その青年が見る世界は、
全てがモノクロームに沈む中で、己を支配する
世界樹の迷宮へと連れ込まれ、魔物の仕業に見せかけて殺されるのだ。
最愛の人と友とを奪った秘密結社に、ついに先日復讐を果たした。憎悪の限りを尽くして全てを
復讐で失った者たちは戻ってこないし、なにも得られないと知ったからだ。
「派手にやってくれたなあ? ボウズ……支部が一つ消し飛んだんだ。覚悟できてんだろううなあ? ええ? フォリス・ヴィーニッヒ」
フォリス、それがルナリアの青年の名だ。
まだ18だが、街で葬儀や慰霊の儀式を請け負う若き
だが、そんなフォリスを容赦なく悪漢たちは吊るし上げる。
「へへ、命乞いしてみな? 上手にできたらお情けで
「おいおい、悪趣味なことはよせ」
「兄貴の言う通りだ。さっさと始末してずらかろう。地下一階とはいえ、ここは世界樹の迷宮……なにが起こるかわからないんだ」
フォリスは暗く濁ったジト目で周囲を見渡す。
男の数は五人、皆が武器を
だが、もうフォリスには興味はない。
ただこのまま、愛する者たちの元へとゆくだけだ。
そう思っていたのだが、ふと気がかりがあった。
自分を囲む男たちの向こうに、細い影が立っていた。長身で顔を頭巾とマフラーで覆っている。褐色の肌もあらわな
酷く冷たい
不意に物音がしたのは、そんな時だった。
「マスター! アタシです、ノァンです! 助けに来たですっ!」
誰もが振り向く視線の先に、小さな女の子が現れた。
頭からすっぽりボロ布を被った少女を、フォリスは知っている。ノァンと名乗った彼女は、フォリスと複雑怪奇な縁を結んだ者だ。自分をマスターと呼ぶ彼女こそが、
ノァンは悪漢たちに囲まれたフォリスを見て、あうあうと焦りも
「ようやく見つけたです、マスター! アタシ、あの、酒場がギルドでお金が女の子だったです! えと、かわいい女の子がお金をくれて、それで、えと、んと」
「ああ? なんだこのチンチクリンは」
「おう、ボウズ。ありゃお前のなんだ?」
騒がしくなる男たちの中で、屈強なセリアンが弓を構えた。腰の矢筒から矢を抜き放ち、それをノァンへと向けて狙いを定める。
だが、フォリスは動じず無気力に吊るされたままだ。
無駄だと知ってるからだ。
そのことを知らぬまま、男の弓が
「貰ったお金で、酒場のボウケンシャーに助けてもらおうとしたです! そしたら、ちょうど
ズトン! と矢がノァンの胸に突き立った。
だが、彼女はたどたどしい言葉を並べてそのまま歩み寄ってくる。
悪漢たちの空気が一変した。
セリアンの大男は、二度三度と続けて矢を射る。
全て命中するが、ノァンはゆらゆらと歩いてきた。
矢を射る者の数が増え、ついには少女の眉間を矢が貫く。
「あやや? んと、これは……マスター、大変です! アタシ、攻撃されてるです!」
「な、なんだこの
「まて、様子が変だ……妙だぜ、何故死なない!」
全身に矢を生やしたまま、ノァンは男たちの目の前まで来た。
「マスター、この人たち! マスターと一緒にアタシもナキモノにするつもりです! ナキモノにするつもりがアルモノです! ……アタシ、やっぱり一人でも……マスターを助けるですっ!」
あの日、あの夜……復讐を成し遂げた瞬間にフォリスはノァンに言った。
もう、決して力を使ってはいけないと。
力を使わせた自分に恥じ入り、無垢で無邪気なノァンの純真さが痛々しかったから。
だから、フォリスは己に誓った。
もう、二度とノァンを戦わせまいと。
だが、ずっと言いつけを守ってきたノァンは今、むー! と小さく
男たちが気圧される中、子犬のように凄むノァンが一歩前へと踏み出した。
その瞬間、
「……人が来る。五人、恐らく冒険者だ」
先程の闇狩人が、喋った。
その声で初めて、彼女が女性だとフォリスは気付いた。
だが、少し自信がない。
少年のようにも聞こえたし、少女のようでもあった。そして、そのどちらとも思える身体は異様に細く、肉がほとんどついていない。
ゆらりと幽鬼のように、彼女は手にした鎌を持って歩み出る。
「あっ、ああ! そ、そうだっ、お前が始末しろ!」
「高い金を払ってるんだ、掃除屋! さっさとしな!」
やはり、男たちに金で雇われた者らしい。
だが、その身から
ノァンは包帯から覗く隻眼をぱちくりと瞬かせながら、小首を傾げて動かなかった。
そして、さらなる声が連なり……訪れる者もない迷宮の一角、行き止まりの小部屋が騒がしくなる。現れたのは五人組の冒険者だ。
「あれ? えっと、こんにちは? で、いいのかな……ねえ、ナフム。彼らは――」
「ッ! ちょっと下がってろ、ニカ! ……どう見てもカタギじゃないぜ。それに」
「あーっ! あの子、さっきボクがお財布あげた子だよ! ほらっ!」
やけに色白な優男の屍術師に、不敵な面構えの
どうやら彼らは、まっとうな冒険者らしい。
おおかた、アルカディア評議会から冒険者の試験を言い渡されたのだろう。
だが、それもどうでもいいことだった。
同時に、少しホッとしている。
こちらを見てしきりに瞬きしている同業者は、酷く頼りないが不思議と気が許せる雰囲気だった。ルナリアには珍しく、フォリスはアースランの街で育ち暮らした男だ。人となりは少し見ればわかるし、わかる以上に感じるものが目の前の屍術師にはあった。
彼なら、ノァンを助けてくれるかもしれない。
そう思えたら不思議と、安心した。
死ぬ覚悟ができたし、ずっと前から諦めていた自分にも踏ん切りがついた。
だが、フォリスのささやかな望みを、無慈悲な裁断者が千切って斬り裂く。
「冒険者よ、なにも言わずに去れ。……このようになりたくなくばな」
闇狩人の少女が大鎌を振るった。空気を断ち割る一閃が突き抜け、遅れて吹き荒れた風が
そして、フォリスの目の前で……ぱたりとノァンが倒れた。
その首が、ころりと地面に転がっているのを見て、初めてフォリスは絶叫を張り上げた。