蘇りし悪夢、
屈強な騎士たちを、
思考を結ぶ側から逃がして霧散させる頭痛で、それでも三人は起死回生のチャンスを待つ。
『クァハ! ハ、ハァ……愚か、愚かなり!
いよいよ荒ぶる邪竜を前に、ナルフリードの中で割れるように響く声。憎悪に
だが、ナルフリードは身体を決して渡そうとしなかった。
「すみません、姉様っ! あの方は……リシュリー姫は俺が助け出さねばならないのです」
寒く凍った薄暗い洞窟での出会いだった。
今でも忘れはしない、あの時のリシュリーの笑顔を。
ブリテンではアウト・オブ・ラウンド、
ナルフリードはボロボロに擦り切れ燃えたマントを脱ぎ捨て、砲剣を身構える。
背後で互いを支え合うレオーネとクレーエから、悲鳴のような絶叫が迸った。
「ナルフリード君、やめたまえ! 一人では……無茶だっ!」
「よせっ、死に急ぐな! 客将を死なせて、殿下が……俺が、俺たちが喜ぶものかよ!」
だが、肩越しに一度だけ振り向き、ナルフリードは口元に笑みを浮かべる。
それは、覚悟を決めた彼の中から、自然と浮き出た透明感に彩られていた。
「コラッジョーゾ
己を
その手に引きずる砲剣が、
ナルフリードは
巨体を揺すって
「ナルフリード君! くっ!」
「レオーネ、俺が行くッ! 俺の方が
薄れゆく意識の中で、ナルフリードは後に仲間たちの声を聞いた。
そう、仲間だ。
かつて伝承の巨神と、共に戦った仲間。皆、自分とは違って高潔な騎士だ。故国のために敢えて逆賊の汚名を着ることも
リシュリーさえ救えば、あとは二人が……タルシスの冒険者がなんとかしてくれる。
ヴェリオやフリメラルダの反対を振り切り、この場へ駆け付けたのは間違いではなかった。……筈だ。それを証明せんとしたナルフリードの視界が、真っ白に消えてゆく。
『骨も残さず砕けたか?
ナルフリードの意識が、いつもの高揚感に塗り替わってゆく。
そしてそれは、普段の暴力的な血の衝動ではなかった。
周囲に砕けた鎧の破片を振りまきながら……白い肌も顕な狂騎士が吼えた。その両手に振り上げた砲剣が、アクセルドライブの金切り声を振り下ろす。
勝利の
『馬鹿な! 貴様、なにゆえ……朕に傷を! この高貴なる姿に血を!』
直撃を受けて爆光に消える間際に、ナルフリードが放ったアクセルドライブが炸裂していた。それは今、冥闇に堕した者の顔に僅かな傷を残す。そして、その隙へと飛び込む影はまだ生きていた。
「うっさいわね、サディスト野郎っ! 兄様の肌にまた傷を……殺す! あとで殺すわ、バラバラに引き千切ってやる! そこおぉぉぉぉ、動くなああああっ!」
「兄様があ! その小娘、よこせって、言ってるのよ! トカゲ
『貴様ぁ……貴様っ! 朕の高貴なる鱗と甲殻に! 穢れた混者の血を! なにより、朕の血を……この朕に傷を!』
「黙んなさいよ、竜畜生の腐れ外道……うっ! あ、がぁ……あ、頭が、また……だ、大丈夫、大丈夫よ兄様……これぐらい」
激しく身を揺すって、周囲に雷光と業火を纏う黒き竜。その鼻先をよじ登ったベルフリーデは、振り落とされそうになりながらも額へ埋まった少女へ手を伸べた。
ベルフリーデを苛む痛みは、冥闇に堕した者が刻んだ傷だけではない。
ここ最近、二人で一つの肉体を蝕むように、正体不明の激痛が走るのだ。
それは、常にベルフリーデの人格が表面上に
そして、その徴候を冥闇に堕した者は見逃しはしなかった。
『そうか、貴様は! そうか、そうかや……クハハッ! 混者の肉体に二つの精神を宿しておるか。それでは、持たぬなあ? もとより命は、一つの
「黙れって、言ってん、のよ……っ! ハァ、ハァ……なにさ、こんな貧相な
ベルフリーデは冥闇に堕した者の額に埋まり、徐々に沈み込むかのように同化してゆくリシュリーへ手を伸べる。その細い腰に手を回して、ぬめる粘液が糸を引く中から引っ張り出した。それは、復讐に燃える黒き竜の逆鱗に触れる行為だった。
『貴様……それに手を触れるでない! それは、朕のもの……
「ざけんじゃないわよ、笑わせないで。あんたみたいな、クズが……女の子を、汚せる、訳、ない……じゃない。どんな娘だって、あんたなんかで汚れて、やらない……やるもんか」
姉の中で全てを見守るナルフリードの、張り上げた絶叫はベルフリーデに届かない。
彼女は取り出したリシュリーを
そして、ナルフリードを自分の奥底に封じたまま、ベルフリーデが気を失った、その時。
それは、唯一にして絶対の逆鱗に触れられたもう一匹の竜だ。
「……レオーネ、クレーエ殿も。待たせてすまない。貴公らは一度
軽々と少女二人分の体重を抱き止め、そっと脱いだマントで包む。
そうして
『貴様……人間風情が、朕に……朕の復讐に』
「堕落せし邪悪な竜王よ。多くの悲劇を振りまき、自ら蘇ってさらなる悲劇を招く……もはや生かしておけぬ。その前に……お前は自らが犯した罪を
次の瞬間、光が走った。
ナルフリードには、その鋭い斬撃が見えなかった。
人の限界を超える、神速……なにかが吼え荒ぶ邪竜の眼前を
レオーネとクレーエの目が捉えて、叫ばれた言葉がナルフリードに教えてくれた。
「アルマナ殿っ! ……そ、その御姿は! あ、ああ」
「あ、あんた……それは。だっ、駄目だ! 立ってるのもやっとじゃねえか!」
そこには、
アルマナが隠すことをやめた全身の
だが、それでも二人は凛とした表情で敵を
「とうとう見つけました……我が祖国を燃やし、主君と民を襲った怨敵。この私の身を蝕み、今また多くの呪いを振りまく元凶。決して許しはしません……例えこの命、尽きても!」
「お前が……そうか、お前なんだな。見つけた、見つけたね、アルマナ。こいつが……やっちゃおう。やっつけちゃおう! 僕は……今までで一番、許せないっ!」
狭く閉じて暗くなる視界の中で、確かにナルフリードは見た。そして、姉のベルフリーデに見せたかった。目の前に今、死の淵に立ちながらも、気高く