眩しい朝日の光に、
冒険者同士の決闘を前に、往来には人だかりができていた。見守る誰もが一様に興奮して声を荒げるのは、なにもレオーネの素性や正体に
そんな熱狂のさなか、クラッツが切っ先をレオーネへと向けて対峙する。
「よぉ、騎士様! 今なら逃げても笑わねえぜ? さっさと尻まくって帝国に帰りやがれ!」
そうだそうだと周囲からも声があがる。
だが、レオーネは静かに背の砲剣を抜き放つと、黙って構えた。
「へっ、やるってか? いい度胸してらあ。ギッタンギッタンにしてやるぜっ!」
クラッツもまた、ペッ! と手に唾を吹きかけ剣を握り直した。
次第に距離を詰める両者の間で、立会人であるエミットが両手をかざす。
「二人とも、いいな? 相手の剣を叩き落とした者の勝ちだ。……はじめっ!」
周囲から歓声があがった。
次の瞬間、両者は対極的な行動で観衆たちを驚かせる。
真っ先に飛び出し剣を振り上げたのは、身を低く前傾させるクラッツだった。
「あのガキ、なんて踏み込みだ!」
「速ぇ!」
だが、レオーネは動かない。不動の姿勢でその剣を剣にて受け止める。
「おお! あの一撃を受け止めた!」
「いや、ガードするしかなかったのかもしれねえ」
鍔迫り合いに刃を奏でる両者の、その対照的な表情が刀身に映り込む。
静かにアイドリングの振動で震える砲剣には、目をぎらつかせるクラッツの笑みが浮かんだ。
対する真竜の剣のまばゆい輝きは、眼鏡のレンズに反射してレオーネの目線を隠している。
「やるじゃねえか、騎士様よぉ……どうした? びびってねえで打ち込んで、こい、よっ!」
「クッ……!?」
力と力の勝負は一見して互角に見えたが、突如としてレオーネが顔を歪める。
見れば、クラッツは押しては引きつつ、自分の剣をブラインドにレオーネの視界を遮って……その影で、したたかに膝の関節を踏み蹴ったのだ。
流石のレオーネも僅かに体勢を崩した、その間隙にクラッツが手元を引き絞る。
「あのガキ、完全に殺る気だっ!」
「いいぞ、殺っちめえ! その
「そうだそうだ、そいつは帝国のスパイかもしれねえんだからな!」
吼える観衆の敵意に囲まれながらも、僅かな肘の動きでレオーネが一撃を逸らす。鎧の上で火花を散らして、クラッツの放った剣閃が軌道を僅かに変えて金髪を掠めた。
だが、クラッツは尚も攻め手を休めずに腰のダガーを逆手に抜き放つ。それを遠慮無く彼は、身を浴びせるようにして装甲の隙間へと捩じ込んだ。金属音が響いて、同時にレオーネとクラッツは一度距離を取る。
「鎧に救われたな、騎士様よぉ? ……クソッ、関節部まで多重構造になってやがるか」
「これほどの腕を持ちながら……クラッツ殿、その戦いはあまりに邪道! 無作法な」
「あぁ? 剣に卑怯もクソもあるかよ! 生き残った奴が、強ぇ奴が勝ちなんだからな」
「……委細承知。それが貴殿の流儀ならば――」
レオーネの言葉も待たずに、クラッツが再び駆け出す。下段に構えた彼は、大振りな一撃で空を切った。空振りかと思ったその切っ先が、剣圧だけで道の砂を巻き上げレオーネの視界を奪う。
「へへっ、もらったぜ!」
だが、砂を浴びせられてもレオーネは動じずに……初めて唸る砲剣を振りかぶった。
発火用電源が投入されると同時に、レオーネの持つ刃に一撃必殺の気迫が満ちる。
「――私もまた、私の流儀でお応えしましょうッ!」
刹那、
勝負は一瞬、それで一切合切の決着がついた。
誰もがクラッツの勝利を確信した、その瞬間には全てが皆を裏切る。
アサルトドライブを放ったレオーネだけが、静かに剣を納めて背負い直した。
同時に、ドサリと大の字に吹っ飛んだクラッツが動かなくなる。空中でキラキラと回転する真竜の剣だけが、あっけにとられて時間を忘れる者たちの頭上を舞った。そして、伸びてしまったクラッツの足元に落ちて大地に突き立つ。
エミットだけが静かに、サッと手をあげ決闘を止めた。
「勝者、レオーネ」
静かにエミットがそう告げると、レオーネは一礼して酒場へと戻り始める。誰もが突然の決着に呆けながらも、その背を慌てて追い駆け追い越す。そうしてレオーネの前に何人もの冒険者が立ちはだかった。
誰もが皆、レオーネの剛剣に度肝を抜かれていた。
だが、ここで引き下がってはタルシスの冒険者の名折れ。誰もがこぞって剣を抜くと、レオーネはクイと眼鏡のブリッジを指で押し上げた。そうして表情を消すと、静かに溜息を零す。
「待てコラァ、次は俺が……俺らが相手だ!」
「おうおう、野郎共! 畳んじまえっ、袋叩きだ!」
だが、荒ぶる冒険者達を意外な声が一喝する。
「うるせぇっ! ……引っ込め、よ……外野は、黙って、な」
誰もが振り向く先に、仲間のサーシャやフミヲに抱き起こされるクラッツの姿があった。彼は両側を支える少女たちを手で押しやると、よろけながらも自分の脚で立つ。膝はガクガクと笑っており、剣を拾おうとする手は震えていた。
だが、彼はあらん限りの声を張り上げ、レオーネに群がる大人たちを睨んだのだ。
「これは俺の喧嘩だっ、引っ込んでな! ケリはついてんだ、俺の負けだ!」
ふらふらと地面から剣を抜くと、それをクラッツは周囲に向けて叫ぶ。
「負けたからには俺は信じるぜ……こいつぁ嘘のねえ剣をぶつけてきやがった。俺が信じる俺の剣が、そう教えてくれやがった!」
皆が皆、唖然とする中で不満を呟く。
「クラッツ殿……」
レオーネもまた、意外な言葉に振り返った。流石にその表情は驚きを隠せない。
だが、強がりに笑いながら、クラッツは剣を鞘に納めるや、周囲を見渡す。
「俺は騎士は嫌いだ、だがこいつは信用できる! ……文句がある奴ぁ俺が相手だ、今からでもいいぜ? 束になってかかってきやがれ!」
あまりに単純、そして単細胞。だが、それがクラッツ。
毒気を抜かれた大人たちは、恥ずかしげに頭をかきながらレオーネを見やる。
「……いかんな、帝国の登場を前にいささか冷静さを欠いていたようだ」
「ああ、恥ずかしいぜ。こんなガキに諭されちまうたあな」
口々に詫びの言葉を浮かべて、誰もがレオーネを囲む。レオーネもまた、深々と頭を垂れて礼を伸べた。戦いは終わり、和解と調和を呼んだ……かに、思われた、が。
自分でもなんだか自分が格好いいらしく、得意げなクラッツの顔が突然紫色に染まる。
「へへ、これにて一件落着……ウップ! う、ううっ」
「クラッツ〜、大丈夫ぅ? 横薙ぎに一撃もらってるからね、肋骨あたりが……内臓も」
「フミヲ、この脳タリンを連れてってやれ。クソ馬鹿が……あっ、こら貴様! ここで吐くんじゃない! よせ、私のローブを掴むな!」
そのまま口元を両手で抑えたクラッツは、今度は顔を赤くした後で真っ青になった。そして、喉元から込み上げる何かを解放すべく、ふらふらと去ってゆく。
その背にもレオーネは一礼して、気付けば側にいたエミットへと静かに呟く。
「彼は最初からこうする為に私と剣を」
「違うな、あれは……ふっ、ガキがいきがってるとばかり思ったが。なに、ただの馬鹿だ」
「馬鹿、ですか」
「ああ。ではレオーネ、改めて宜しく頼む。おかえり、
微笑みと共に差し出されるエミットの手を、レオーネもまた微笑みで握り返していた。
暁の騎士は再び、一介の冒険者として故国を正す決意を新たにしたのだった。