魔物の
だが、迷わず進む騎士たちの先頭に、屈強なモノノフたちの刃が
「ミツミネ様っ、後ろです!」
太刀を振るう未来の夫へと、イナンナが声を張り上げる。
同時に、振り返るミツミネの剣が巨大な牙を受け止めた。屈強なイクサビトであるミツミネの足元で、敷き詰めた
すかさずイナンナは、鞘へと戻した剣を握って、僅かに身を沈める。全身の筋肉を引き絞るようにして地を蹴ると同時に、彼女は
闇に光が走って、白刃が巨大な獣を断ち割った。
真っ二つになった魔物に代わって、イナンナはミツミネの背に背を合わせて立つ。
死角を庇い合う二人の周囲に、殺気と害意が
「ミツミネ様、突出し過ぎです! ミツミネ様になにかあっては」
「構わん、イナンナ。強引に切り崩さねば、無駄に時が過ぎてゆく……この気配、尋常ではない。既にここは死地、冥府の底にも等しい地獄ぞ」
「なればこそ……何故、わたしに命じてくださらないのですか。わたしは、いつでもお側でミツミネ様をお守りします! いつまでも、守り通します!」
群れなす魔物の濁流が、二人を飲み込み包んでゆく。
言葉を交わす余裕も奪われる中で、呼吸を乱さずイナンナは剣を振るった。言葉を交わさずとも、自然と
二人は互いに相手を追いかけるように、連れ添うように剣舞に踊った。
すぐさま周囲は血の海と化し、死ばかりが折り重なってゆく。
徐々に奥へ奥へと進む二人は、後を追ってくる騎士たちへと叫んだ。
「ここは我らで切り開き申す!」
「手出しは無用ですわ! 皆様は確保した通路の守備と、負傷者の手当を!」
死闘、まさしく決戦。
ここが最期と望んで進めば、不思議とイナンナの心は安らいだ。
狂気、そして
それでも、ミツミネの背を守って戦う瞬間が、イナンナには至福の時だった。
イクサビトは獣の魂に人の道を貫き、武を尊ぶモノノフの民だ。
戦いの中にあってこそ、身の内に封じて鎮めた羅刹の力が燃え上がる。その一秒、一瞬の積み重ねが、最愛の人との時間であれば幸せなのだ。
だが、イナンナは同時に察して悟っている。
そして、ミツミネも同じことを考えているようだった。
「イナンナ! いささか手こずるようだな……敵の数が多い」
「ええ、そのようですわ」
「しからば、これより一息に突き抜け、階段まで駆け抜ける。……来るか?」
「いやですわ、ミツミネ様……来いと一言、仰ってくださらないと」
「……すまんな。では」
「はい」
瞳を見開き獣の群れを睨んで、ミツミネが覇気を叫ぶ。
同時に、精神を統一させて
ミツミネと共に二人で、押し返してきたモンスターの敵意へと飛び込んでゆく。脚を止めての防戦でさえ困難な、その先へと自ら身を投げ出す。
死中に活を求める、これぞイクサビトの武の境地だった。
たちまち、先程にも増して強力な攻撃が、四方から二人を包囲して押し潰そうとしてくる。
「
「心得てますわ、ミツミネ様。里で一番の瞬速と讃えられたわたしの居合、お忘れですか?」
「はは、これは怖い嫁だ……いざ!」
風と風とで
竜巻のように、触れる全てを切り裂き、薙ぎ払って、
血走る目を見開き、ただ前だけを、先だけを
やはり、イナンナは不思議な多幸感に包まれていた。
呼吸も鼓動もミツミネに預けて、二人で踊る死の
「ミツミネ様、階段が見えました! あと、あと少し!」
「しからば、イナンナ!」
「はい!」
もはや言葉は不要だった。
ミツミネが大上段に振り上げた剣を、両手で握って身を捩る。全身の筋肉を引き絞って、大きく大きく振りかぶる。悲鳴を上げる己の体躯を弓として、ミツミネは武士の極意を解放した。見えない空気が矢となり、衝波が周囲を吹き飛ばす。
その切っ先を追うように、身を低く
待ち構えていた魔物たちを、既に見もせず一刀の元になで斬りにする。
「この先へ、この迷宮に封じられし災厄が」
「後続が追いつくまで確保だ、イナンナ。すぐにフリメラルダ殿も来ようぞ。それまで!」
身体が鈍く、荒い呼吸に上下させる肩でさえ鉛のよう。まるで神経の通わぬ、重いだけの甲冑を着せられているようだ。だが、疲労が蓄積する中で傷が痛みを思い出す中、懸命にイナンナは剣を振るった。
そして、不意に敵の勢いが弱まるのを感じる。
それは、聞き慣れた声が珍しく絶叫を迸らせたのと同時だった。
「でかした、ミツミネ! イナンナ! されば、命を賭して捨てるは今ぞ!」
その声に、ミツミネもイナンナも「おう!」と声を張り上げる。
そこには、
ヤマツミが現れると、猛り狂う獣でさえ怯えて道を開けた。
しかし、中には恐慌状態のあまり発狂して、飛びかかる魔物が数匹。だが、ヤマツミは見えぬ太刀筋で光の弧を描くや、神速の剣技で次々と
「久方ぶりの
ヤマツミの声に、彼の影から一人の
「委細承知……吠えろ、
ミナカタの強烈なアクセルドライブが、周囲を飲み込み炸裂する。あっという間に、数十匹の魔物がまとめて巨大な
その中を平然と、修羅の形相に狂喜の笑みを浮かべて仲間たちがやってくる。
これがイクサビト、そしてこれがモノノフなのだ。
「でかしたぞ、ミツミネ。イナンナも。後続を待って、
「我が師ヤマツミ、さればこのまま……先駆けとなりて押し進むのみ!」
ミツミネの返答に、誰もが頷いたその時だった。
不意に、敵の第二波が絶叫を張り上げると同時に……血の
「ガッハッハ!
それはもう、問答無用の境地だった。この、里でも半ば伝説と化している凍土不敗、アラガミには常識は通用しない。そして、彼は今のイナンナと同様に目を丸くしてポカーンとなってるキクリを肩から降ろした。
「さて、ヤマツミよ……参るか!」
「アラガミ先生、しからば我らで……」
ここに、里でも最強のモノノフが集結していた。その全員に、無言で決戦へと逸る気概が満ちる。
だが、そんな六人を呼び止める声が、駆け抜けて来た道をやってきた。
そして、凛とした静かな声が響く。
「お待ちを、イクサビトの方々……これより先はわたくしの戦い。勝手な言葉は百も承知、どうかお退きを」
現れたのは、フリメラルダだ。その背に巨大な剣を背負い、静かに歩んでくる。
その表情は不思議な程に穏やかで、自然とイナンナたち六人に全てを悟らせた。
それは、イクサビトのモノノフが見慣れた、死にゆく覚悟を秘めた戦士の笑顔だった。
「ミツミネ殿、助太刀に感謝を」
「なんの! 我らモノノフ、
「されど、ミツミネ殿。貴殿らイクサビトは、今は同じ大地に住まう
それだけ言うと、フリメラルダは背の剣を下ろす。
その異様な砲剣は、巨大過ぎる蛮刀で、まるで
「勇敢なるイクサビトのモノノフに感謝を。……あと、頼めるかしら? ヤマツミ殿」
「心得た……フリメラルダ殿。犬死無用ゆえ……信じてますぞ」
「ありがとう。されど、この日のためにわたくしの命は、亡き皇帝陛下の
それだけ言うと、柔らかな微笑みを残して階段の奥にフリメラルダが消える。
それは同時に、他の騎士たちと階段を死守する、退けぬ戦いの始まりだった。