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 停滞していた世界樹の探索が、再び動き出した。
 ニカノール達が、巨象(きょぞう)オリファントの奥にある扉の先へ進んだからである。今では隠された小道も開通し、オリファントに追い回されずとも先に進めるようになっていた。
 だが、そこから先はさらなる激戦が冒険者を待ち受けている。
 自然と誰もが興奮を隠しきれぬ中、頭の痛い思いをしている男がいた。
 トライマーチの屍術士(ネクロマンサー)フォリスである。

「えっと、あの……なんていうか、俺はギルドマスターでも何でもなくて」

 ぼんやりとジト目を向ける先で、一人の少女がふんぞり返っている。
 ここはジェネッタの宿、その食堂だ。
 今はうららかな昼下がりで、周囲に人影はまばらだ。それでも、同じテーブルにはノァンとワシリーサがいてくれる。もっとも、この二人が頼れないことはフォリスも重々承知だ。だが、ギルドマスターのコッペペが逃げてしまったので、仕方がない。
 ギルドへの加入希望者へと向かって、渋々フォリスは言葉を選ぶ。

「じゃあ、まあ……どうしてうちを?」
「決まってるわ! 手っ取り早いからよ!」
「それは……」
「世界樹の迷宮は、奥へ登れば登るほど希少な素材が見つかるわ。それはきっと、私の研究に役立つに違いないの。だから、迷ったけどこっちにしてあげたわ!」

 この少女は、実は少女という歳でもないのだが……どこかあどけない童顔(どうがん)は幼く見える。それでいて考えも幼稚なのだが、自尊心(プライド)ばかりは人一倍である。勝ち気な瞳を大きく輝かせて、美貌もどこかお転婆(てんば)な御嬢様を思わせた。
 名は、シシステル・ケスレム・ドゥエ・ハッシャ。
 驚くなかれ、若干23歳の若さで辺境伯爵様(へんきょうはくしゃくさま)だ。
 世にも珍しいハーフルナリアらしく、ずっと髪型で耳を隠している。

「こっちにしてあげた、とは」
「もう、じれったいわね! ネヴァモアにしようかと思ったけど、何? 人を子供扱いして」
「や、子供に見えなくもない、けど」
「見ただけじゃないわ、触ったのよ! 鷲掴(わしづか)みよ! なのに、それなのに」
「はあ」

 ちらりと視線を逃して、助け舟を期待してみる。
 だが、ワシリーサはニコニコと二人のお茶を取り替えてくれるだけだ。そして、さっきからノァンは夢中で大きな()しパンにかじりついている。基本的にワシリーサは礼儀正しく気丈で健気だが、世間知らずな御嬢様でしかない。そして、そんな彼女に最近甘やかされてるノァンは、お菓子の前では五歳児程度でしかないのだ。
 溜息(ためいき)(こぼ)して、熱い茶に口をつけるフォリス。

「まあ、うちには魔導師(ワーロック)がいないから助かる、けど」

 手早く(まと)めたメモを読み直して、だんだん頭が痛くなってくるフォリスだった。
 この小一時間、全くと言っていいほど有益な情報がない。そもそも、名前が長いのでシシスと呼ぶこととか、宿に居室と別に研究室が欲しいだとか、要求されてばかりだ。
 ニカノールの話によれば、彼女はとんでもない人間らしい。
 あの怪物オリファントに、自前の攻城砲(こうじょうほう)で戦いを挑んだとか。
 それだけでも目眩(めまい)がしてくるのだが、改めて話を聞くとシシスは瞳をキラキラと輝かせる。どうやら彼女は、装置の研究や発明が大好きらしい。

「よく気付いたわね! ()めてあげるわ! そもそも、私の開発した砲弾の全自動装填装置によって、一人でも巨大な大砲を運用することが可能なのよ!」
「……魔導師の腕とかは」
「関係ないわ! ……そ、そりゃ、私だって魔法くらい使えるけど。でも、いつかは科学の時代が来るのよ。その時、私の研究する錬金術(れんきんじゅつ)は必ず役に立つわ!」
「……今は、どう? 今日明日(きょうあす)、この冒険の最中は」
「どうかしらね! でも、仮にも私を雇い入れるのだから、大局を見る目を持ってほしいわ! ……ま、まあ、人並み程度になら魔法と、銃と、ええ、そう、大丈夫よ」

 何で大事なことは小声になるのだろうか。
 フォリスが頭を抱えたくなった、その時だった。
 本当に頭を抱える自体が向こうからやってくる。
 その男の登場は、まさに突然。
 颯爽(さっそう)と現れ、全ての空気を自分の色で染め上げた。

「フッ、気鋭(きえい)の絶好調ギルド、トライマーチの常宿(じょうやど)はここだね? ああ、わかってる、言わないでくれたまえ…… () () () () () () () () () () 。常に、ね。俺様の名はナルシャーダ……さあ、歌おうか! 伝説が始まるこの瞬間を!」

 突然、冒険者ギルドからの紹介状を持った美丈夫(イケメン)が現れた。
 周囲をキラキラさせたルナリアの優男(やさおとこ)で、整い過ぎた目鼻立ちはなるほど美男子だ。それも、御婦人が見ればうっとりするような耽美(たんび)な美青年である。
 彼は胸に片手を当てて、豊かな声量で本当に歌い出した。

「ああ、かぐわしその名、そーのー名ぁぁぁー! はっ! ナル、ナルナルー、ナールシャーダァァァァ、アッー! ……ふう、以後お見知りおきを。ん? おお……おお!」

 勝手に法悦(ほうえつ)の表情を浮かべた男は、ナルシャーダという名らしい。
 彼は笑顔で固まるワシリーサを見て、一層(まぶ)しくキラキラと輝き出した。すぐにフォリスとシシスを無視して、そっとワシリーサの小さな手に手を重ねる。
 そして、再び三文(さんもん)オペラを勝手に再会しだした。

「おーおー、なんてことだろぉぉぉ、うっ! ああ、ああ神よ(セリフ)どうしてこんな美しい女性を俺様の前に(セリフ)落ちしまう、恋に! こーいー、それは愛へ変わる一瞬ー、そして永遠のー、こーいーっ!」

 ワシリーサは呆気(あっけ)に取られていた。


 あまりにも予想外のことで、(まばた)きを繰り返すばかりだ。
 やれやれとフォリスは、とりあえず友人のニカノールのためにも咳払(せきばら)いを一つ。常々周囲に彼が頼んでいるように、ワシリーサを守ることを選択する。
 そう、これは絵に描いたような悪い虫、それも(たち)の悪い虫である。

「ノァン、そっと頼む。これは、あー、うん……悪い虫だ」
「はいなのです! ワーシャはニカのお嫁さんなのです……めっ! です!」

 ノァンが立ち上がって、ナルシャーダの(ひたい)にデコピンを食らわせた。
 ドン! という指から発したとは思えぬ音と共に、ナルシャーダの上体が大きくのけぞる。ガクガクいいながらも、それでも彼はワシリーサを手放さなかった。
 はたと我に返ったワシリーサが、心配そうに椅子を()る。

「あの、ナルシャーダ様? 大丈夫でしょうか……ノァン様は少し力持ちですもの」
「ふっ、何のこれしき……それより、美しいお嬢さん。お名前を」
「わたくしはワシリーサと申します。ワーシャと呼んでくださいな」
「美しい名だ……美しいアンド美しい、イン・ザ・美しい、ウィズ美しい! ありがとう……そして、ありがとう! さあ、行こうかワーシャ……俺様の () () () () () () () () () () () () () ……さあ、んごっ!」

 フォリスが見かねてどうにかしようと思った、その時だった。
 散々無視され勝手に話を進められてたシシスが、思いっきりナルシャーダの脚を踏みつけた。そのままグリグリと踏みにじりながら、小柄な彼女は声を(とが)らせる。

「ちょっと! トライマーチの魔導師は私一人で十分よ。あとから来といて生意気だわ……しかも、花嫁達の一人? 複数の中の一人ですって? レディに失礼じゃない!」
「おお……かわいらしいおチビちゃん。これはそう、男の甲斐性(かいしょう)……そーうー、かいしょ、ぅおー! ルルルー♪」
「いちいち歌うんじゃないわよ。それに、おチビちゃんですって?」
「そうとも、未来のレディ。君もあと十年もすれば、俺様の立派なハーレムに、んぎゃう!」

 再度シシスが、ドスン! とナルシャーダの脚を踏む。
 少し落ち着いてから話を聞けば、どうやらナルシャーダもトライマーチへの加入を希望しているらしい。何でも、俺様のハーレム伝説を始めるのには、ギルド名がとっても語呂(ごろ)がいいのだとか。道端の占師(うらないし)に見てもらったとか抜かすのである。
 フォリスは頭が痛くなって、思わず顔がフラットになる。
 だが、そんな彼に構わずナルシャーダとシシスは言いたい放題だ。
 結局二人ともトライマーチで面倒を見ることになったのだが……これが後に言う、世界樹のグレイトフル馬鹿<Zブンと呼ばれる七人の伝説の始まりだった。
 自分がその一人にカウントされるとは、夢にも思わぬフォリスだった。

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