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 黄金の鎧を(まと)った、謎の竜騎兵(ドラグーン)……エクレール。
 先日、レヴィールは間一髪のところでその人物に助けられた。一緒だったラチェルタとマキシアも一緒だ。
 だが、心当たりはない。
 それなのに、眼帯姿(がんたいすがた)のあの女性を知ってるような気がするのだ。
 彼女はエクレールと名乗り、一撃で見据(みす)える捕食者(ほしょくしゃ)(ほふ)った。

「うーん、誰だろう……どこかで、絶対会ったことがある(はず)よね」

 腕組みレヴィールは首を(かし)げる。
 ここは第二階層『奇岩ノ山道(キガンノサンドウ)』、その丁度中程。
 先を歩くラチェルタとマキシアは、前回のことで懲りたのか、嫌に慎重である。だが、真面目で素直な二人がレヴィールは好きだった。
 背後を歩くニカノールとコロスケも、心なしか表情が柔らかい。
 地図を任されたレヴィールは、生来の生真面目(きまじめ)さでメモを(おこた)らずに歩いた。

「でも何かしら……このフロア。『戦うために生まれし巨獣(きょじゅう)』って名前、気になるわ」
「どうしたんだい? レヴィ」
「あっ、ニカさん。ここ、ちょっと変じゃないですか? あそこにほら、扉があるだけで」
「一本道だったね。あっちはセリクが露天(ろてん)を広げてたとこで行き止まりだし」

 コロスケもレヴィールが広げる地図を広げて「ふむ、左様(さよう)」と(うな)る。
 だが、先を歩くラチェルタとマキシアは……慎重に慎重を重ねて用心深いが、やっぱりいつものお気楽チェルマキコンビなのだった。

「マキちゃん隊長! 第一扉(だいいちとびら)、はっけーん!」
「よーし、チェル隊員。後続はどうなっておるか、ほうこーく!」
「はいっ、隊長っ! ……レヴィがなんか、怖い顔してまーす!」
「むむむ、確かに……よしっ、しからば扉の向こうへ退避、退避ーっ!」

 ばたばたと二人は、扉の向こうへと消えてしまった。
 地図を見ても、そこから先に進む以外に道はない。
 やれやれとレヴィールは、苦笑するニカノールやコロスケと一緒にあとを追った。
 ラチェルタとマキシアとは、小さい頃からの腐れ縁である。
 レヴィールはネの国の辺境、小さな領地を治める貴族の生まれだ。だが、祖父母も両親も冒険者で、その冒険仲間達の住む街へと旅することも多かった。特に、大陸奥深くの風吹く街、タルシスで幼少期の半分を過ごした。
 そこで一緒に遊んで仲良くなったのが、ラチェルタとマキシアなのだ。
 小さい頃からラチェルタは行動力がズバ抜けて高く、マキシアは今と違って引っ込み思案で内気ないじめられっ子だったのである。
 その話をしたら、ニカノールとコロスケは少し(おどろ)いたようだった。

「へえ、チェルはともかく、マキは小さい頃はそうだったんだ」
「ええ。それで本ばっかり読んでて……少し(こじ)らせたんだわ、きっと」
「ふむ……マキ殿は確かに難儀な(からだ)、されど気することもありますまい。古来より半陰陽(はんいんよう)の者達の伝承は、枚挙(まいきょ)(いとま)がござらん。それに今、マキ殿はすこぶる健やか……問題ござらんよ」

 口々にそう言い合って、扉を開いた。
 そして、三人は一緒に言葉を失う。
 三者三様(さんしゃさんよう)に驚きのまま、固まってしまった。
 唯一残された空白地への扉……その向こうには、荒涼(こうりょう)たる大地がどこまでも広がっている。向こう側の壁は、微かに砂埃(すなぼこり)の向こうに(けむ)って見えた。

「えっと……ここ、世界樹の中、よね?」
「う、うん、そうだよレヴィ……え? あ、あれ?」
「ふむ、まやかしの術が働いた形跡もござらん。つまり……見たままにこの景色が世界樹の中に収まっているのでござろう」

 冷静なコロスケも、ぐいと手の甲で汗を(ぬぐ)っている。
 完璧に距離感を失う、どこまでも続く巨大な大広間。空は晴れ渡り、開放的な土地だ。とても、世界樹の迷宮の内部とは思えない。
 地図を見ると、どうやらこのフロアは大半をこの空間が占めているようだ。

「あら? そういえばチェルとマキがいないわ」
「どこいったんだろ……ま、まさか。きっと、冒険だね、隊長ー! そうだぞチェル隊員! って……ノリノリでこの先へ」

 ニカノールのモノマネはあまり似てなかった。
 なのに、レヴィールの脳裏には二人の笑顔がありありと浮かぶ。
 駄目だ、完璧にそのパターンだ。
 幸いなのは、周囲にモンスターの気配が全くないことである。そう、見渡す限りの静寂(せいじゃく)が広がっている。そのどこにも、生き物の息遣いが感じられない。
 それは、危険な魔物がひしめく迷宮(ダンジョン)の中では、異例とも思えた。

「えっと、とりあえず二人を探しましょう。それに……周囲の警戒を。左右をニカさんとコロスケさんでお願いします」
「ほう、レヴィ殿……失礼ながら、若くして随分と落ち着いているでござるな」

 感心するコロスケに、レヴィールは「そ、そうかしら!」と有頂天(うちょうてん)で歩き出す。
 道中、彼女は自分の生まれと育ち、そして(なつ)かしい祖母との記憶を語った。

「私、5歳くらいまで祖母に勉強と剣、あとは礼儀作法を習ってました」
「ふむ、ではその方のよき(みちび)きがあったのでござるな」
「よくは覚えてないけど、とても厳しい人だったと思います。ただ……いつも私を抱き上げ、一緒にいろんな景色を見たような……そんな気がします。ふふ、祖父母は引退したのをいいことに、冒険者家業まっしぐらになっちゃって」

 ――エトリアの聖騎士(せいきし)
 それが祖母の名を世界中に知らしめた世界樹の伝説だ。エトリアという小さな街にあった世界樹の迷宮を、祖母は仲間達と踏破した。そして、唯一世界樹の秘密を知る者として帰還し、その全てを語らなかったという。
 その冒険の中で結ばれたのが、祖父だ。
 祖父もまた、氷雷(オーロラ)錬金術師(あるけみすと)の異名を取る凄腕冒険者だった。

「で、祖母の冒険仲間の娘が、チェルとマキで――」
「しっ! 待って、レヴィール。……何か聴こえない?」

 一番最初に気付いたのは、ニカノールだ。彼はルナリアの長い耳を僅かにピクリと震わせた。耳を澄ませば、確かに地鳴りのような音が近付いてくる。
 すかさずコロスケは(kが)むと身を()せ、(けもの)のような耳を地面へ当てる。

「距離にして2,000……1,800! 大質量の何かが近付いて来申(きもう)す」

 驚きに緊張感を漲らせて、抜刀の構えでコロスケは立ち上がった。
 そして、はるか向こうから土煙(つちけむり)が近付いてくる。
 よく目をこらせば、必死の形相でシュバババと走ってくるのは、ラチェルタとマキシアだ。二人共、女の子がしてはいけないような顔で全力疾走である。

「マキたいちょおおおおおおお! これなに? なんなの、なんなのおおおおおお!」
「いいから走れっ、チェル! こいつはやべえええええっ! あ、みんな! にげろおおおお!」

 二人の背後に、巨大な影が浮かび上がった。
 ラチェルタとマキシアを追いかける足音が、地響きと共に聴こえてくる。
 それは(ぞう)、巨象だ。


 山のように巨大な象が、二人を追いかけ突進してくる。その大きさは、まるで動く城だ。
 この時初めて、レヴィールは理解した。
 誰が呼んだか、このフロアの名は…… () () () () () () () () () ()
 その巨獣とはまさしく、()(すさ)ぶあの巨象のことだ。

「逃げよう、レヴィ! コロスケ、戦闘は回避するよ、行こう!」
委細承知(いさいしょうち)!」

 問答無用で近付く巨象と、目の前を通り過ぎて全力ダッシュのチェルマキコンビ。その背を追って、仲間達とレヴィールは走り出した。
 ふと、脳裏を在りし日の祖母の言葉が過る。

『時には騎士も全力逃走(ぜんりょくとうそう)よん? ねえ、レヴィ……死んだらお終いだわ。そうじゃなくて?』

 優美に笑う祖母の記憶はおぼろげだが、とても若々しい人だった。だが、歳のことを聞くといつも特訓を追加されたのを覚えている。レヴィールの家系は母も若く見えるので、そういうもんだと思っていたのだ。
 そんなことを思い出しながら、どうにか全員で扉の向こうへと逃げ帰る。
 この危険な巨獣の名は、オリファント。遠くキンメリア地方で軍事用に生まれたのだという。太古の(いくさ)で大地を震撼(しんかん)させたその力が、冒険者達の行く手を(ふさ)ぐのだった。

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