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 辛うじてタルシスへと帰還した冒険者たちは、眠れぬ夜を明かした。普段は賑わう酒場、(おど)孔雀亭(くじゃくてい)も沈黙に満ちている。重傷を負ったポラーレは勿論、失意のヨルンも姿が見えなかった。
「えれぇことになったな、しかしよ。……オイラのミスだ、ワールウィンドには気をつけてたんだがね」
 コッペペは珈琲を一口すすると、深い深い溜息を零した。
 対面に座るサジタリオも、今は流石に疲れた顔を隠せない。それでも、情報を整理しまとめる中で、どうしても相棒や友人のことが気にかかってしまう。朝日を浴びて尚、彼のグラスにはまだ琥珀色(こはくいろ)のウィスキーが氷を揺らしていた。
「コッペペよう、どうして奴が怪しいと? そりゃ、胡散臭(うさんくさ)い奴だったが」
「なに、簡単な話さ。……あまりに単純過ぎて、今から考えれば腹が立ってくらあ」
 コッペペはサジタリオの目の前に手をかざすと、指折り数えながら応えた。
「ワールウインド……な? 七文字だ。この地方じゃ、冒険者の登録に申請できる文字数を超えてやがる。ハナから奴ぁ、正規の冒険者じゃなかったのさ」
「……なるほど。名前の長ぇ奴は愛称やなんかで登録するもんな」
 簡単過ぎる種明かしで、サジタリオは肩を竦めつつ苛立ちを募らせた。全ては最初に名乗られた時、既に突きつけられていたのだ。
 だが、今そのことを悔いても、時間は巻き戻らない。
「さて、そろそろまとめるぜ? ええと、ファレーナちゃんがさらわれ、ポラーレの奴が重傷だ。あいつをやったのは、瓜二つの自称弟……と」
「それと、ヨルンの旦那が探してたかみさんらしき女、な」
 それらは全て、帝国という名で繋がっている。
 改めて酒精を身に招くと、二人の男に返事をするように氷が鳴った。そして、濡れたグラスに影がさして、気付けば二人のテーブルへ鎧姿の男が歩み寄っていた。
「忘れてはなりません。ローゲル卿は……ワールウィンドはファルファラ殿と結託し、巨人の心臓と巫女殿をさらっていったのです。あの計画のために」
 そこには、鮮やかな真紅の鎧を着こなす紳士が立っていた。髪を綺麗に整え眼鏡をかけた、その見違えた姿はレオーネだった。
 なるほど、これが暁の騎士(キャバリエーレ・ド・アウローラ)の本当の姿かと、サジタリオは無言で席を薦める。


「こうなった以上、私から皆様にご説明せねばなりません。私はレオーネ・コラッジョーゾ、帝国の騎士……インペリアルです」
「インペリアル?」
「帝国の騎士の中でも、砲剣を扱うことを許された者……それがインペリアル」
「あの機械仕掛けの剣か。それより」
 グイと再度グラスのウィスキーを飲み干して、サジタリオは眼光鋭くレオーネを睨んだ。レオーネもまた、レンズの奥からまっすぐにサジタリオを見詰めてくる。コッペペはやれやれと背もたれに沈みながらも、探るような視線をレオーネに向けていた。
 気付けば酒場中の冒険者たちが、レオーネを訝しげに見詰めていた。
「私は帝国に仕える身、今もそれは変わりません。しかし、帝国が道を踏み外すのならば、私がそれを正さねばと……故に単身、身を偽ってこの地へ」
「信用するに値する根拠は? ……いや、いい」
 険しい視線を投げつけたあとで、やれやれとサジタリオは頭をバリボリかきながら身を正す。疑うことに疲れたのもあるが、目の前の青年があまりに真っ直ぐな眼差しをしているから……何より、この男は身を挺して仲間を守り、帝国の騎士を名乗る女と戦ったのだ。
「いい、とは……サジタリオ殿」
「こんな裏稼業で生きてる俺でもな。疑うよりは信じて裏切られる方がマシだっつってんだ」
「それは――」
「これ以上言わせるなよ、お坊ちゃん。恥ずかしいだろうが……いいぜ、信じた。話せよ」
 レオーネは驚いたように目を丸くしたので、サジタリオは大きく頷いてやる。それは隣のコッペペも同じだ。
 今、タルシスの冒険者たちは最大の危機を迎えている。裏切り者が出て仲間がさらわれ、中心人物が相次いで戦線離脱してしまったのだ。だが、そんな逆境だからこそ、サジタリオは思う……仲間を信じるべきだと。そういう自分を信じることもまた、明日へと繋がるのだ。
 我ながら青臭いもんだと笑いが込み上げたが、それはコッペペも同じようだった。
「……お二人に感謝します。では、お話しましょう。帝国の恐るべき計画とは――」
 その時だった。ガタン! と椅子を蹴る音が響いて、酒場の隅で少年が立ち上がった。
「気に入らねえな! 気に入らねえ、気に入らねえよ。旦那たちが許したって、この俺が許さねえ!」
 声をあげたのはクラッツだ。彼は手にしたジョッキを飲み干すと、手の甲で口を拭いながら近づいてくる。そして、ギラついた瞳に暗い炎を燃やしているのは、なにも彼だけではなかった。
 気付けば酒場の冒険者たち全てが、殺気立ってレオーネを睨んでいる。気性は荒いが団結力も強いのがタルシスの冒険者だ。その絆が今、異質な異物であるレオーネに拒絶反応を見せているのだった。
「よぉ、あんちゃん……騎士のあんちゃん。まんまと騙してくれやがったな」
「ちょ、ちょっとクラッツ〜! やめようよぉ、レオーネさんにも事情が」
「……放っておけ、フミヲ。言って理解する馬鹿ではない、あいつは大馬鹿者だからな。……バカなんだから」
 窘めようとするフミヲをサーシャが止める中、サジタリオたちの前でクラッツは剣を抜いた。それはかつて、エトリアの聖騎士が振るったという稀代の業物だ。
「よさねぇか、クラッツ。話はついてんだ……どこかで誰かが手打ちにしねぇと、憎悪の連鎖は止まらねえんだよ」
「サジタリオの旦那、それで連中が……何より俺が納得できるかってんだ!」
 輝く切っ先をクラッツはレオーネに向ける。しかし、眼前に刃を向けられても、レオーネは動じた様子もなく立ち上がった。
「どうすれば許してもらえましょうか、クラッツ殿」
「どうしたって許せねえ! ……お前ら騎士はいつもそうだ。自分の都合で何もかも無視しやがる」
「私は確かに、身分を偽りました。しかし」
「しかしもカカシもねえ! ぶった切ってやる、表に出ろぃ!」
 クラッツが啖呵を切ると、周囲から「そうだそうだ」「ケジメをつけろ!」と声があがる。不味い雰囲気だとサジタリオは焦ったが、既に着火した嫌悪という名の獣油(あぶら)は今、音を立てて燃え上がるよう。それも、疑念という名の悪臭を振りまいて。
 流石のコッペペも普段の軽薄な陽気さを失いかけていた。
 だが、意外な声が走って周囲を黙らせろ。
「いいだろう。レオーネ、この小僧の相手をしてやればいい。決闘だ」
 それは、先ほどから別卓で静かに酒を飲んでいたエミットだった。彼女はほのかに上気した頬を朱に染めながらも、泥酔したようには見えない。それどころか、不思議な迫力があって視線一つで外野を黙らせてしまう。
「エミット殿、私は」
「レオーネ、お前も騎士だろう。自分の(あかし)は剣で示してみせろ。そして……クラッツ」
 一度言葉を切って、エミットはグラスにワインを注ぎながら言葉を選ぶ。
「身を持って知るがいい。本物の、本当の騎士がどういうものなのかをな」
 それだけ言うと、ようやくエミットは立ち上がり、店のドアを開く。ついて来いと言わんばかりに彼女が踏み出した外は、早朝の朝日が小鳥のさえずりを運んでいた。
「二人とも、来い。私が立会人になろう」
「っしゃあ! やってやるぜ……おう! 逃げんなよ、あんちゃん」
「……いいでしょう。家宝の砲剣にかけて、この勝負お受けします」
 レオーネが鎧を鳴らして立ち上がった。彼の背には、巨大な剣が静かに鎮座している。それを引き抜き指をすべらせるや、刃は金属音を歌い出した。
 誰もが喧騒と歓声を叫んで外へ出る。
 慌ててサジタリオも席を立ったが、隣のコッペペは「なるほどねえ」としたり顔だ。
 こうしてタルシスの早朝に、エミットの立ち会いのもと決闘が行われることになった。

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