走る先で
その全てが、グルージャの前で断ち割られ、叩き割られる。
懸命に道を切り開くメテオーラの、握る手が熱くなっていった。
強く握り返せば、グルージャを導く少女が
さながら闇夜を突き抜ける流星のように馳せる。
「メテオーラ、あたしも」
「だいじょーぶい! グルージャはそれ、持ってて! 持って、走って!」
メテオーラは小枝を
そして、不意に視界が開ける。
蹴破るようにして扉を開いて転がり込むや、大の字になってメテオーラが倒れた。
急いで扉を閉めると同時に、グルージャは駆け寄り屈み込む。
「馬鹿! メテオーラの馬鹿! 無茶して……あたしも手伝えば、こんな」
「にしし、らーくしょーでーす……だって、グルージャはわたしたちの切り札じゃん? ラミューもリシュも、シャオもいないんだからさ。わたしがグルージャを守らないと」
「でも、こんな」
「ナハハ、軽い軽い……でも、ちょっち疲れたかな。うん……お腹、減ったなあ」
それだけ言うと、ぼんやり天井へとメテオーラは手を伸べる。
その手をグルージャは握ってやったが、握り返してくる力はない。
どんどん冷たくなってゆくメテオーラの手を抱きしめるように、グルージャは薄い胸の上へと引き寄せる。自分の熱を伝えて温めるように手を添えても、メテオーラの手はぴくりとも動かなかった。
「わあ、なんか……あれ、食べたいな。なんだっけ、ほら」
「うん……うん! 食べれるよ、あたしが
「ああ、あれだよ、あれ……ふわとろで、じゅわーって」
「しっかりして、メテオーラ」
外傷は多いが、どれが致命傷だろうか。無数の裂傷に打撲、そして止まらぬ血の流れ。でも、これくらいなら……そう思いつつも、慌てて荷物を詰めたナップサックに薬を探すグルージャ。
震える手の指が上手く動かない。
気付けば視界に涙が滲んで、見るもの全てが輪郭をぼやけさせる。
「あったわ、メテオーラ! この薬を……メテオーラ? ちょっと、ねえ! メテオーラ」
返事は、なかった。
グルージャの手から、メディカの
だが、その瓶が転がって行く先……上への階段と巨大な扉がある広間の奥で、闇の中から声がした。
「うるさいわね、まだ
全く気配を感じなかったのに驚きながら、グルージャは立ち上がって振り向く。
目を凝らせば、その広間には無数の魔物の死体が転がっていた。どれも皆、強撃でなで斬りに蹴散らした痕がある。圧倒的な暴力が積み上げた死体の上に、真っ赤な少女が座っていた。
「あ、あなたは……!」
「そいつはもう用済みよ、そうでしょ? ……ちゃっちゃとやることやんなさいよ、私は
声の主は、女の修羅だ。
半裸の白い肌を返り血で飾って、まるで紅いドレスを着ているよう。
周囲に散らかした自分の鎧を蹴飛ばして、彼女はゆらりと立ち上がった。その手には、まだ白煙を巻き上げる一振りの砲剣がある。乾いた血で赤黒い髪を振り乱し、ナルフリードは……否、ベルフリーデはグルージャの前に歩み出た。
グルージャは今、なすべきことを理解し、熟知していた。
だが、ベルフリーデの放った言葉に頭へと血が上る。
「なんて、言ったの? ねえ! 今、なんて!」
「うるさいわね、黙れって言ったの。静かにしなさいよ。なんか、薬? 持ってきたんでしょ。そこの機械に突っ込むんじゃないの? グズグズしてると蹴っ飛ばすわよ」
「……訂正して。メテオーラは用済みなんかじゃない! 終わってない……まだ、始まってすらいないわ!」
「フン、いっつも不景気な面して黙ってた女が……
そう言ってベルフリーデは、下着姿で肩を
そして、真っ直ぐ
「アホくさ……勝手に殺すなって言ってんの。静かにしてやったら? お友達、寝てるんでしょ?」
「……え?」
「時々いんのよ。集中力と精神力を限界まで使って、糸が切れたように寝ちゃう馬鹿が。そういうのね、起きるとケロッと回復してるのよ? ふざけた体質ったらないわ」
慌ててグルージャは、メテオーラに駆け寄る。
天井を仰いで両手両足を投げ出した彼女は、いびきをかいて寝ていた。その割れてひしゃげた胸当てが上下している。
「メテオーラ……もぉ、馬鹿。絶対馬鹿よ、引っ叩いてやりたいわ。だから……うん、今は寝てて。あたしがあとはなんとかするから」
安堵と共に零れ出た涙を、頬の上でぐいと拭うグルージャ。
立ち上がった彼女は、慌てて放り出してしまったボトルを拾い上げる。その中には、クラッツやクラックス、そしてサーシャと調合した秘薬が入っている。何百年も前の古代人の、それは
振り向けば巨大な扉の前に、古びた機械が鎮座している。
あれにこの薬を投入することで、なにかが起こる。
この魔宮に目覚めた邪悪の権化、恐るべき災厄に対抗できる。そう思ってふらりと立ち上がった、その時だった。側で見ていたベルフリーデが、不意に鼻を鳴らして身構えた。
「そっち、任せていいんでしょ? こっちはこっちで忙しいんだから」
「……そっちこそ、どうなの? その血」
「うっさいわね! これは返り血! まだよ、まだ殺すわ……兄様のために。勘違いしないで、この大地やタルシス、三種の民のことなんてどうでもいいの。私たち、どうせいつかはブリテンに帰るんだし」
「……そう」
「兄様は英雄として凱旋するのよ。だから――」
「でも、その傷で帰れるの? ……すぐに止血しないと」
グルージャの言葉に、ベルフリーデが舌打ちを零す。それは、徐々にこの大広間へと地鳴りが響いてくるのと同時だった。今までとは桁違いの数の、モンスター。大挙して押し寄せる獣の群れは、その全てがこの場所を目指していた。
そして、迎え撃とうとするベルフリーデの身体に、一箇所だけ乾いていない流血。
脇腹から溢れるドス黒い血が、下着姿の彼女を濡らし続けていた。
「ほっといてくれる? 大きなお世話よ。……ほらっ、邪魔! その役立たずもそっちに持ってって! さっさとその訳のわからない機械を動かしなさいよ。時間、稼いだげるから」
グルージャはとりあえずメテオーラを引っ張ってって、機械の前へと横たえる。
同時に、持ってきたボトルを機械へと接続した。吸入口にぴったりのボトル、これも迷宮の暗闇から拾い上げたものだ。そのなかの薬液が、ゆっくりと機械に吸い込まれてゆく。
ガタゴト揺れながら唸る機械の音に交じる、苦しげな呼吸と掠れた声。
「私、さ……私たち、双子だったの。ホントは、兄様と私は二人で生まれる筈だったわ」
「そう」
「でも、まじないの類で双子とわかるや……母様は両方殺そうとしたわ。腹の中で殺してから引きずり出して、
「……そう」
「だから、私と兄様は同時に考えたわ。きっと生存本能ね……そして互いに混じり合い、一人となって生まれた。でも、それって無理なの。無茶なのよ。いつか、どちらかが消えなきゃいけない。わかる?」
「さあ? 知ったことじゃないわ。それで?」
激しい衝撃音と共に、広間に通じる扉がひび割れる。
加勢しようとしたグルージャは、伸べられた血塗れの手で制された。
「あんたの仕事はそっち。機械、見ててよ。私はそういうの、苦手なのよね。ガタピシいうカラクリ細工を見てると、ブン殴りたくなるの。わかるでしょ?」
「凄くね。……ベル、せめて薬を」
だが、肩越しに振り返ったベルフリーデは……不意に笑顔を見せた。
「そう呼ぶの、兄様だけよ。今まで、兄様にしか許さなかったわ。あと、ヴェリオ? うん、あれは兄様に必要な人間だから。でも……あんたもそういう奴だと思ってあげてもいいわ」
「そ、ありがと。じゃあ、お願いね」
「誰に言ってると思ってるの? こちとらブリテンの最強騎士、
でも、とベルフリーデが腰を落として両足で床を踏み締める。
それは、扉が破られるのと同時だった。
「あんたがベルって呼んでくれるなら、許してあげる。友達にもなってあげるわ。……だから、あんたの敵を全部! 全部まとめて! ブチ殺してあげるわっ!」
同時に、広間へと無数のモンスターが雪崩となって押し寄せた。圧倒的な物量に飲み込まれてゆく紅い少女は狂気を孕んだ笑みと共に砲剣の力を解放した。