゃねえか。下でなにかあったのか?」
「あ、ああ、そうだった。君達に会って安心したんだね、俺も。随分動転しているみたいだけども」
そういってワールウィンドは、すかさず駆け寄るパッセロに怪我人を任せる。
パッセロの表情と無言が、なによりも容態を
「この先に、とんでもない魔物が暴れているんだ。先に辺境伯に報告を」
――これ以上、死人を出してはいけない。
そう語るワールウィンドの眠たげな瞳は、その奥に不吉な光を輝かせていた。
ポラーレはサジタリオやグルージャと相談し、パッセロが施す応急処置が終わると同時に、来た道を引き返すことになった。