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 今日も今日とて、魔女の黄昏亭(たそがれてい)は大盛況で混雑していた。
 先日のイオンの報告を聞いて、今日もニカノールはカウンターで頭を悩ませている。ここ数日、ずっとこんな調子で落ち着かない。お酒を飲んでもお茶を飲んでも、ずっと考えがまとまらなかった。
 それで今日は、友人に相談に乗ってもらっている。
 隣で冷たいミルクをちびちび飲みながら、フォリスは普段の覇気がない声でぼそぼそ喋った。

「つまり、ニカ。その、アルコンとかいう女の子は……信頼できる仲間を連れたお前に、なにか話があるらしい。……話だけで済めばいいんだがな」
「そうなんだよ、フォス。という訳で、僕はあと三人も選抜メンバーを選ばなきゃいけない。これが、考え出すと誰がいいのかさっぱりわからなくて」
「三人? 四人ではないのか?」
「三人さ、フォス。まず君が一人目だもの」

 フォリスは自分を指差し、小首を(かし)げた。
 だが、ニカノールは自分自身が屍術士(ネクロマンサー)だから知っている。一緒に世界樹の迷宮を旅する中で、お互いに驚異的な成長を遂げてきたことを。
 達人(マスター)クラスの中でも、二人は今やアイオリスで五本の指に入る屍術士だ。
 だが、少し照れたのかフォリスは口をもごつかせる。

「一つのパーティに、二人も屍術士が必要だろうか」
「そこはほら、お互い達人クラスの術は違うものを習得している。この長い冒険と調査で、少し思ったんだ。1+1が10にも100にもなることがある。同じ職業が複数人いても、デメリットになると短絡的に考えるのは早計、かな」

 ふむ、と唸ってフォリスは腕組み考え込んでしまった。
 だが、ニカノールなりに経験を積んだ上での結論である。
 ニカノールは達人クラスのスキルを選択する際、召霊のネクロマンサーの術を修めた。これは、死霊の使役を中心とした戦闘スタイルである。対して、フォリスが選んだのは破霊のネクロマンサー。こちらは変則的な闇の力を行使する。
 どちらも、死霊の召喚と管理、維持にリソースを()く点は一緒である。
 だが、同じ屍術士でも二人の術は別物に枝分かれしている。

「僕は死霊の消費が激しいから、フォスが減った分を補充してくれるの、助かってるよ」
「それはお互い様だな。なるほど、光栄なことだが……お、俺なんかでいいのか?」
「君がいいのさ。あとは、ノァンとナフム、そしてフリーデルかなあ……何度考えても、いろんな事態を想定するとこの線が一番いいような気がする」

 例えば、ただ強敵と戦うだけならば、恐るべき戦闘能力を持った仲間たちが数多くいる。もはや伝説レベルらしいデフィールやクラックス、そして吸血鬼の真祖であるシャナリア。他には、最近加入したジズベルトの豪腕も頼りになるし、老獪なあづさの手腕も侮れない。
 だが、アルコンの言葉を思い出す都度(つど)、ニカノールはその真意を探ってしまうのだ。

「ねえ、フォス……どうして『最強の仲間』じゃなくて『信頼できる仲間』なんだろうか」
「うん? そうだな、これは俺の仮説……というより、解釈なんだが」

 フォリスが言うには、ただ強敵が待ち受けているだけとは限らないらしい。それというのも、すでに探索の度は終盤……世界樹の(いただき)はすぐそこまで迫っている。
 頂点へと(いた)った者の望みを、何でも叶えてくれるという世界樹の伝承……その恩恵に預かれるのは、多くても五人までということだ。世界樹の迷宮では、六人以上での行動は禁じられている。
 世界樹の迷宮は、アイオリスにとっては資源でもあるからだ。
 一定のルールを定めねば、鉱物も動植物もあっという間に取り尽くされてしまう。
 恐らくアルコンも、このことを知っているのだろう。
 そう話すフォリスに頷いて、ニカノールはようやく決心がついた。

「よし、明日にでもナフムとフリーデルに声をかけておくよ。二人は戦闘は勿論(もちろん)、探索や交渉事、取引なんかが発生した時も頼りになる」
「ネヴァモアでは最古参であることも、利点だな。いざという時、話が通じ易い。話す間も惜しい時など、迷宮(ダンジョン)では日常茶飯事だ」
「ああ。あとノァンは……」
「問題ないさ。ノァンはお前に(なつ)いてるからな。二つ返事でついてくると思う」
「よし、なら問題ないね」

 だが、フォリスは周囲を見渡してから、声を(ひそ)める。

「……ワーシャは連れて行かないのか?」
「とっ、とと、とんでもない! ……いつも一緒にいたいと思うことがある。けど、今回は駄目だよ。信頼できないんじゃない。僕は……自信がないんだ。彼女を本当に守れるかどうか」
「既に前例での実績があるが」
「僕が言うのもおかしいけど、彼女は危うい。ワーシャの献身は、僕を守るために僕の大事な彼女自身を投げ出してしまうかも知れない。僕は、それが怖い」

 ワーシャとは、ニカノールの恋人のワシリーサである。
 情が深く芯が強い上に、利発で思いやりのある少女だ。ニカノールは時々今でも、自分には過ぎた花嫁だと思っている。そう、元は親同士が極めた許嫁(いいなずけ)であり、ニカノールはその存在をずっと知らなかった。一方でワシリーサは、不死者への生贄(いけにえ)にも等しい自分を、なんら哀れとも怖いとも思わずに育ったのである。
 ニカノールは生まれて始めて、絶対に守りたい愛しさを感じていた。
 そして、そのことを詳しく話さずとも、フォリスは察してくれたのだった。

「わかった、確かにな。……ニカ、お前はワーシャを失ってはいけない。そんな思いをするのは、俺一人で十分だ」
「フォス……」
「俺は俺で、ようやく吹っ切れた。死はなにもかも永遠にしてしまうが、俺が思う以上のものが残され、託されていた。それは、俺自身の中で今も生きている」
「だね。じゃあ、改めてよろしく頼むよ」
「ああ。アルコンの話がなんであれ、必ず皆で生きて帰ろう。俺たちにはもう、そうでなければいけない理由があるのだからな」

 それより、とフォリスが身を寄せてくる。
 直ぐにニカノールも、額を擦り合わせる距離で小声になった。

「ニカ、あれはどうするんだ? その、なんだ……ちょっと、声がかけ(がた)いというか」
「それね……どうしよう。ここんとこずっと、あの調子なんだよなあ」

 二人でこっそり、肩越しに振り返ってみる。
 少し離れた座席に、二人の少女が座ってお茶を飲んでいた。その姿は、混雑する店内でも一際目を引く。要するに悪目立ちしている。
 酷く白々しい小芝居をキメているのは、いつもお馴染(なじ)みラチェルタとマキシアのコンビだった。
 二人は煙草を吸う仕草を真似て、スティックタイプのチョコレートを手に声色を作る。


「よぉ、チェル……ニカの旦那が腕っこきを探してるらしいぜ?」
「知ってるよ、じゃない、知ってるのぜ? ボク、じゃなくて、オレ様たちの出番みたいだな、わっはっは」
「アイオリスの最速最強コンビ、オレたちに出番が来たってことさ」
「そのようなのぜ。腕がなるのぜ! 間違いなくオレ様とマキちゃんはメンバーに選ばれるのぜ……フッ、パパに武勇伝を土産にするとしようぜ」
「へっ、腕が鳴らぁ! やるうぜ、やっちまおう……チェル、オレたちの伝説の始まりだ」
「そうなのぜ……え、えと、マキちゃん! 腕って、鳴るの? どゆ音するのさ」
「そりゃお前、あれだ、うん……え、えっと、割とシャンシャン鳴るかな」
「おおー、そうなんだー! ……腕が鳴るのぜ、シャンシャカシャンシャン!」

 周囲の冒険者たちは、吹き出しそうなのを必死で我慢している。
 声をかけるべきか迷ったが、ニカノールはそっと目を逸した。
 二人とも腕は確かなのだが、経験値が絶対的に足りない。まだまだ子供で、時々危なっかしい時がある。なにより、二人になにかあったらワシリーサと仲間たちが悲しむのだ。

「今回は……遠慮してもらおう。危ないし……主に僕たちの命が」
「同感だ。顔に傷でもつけてみろ、俺とお前は伝説の騎士様と金月蜥蜴様にオシオキされてしまう」
「それだめ、絶対だめ。……うーん、とりあえず話してみるよ」

 ニカノールの中で予感があった。もうすぐ、旅の終わりは近い。その後のことは以前から少しずつだが、考えてきたことである。
 アルコンの頼みは奇妙で疑問も残るが、好奇心をそそられることも事実だ。
 とりあえずニカノールは、苦笑しつつラチェルタとマキシアのテーブルへと向かうのだった。

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