若き冒険者達によって、第二階層『
奇岩ノ山道』は
踏破された。
だが、その先に広がる第三階層は、アイオリスの街の人間取っ手は予想外の場所だった。そして、同時に無縁ではいられない土地でもある。
「へえ、それじゃあ第三階層は『
晦冥ノ墓所』ってんのか、それってつまり」
「カイメー! ナフム、カイメーってなんですか? アタシ、初めて聞きます!」
「んー、今からニカが説明すっからよ。ほれノァン、カニが
剥けたから食え」
「わぁ、ありがとです! ナフムもカニも大好きなのです!」
ニカノールは、手の開いてる仲間達と昼食を取りつつ、打ち合わせの真っ最中だった。真っ昼間でも、
魔女の
黄昏亭は客で混雑している。めいめいに酒を飲み、情報を交換しながら料理に
舌鼓を打っていた。
かくいうニカノール達も、七人でカニを食べている。
ニカノールの他には、回復したフォリスとノァン、ナフムとフリーデルの兄弟。そして、魔獣ヒポグリフと直接戦ったコロスケとナルシャーダだ。
ニカもカニをほじくりながら、言葉を続ける。
「まあ、よかったよ。チェルもマキも、
勿論レヴィも無事で。そして、生きて帰るってことも、とても大事だよ。ある意味では、生還が一番の勝利さ」
「へえ、ニカ。言うようになったね。もっともらしく聞こえるし、俺も同意見だ」
「まあね、フレッド。ギルドマスターなんだもの、僕もしっかりしなくちゃ」
フリーデルにビールを注がれて、ニカノールは二杯目に口をつける。
その間もずっと、皆はテーブルの中央に山と積まれたカニを食べ続けていた。
そんな中で、立派なハサミを手に、それをナフムが指差すように向けてくる。
「で、だ……アルカディア評議会はなんつってんだ? レムスに今朝、会ってきたろ?」
「うん、それなんだけど……驚かないでね、ナフム。みんなも。第三階層の
古戦場、あれは……伝説の
暴王の時代、大戦が行われた場所だっていうんだ」
――暴王。
それは、かつてアルカディア全土を恐怖に
陥れた恐るべき覇者の名だ。またたくまにアルカディアの大半を手中に収め、屈強な大軍団を率いて戦争のために戦争を起こした。そして、
彼の王は最後には……世界樹の神秘をも手にしようと目論んだのだ。
「それで、暴王の世界支配を阻止する勢力が、四つの種族全ての協力をとりつけ
抗ったんだ。だよね、コロスケ」
「
左様。アースランを中心に、武勇のセリアン、知略のルナリア、そして機転のブラニーが手に手を取ったのでござる。それ以降、今まで離れて反目しあっていた四種族は、暴王を退けた戦後も、こうして交流を持つようになった……それが、今のアイオリスの街なのでござる」
コロスケは器用に専用のフォークでカニの脚をほじっている。
その横で、突然立ち上がったのはナルシャーダだ。彼はまた、胸に手を当て歌うように
朗々と語り出す。
「暴王の死後、人々は世界樹が再び圧制者の標的にならぬよう……封印した。それが、おお! おーおー♪ 我らがルナリアのー、賢人ー!
人形遣いのー、いちもぉぉぉぉん!」
「わ、わかった、わかったよナル。とりあえず座って」
「ふむ、そうだな……俺様が酒場の御婦人達を魅了するのも、これは罪というもの」
「いや、ごめん。普通に恥ずかしいから」
「……照れるな、ニカ。お前もまた、俺様に並ぶ美の持ち主……そうか、俺への感動に震える自分を恥ずかしく思うのか。
殊勝な心がけだな」
放っておこう。
そして、話を進めよう。
ナルシャーダの言う通り、大昔に大戦があって、暴王は四つの種族から選りすぐられた勇者によって倒された。そして、世界樹はその古戦場をも飲み込み成長を続けたのだ。そして、入り口にはルナリアの人形遣いが封印をほどこした。
無数のゴーレムが守護する、第一階層『
鎮守ノ樹海』である。
こうして、つい先日まで世界樹は
禁忌の地として閉ざされていたのだ。
アルカディア評議会が探索を許可した理由の一つが、まさにこの第三階層なのである。いまだ暴王の時代は歴史の空白も多く、謎は残されている。それを世界樹の探索で解き明かし、四種族共有の事実としてつまびらかにしたいのだ。
「で……僕等にとっても謎は残る。まず、例の騎士……エクレールというのは何者だい? 誰も知らないみたいだけど、悪い人じゃなさそうだ」
「加えて言えば、結構なべっぴんさんだ。とうが立ったというには、ちょいと綺麗過ぎる年増美人だねえ」
「腕も立つ……恐らく、俺達より強いぜ? 今の俺達よりは、ずっとな」
時々ニカノール達のネヴァモア、そしてトライマーチ……二つのギルドを助けてくれる謎の
竜騎兵エクレール。その正体もまた、謎の一つだ。
だが、少なくとも敵ではないらしい。
ただのおせっかいなベテランなのか、それとも……?
なんにせよ、ニカノール達は今は迷宮の探索を続けるしかない。
「で、提案なんだけど……みんな、いいかな?」
ニカノールは周囲を見渡し、静かに言い放つ。
「アルカディア評議会のレムスからも許可を得た。みんなには
達人級の冒険者として、二つ名の習得をしてほしい。評議会公認のベテランには、新たに伝授される技もあるらしいよ」
次の瞬間、ナフムが椅子を蹴った。
彼はカニを甲羅ごとバリバリ食べながら、身を乗り出して目を輝かせる。
「おうっ! 待ってたぜ、ニカ!」
「そ、そうなの?」
「あったりめえよ! 評議会だけが認めた、特別な冒険者……その話は以前から小耳に挟んでんぜ。俺ぁ、この日のためにマキとあれこれ考えておいたからな! みんなの二つ名も、バッチシ選りすぐっておいたぜ!」
「ええと、ど、どうも?」
何故か礼が疑問形になった。
だが、高笑いのナフムは気にした様子がない。
そして、無駄に華美で
耽美、勇壮で格式張った単語を並べ出した。
少し
目眩がしてきた、その時だった。
不意に背後で、声がしたのである。
「へぇ、あんた等あれか? 達人級の冒険者なのか……それも、七人も? やるじゃねえか」
振り向くと、そこには長身のネクロマンサーが立っていた。
無頼を気取った印象だが、その実
佇まいは妙な気品がある。ニカノールの視線に不敵に笑って、彼はドン! とテーブルに手を突いた。
背後には、白い顔をしたメイド服姿の少女が立っている。
どこか、雰囲気がノァンに似ていた。
体つきから身長、顔立ちとなにもかもが違うのに、だ。
そして、当のノァンはカニを食べるのも忘れて表情を
強張らせている。彼女もどうやら、奇妙な二人組になにかを感じ取っているようだ。
「よぉ、お坊ちゃん。あんたがギルドマスターだな?」
「貴方様もクドラク家のお坊ちゃんですが……イオン若様」
「うるせぇ、ミサキ。そりゃいいっこナシだ。なあ、お坊ちゃん。どうなんだ?」
クドラク家……アルカディアでも新鋭の中堅企業だ。
冠婚葬祭を中心に、
屍術師のための仕事を仲介したり派遣したりしている。人使いは荒いが報酬も評価も公明正大なので、人気があると以前フォリスが言っていた。
そのクドラク家のお坊ちゃんは、コシチェイ家のお坊ちゃんに顔を近付けた。
「頼みがあんだよ。俺とこいつ……ミサキを、仲間にしちゃくれねえか? なに、悪い話じゃないぜ……それに、例の『晦冥ノ墓所』についちゃあ、少しばかり有益な情報を持っているつもりだが?」
イオンはニヤリと笑った。
そこに悪意も害意も、
勿論嘘も感じられない。
こういう時にニカノールは、自分の直感と判断力が大事だと学んでいる。そして、テーブルの面々が
頷くので、具体的にイオンをギルドに加入させる話を始めるべく、椅子を勧めるのだった。