《前へ戻るTEXT表示登場人物紹介へ用語集へ次へ》

 空は高く風が凪いで、大地はどこまでも紅葉を敷き詰め続く。
 危険なモンスターを避けながら、五人の少女を載せた気球艇が高度を下げ始めた。その舵輪を握るラミューは、隣で地図を見詰めるグルージャへぽつりと零した。
「もうちょい北か? 例の座標」
「大雑把に言ってこの辺よ。あとは歩いたほうが早いと思う」
 そっけない返事が跳ね返ってきたが、いつものことなのでラミューも気にせずさらに高度を下げる。ゆっくりとエンジンの微動に揺れながら、徐々に広がる紅の大地が迫った。
 今日も第二大地、丹紅ノ石林(タンコウノセキリン)にはチラホラと同業者の気球艇が飛んでいた。
「なあ、グルージャ。例のギルドカードな、あの座標に……何があるんだろうな」
 ワクワク半分、不安半分のないまぜな気持ちをぽつりと零すラミュー。
 だが、やはり地図に定規をあてがうグルージャの声は平坦だ。
「それを確かめに行くんでしょう?」
「や、そりゃそうなんだけどよ」
「行けばわかる」
「へーへー、そーですねー! ったく、かわいげねぇ……あの連中を少しは見習えってんだ」
 ちらりとラミューは舵輪に頬杖つきながら、舳先(へさき)の方に並んだ影を見やる。
 仲間たちは今、いつにも増して幼くあどけない歓声をあげていた。
 リシュリーは勿論、メテオーラやシャオイェンもはしゃいで手すりの外へ身を乗り出す。
「たからっ、たからっ、たからったったー♪ お宝だよ、リシュ! シャオも!」
「これが冒険者同士でやりとりされてる、秘宝の継承なのですわ」
「シャオがこのダウジングロッドで、絶対に見つけるですぅ〜」
 ――ガキかよ、ったく。
 苦笑も優しく頬を緩ませ、ラミューは飽きることなく仲間たちを見詰める。自分はそこまで無邪気にはなれないし、かといってグルージャのように冷めた気持ちでもいられない。
 あの伝説の冒険者、無限(リボン)の魔女が残した秘宝とは?
 目指す先に埋もれたまま、ラミューたちを待つものとはいったい――
「ラミュー、舵。風に少し流されてる」
「お? お、おうっ。……なあ、グルージャ」
「何?」
「どえれえお宝が埋まってたら……どうする?」
 グルージャはようやく地図から顔を上げてラミューを見つけると、ぱちくりと大きな瞳をしばたかせた。そしてやはり無表情で、
「売ってお金にするわ」
 再び地図へと目を落としてペンを手に取る。
「夢がねえなあ、お前」
「夢じゃ食べてけないもの。……でも、それをどうするかは、あたしが決めることじゃないし」
 そう言って思案顔で、ペンを頬に当てつつグルージャも舳先の三人に目を細める。キャッキャと無邪気な声をあげて、ぐんぐん近付く大地へとリシュリーたちは皆、笑顔だ。
 ラミューの目には、そんな仲間をちらりと見やる、グルージャの表情が優しげに見えたのだった。
「っしゃ、着陸すっぞ! 少し揺れるぜ?」
「ラミューの操縦、荒っぽい。父さんやコッペペさんはもっと静かなのに」
「しゃーねぇだろ。乙女の細腕にゃ、ちょいと舵が重いんだよ」
「乙女の? ……細腕?」
 フラットな視線を向けてきたグルージャが、クスリと笑った。
 最近はそういう表情も時折見せてくれる彼女だから、ラミューも「るせーよ」と笑う。
 そうして気球艇はゆっくりと地上に着陸した。
「おっしゃ、いっちばーん!」
「あっ、メテオーラ! ずるいですわー、んもぉ。ではっ、わたくしが二番ですの」
 我先にとメテオーラがヒョイと手すりを乗り越え飛び降り、リシュリーが続いた。
 エンジンを止めて投錨すると、最後に手順通りに船体をチェックしてラミューはグルージャと頷き合う。この気球艇はトライマーチ、ラミューの所属するギルドの大事な商売道具だ。共有財産を預かる身としては、慎重過ぎるくらいで丁度いい。
「油圧よし、温度平常、っと。船体固定、オッケーだ。行こうぜ、グルージャ」
「待って、はいこれ」
 グルージャは両手に抱えた人数分のスコップを、ラミューへと差し出す。
「……オレが持つのかよ」
「半分、持って。その、(たくま)しい乙女の細腕でお願い」
「言うようになったねえ、ったく。どれ、貸してみな」
 ラミューは体力には自信がある。そっくりそのままグルージャからスコップを受け取り、半分持とうとする彼女を置き去りに甲板から飛び降りた。
 軽やかに地面に着地して、小脇に抱えたスコップを大地へと突き立てるラミュー。
 縄梯子(なわばしご)を下ろすグルージャと一緒に、最後に降り立ったのはシャオイェンだった。
「まったく、メテオーラもリシュもレディとしてはしたないですぅ。飛び降りるなんて」
「……ラミューは? シャオ」
「グルージャ、ラミューには元からそういうのを期待してはいけないので、あいたっ! いっ、痛いですぅ」
 しずしずと降りてきたシャオイェンのこめかみを、満面の笑みでラミューはぐりごり拳でかわいがってやった。このおしゃまなチビッ子ときたら、本当に口が減らない。
 その時、先を歩くメテオーラとリシュリーが振り返った。
「さー、宝探しの始まりだよっ! シャオ、ダウジングロッドよろしく!」
「何が埋まってるのでしょう……きっと素敵な贈り物が用意されてるのですわ」
 二人はシャオを挟んで歩み寄ると、ダウジングロッドを構える彼女を押し出す。
 あれでこの広い一帯から秘宝を探そうってんだから、呑気もいいところだとラミューは思う。だが、座標は絞り込めてるし、日が落ちる前には終わるだろう。
「いい、シャオ! 根気だよ、根気! あと、根性でしょ、気合でしょ、それと」
「わかってますぅ、メテオーラ。このシャオに、おま、か、せ……あれ?」
 それは唐突だった。
 宝探しの一歩をシャオイェンが踏み出した瞬間、音もなく静かに彼女の手の上で、ダウジングロッドは左右に分かれて開く。
「……え?」
「……あら」
「……おおう」
「……ここ?」
「……だな」
 五人は言葉を失ったが、最初に現実を取り戻したのはグルージャだった。彼女は面々にスコップをくばるや、自ら率先してシャオイェンの足元を掘り出す。拍子抜けに脱力していたメテオーラやリシュリーも、我に返って肉体労働に参加した。
 んなアホな、と思いつつ、勿論ラミューもせっせと地面を掘る。
「待って、みんな。何か先に硬いものが当たった」
「ビンゴ! グルージャ、はいはいどいてー、わたしにお任せ! どりゃあああああ!」
 そこからはもう、メテオーラが怒涛の勢いでシャベルを振る。
 出てきたのは、大きな宝箱だ。装飾は簡素だが、機能性を重視した密封タイプで、よく迷宮などで目にするものよりも上等の品に見える。そして、蓋には鍵が掛かっていなかった。
 みんな視線で頷き、五人でせーので開けてみる。
「……お、剣だ。剣? それと杖。ああ、無限の魔女って」
「ハイ・ラガートには、ドクトルマグスっていう特殊な職業があるの。だから」
 出てきたのは、古びた剣と杖だ。恐らく、無限の魔女メビウスがハイ・ラガートで使っていた物だろう。彼女は聖杯伝説に決着をつけたあと、彼の地を旅立ち、ここに立ち寄りこれを埋めたのだ。きっと、一つの冒険の終わりに、一度全てを精算するために。
 エミットやコッペペもそうだが、冒険者たちは生業の一区切りに装備品を処分する習慣があった。きっと誰もが、己の知識と経験以外を財産としない……そういう流儀なのだろう。
「杖はグルージャ、お前が使えな。オレぁ細剣使いだから、これは残念だけど、よ」
「わたくしも、もう少し軽いものがいいですの」
 結局、使い込まれた広刃の剣はメテオーラの腰に収まった。
「わっはっは、チャラララーン♪ 伝説の剣を、手に入れたぞ!」
 メテオーラが抜き放った刃を天へと掲げる一方で、ラミューはちらりと隣を見る。そこには、古びた杖を地に突き握り締めて、妙に神妙な面持ちのグルージャ。まさか彼女が古来の逸品に感じ入ってるなどとは、この時ラミューは思いもしなかった。
 そしてこの件に味をしめて、シャオイェンはダウジングロッドをどこにでも持ち歩くようになるのだった。

《前へ戻るTEXT表示登場人物紹介へ用語集へ次へ》