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 長い長い夜が明けようとしている。冒険者の襲撃を受けた木偶ノ文庫、その正門から見える風景も(あかつき)に染まろうとしていた。遠く山野が朝日に縁取られ、徐々に光の中へ輪郭を浮かび上がらせる。
 だが、ミツミネやサジタリオ、そして何より帝国の兵たちが見守る中……騎士と騎士との一騎討ちは続いていた。
「手間を取らせてくれたな、レオーネ・コラッジョーゾ! だが、もう終わりだ」
 その冷徹に響く暗い声を、凍える寒さと激痛の中でレオーネは聞いた。
 同時に、自分が何度目かのダウンで大地に伏していることにも気付く。高レベルのフリーズドライブを浴びた身体は、既に流れる血すら凍って感覚が遠のいていた。
 だが、それでもレオーネは歯を食い縛って立ち上がる。
「……ほう、まだ立つか。では、そろそろ楽にしてやろう」
 冷却を終えた砲剣に、エクレールはカートリッジを装填するや身構える。
 撃鉄がイグニッションを歌い上げ、瞬く間にレオーネをドライブの連続励起が襲った。だが、彼は直撃をギリギリで避けつつ、吹き荒ぶ冷たいブリザードの中で剣を振るう。
「楽になど……それはこちらの台詞です! エクレール殿……もう、おやめください。皇子殿下は間違っています。今こそ臣下として、お諌めするべきでは」
 レオーネは叫びつつ、両手で握った家宝の砲剣でエクレールの剣筋をそらす。生まれ変わったコラッジョーゾ家の剣はまだ、一度もドライブの咆哮を響かせていなかった。
 エクレールを前にレオーネは言葉を選び、その都度斬撃で宙に舞って大地へ叩きつけられた。
 だが、その度にレオーネは立ち上がり、何度でも呼びかけるのだ。
「殿下は……あの子は間違ってなどいないっ! 例え間違っていたとて、誰が責められようか! ……私以外の誰が、あの孤独な皇子を支えてやれるのだ」
 排熱と冷却の枷を解かれたエクレールの砲剣が、次々と極寒の太刀筋をレオーネへ浴びせる。
 ついに(さば)ききれなくなったレオーネは、真正面からフリーズドライブの直撃を受けて吹き飛んだ。そのまま再び固い石畳の上へと落下し、自分の血で周囲に真っ赤な海を広げてゆく。
「勝負あったな。騎士団、木偶ノ文庫(デクノブンコ)内で冒険者を掃討するぞ! コラッジョーゾ卿は丁重に葬ってやれ。……決着はついた、そこの冒険者たち。貴様らも歯向かえば……斬る」
 レオーネの遠ざかる意識が、辛うじてエクレールの声を拾う。
 だが、その凍てつく刃のような言葉を向けられても、ミツミネもサジタリオも笑うだけだった。その横には恐らく、メテオーラやシャオイェンも一緒だ。
「よぉ、ミツミネ。エクレールはこう言ってるがよ? ……馬鹿言えってんだ、なにも勝負は決しちゃいねえよ。なあ?」
「左様。エクレール殿! ……貴殿は我らが暁の騎士(キャバリエーレ・ド・アウローラ)を見くびっておいでのようだ。周囲を見られよ……貴殿の部下たちは、なにゆえ固唾を飲んでこの場を動かないのか?」
 そして、ゆっくりとレオーネが立ち上がる。全身を突き抜けた絶対零度の剣閃は、アチコチで(しも)となって体中から体温を奪っていた。それでも、レオーネは立つと剣を構える。
 そんなレオーネを見守り、帝国の騎士という騎士が動きもせずに注目していた。
 否、動けないのだ……裂帛(れっぱく)の気合で魔女に望む若き騎士の、その可能性から目が離せないのだった。そしてそれは、勝利を確信して信じる冒険者の仲間たちも同じらしい。
「エクレール、殿……重ねて、お頼みします……どうか、皇子殿下、を……お(いさ)め、くだ、さ」
「ば、馬鹿な……私の連続ドライブを喰らって、立つ……だと?」
「世界樹の巨人、を……蘇らせては、いけま、せん。その先に待つ、のは……」
「ええい、黙れ黙れっ! ……あの子の邪魔はさせん、私がさせぬ! 幼き頃に母と死別し、帝王たる父も失ったあの子……私がこの手を汚してでも、あの子の宿業を守ってみせる!」
 再びエクレールが砲剣を振り上げる。
 その時、レオーネは目をカッと見開いた。
「貴女は……間違っています! その気持ちすら、想いすら一部の心なき科学者に上書きされた記憶。本来の貴女は、悪を正して道を示し、過ちに沈むものを許して寄り添う、そういう母親だった筈!」
 レオーネもまた、イグニッション用にカートリッジを手に地を蹴る。
 シリンダーやチャンバーを新造し、ピッコロ社のフィオが設計してくれた砲剣が唸りをあげた。押し込まれたカートリッジを装填して、高らかにモーター音を歌い上げる。
 そして、自らの剣が発する膨大な熱量が、徐々にレオーネの身から氷魔(ふるえ)を追い払った。
 同時に、鈍色(にびいろ)のタービン・アーマーが相転移装甲に力を与える。今まで重いだけのデッドウェイトだった鎧は、ようやく本来の力を見せ始めていた。
「ば、馬鹿な! その鎧は……くっ、相転移装甲。既に実戦配備されていたか!」
 ジュウ! と水蒸気を奏でるレオーネの鎧が、暁の赤に染まってゆく。それは、プレヤーデンたちが工房で試作した、新世代のタービン・アーマー……砲剣の熱量を循環させることで、表面上でエネルギーの相転移(フェイズシフト)による力場を形成する。真紅の発色はその際の余剰エネルギーだ。
 今、エクレールの前に満身創痍の、しかし気迫に満ちた暁の騎士の姿があった。
「……もはや、我が剣にて問うのみ。私は、貴女の言葉を待っていた。貴女の、本音を……殿下を想う気持ちを! たとえそれが偽りの記憶でも……それが貴女ならば、私が正す!」
「死に損ないがっ! 私の剣で冥府へと送ってやろう……殿下に代わりて、死をくれてやる!」
 地を蹴るエクレールの剣が風をはらんで加速する。
 対するレオーネも、怪我を感じさせぬ雄々しさで力強く踏み込んだ。
 そして周囲の騎士たちから「おお!」という感嘆の声があがる。
 今、血と汗に満ちた決闘場の中央で、エクレールとレオーネは互いの喉笛を狙う軍鶏(ゲイム)のように斬り結んだ。死の輪舞(ロンド)に踊る二人の刃が交わる度に、苛烈なドライブの余波が周囲の空気を引き裂き泡立てる。


 フリーズドライブを次々と打ち出すエクレールに対し、レオーネもまたフレイムドライブを重ねて対抗する。全くの互角の勝負へと転じて、二人の激突は次第に周囲を熱気で包んでいった。帝国の騎士たちは、気付けば足踏みで地を鳴らし、立場も忘れて歓呼の声をあげる。
「おのれコラッジョーゾ卿、おのれ暁の騎士ッ! 貴様ほどの騎士が何故わからぬ? どうして殿下を理解しようとしない! ……どうして、私しか」
「道理をもって正道を歩み、いかなる非道にも手を染めてはいけない! 気高き意思と崇高な理念も、手段を間違えてはいけないのです! 私は今、己が身を刃に変えてでも、殿下を止めてみせる!」
「させぬ! この私が……あの子が、母と呼んでくれたのだ! 守ってやらねば何が騎士道か」
「目を覚ますのいです、エクレール! ただ抱いて寄り添い、乳を与えて甘やかすだけが母子にあらず! 殿下は立派になられた、もはや自らの過ちを認める強さをお持ちなのだっ!」
 二合、三合と斬り合う中で、互いに弾かれたようにレオーネとエクレールは飛び退いた。同時に、もうすぐイグニッションの力が尽きようとする互いの砲剣が甲高くエグゾーストを絶叫させる。決着の予感に誰もが瞬きを忘れる中、二人は同時に最後の剣を解き放った。
 真正面から高レベルのアクセルドライブがぶつかり合い、周囲の全てを薙ぎ払う。
 ――遥か稜線(りょうせん)の彼方に登る太陽の朝日が、勝者を赤々と照らして輝き始めた。
 吹き飛ぶエクレールと、その場に片膝を突くレオーネと、そして決着。
 何度もバウンドしながらもんどり打って倒れたエクレールは、天を仰いで仰向けに動かなくなった。極限レベルの決闘は今、勝者と敗者とを分かち、周囲の騎士たちは双方を祝福して讃える。鳴り止まない歓声の中で、レオーネは辛うじて立ち上がった。
「……見事です、騎士レオーネ……」
 エクレールの声からはもう、張り詰めた氷の緊張感は剥がれ落ちていた。
「今、あの女が……エクレールが意識を失ったこの瞬間に、貴方に……レオーネ、貴方にお願いがあります。私は、デフィール・オンディーヌ。既にこの身体と精神は、帝国の禁忌に侵され……あの女を上書きされました。このままでは……グッ!」
 レオーネが駆け寄ると、エクレールは弱々しく微笑みながら身を起こす。
「お願い、レオーネ……私を……私を、殺して。あの人の敵になる前に……私が、あの人を殺す前に。私を、殺して頂戴っ!」
 ようやく本来の意識を取り戻したエクレールの……デフィールの悲痛な叫び。
 だが、レオーネは静かに首を横に振る。
「既に勝負は決しました。貴女は誰も殺さない……私が誰も殺させません。どうか、悲しいことを言わず、一緒に帰りましょう。ヨルン殿は一日千秋の想いで……!?」
 だが、その時頭上を巨大な影が覆う。見上げれば、そこには帝国空軍の艦隊が浮かんでいた。その中央で一際大きな旗艦フォルテギガスから、影が音もなく降りてくる。
 身構えるレオーネの前に、軽装の騎士が立っていた。
「悪いな、コラッジョーゾ卿……この女はまだ渡せない。エクレールは……まだあのお方に、殿下に必要だからな」
「なっ……! 貴方はもしや!」
「御名答、我らは皇子殿下の影……目となり耳となって、殿下をお支えする者だ。……悪いな、既に殿下は世界樹へと向かわれた。追ってこい冒険者……そこで全ての決着をつける」
 それだけ言うと、細身の騎士はエクレールを抱き上げ、ワイヤーで空の艦隊に吸い込まれてゆく。呆気に取られつつも、レオーネは追い掛けようとして崩れ落ち、北の空へとパルドゥールの大艦隊を見送るのだった。

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