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 帝国本土の都にはまだ、華やかりし頃の名残(なごり)が多く残る。
 まだまだ帝都に残る民は多かったし、人は簡単には故郷を()てられぬものだ。
 そのことをサジタリオは、この帝国百貨店(デパート)で痛感していた。巨大な構造物の中に雑多な店舗がひしめきあい、多くのブランド品や特産品が流通している。行き交う誰もが買い物をしながら、一時の(いこ)いに帝国の進んだ科学力と文化を享受(きょうじゅ)していた。
 この帝国百貨店は、タルシスの民やウロビト、イクサビトにとっても観光名所だった。
「賑やかじゃあ、国の(いち)を思い出すのう」
「しっかし、誰も彼もはしゃいじちまって……おのぼりさん丸出しだぜ、ったく」
 そうは言うものの、周囲の賑わう喧騒がサジタリオは嫌いではない。
 そして、腕を組んで寄り添い歩くしきみもまた、楽しそうに周囲を見渡していた。煙管(きせる)に紫煙を(くゆ)らせるこの女は、不思議とサジタリオと気が合う。常に一緒という訳ではないが、サジタリオが選ぶ女としても、しきみが選ぶ男としても、互いを好む時は少なくない。
 今日はたまたま帝国百貨店でもぶらつこうと思ったら、ゆきずりの道連れとなったのだ。
「おっ、なんだありゃ……コッペペじゃねえか。なにやってんだ?」
 広い館内をそぞろに歩く二人は、向こうから見慣れた人間がやってくるのを目に止める。それは、小さなウロビトの女の子と一緒に歩く、大荷物を抱えたコッペペの姿だった。
 そして、帝国の洋装で綺羅びやかなミニドレスを(まと)った少女は、シャオイェンだ。
 向こうもサジタリオとしきみに気付いたらしく、黄色い声がはしゃいで響く。


「しきみ姉様! サジタリオおじ様も。ごきげんようですぅ〜!」
「おーい、待て待てシャオ、走るなって。転ぶぞ」
 シャオイェンは赤い靴をコンコンと鳴らしながら、しきみに抱きついた。
 しきみもまたサジタリオの腕を離れると、シャオイェンの矮躯(わいく)を抱きとめる。
 サジタリオはコッペペと「よぉ」「おう」と挨拶を交わして、二人の光景に目を細めた。
「なんじゃ、めかしこんで! かわいいのう、シャオ。買い物かや?」
「コッペ様がこの間のご褒美に、たっくさん! たーっくさん、お洋服を買ってくれたですぅ」
「おうおう、よかったのう。よう似合っておるぞ」
「エヘヘ〜、靴も買ってもらったです! これでシャオも、立派なレディですぅ〜」
 サジタリオもニ、三の言葉をコッペペと交わし、互いの休日のことなどを話した。どうやらコッペペは、伝承の巨神との決戦で頑張ったシャオイェンを、今は甘やかしてやってるらしい。この男なりに態度を保留してはぐらかしながらも、幼い少女の好意に向き合ってはいるようだ。
 いい加減でズボラに見えても、女性に関しては気遣いを(いと)わぬのがコッペペという男だった。
 サジタリオとしきみは、コッペペを連れて手を振り去ってゆくシャオイェンを見守る。
「かわいい盛りじゃのう。愚妹(ぐまい)にもああいう時期が……あったかのう? どうだったかのう……あれは、うーむ……なずなは小さい頃から無愛想で、かわいくなかったような」
「しかしなんだ、アレだな……お前は姉様で、俺はおじ様か?」
「なんじゃ、ワシがおば様と呼ばれたら面白くないじゃろ」
「へいへい、そうですかよ」
 二人は笑って再び歩き出す。
 それが互いに当然のように、腕に腕を絡めて。
 流石に帝国百貨店は交易と流通の中心だけに、どの店にも珍しい品が並んで賑わっていた。
 そうこうしていると、吹き抜けのホールから噴水の涼しげな音が聴こえてきた。開けた広場は展示場になっており、いつもなにか催し物をやっている。サジタリオが目を凝らすと、意外な二人組の姿が目に映った。
 どうやらしきみにも見えたらしく、彼女はサジタリオの腕をぐいぐいと引っ張ってゆく。
「おうい! デフィール殿にファレーナ、どうしたんじゃ?」
「あら、しきみ。サジタリオも」
「ふふ、こんにちは。わたしたちは……そうだな、デート、をしていたのだけど」
 振り返るデフィールとファレーナは、互いに苦笑を交わし合う。
 デフィールがファレーナとデートというのは、それは冗談にしてもありえないので、サジタリオは周囲へと首を巡らせた。
 すると、二人の相方(パートナー)はすぐに見つかる。
 催事場の中央に展示された、不思議な機械の前にポラーレとヨルンの姿があった。サジタリオはしきみを御婦人方に預けて、三人よればかしましいという、まさにその光景を背に歩み寄る。
 ポラーレもヨルンも、どうやら連れ合いが呆れるくらい熱心に展示を見ているらしかった。
「うおーい、お前ら……なにやってんだ?」
「あ、サジタリオ。君もこれを見に来たのかい?」
 まるで少年のような笑みを浮かべたポラーレが、同じ表情のヨルンと共に振り返る。二人の前には、四つの車輪をつけた乗り物が鎮座していた。
 これは確か、この帝都ではチラホラと出回り始めてる便利な乗り物だ。
 内燃機関で回転運動を生み出し、馬や牛に引かせずとも自動で走るものだ。その名の通り、自動車(オートモービル)という名前である。それがどうやら、二人には珍しいらしい。
 だが、珍しさのあまり二人は、連れの女性たちが呆れて待つのも忘れているようだ。
「凄いんだよサジタリオ、錬金術とかじゃないんだ。ね、ヨルン」
「うむ……単純に化石燃料を燃焼させ、そのエネルギーを回転運動へと変換している。気球艇とは違い、この小さなサイズでエンジンを回しているのだ」
「帝国の科学力って凄いよね。さっき見た時計やラジオもだけど、珍しいものばかりだ」
「我らの技術体系とは一線を画す……むしろ、アーモロードの深都に近いな」
 二人は熱心に自動車に触れてみて、立てかけてある説明文の看板を真剣に読み返している。
 これは、駄目だ。
 駄目なやつだとサジタリオは苦笑を漏らすしかなかった。
 振り返ればデフィールが肩を竦めて見せ、それでもファレーナは微笑を零して心なしか楽しそうにしている。しきみもゲラゲラ笑っていたが、それもしかたのないことだった。
 そうこうしていると、頭上から声が降ってくる。
「サジタリオ殿。ポラーレ殿やヨルン殿も一緒か。いい買い物日和だな、最高の休日だ」
 二階のエントランスから姿を現したのは、大荷物を抱えたエミットだ。長い長い棒状の荷物は、その穂先が包装されているが恐らく戦鎚(ウォーメイス)だ。この百貨店は武具の揃えも充実しているので、新調したのだろう。それよりサジタリオが首をかしげたのは、階段を降りてくる彼女が肩に担いでるもう一つの荷物だ。
 エミットが担いでいるのは、熊の木彫り? だ。
 それも、ただの木彫りではない……(さけ)と一緒のやつだ。
 どういう訳かエミットは、木彫の熊と鮭の像を持っている。
 それも、暴れる熊をも丸飲みにせんと荒ぶる、勇壮な巨大鮭の木彫りだった。
「よ、よぉ……なんだ、その、エミット……それは」
「ああ、これか。リシュが先ほどジェラとな。アーモロードへの土産にと買い求めたものだ。サービスカウンターでこれから発送手続きをしようと思っている」
「あ、ああ……そうなのか。えっと、二人は? リシュちゃんと、ジェラヴリグ? ジェラちゃんだっけか。一緒じゃないのか?」
「ジェラは交易品を集めるのが今回の仕事でな。足りない分を集めに、先ほどウィラフの船で出発した。確か、第二大地へ宝仙桃(ほうせんとう)なる果実を取りに行っている」
 朗らかに笑っているが、率直に言って今のエミットは……見るからにおかしい、変だ。周囲の客達の視線にも、デフィールやファレーナ、しきみの唖然とした顔にも彼女は気にした様子がないが。
 そして勿論、自動車に夢中なポラーレとヨルンは、彼女が来たことすら気付かない。
 一同の前に来たエミットは、ドスン! と巨大な木彫りを下ろす。エミットとて誰もが振り返る美貌の持ち主、加えてタルシスでは街中の娘たちの憧憬(どうけい)を一身に集めるイケメンお姉様なのだが……熊をくわえた木彫の鮭が、全てを台無しにしていた。
「なんじゃ、エミット。けったいな物を買い求めたのう!」
「でも、しきみ。わたしにもなにかこう……おめでたい物のようにも見えますが」
「ファレーナがそういうなら、そうねえ。そうだわ、私にいい考えがあるの。これをアンバーの港に飾れば、アーモロードのみんなも喜ぶんじゃないかしら」
「リシュとジェラもそう思って購入を決めたようだ。なに、あそこは海の街だからな。獣をも倒す巨大な猛魚というのは、あんがい気に入ってもらえると私も思う」
 かしまし三人美人が美女四天王になって、ますますおしゃべりが賑やかになってゆく。
 だが、その時ふとサジタリオは胸中に不安の影が過るのを感じた。虫の知らせというやつで、長らくハンターとして生きてきた直感、第六感だ。
 丹紅ノ石林(タンコウノセキリン)では今、危険な竜が果実を求めて周遊しているとの噂を、彼は思い出していた。

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