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 冒険者達の間に、それは密やかに広がっていった。
 達成された偉業の熱狂も、次第にその輝きを失ってゆく。
 第三階層『晦冥ノ墓所(カイメイノボショ)』の探索は、完全に行き詰まってしまったのだ。地図が完成しつつあったが、それをアルカディア評議会に届け出る者はいなかった。
 まだ、次なる階層への上り階段が見つかっていないのだ。
 武芸者(マスラオ)のまきりもまた、仲間達と今日も迷宮を彷徨(さまよ)っていた。

「――っ、せぇい! はぁ! ……ふんっ、すぅ……はいだらぁぁぁぁぁ!」

 裂帛(れっぱく)の気合を叫ぶ声と共に、斬撃が風の刃を無数に放つ。
 雌雄一対(しゆういっつい)の太刀を手に、まきりは次々と不死の化物達を(ほふ)っていった。武家の長女として、日々鍛錬を欠かさぬ文武両道の才女、それがまきりである。家事育児の(たぐい)も人並み以上で、家に嫡子(ちゃくし)たる男児が生まれなかったため、その全てに磨きがかかっていた。
 誰もが器量よしの才媛と認めてくれる。
 だが、まきりは器も身体も大き過ぎたのだ。

「よしっ、これにて(りょう)! ……ふむ、手応えがないな。わっはっは!」

 その場にガラガラと崩れて、骸骨(がいこつ)の魔物が動かなくなる。
 あとは、使える戦利品や素材などを拾ったら移動だ。即座に周囲を警戒し、安全が確保されたことを確認する。同時に、仲間達の無事も自然と知れた。
 すぐに働き出したのは、新入り香草師(ハーバリスト)のチコリである。

「みなさんっ、怪我はありませんか? 裂傷や打撲は、小さなものでもあとから悪化することがありますので!」

 戦闘中は震えて(すく)んだり、虚無に満ちたフラットな表情で香草を()んだりしているが……チコリは戦闘後にはいつも自分の仕事を思い出してくれる。自分をブラニーだと思い込んでる少女は、今やネヴァモアの貴重な回復要因として大活躍していた。
 そして、日々(たくま)しさを増しているのは彼女だけではない。
 先程も魔法で援護してくれた少女が、一生懸命駆け寄ってくる。

「まきり様、お怪我はありませんか? わたし、上手くお手伝いできてるでしょうか」

 自分を見上げてくるワシリーサは、以前よりずっと積極的だ。自ら進んで魔法の鍛錬をこなし、同時にあずさやまきりから針仕事や料理を習っている。
 ここ数日で、彼女は本当の冒険者として少しずつ成長していた。
 なにより、成長したいと願う彼女の熱意がまきりは嬉しかった。

「なに、わたしは大丈夫だ。それと、さっきの魔法はよかったぞ! うんうん、やはりワーシャはやればできる子だな!」
「そんな……ただ、最近はフレッド様やナル様が色々と手ほどきを。ワーシャは前より少し、魔力をコントロールできるようになった気がします」
「そうだな、凄く助かってるぞ」
「あっ、ありがとうございますっ! じゃあ、ワーシャが戦利品を確認しておきますね」

 そういって満面の笑みを咲かせると、ワシリーサは腕まくりして先程の(むくろ)に歩み寄る。ここでは敵は全て、死して尚も襲い来る亡者ばかり。戦闘のあとには必ず、朽ちた骨や腐った血肉を掻き分ける作業が待っている。
 誰もが遠慮したいと思う中で、ワシリーサは率先してその仕事をこなしていた。
 まきりは、そんな彼女がとてもかわいい。
 まるで妹ができたみたいで、ついつい構ってしまう。
 それはそうとして、まきりは刀を左右の腰の鞘へ収めて振り返る。

「で、だ……ナル、お前はなにをやっているんだ。ワーシャにばかり働かせて」

 そこには、無駄にキラキラと輝きを振りまく美丈夫(イケメン)が立っていた。


 何故か、陶酔感たっぷりの奇妙なポーズで立ち尽くしている。
 そして、戦闘中もずっと彼は立ちん棒でなにもしていない。

「フッ、見てわからんか……」
「わからないから聞いている。わたし達セリアンの(おきて)では、(いくさ)は皆が等しく汗を流すものだ。勿論、必要とあらば文官も貴族もだ」
「それは素晴らしい。嗚呼、高貴なる義務のなんと美しいことか」
「あ、お、おう……質問が悪かったな、うん。ナル……お前はなにをやっていたんだ? さっきの戦闘中の話だぞ」

 結論から言うと、魔法で援護してくれたのはワーシャだけだった。
 そのことで、軽くとっちめてやろうとまきりは思ったのだ。
 だが、ナルシャーダは気障(きざ)ったらしいポーズで前髪をかきあげ……ついと迷宮の奥を指差す。その方向へと振り返ったまきりは、思わず腰の剣へと手を伸ばしてしまった。

「新手かっ! ……うん? 動かないな。まるで石像になったみたいだ」

 それは、迷宮でも厄介な魔物として有名な、首刈りの断罪者である。首のない鎧姿が、巨大な(おの)を振り上げたまま固まっていた。
 よく見れば、その全身が石化して息絶えている。
 元より死なぬ魔物は、時間が経てば復活するものが多い。
 だが、死んでないままに石化させるというのは、極めて有効で合理的だ。
 ナルシャーダは自分がやったのだと胸を張りつつ、無防備に石像と化した敵に歩み寄った。

「ふむ……失敗、だな。美しくない! 俺様が仕留めた魔物の姿として、もっとこう、ポージングが……ふむ、やり直すか」
「おいおい、ナル。いいよ、やり直さなくて」
「これでは、俺様の強さが引き立たん。もっと暴力的な恐怖を解放した姿で」
「いやあ、そうかあ。ナルは先にこっちを片付けてくれたのか。わはは、やるじゃないか!」

 まきりはようやく理解した。
 自分達が戦ってる間、その背後から徐々に迫る強敵がいたのだ。それをナルシャーダが、一足先に石化の魔法で葬ったのである。彼は達人(マスター)クラスになってから、あらゆる属性の術を体得していた。炎、雷、そして氷……その他にも、風を操り大地を揺るがし、時には生命を被造物へと変えてしまう。
 頼もしいなと思って、ついまきりは彼の背をバシバシ叩いてしまった。
 ナルシャーダはぷるぷる震えながら背伸びして「それほどでもない」と決めポーズ。
 だが、体躯(たいく)に恵まれたまきりには、そうまでしてやっと目線が並ぶナルシャーダだった。

「さて、と。じゃあ、階段探しを再開しよう。チコリ、ワーシャを頼むぞ。ナルは後方を……って、そうだ、忘れてた!」

 再び調査に戻ろうとして、まきりは首を巡らす。
 パーティの盾となる竜騎兵(ドラグーン)、コッペペの姿が見当たらない。
 あのナルシャーダですら働いているのに、御老体ときたら戦闘に限っていなくなる。そして、一段落するとひょっこり現れるのだ。何度も釘を刺そうと思うのだが、その都度「宝箱があったぜ」とか「この干し肉はまだ食えるな」とか、いい笑顔で言われてしまうのだ。
 まきりは実直で誠実、武家の女らしく義と徳を重んじるが…… () () () () () () () () () () () () () () () () () () () () ()
 そして、毎度のように向こうの角からコッペペがニヤケ顔を出す。

「……御老体(ごろうたい)、申し上げにくいのだが少しは」
「まあまあ、まきりちゃん。ほれ、誰かが捨ててった薬瓶があった。こりゃ、まだ使えるメディカ、それも高級なやつじゃねえかなあ」
「おお! 流石(さすが)です御老体。なんとこれは幸運……はっ! い、いや、誤魔化されんぞ。今回こそは……御老体?」

 不意にコッぺぺは、真剣な顔をした。
 その瞬間、日々いい加減に生きている自称吟遊詩人(バードく)の素顔が現れる。何事かと、ワシリーサやチコリ、そしてナルシャーダまでもが驚きに固まった。
 コッペペはキリリと表情を引き締めるや、まきりに詰め寄った。
 一種、異様な迫力……まきりはこれまで、こんなにも強い気迫を感じるのは(まれく)だった。狩場のあずさや、ごくごく限られた先達にしか気圧(けお)されたことなどないのだ。
 コッペペが迫ってくるので、言い過ぎたかと思ってついつい後ずさる。
 だが、背が壁に触れたと思った瞬間……見上げてくるコッペペがドン! と手をついた。
 いわゆる壁ドンで、まきりは目を白黒させてしまったが、

「この壁、妙だぜぇ? なあ、まきりちゃん。さっきからアチコチ見てたが、よぉ……ちょっと糸口が見えてきた感じだぜ。ヘヘヘッ」

 コッペペはまるで子供みたいな笑みを浮かべた。
 事実、まきりの背後に隠し通路が見つかる。それは、強力な魔力で厳重に隠され、ナルシャーダのような術者でも気付かぬ巧妙な抜け道だった。
 まきりは驚いてしまったが、そのまま壁を調べるふりをしながら……コッペペが胸やら尻を触ってくるので、ついつい鉄拳制裁してしまうのだった。

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