アルカディア評議会から、ミッションが発動された。
古の時代から蘇りし、巨象オリファントの突破……戦って倒す必要はないし、そんな
蛮勇を試すことは愚策だ。ただ、その巨躯によって
塞がれた道を、こじ開けなければならない。
早速ネヴァモアとトライマーチは、協力して準備を始めた。
できることは少ないかもしれない。
だが、それをやらなければ後悔してしまう。
そして、後悔という贅沢は生き残った者の特権だ。それすら、恐るべき巨獣の前では難しい。だから、ベストを尽くすのだ。
「いいかい、みんな……確認するよ?」
ニカノールは巨大なサバンナにも似た大広間の前で、仲間を振り返る。
今日はナフムとフリーデル、そしてまきりとキリールが一緒だ。オフェンスもディフェンスもバランスがよく、どんな状況にも対応できる布陣である。
皆、真剣な表情でニカノールの言葉に
頷いてくれた。
「まず、みんなでオリファントを引きつける。そして、連れたまま逃げるんだ。奴をあの、陣取ってる場所からどかす。地図を見てみて、みんな」
ニカノールが広げる地図を皆で囲んで見詰める。
「この大広間は、中央に大きな岩盤が山になってる。この周囲をぐるりと回って、オリファントを連れたまま……奴がいた場所へ向かうんだ」
「へっ、上等だぜ。でもよ、ニカ……その先に扉がなかったら? 進む先がなかったら」
「それはないよ、ナフム。でも、もしそうなら今日はそこまで。全員でアリアドネの糸で離脱する。無駄な戦いは避けるべきだし、伝説が本当なら戦いにすらならないよ」
遙かなる昔、
暴王と呼ばれる覇者がいた。彼は世界樹を我が物にせんと
企み、アルカディアの全てを敵に回して戦争を起こしたのだ。その時、暴王の軍勢が使役したのがオリファントである。その力は一軍に匹敵し、全てを踏み潰して粉砕する。
今はおとぎ話になってしまった、太古の時代だ。
だが、ニカノール達にとっては今、この瞬間の脅威である。
「よし、行こう。まきり、最後尾をお願いするよ。誰か脱落しそうになったら」
「任せてもらおうか、ニカ!
殿は武門の
誉、わっはっは! わたしに任せておけい!」
「キリールも無理しないでね。いざというとき、君の
癒やしの力が役立つから」
「わかりました、ニカさん。精一杯務めさせていただきますね」
そして、戦いが始まった。
剣を抜かず、銃を撃たない戦いが。
ニカノールは自分の体力を温存するため、
死霊を召喚していない。皆で大広間に入るなり、まずはオリファントの巣を目指した。
遠くからでもはっきりと見える、岩山のような巨体が近付いてくる。
だが、予想だにせぬ光景がそこには広がっていた。
「あ、あれ? 何だろ……大きな装置が。機械?」
「おいおい、フレッド。ありゃ何だ?」
「大砲、それも
攻城砲クラスだね。……まさか、アレでオリファントを!?」
思わずナフムが「どこの馬鹿だ」と目を丸くし、すかさずナフムが「君じゃない馬鹿、それも大馬鹿者だね」と笑う。それだけの余裕があったと思いたかったが、逆だ。ニカ達はイレギュラーな存在に、綿密な計画を
御破算にされてしまったのだ。
だからもう、笑うしかない。
そして、巨砲の近くには一人の女性が立っていた。
エメラルドのような
艶めく長髪の、若い女だ。
少女とさえ言える人物は、大きな声で叫んだ。
「さあっ、怪物オリファント! 私の開発した、このっ! ニューアームストロングタイフーンロケットアームストロング砲の威力を……思い知りなさいっ!」
ニカは目の前が真っ暗になった。
黒光りする巨大な大砲が、どれだけの威力があるかはわからない。
だが、絶対にオリファントには通じないという、妙な確信だけははっきりしていた。
嗚呼それなのに、それなのに……コートを着込んだ少女は、ガチャン! と大砲のレバーを倒した。
そして、砲弾が飛び出る……かに、思えた。
「おい、行くぞフレッド! 走れ!」
「まきり、君はニカ達を頼むよ。俺とナフムで彼女を連れてくる。多分、今なら間に合う!」
咄嗟に走り出した二人の向こうで……巨大な砲身が震え出した。
だが、砲口が火を噴く気配はない。
よく見れば、大砲の基部が酷く複雑な歯車とピストンで構成されていた。機械仕掛けなのだが、それがまたじれったくなるような音を立てながら
ゆ
っ
く
り
砲
弾
を
詰
め
よ
う
と
し
て
い
る
。そう、まだ
導火線に着火すらしていないのだ。
「いいわ、いいわよ! 私の作った
全自動装填装置は完璧。
あ
と
5
分
後
にはオリファントは
木っ
端微塵ね! やっぱり私、天才……大天才だわっ!」
「おいっ、ネーチャン! 悪ぃ、
堪忍しろな!」
「失礼、レディ……って歳でもないかな? ごめんね、お
嬢ちゃん」
ヒョイとフリーデルが少女を小脇に抱える。
ナフムは、抜き放った銃を大砲の根本に全弾ブチ込んだ。バチバチと火花が飛び散り、大砲がガタピシと沈黙する。
同時に、オリファントの眼光が三人を、そしてそれを見守るニカノールを
捉えた。
激震が走る。
大地を
轟かせて、オリファントが走り出した。
「ずらかるぜ、フレッド!」
「ああ、ナフム! 急ごう。……ん、待てよ? あの岩……あそこ、地形的にもろい
筈だな」
「ちょ、ちょっと! 誰がお嬢ちゃんですって!? 離して、私のニューアームストロングタイフーン……ええと、何だったかしら。そう、とにかく私のアームストロング砲がっ!」
走る三人がどんどん追いついてくる。
その背に、オリファントが爆走で迫る。
フリーデルが叫んでる声を拾って、ニカノールはすかさずまきりを見上げた。
「まきり、ナフムがあそこの岩を! あの岩を崩してほしいって!」
「心得たっ! キリール、落ちるなよ……破ッ!」
加速するまきりが剣を抜いた。もう片方の手には、
既にキリールがしがみついている。大人と子供程も体格差のある中で、まきりはフリーデルが指差した岩を払い抜けた。
光の筋が走って、グラリと巨岩が傾く。
その下をニカノールは、全員が通過するのを確認してからすり抜けた。
同時に岩が道を塞ぐ。
さしものオリファントも、山と積まれた岩の壁は乗り越えられないらしい。そして初めて、ニカノール達に巨体
故の弱点をさらす。
「見て、ナフム。フレッドも。オリファントは、真っ直ぐ走るのは速くても……身体の向きを急には変えられないみたいだ」
「ああ、そうみたいだね。岩を
迂回しようとしてるけど、小回りがまったく、痛ッ! 全然小回りがきかない、グホッ! なあ、お嬢ちゃん……ぶつにしてもグーはないだろう? 俺は君を助けたんだが」
「降ろしなさいよ、こらっ! ……どこ
掴んでるのよ」
全力疾走するフリーデルは、少女の胸を鷲掴みにしていた。
もっとも、掴むほどはないまっ平らな胸だったが。
「ああ、済まない。凄い
平ら過ぎて気付かなかった。ありがとう」
「ありがとう、って何よ! それより、平らって言ったわね!」
やかましい少女を抱えたまま、顔色も変えずにフリーデルは走る。ニカノールもどうにか全員が無事でホッとした。
なお、中央の巨大な岩盤を折り返しつつ、障害物を利用してオリファントを引き離すと……その巣の奥に扉が見つかった。そして、少女の運び込んだニューアームストロングタイフーンロケットアームストロング砲は……オリファントによって一撃で
鉄屑になった姿を大地に
晒していたのだった。