ポラーレが仲間たちと飛び込んだその部屋は、灼熱に満ちて肌を焼いてくる。ポラーレでさえ、吸い込む空気が
「みんな、気をつけて……ここの空気はにらいで熱い」
「呼吸を乱せば喉を焼かれるのう。ふう、しかし暑い暑い」
「脱がないでください、姉様。まったく……あ、あれは! ポラーレ殿、あそこを!」
もろはだ脱いだしきみの着流しをずり上げつつ、なずなが声を荒らげて指をさす。
その先にポラーレは、五人で固まって武器を身構える少女たちを発見した。
この場所からでも見てわかるほどに、萎縮して震えている。
そして、彼女たちの目の前に今、巨大な
「グルージャ、ラミュー君! みんなも! 助けに、きた」
「あっ、ああ、あぁ……だっ、旦那! 見ろグルージャ、旦那が来てくれたぜ」
「父さん……」
肩越しに振り返る少女たちは顔面蒼白で、誰もが表情に色を失っている。
それを認めた時にはもう、ポラーレは小さく叫ぶ気勢を猛ダッシュで追い越した。
「ポラーレ、飛び出しては。援護します、今すぐ方陣を」
タン! とポラーレが蹴り飛ばした地面に、ファレーナの錫杖から光が走る。光条は光芒を結んで方陣を成し、眩い輝きの輪がホムラミズチを包んだ。
――かに見えた、が。
「あら、図体のわりに素早いのね。ふふ、やっぱり一人で来なくて正解かしら」
ファルファラが小さく驚きを発するのと同時に、ホムラミズチは方陣を避けて広い洞穴内を疾駆し、ポラーレが中空より舞い降りる一撃を難なく回避した。同時に、その紅蓮に燃え盛る身体から鱗が無数に散らばり大地を埋める。
あっという間に周囲は、ホムラミズチの鱗が散乱して自由な機動を封じてきた。
「ファルファラ、何を呑気に笑っておるかのう。さっさとワシ等に音をくれぃ」
「あらゴメンナサイ、つい。ふふ、じゃあ……熱気に負けない情熱のリズム、いいかしら?」
だが、それしきで怯む冒険者ではない。それはポラーレが一番よく知っていたし、知ったからこそ恐れを今は飲み込む。
そう、ポラーレは昔は知らず持ち得ない感情を……恐怖を、知ってしまった。
ここ最近は、その深く暗い感情が己の機能を制限することさえある。だが、自分に起こった異変を相談した時、相棒のサジタリオは笑ってこう言ってくれたのだ。
「恐れを知らぬは、蛮勇……恐れを知って、それを克服する。さあ、僕たち冒険者の商売をはじめよう。なずな君、いくよ」
「承知っ!」
ポラーレは身を低く、両手に剣を引きずり走る。その先へと、まるで道案内のように援護の矢が降り注いだ。鉄弓より放たれる鏃は、まるで砲弾。進路上の鱗を木っ端微塵に破砕してゆく。そうしてクリアになった進路を、ポラーレはまっすぐホムラミズチへと走った。
恐怖の元凶と、それを知った根幹とを交互に一瞥して、跳躍。
愛娘のグルージャは今、仲間の少女たちと部屋の奥へと逃げ延びているようだった。
そう、ポラーレが恐怖という感情を知ったのは、多分グルージャのせいでもあり……グルージャのおかげなのだ。失う怖さと、失えぬ大切さを知った。それが今、知識ではなく実感でポラーレの中に満ち満ちている。だから、戦える。
ポラーレはホムラミズチの鼻先にまで自分を押し込んで、繰り出される火球砲の弾幕をかいくぐった。そうして、雌雄一対の二刀流で斬撃を浴びせる。
「やったかのぅ! さっすがポラーレじゃあ」
「あら、そういうこと言わない方がいいわよ、しきみ? ほらほら、休まず矢を射る。私もそうね、そろそろテンポを上げさせてもらうから」
仲間たちの対応も早かった。なずなとしきみの援護射撃が、中空で飛び交う火炎を撃ち落としてポラーレを守る。ファルファラが踊る情熱の舞踏は徐々にヒートアップして、いやがおうにもポラーレの闘争心を煽った。
そして、右に左にと狙いを散らすポラーレを嫌うように、ホムラミズチが一声吠えた、その瞬間。
「とらえた、もう逃さない。ポラーレ、脚を封じました。全員の攻撃を集中させよう」
ファレーナが幾重にも張り巡らせた方陣の一つが、ようやくホムラミズチの脚を岩盤へと縫い付けた。
小さく鳴いたその口元から、烈火の吐息が吐き出される。
灼熱の炎が大地を舐めて、ポラーレの周囲で沸騰していた空気は蒸発した。
空気が蒸発するという、ありえない現象を招くほどに強力な火炎。
「っ! ファレーナ、次は頭を頼むよ……僕も投刃で援護を」
戦いの
そう見えたのは錯覚ではなかったが、現実でもなかった。
実際にダメージを蓄積させつつも、ホムラミズチはいよいよ怒りに荒ぶり暴れまわる。
その巨体が動くだけで熱波がおしよせ、ポラーレの後ろで仲間たちの体力は削られていった。いかに鍛えたとはいえ、人間や亜人にはこの暑さは、危険。それがわかるから、ポラーレも攻め手を休めずに気ばかり焦れる。
「くっ、これだけ押しても……弱らないのか。僕はともかく、ファレーナたちが」
女性陣は皆、弱音一つ吐かず自分の仕事をこなしていた。だが、長引くほどに戦いが不利になることは明白。それなのに、無尽蔵に漲るホムラミズチの覇気は今、この空間を覆い尽くして圧してくるのだ。
打開策を模索するポラーレは、舞い散る鱗を避けつつ剣を振るう。
その時、珍しく声を張り上げて愛娘が叫んだ。
「父さん! あれ! あの、一番大きな鱗……あれを、あたしたちが!」
烈風吹き荒れる中、帽子を抑えながらグルージャが奥を指さす。その先には、各フロアにもあった巨大な鱗が鎮座していた。おそらく今、この空間をホムラミズチに有利な煉獄へと変えているのは、あの鱗だろう。
「グルージャ、駄目ですぅ!」
「もう氷銀の棒杭がありませんの」
シャオイェンの悲鳴とリシュリーの落胆とを吸い込んで。それでも冷静さを保ったまま、グルージャが両手の指で印を結び始めた。
「無ければ、作る……壊せるかどうか、わからないけど。これは
「いいぜ、乗った! 分の悪い賭けなんて、上等じゃねえか。行くぜ、グルージャ!」
なんと、岩陰に避難していた少女たちは一斉に走り出した。が、その先には無数の鱗が乱舞して行く手を遮る。奥に赤々と燃える大鱗への道は険しい、が――
「まっすぐ走れー、二人共っ! 必殺っ、シールドスマイトォォォォ……投擲ぃっ!」
なんと、メテオーラは左手からひっぺがしたラウンドシールドを……ブン投げた! 咄嗟の思いつきだったろうが、回転する盾が弧を描いて飛翔し、鱗が並ぶ障壁の一角へと吸い込まれる。わずかに崩れたその先へと、ラミューはグルージャの手を引いて走った。
二人の少女が手に手を取って、一足飛びに炎の壁を超えてゆく。
「ラミュー、リンクフリーズ!」
「悪ぃ、オレぁ氷だ雷だは苦手だ! 覚えて、ねえ! なら、距離を縮めて、だろ?」
「うん、知ってる。ちゃんと三属性揃えて覚えればいいのに。……お願い!」
「知ってて、聞くなっ、つーのぉ!」
宙を舞う二人は着地するや、振り向くホムラミズチの眼光にも怯まず身構えた。そして、結んだ手を離した次の瞬間……ラミューは振り向くやすぐ側へとグルージャを呼び込んだ。
「翔べ、グルージャッ!」
「……この、距離なら」
両手を組んで足場を作ると、そこへ片足を載せたグルージャをラミューが宙へと放り上げる。高い天上へと吸い込まれるように飛翔したグルージャの手に、印術の光が集束して輝き出した。
「凍牙の印術、その一つ一つを束ねて紡げば……お願いっ」
グルージャの手から、光る氷の刃が解き放たれた。
それはまっすぐ、洞穴の最奥で燃え上がる巨大な鱗に吸い込まれていった。