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 ホムラミズチは討伐され、主を失った炎窟(えんくつ)の最奥は閑散としていた。散らばっていた鱗もキレイに片付けられ、今はひんやり肌を刺す冷気が周囲を支配している。
 改めてこの場を訪れたラミューは、手も足も出なかった自分の幻影を見ていた。数日前の自分は、仲間と勇み足に先走った挙句、大人たちの足を引っ張る子供だったのだ。そんな己が恥ずかしいのはでも、自分だけではないらしい。
「ラミュー、奥に……ラミュー?」
「ん? あ、ああ」
「また、考え込んでた。休むに似たり、よ」
「わーってるよ、下手な考えって奴さ。でもな」
 奥へと駆けてくメテオーラやリシュリー、シャオイェンを見送りつつ、ついついラミューは前髪の立った一房をいらう。隣で諭すような、くさすような声音のグルージャも、いつものサバサバとした気風の良さが感じられなかった。
 彼女もまた、落ち込みを隠せずにいるのだ。
「まぁ、あれだぜ……やっぱ旦那たちは格が違うな。……でも、オレたちだって、ガタガタ震えて縮こまってただけじゃねえ」
 ――縮こまってただけじゃねえ、筈、だ。そう自分に言い聞かせる。
 あのホムラミズチの巨大な鱗を破壊せねば、弱らせることはできなかっただろう。
 それでよしとできない若さを、今は自分の胸の奥へと(いまし)めるラミューだった。
「それはそうとよ、グルージャ。ファルファラの姐御はありゃ、どうしちまったんだ? なんでまたケツまくって逃げようだなんて……グルージャ?」
 事情を聞くために監禁されてる仲間の話題に、返事が返ってこない。
 それで横を向いて視線を少し落とせば、グルージャは広間の奥のほうを指さし固まっていた。
 同時に響く、驚愕と悲鳴と感嘆の三重奏。
「ひっ、ひいいっ! バケモノですぅぅぅ! モ、モンスター!」
「ちっ、ちち、違うよシャオ! 失礼だって、イクサビトのモノノフさんだよ。……でかっ!」
「んまあ、イクサビトさんですの。ヤマツミ様よりうーんとおっきいですわぁ」
 慌ててラミューは仲間たちの声に駆け寄る。
 そこには、見上げるような大男が腕組み巨体をそびえ立たせていた。仁王立ちの巨漢は(いか)つい表情で、腰を抜かしたメテオーラたちを見下ろし、ジロリとラミューへも視線を走らせた。
 一瞥されただけでラミューは、自分の体内を電流が駆け抜けるのを感じる。
 自分たちとは比較にならない格の違い、圧倒的な実力差……それが分かる程度でしかない自分たちの矮小(わいしょう)さが知れた。
 それでも、震える声を絞り出して、見上げる先へと指を突き出す。
「あっ、ああ、あんた! 里のモンか!? 巨人の心臓ならオレたちが回収を……ひっ!?」
 その時、銀獅子(ぎんじし)の大男は空気が鳴動するような大声で吠えた。
「乙女たちよっ! 人間が何故、巨人の心臓を欲する!」
 ビリビリと周囲が震えるほどに、その声は太く大きく(とどろ)いた。
 思わず耳を塞いだラミューには、目の前のモノノフが見える以上に大きく感じた。まるでこの広間に鎮座していたホムラミズチの巨躯にも匹敵する威圧感。
 だが、そんな圧倒的プレッシャーに応える声があった。
「子供たちの、為……何より、友達の、為」
 気付けばすぐ隣で、グルージャが銀獅子を見上げていた。
 その顔にはもう、尻拭いに訪れたという卑屈な弱気は見て取れない。いつもの仏頂面(ぶっちょうづら)でかわいくない、けれども頼れる仲間がラミューに並んでいる。
「ほう? 友の為、とな?」
 大人の拳程もある瞳を見開き、銀獅子の眼光が鋭くなる。
 だが、グルージャは気圧されることなく言葉を紡いだ。
「友達が、シウアンが頑張ってるから。里の病気と今、シウアンは戦ってる。シウアンだけじゃない、パッセロさんやクアンさんも。巨人の心臓があれば、呪いは解ける。だから」
 その声は淀みなく、抑揚も欠いて起伏に乏しい。のに、ラミューにはもう、その声音に潜むグルージャの気持ちが見て取れた。
 だが、目の前の巨漢は「ふむ」と唸ると、背後の台座に置かれた巨大な宝石を手にする。ラミューたちならば両手で抱えるほどの大きさだが、男は片手で難なく鷲掴みにした。そしてそれを、ラミューたちの前へとかざしてくる。
 もちろん、手渡すという意思は感じ取れない。
「渡さぬと言えば? さあ、どうする! どうするのだ、乙女たちよ!」
「その時は、一戦も辞さない。急いで、いるから」
 グルージャは即答だった。
 そして、男の目がまるで子供のように嬉しそうに丸くなる。
「貴方は言葉も話も通じる人。だと、あたしは思う。けど……問答を交わしてる間も、子供たちは弱り病いは進む。呪いと戦うシウアンの体力も……!」
 その時、ラミューは初めて見た。
 グルージャは焦れつつも、感情を露わにしていた。彼女は螺旋(メビウス)を描く愛用の杖を手に、精神力を高めて印術を励起させようとする。
 それを察した時にはもう、ラミューは無意識に剣を抜いて前に立っていた。
 グルージャがそう言うなら前に立つ、それが自然に思えたから勝手に身体が動いた。
 そして、それは彼女一人ではなかった。
「話は聞かせてもらったあ! なんかわからないけど、それが必要なんだ。巨人の心臓を持ち帰るためなら、それをグルージャがやるってんなら……やったろーじゃん?」
 メテオーラも剣を抜くと、盾を構えてラミューの更に前に立つ。その横には、
「種族は違えど、民の為ならば! わたくし、いつでもこの命を賭して挑みますの!」
「巫女様の為なら、シャオはいつだってホンキですぅ! 絶対、巨人の心臓持ち帰るですっ!」
 リシュリーとシャオイェンも気持ちは同じだった。
 だが、五人の気持ちを重ねて力を束ねても、恐らくは敵わない。そういう相手だというのは五人ともわかっていた。だが、五人は五人とも誓ったのだ……あの日、なにもできずに怯えて竦み、かろうじてホムラミズチの鱗を破壊するにとどまった自分たちを越えようと。
 その第一歩が巨人の心臓の回収で、それは思わぬ障壁にぶつかったが……たとえ相手がいかなる強敵でも、一歩も退かない。一度退くことを覚えれば、這ってでも進むことを忘れてしまうから。
 そういう覚悟を持って対峙した銀獅子はしかし、にっこりと不意に頬を崩した。
「その意気やよし! 乙女たちよ! このアラガミ、まっこと感服つかまつった!」
 アラガミ、それがこの巨漢の名前らしかった。
 アラガミは笑顔になるや次の瞬間には、表情を引き締め頭を垂れた。面を上げた時にはもう、その手に握った巨人の心臓を五人の前に差し出していた。
「なんたる覇気、なんたる友情……なんたる勇気! ワシは今、感動に打ち震えておる!」
「は、はあ」


 流石のグルージャも脱力したのか、妙に抜けた声が口をついて出る。
 ラミューを始めとする仲間たちも同じだったが、メテオーラが「おとととぉ!」と、全身で巨人の心臓を受け取った。それは、心臓の名に違わぬ脈動を灯した巨大な宝石。
 その時、背後で広間の扉が開いて、一人のモノノフが現れた。
 振り返ったラミューは、以前も会ったその女性が、確かキクリという名だったのを思い出す。
「あらあら、まあまあ……アラガミ様! いつ里に戻られたのですかあ?」
「うむ、つい先程よ! 盟友(わがとも)ヤマツミの願いとあらば、即座に参上するわ。にっくきホムラミズチ、この手で成敗してくれようと思っていたところよ! ガッハッハッハー!」
「……即座に? え、ええとぉ、ホムラミズチ討伐はもう、三日も前に終わってるんですよお」
「であるな! 来てみれば姿はなく、しかし清い乙女たちに出会うたわ! まっこと愉快!」
 銀獅子は身体を揺らして笑い、その声が天井に反響する。
 もう、何がなにやらでラミューは混乱していたが、それは肩をすくめるグルージャも同じようだった。ともあれ、巨人の心臓を手に入れたと思った、その時だった。
「人間の乙女よ、なんなら石版も持ってゆけい! 世界樹を目指す人間たちの話、ヤマツミより聞いておるわい! 遠慮はいらぬ、このアラガミが、凍土不敗(マスターヘイル)が許すわ! ハッハー!」
 そういえば以前、ベルゼルケルやホロウクィーンを倒した時も、その背後に石版があった。それは次なる大地への鍵、道を開く導なのだが。
 だが、凍土不敗と名乗ったアラガミの指差す先には……なにもなかった。
「あの、アラガミ、さん。なにも、ありませんが」
 グルージャの声にアラガミは「なんと!?」と狼狽(うろた)え、改めて最奥を見やり頭を抱え始めた。次の瞬間には、彼はポンと膝を打つと、
「あい解った! 石版はワシがヤマツミに聞いてくるとしよう! さらばだ、乙女たちよ!」
 地響きを響かせ、金棒を肩に担いで出て行ってしまった。最後に彼は一度だけ戻ってくると「道がわからぬ! 案内せい!」と、キクリを小脇に抱えて行ってしまった。
 それが、イクサビト最強のモノノフ、凍土不敗と謳われるアラガミとの出会いだった。

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