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 仮初(かりそめ)の冬が白に染めた廃都は今、瞬く間に本来の季節を取り戻していた。
 煌破天ノ都(コウハテンノミヤコ)は相変わらず巨大な門を閉ざして、ラミューたち冒険者の侵入を拒んでいる。すでにこの奥へとバルドゥール皇子がシウアンと消えて、数日が経っていた。
「クソッ、なんて門だ……カミソリ一枚入り込む隙間もありゃしねえ」
 舌打ちするラミューの隣では、金鹿図書館(きんじかとしょかん)から借り受けた書物と格闘しながら、城門に刻まれた文字を解読するグルージャの姿がある。彼女は相変わらずの澄まし顔をあげると、苛立つラミューへと肩を竦めてみせた。
「焦ってもしょうがないわ、ラミュー。この門、旧世紀の技術で作られてるみたい」
「力押しじゃ駄目ってことか。……こうしてる間にも皇子の野郎はシウアンを!」
「うん。帝国側でも色々と情報を開示してくれてる。この先で巨人復活の儀式を完全に遂行するには、一週間はかかるって話だけど。奥は魔物の巣窟って話もあるし」
「……待ってろよ、シウアン! オレたちが行くまで、早まるんじゃねえぞ」
 ドン! とラミューが叩く門は、木材でも石材でもない不思議な感触。その先へと消えた少女を思えば、焦れる気持ちが自然とラミューを熱くしていた。だが、そんな彼女とは対照的に、冷静に分厚い資料をめくりながら、グルージャはぶつぶつと解析を進める。
 まるで炎と氷のような二人は、同じ気持ちを秘めたまま散らばる仲間たちを待った。
「四つの、玉座……王? うん、多分そう……でも、これ以上はあたしじゃ読めないかも」
「いやいや、すげーってグルージャ。オレなんかチンプンカンプンだぜ? んで?」
「多分、ほらここ……四つの紋様が光ってる。これが、鍵なんだと思う」
「なるほどな、ふむ! よし、んじゃあいっちょ、ブッ叩いてみようぜ!」
 立ちふさがる巨門の中央には、なるほどグルージャの言う通り不思議な光を湛えた紋様が明滅している。彼女が言うように鍵ならばと、腕まくりしたラミューは呆れるような溜息を聞いた。
 グルージャはやれやれと手にした書物を閉じると、くるりと門へ背を向け寄りかかる。
「ラミュー……やっぱりあなた、脳味噌まで筋肉でできてるの?」
「よせやい、照れるじゃねえかよ」
「……褒めてない。落ち着いて。力押しじゃ無理だってさっき、ラミュー自分で言った」
「お、おう」
 ラミューも髪をバリボリとかくと、グルージャの隣に並ぶ。
 ぐるりと高い城壁に囲まれた廃都の、周囲を調べに出発したメテオーラたちはまだ帰ってこない。とりあえず門の調査は行き詰ったので、二人は小休止に肩を並べて、そもままズルズルと座り込んだ。
 空を見上げれば、雲一つない快晴。
 枯れて倒れた世界樹の梢に、無常の廃墟は沈黙だけを抱いて広がる。
「そういやグルージャ、ヨルンの旦那のかみさんは」
「少し静養が必要だって。完全に帝国の洗脳が解けた訳でもないみたい。まだ潜在意識の奥底に、もしかしたら……でも、きっと大丈夫」
「ああ」
 のどかな空気にしばし、ラミューは焦燥感を忘れてゆく。頭の後ろに両手を組んで、両足を床に放り出して空を見上げる。グルージャは隣で膝を抱えて、やはり空を見ていた。
「……ファルファラの姐御、見つからなかったな」
「ええ。完全に破壊されたシウアンの部屋に、千切れた服だけが……でも、きっと生きてる。筈」
「うん。殺したって死ぬようなタマじゃねえよ、姐御は」
「それより、帝国との和解も進んで……あとは皇子を止めるだけ。父さんはお陰で大忙し」
「あのクレーエって奴、凄えな。……なんで旦那の術に突っ込んで、あれだけの怪我で生きてんだろうな。やっぱ騎士は鍛え方が違うのかなあ」
 色々と語りたいことや、とりとめもないことが互いの口をついて出た。
 束の間の休息、忙しい日々の中にぽっかりと空いた時間が二人を少しだけ和ませた。だが、こうしている間にも……そういう焦りも今は、秘める闘志へと変えて胸の奥に沈める。
 そうしてぼんやりと空を二人で眺めていた、その時だった。
「……あ、船」
「ん? ああ、ありゃ帝国の軍艦だな」
 グルージャがそっと伸べた手の先、雲の波間に大きな大きな気球艇が飛んでいる。タルシスの冒険者が使うものではない、巨大な船体を装甲で覆った帝国の戦艦だ。
 帝国との手打ちは済んでるし、まだゴタゴタしてるがもう同じ冒険の仲間だ。だが、グルージャと並んで目を細める視界に、どんどんその艦影は大きくなっていった。戦闘速度で降下体制だと気付いた時には、叩きつけるようなプロペラの風圧が周囲を薙ぎ払っていた。
「っ! 降りてきやがるのかよ!」
「帝国本土で、なにかあったのかな?」
 既に空を覆うような高さにあって、その黒い船体から何人もの人影が飛び降りてくる。この高さでロープも使わず強行接舷、そして高度を維持したままで戦力の展開……間違いない、かなり練度の高い軍人、帝国の騎士たちだ。
 立ち上がるラミューとグルージャの前に、たちまち大勢のローブ姿が甲冑を鳴らして舞い降りる。皆、目深くケープをかぶったその奥に、表情はなにも読み取ることができない。ただ、真っ白な彼らのローブやマントには、大きく黄金の鹿の紋章が刻まれていた。
「どこの部隊? 帝国騎士議会はローゲルさんを中心に、リオンや父さん、ヨルンさんと話は済んでいるけど」
「こいつら、この殺気……下がってろ、グルージャ! バリバリの実戦部隊だぜ、こいつぁ」
 思わずラミューは、居並ぶ無貌(むぼう)の騎士たちを前に、背にグルージャを庇って剣を抜く。
 冷たい殺気と、ラミューでさえ全身で感じる圧倒的な実力差……これ程の強い気を受ける相手は、同じ冒険者でもそうそういない。誰もがポラーレやサジタリオ、ヨルンといった古強者と同等の威圧感を広げていた。
 戦えば、勝てない……数でも、実力でも。
 だが、白いローブの騎士たちは誰一人として剣を抜かなかった。
 そして、その奥から団長と思しき人影が歩み出てくる。すらりと背の高い、どうやら女性のようなそのシルエットは、他の者同様にケープで全く顔も表情も見て取れない。


「あなたたち、タルシスの冒険者かしら? ふふ、どう? この門の解析、うちで貸し出した資料はお役に立って?」
 落ち着いた大人の声だ。
 それでラミューは思い出す……この騎士たちが唯一示す、金色の紋章を。それは、帝国の外れに位置する金鹿図書館の紋章と同じだった。しかしあそこはただの書物庫、こんな戦力が配備されているという話はラミューも聞いたことがない。
 驚きながらもとりあえず剣を収めるラミューの背後で、物怖(ものお)じしない声が響いた。
「あの、あなた方は帝国の騎士、でしょ? なにを……教えてください、ここになにがあるんですか? ひょっとして、この門の先へ進む方法を、知っているの?」
 守るように立つラミューの手をそっと握って、グルージャが歩み出るや横に並ぶ。
 グルージャの手は少し震えていた……だから、ラミューも強く握り返してやる。
「いい質問ね、お嬢ちゃん。私たちは、特務封印騎士団(とくむふういんきしだん)。先代皇帝よりあらゆる権限を認められた独立外部部隊ですわ。全軍の指揮系統を完全に無視する、超々法規的騎士団ですのよ?」
「特務、封印……騎士団?」
「そう。唯一、帝国の平和と安定だけを目的とし、忌まわしい災厄を封じて監視する……それが、特務封印騎士団」
 女のよく通る声は、全く敵意が感じられないのに、自然とラミューの動きを封じてきた。まるで実力が違う……下手に動けば、斬られる。
「これを……ちょうどタルシスの冒険者にと思ってましたの。渡してくださる? あの、漆黒の冷たい夜鬼(ファントム)に。ふふ、少し好みですのよ? 素敵……仲間たちも皆、イケメンですもの」
 女はなにかをラミューへと放ると、仲間たちに口早に支持を出して歩き出した。城壁がぐるりと囲む中、その向こう……西の方へと部隊が移動してゆく。
 ラミューが受け取ったのは、鍵だ。
「お、おいっ! これは」
「大樹の鍵……今まで開けられなかった宝箱、なかったかしら? 少しでも戦力を整えなさいな。最後の決戦は近いですわよ? ……期待させて頂戴」
 それだけ言うと、圧縮された暴力の群がラミューたちの前を通り過ぎてゆく。あまりの戦慄に、握るグルージャの手の、その温かさしか感じられない。
 特務封印騎士団……帝国最強の騎士団が、不気味で不可思議な動きを見せ始めた。
 それは、戻ったメテオーラたちが、謎の光の回廊を西の奥へと見つけるのと同時だった。

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