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 ヨルンを庇ったレオーネの手に今、唸りをあげて駆動音を響かせる、大剣。それを構えて彼は、毅然とエクレールの前に立ちはだかった。
 エクレールもまた、怜悧な無表情を僅かに歪めて笑う。
「……ほう? 貴様は確か」
 ヒュン、と軽々大剣を翻して、エクレールの声にレオーネは大声で応えた。
「我が名はレオーネ・コラッジョーゾ! 皇帝陛下より代々賜りし()は、暁の騎士!」
 ポラーレはその時、初めて全てを察した。レオーネが後生大事に抱えていたあの盾は、中に機械仕掛の剣を内蔵していたのだ。隠していたと言うべきか。そして、それを構えた今のレオーネこそが、本来の姿……はからずもそれは、帝国を自称するエクレールと同じ。
 エクレールはただ静かに、レオーネの名乗りを受け止めた。
「コラッジョーゾ……帝国外縁領の者か。栄えある帝国騎士が何故この私に、帝国に歯向かう」
「帝国のため、殿下と臣民のためだからこそ! ()()()()を知ったからには……止めねばなりません!」
 ――あの計画?
 初めて耳にする話だが、恐らくさらわれた巫女や奪取された巨人の心臓と関係があるのだろう。そしてもう、ポラーレにそれ以上詮索する気はなかった。
 彼は黙って腰の太刀を抜く。鞘走る天羽々斬(アメノハバキリ)に浮かぶ刃紋が、怪しく光ってポラーレに力を注いだ。たちまち小さな矮躯に膂力(りょりょく)が漲り、普段通りの姿へと変化を遂げる。
 そこには、もう片方の手に無数の投刃を握った夜賊がクロークを揺らしていた。
「御託は、もう、いい。巫女も心臓も、返してもらう」
 この混乱のさなか、ポラーレは冷静だった。
 冷徹で冷酷だったとも言える……そうあれと作られた彼には、即決の(ことわり)が当たり前だったから。すなわち、敵か、味方か。殺すか、生かすか。そして眼前の女騎士もそれは同じようだった。
「ふん、面白い。束になってかかって来い。このエクレール、殿下の計画を知って尚歯向かう者には容赦せぬ。知ろうともせぬ者共とて同じこと!」
 カシィン! と撃鉄の跳ね上がる音を踊らせ、エクレールが剣を構える。そのモーター音が唸りをあげて高鳴り、同時にレオーネも必殺の一撃に手元を引き絞った。
 ヨルンをフォローしつつ、サジタリオの矢がエクレールを狙う。
 だが、意外な声が突如として響いた。
「ポラーレ、後ろです!」
 ファレーナの悲鳴が響いた次の瞬間……振り向くポラーレの目が見開かれる。
 先ほどエクレールが投げ捨てた、黄金の鞘が動いた。たちどころに輪郭を崩したそれは、あっという間に人の姿へと立ち上がったのだ。冴え冴えと輝く月光を反射して、金髪の男がたくましい裸体を晒す。
 全裸の男が顔を上げた時、誰もが目を疑った。
「なっ、何だありゃ! 鞘が人に化けやがった! しかもあの面ぁ」
 流石のサジタリオも驚きを禁じ得ないようだ。
 当然だ、ポラーレとて言葉を失い呆然としてしまったのだから。
 そこには、ポラーレと全く同じ顔が下卑た笑いを浮かべていた。
「はじめまして、()()()。そして……さよならだよ」
 金髪の男は瞬時に全身に服を出現させるや、そのまま金色のクロークを翻して疾風になった。
 刹那、ポラーレは衝撃を受けてその場に崩れ落ちる。
 斬られたとわかったのは、男の両手にぎらつく刃が逆手に握られていたから。


「おや? 真っ二つになると思ったんだけどなあ。カタログスペックより硬いね、兄さん」
「お、お前は……」
「僕はクラックス、兄さんのような試作品(プロトタイプ)とは違って、完璧な完成品(フルスペック)さ」
「クラックス? ま、まさか……グッ!」
 わずか一撃受けただけで、立ち上がれずにポラーレは太刀を甲板に突き立てる。それを支えにどうにか踏ん張るが、全身を構成する物質は先日のホムラミズチ戦からまだ完全には癒えていなかった。それも災いしたが、何より彼我の戦力差が大き過ぎる。
 未だかつて出会ったことのない強敵は、自分を兄と呼び弟と名乗った。
「あの、男が……? また、研究で」
「うん、父さんなら元気さ。暫く会ってないけどね。それより兄さん、どうして壊れないんだい?」
「父親などと。……あんな、男が、父でなど、あるもの……か」
「創造主への畏敬の念が足りないね、兄さんは。おかしいなあ、どうも話と違う、なっ!」
 再びポラーレを衝撃が襲った。
 恐るべき手練で、クラックスが放った投刃が全身を刺し貫く。風穴だらけになったポラーレは、そのままとうとう倒れ込んだ。駆けてくるファレーナが傾く世界に見えた気がした。
「ポラーレ殿!」
「貴様の相手は私だ、コラッジョーゾ卿。殿下への反逆、この私が許さぬ」
 レオーネは今、蛇に睨まれた蛙のようにエクレールの視線に縛り付けられていた。
 そんな中で呆然としてしまったヨルンを守るサジタリオだけが、冷静に状況を見極めちらりと視線を走らせる。
 眼差しでアイコンタクトを取るポラーレは、サジタリオの意を完璧に理解してはいた。
 だがもう、それを実行する力が残っていない。
 そんな彼を抱き起こして、クラックスからかばうようにファレーナが立ちはだかった。
「貴方は……もし本当に兄弟なら、どうしてこんなことを」
 ファレーナが時間を稼ごうと会話を試みる。
 だが、彼女を見詰めてクラックスは目を丸くした。じろじろと頭からつま先までねぶるように見やって、嬉しそうに頬を綻ばせた。密着するポラーレは、ファレーナが嫌悪に振るえるのを感じて苛立つ。
「ねえ、兄さん。この人、兄さんの? なんて素敵だろう、ウロビトは初めて見る。……綺麗だ、とても美しいよ!」
 武器を消すや、クラックスは両手を広げて無防備に歩み寄る。
 もはや太刀を握る力すらなく、自分が溢れるのを感じながら……ポラーレはファレーナの胸に抱かれて死を直感していた。こんなにもあっけない、しかし自分のような外道にはふさわしいとも思えて、妙な笑いが浮かぶ。
 冒険者として仲間と迷宮を馳せ、英雄譚の果てに死んでゆくのではない。
 突如現れた因果の尻尾、弟を自称する同族へ無残に鏖殺(おうさつ)されるのだ。
 だが、それでも守りたいものがある。仲間と、今の自分を包むこの温もりと――
「ああ、兄さん。無駄な抵抗をしようとしてるね? やめようよ、それより」
「クッ! 触るな、放せ」
 クラックスは無情にも、ポラーレからファレーナを引き剥がした。
 それは、阿吽の呼吸でサジタリオが弓を頭上へ向けるのと同時。一緒にポラーレも、最後の力で全身に投刃を浮かべて天へと放る。ないはずの力が漲り、残ってなかった気力が沸き立った。
 頭上で無数の矢と投刃を受けて、気球艇の気嚢(きのう)がガス漏れの音を響かせ始めた。
 急激に浮力を失い、雲海へと船体は沈み始める。
「いまだぜ、ヨルン! ポラーレ!」
 サジタリオが舵へと走る。瞬間、今まで蝋人形のように立ち尽くしていたヨルンが走り出した。真っ直ぐにエクレールへと吸い込まれてゆくその背中。
 同時にポラーレもまた、最後の力を振り絞ってクラックスに取り付く。
 二人とも、大事な人を取り戻す最後の行動に打って出た。
「デフィール、これが最後だ……俺と来い! 戻ってくるんだ、俺の元へ!」
「ファレーナ! 君だけ、は……助ける」
 二人の想いが一つに重なり、同じ結果に帰結する。
 ヨルンは辛うじて割り込んだレオーネごと、ただの一撃で船尾の方へと吹き飛ばされた。
 ポラーレもまた、沈みゆく船の上で斬り伏せられる。
「この美しい人は貰っていくね、兄さん。エクレール、もういいだろう?」
「……結構だ。退くぞ、船が沈む」
 ファレーナを肩に担いたクラックスが、背に翼を生やして羽撃(はばた)く。彼はそのままエクレールを回収すると、月に不気味な影を落として飛び去った。
 見上げるポラーレは呆然と、冷たい雲の中へとゆっくり沈んでいった。

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