世界樹の
まるでメビウスの輪のように、東西で繋がったフロア。
触れる全てを弾き飛ばす、
そして、
山野に溶け込み狩りを
「こりゃ、あれだねえ。この森……誰かが、そう……人が造ったもののようだよ」
広がる原生林は、見たこともない植物や虫でいっぱいだ。地上で見たことがあるものも、発育がよく大きい個体ばかりである。
あづさには自然と、ここが誰かの生み出した人工の庭園だと感じられた。
問題は、それが誰かということだが。
さてと、地図を
先程からずっとそうなのだが、同じ
「そしたらな、オラが
シバの言葉に、さささめとその従者ハヤタロウが笑う。
先頭を歩くまきりも、うんうんと大きく
今日はたまたま、同郷のセリアンばかりでのパーティ編成になった。だが、勝手知ったる何とやら……
むしろ、同じ職業同士でも腕前や個性、鍛えた己の方向性が違う。
例えば、まきりの剣は豪快にして剛胆、破壊力に秀でた力の剣だ。
対して、ささめの剣は流麗にして自在、捷さを突き詰めた技の剣である。
「ふふふ、シバさまのおはなしは面白いですね。ねえ、ハヤタロウ」
「は、はあ……でも、昨日のあれは驚きました。ニカ殿が大事な話があるからと……神妙な面持ちでしたが、まさかそんな事情があるとは」
「ひとはみな、たたかうりゆうをもつものです」
「左様です……いやあ、ルナリアって凄いんですね。流石は魔力に秀でた知の種族」
あずさも、昨夜のニカノールの話には驚いている。彼が世界樹の迷宮を進む理由が、ついに明かされた。
世界樹の迷宮は今や、アルカディア大陸の全ての夢が集う場所。
ある者は
その全てが待つ迷宮は、死と隣り合わせの危険な魔境でもある。
「しかし、ニカのボウヤがねえ……難儀なことだよ。ふふ、だが……ワーシャは意外に芯が強いじゃないか。あとから聞いて
「ん? どしただ、おばばさま」
「なに、こっちの話だよ。それより、シバや」
「おうっ! 今日はオラァ、おばばさまを楽させるだ。ドーンと大船に乗ったつもりでいてけろ」
今日のシバは、
二匹とも、子犬とひな鳥だったころからあづさの相棒だ。
長年の狩りで、相当の修羅場をくぐってきた経験がある。
訓練では絶対に得られない力を、獣の身に宿しているのだ。
その片割れ、爪丸が一声鳴くや飛び立った。
同時に、まきりが腰の太刀を抜く。
「むむっ、爪丸が……おばばさま!」
「なにかいるねえ、この先に。ハヤタロウ、ささめから目を離すんじゃないよ。これ、シバ……シバ? おやおや、気に
すぐに弓に矢を
フンスフンスと鼻息も荒く、彼女はまきりの隣に並んで身構える。
だが、基本的に猟獣士は後衛職だ。弓の射程を活かし、常に後から前衛を援護する戦い方が望ましい。
だが、今は個と個が並ぶ時ではない。
個々に混じり合い、全なる力を発揮するべきなのだ。
そうでなければ命が危うい、それくらいこの迷宮は危険なのだ。
「はっはっは、シバ! 威勢がいいな! だが、先駆けは武家の
「オラだって、戦えるだ。今日は風丸も雷丸もいねから、オラが
ヒョイとシバの首筋を掴んで、よいしょとマキリは後ろに下ろす。
恵まれた
「まあまあ、シバさま。ここはわれらにおまかせあれ。まきりさま、おともつかまつります」
「
そして、地響きと共に巨大な魔物が現れた。
決して倒せぬ相手ではないが、激戦は必至……それは、F.O.E――フロア・オブ・エネミー――と呼ばれる恐るべきモンスターだ。
遭遇しても戦いを避ける、遭遇しないように気をつける。
それが冒険者にとっての大原則なのだった。
「さて、ここは通らなきゃ先には進めないねえ。なに、逃げる手もある、
あづさも使い慣れた弓を構えて、矢筒へと手を回す。
ハヤタロウの悲鳴が響いたのは、そんな時だった。
「おばばさまっ! 後ろからも!」
「……こいつぁ、ちょいとまずいね」
その魔物の名は、
瞬時にあづさは、決断した。
「まきりや、前のと後のと……どうやら前のやつの方が近いねえ」
「はい! おばばさま、こちらはわたしにお任せを!」
「頼んだよ。ハヤタロウや、シバと一緒にささめを守るんだよ。お前たち三人は、隙を見て逃げることを考えるのさ」
あづさはあづさで、自分が少し
気になることがあって、そちらへ思考が引っ張られたのだ。結果として挟撃されてしまった、これは今更焦ってもしかたがない。
すぐにあずさは、指笛で爪丸へと命じる。
雄々しく
同時に、一人であずさは後方の魔物へと駆け寄る。
「さあ、ここは老いぼれが相手ぞ! ……本当に、老いぼれたもんだねえ」
自然と笑みが浮かんで、珍しく油断した自分が情けない。だが、シバの声を聴きながら少し、ニカノールのことを思い出していたのだ。
彼は、予定外の不死者になった原因の一つを……
それが
だが、今は目の前の敵を倒すことが大事だ。まきりの腕なら心配はないし、もうすぐ爪丸の必殺のクチバシが舞い降りてくるだろう。その間だけでも、背後からのモンスターを足止めする必要があった。
「さぁて、性根を据えてかかろうじゃないか。……おや? おやおや、なんだい? どうしたんだい」
不意に、目の前に迫った災厄へ至る病が、止まった。そして知る……地図には、一定の範囲を周回するF.O.Eと記されているし、背後を
だが、すぐにあづさは察した。
この魔物は、なにかに追われて逃げてきたのだ。
そして、真実が豪快な笑い声を響かせた。
「ハッハッハ! ご無事ですかな、レディ……とんだ失敬を。私としたことが、御婦人を危険な目に合わせてしまうとは。――フンッ!」
――それは、
腕組み微笑むその姿に、あづさは言葉を失い……背後でまきりたちがもう一匹の驚異を片付けたことも、すっかり忘れてしまうのだった。