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 苦難を乗り越え、冒険者たちは次第に立ち直ろうとしていた。
 帝国との対立は決定的なものになってしまったが、巫女を救うべく誰もが団結力を強めている。強敵クラックスを退け、黒い炎を気球艇の動力源に取り込み……再び冒険者たちは、帝国へと挑もうとしていた。
 だからグルージャも、もう落ち込んでばかりもいられない。
 それはきっと、目の前で振り向く友人も一緒なのだと思う。
「ヘイ、グルージャ! 行こうぜ、この奥だ。……なんだよ、オレの顔になにかついてるか?」
 先頭を歩くラミューは、勝ち気な笑みで小首を傾げる。
 ここは小迷宮、蝙蝠(コウモリ)の狭き巣穴。薄暗い中を吸血翼(ヴァンパイア)が飛び交う、不気味な洞窟だ。相変わらずグルージャたちは、同年代の少女同士でパーティを組み、小迷宮の探索に力を入れていた。
 そんないつもの探索と冒険が復活したのは、ラミューが元気を取り戻したからだ。
「別に? なんでもないわ。ね? メテオーラ」
「そーだよー、別になんでもー? でも、よかったねえ、ニシシ」
「シャオもです! やっぱりラミューは、元気が一番ですぅ〜」
 うんうんとグルージャも大きく頷く。その表情はいつもの仏頂面だったが、僅かに目元が柔らかい。そのことに自分では気付かず、彼女は黙って地図へと視線を落とした。
 攻略中の洞窟は今、歩ける範囲をあらかた回ったはずだが……不自然な狭さと行き詰まりに、グルージャは違和感を感じる。が、今は和気藹々とした空気の中で、自然と小さな笑みが口元を緩めていた。
「ったく、なんだよもう。なあ姫……ありゃ? おーい、姫! ……リシュがいねえ!」
 やれやれと肩をすくめたのも束の間、すぐにラミューはリーダーの顔を取り戻す。その真剣な表情を見て初めて、グルージャも異変に気付いた。メテオーラとシャオイェンも、互いの顔を見合わせて、
「ホントですぅ! リシュがいないです……いつからですかぁ〜」
「やばっ! きっとはぐれちゃったんだよ。やっぱ手をつないでおけばよかったなあ」
 焦りと驚きに緊張しつつ、二人はグルグルとその場で周囲を見渡した。
 だが、グルージャたちの他に人気はなく、消えた姫君の気配すら感じ取れなかった。
 内心動揺しつつ、グルージャは落ち着いて地図を畳む。
「とりあえず探しましょ。大丈夫、広い迷宮ではないわ。リシュは近くにまだいる」
「あんのバカ、きっと珍しいものを見つけて、フワフワ行っちまったんだ」
「あー、ありえる。リシュっていつもマイペースだから」
「とりあえず、急いで探しだすですぅ!」
 四人は(きびす)を返すと、来た道を逆に戻り始める。
 だが、求める少女の影はどこにも見当たらなかった。
 気球艇を係留してある入口まで戻り、さらにくまなく迷宮内を壁伝いに歩いても、リシュリーの姿は見つからなかった。
 グルージャは小走りで汗ばんだ背筋に、薄ら寒いものを感じる。
 もしリシュリーになにかあったら……彼女は王族であると同時に熟練の冒険者でもあるが。どうにも呑気でド天然な性格をしており、心配の種は尽きない。
「あっ! あそこに! ……違ったですぅ、蝙蝠が飛んでるだけでしたぁ〜」
「なんだよシャオ、驚かせるなよ。ん?」
 直ぐ目の前を、掠めるように蝙蝠が飛び去った。
 その行く先の暗がりに、人影。
 四人の視線はすぐにそこへと集中したが、残念ながら探し求めるリシュリーの矮躯(わいく)ではなかった。こちらへ気付いた様子の人物は、旅装に身を固めた旅人らしかった。
「なんでぇ、姫じゃねえのかよ。しかし妙だな? 新顔か? どこのギルドだありゃ」
「ひょっとしたら、迷い込んだ旅人かもね。よしっ! ここはわたしにお任せあれー」
 人影は長身の男で、その身なりからメディックらしかった。
 早速メテオーラが、ドン! と胸を叩くや駆け寄る。
 向こうもグルージャたちに気付くや、血相を変えて歩み寄ってきた。
「すみませーん! そこの人!」
「すまない、君たちは冒険者かい?」
 青年とメテオーラは、接触するなり我先にと喋り出した。
「この辺りで、女の子を見かけませんでしたか? こう、踊り子の女の子なんだけどさー」
「この辺りで、男の子を見かけなかっただろうか。身なりはいい、騎士の男の子だ」
 ん、とグルージャが首を捻り、その隣でラミューも同じ仕草を連ねる。
「特徴は、うーん……こう、ちょっと少年っぽいというか。あ、あれ?」
「見た目は少女っぽい、僕が言うのもなんだが綺麗な子でね……ん?」
 メディックの青年とメテオーラは、互いを指さし固まった。そして、メテオーラが仲間を振り返る。
「グルージャ! リシュの他にリシュっぽい子、見なかった? って、見なかったよね。ずっとわたしたち、一緒に動いてたもんね。うん、ごめんなさい! 知らないです!」
 メテオーラは目の前の青年に手を合わせると、ぺこりと頭を下げた。
 恐縮したようで、彼もまた同様に頭を下げる。
「すまない、当方もそのような少女は見ていない。僕はヴェリオ・ウォーロック、ブリタニアから旅してきたんだが……ツレとはぐれてしまってね」
 ――ブリタニア。確か、西方の海に浮かぶ島国だ。ハイランドやカレドニアに隣接する騎士の国で、今はハイランドと領土紛争の真っ最中。それくらいの知識しかグルージャにはないが、遠い異国だということは知っていた。
 この男、ヴェリオも騎士だろうか? 腰に細剣(レイピア)を下げているが、グルージャの視線に気付いた彼はそれを叩いて鳴らすと「これかい? 飾りさ。僕は文官なんだ」と笑った。物腰の穏やかな好青年とも思えたが、一応グルージャは警戒を心の中に念じる。
 その時、背後でシャオイェンが素っ頓狂な声をあげた。
「あっ、あそこ! 見て見て、見てですぅ! こ、今度こそはぁ〜」
 シャオイェンが指差す先で、不可思議な現象が起こった。
 なんと、飛び交う蝙蝠の群れが、壁の中へと吸い込まれたのだ。
「……なるほど、隠し通路ってやつだな、ありゃ。どうりで狭く感じる訳だぜ!」
「ええ。行きましょう、ラミュー。みんなも」
 言うが早いか、グルージャは先ほど蝙蝠が消えた壁へと走り出す。
 すると、さらなる驚きが目の前に現れた。
「なんだありゃ……姫! お前、どこ行ってたんだよ!」
 なんと、壁の向こうからリシュリーが現れた。それも、見目麗しい銀髪の騎士に手を引かれながら。彼女は血相を変えたラミューたちに気づくと「あら!」とニッコリ微笑んだ。
「まあ、ラミュー。皆様も。ごめんなさい、蝙蝠さんに見惚(みと)れてたら、はぐれてしまいましたの」
 そのリシュリーの手を引く騎士は、完璧なエスコートでグルージャたちの前へと彼女を連れてきた。彼が恐らく、ヴェリオの探していた人物だ。その少年とも少女とも取れる美声が、ハキハキと洞窟に響き渡った。


「リシュリー姫、こちらがご友人たちですね。よかった、無事に合流出来たようです。……ん? ああヴェリオ! 探したよ、君が迷子になったから、俺はずいぶん歩いて、そこで姫に」
 グルージャたちは一斉にヴェリオを振り向いたが、彼は「逆です、逆!」と慌ててみせる。どうやら(くだん)の人物は、リシュリーに負けず劣らずのマイペースな性格のようだ。
 その彼だが、リシュリーの手を離すと優雅に一礼して名乗り出た。
「俺の名はナルフリード・ドレッドノート。ブリタニアの騎士です。道に迷ったヴェリオがお世話になりました。帝国へ向かう途中、吹雪をやり過ごすためにこの洞窟へ――」
「おい待て、ナル! ベルも! 僕は迷子になってなどいない、逆だ。君たちが」
 その時、ふと違和感を感じてグルージャは「君たち?」とオウム返しに繰り返す。
 そして、ヴェリオの表情が妙に硬くなるのを見てしまった。
「あ、いや、これで全員です。二人旅でして……ベル、いいから今はおとなしくしててくれ」
「そうですよ、姉様。この方たちをそんな目で見ては失礼です。あ、いや! こちらの話でした。俺たちは帝国へと向かいます。貴女たちは」
 それが、ブリタニアからやってきた帝国の駐留武官、ナルフリードとの出会いだった。
 彼らは挨拶もそこそこに、帝国を目指して行ってしまう。不思議とグルージャは、何処か線の細いナルフリードの背中を、不吉な予感とともに見送るのだった。
 なお、リシュリーには帰還後、姉にして叔母たるエミットのお説教が待っているのだった。

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