濃密な
腕の中には今、倒れて力尽きたスーリャの身体があった。彼女がどれだけの
そのスーリャが、一撃で戦闘不能になってしまった。
恐るべきはこの場所に
「こんな……勝てるの? 少しずつ積み重ねることで、倒せるなんて」
無理だ、という言葉をレヴィールは飲み込む。
すぐにスカートを破って、スーリャを手当した。鍛え方が違うのか、その引き締まった肉体の生命力は強い。止血しただけで、命に別状はないことがはっきりとわかった。
安全な場所へとスーリャを運んで、振り向いたその時だった。
小さな影が立て続けに二つ、目の前に落下していた。
それは、仲間のラチェルタとマキシアだった。
「イチチ……マキちゃん、大丈夫?」
「お、おうよ。派手に吹っ飛んだが、問題ねえ!」
二人はすぐにその場で立ち上がった。
レヴィールは改めて、友人たちのタフさに驚く。
それに、ラチェルタとマキシアは心が強い。
最初から
戦う決意があって、それは揺るがぬようにも見える。
ふと、レヴィールの脳裏を言葉が
『ふふ、珍しく弱気ね、レヴィ。あら、私? そうね……楽勝とはいかないでしょうけど、どうにかなるんじゃないかしら』
祖母デフィールは、そう言って笑った。
彼女は、アイオリス中の冒険者が躍起になっている中、クラックスやシャナリアとカードに興じていた。
あまり詳しくないレヴィールでも、祖母が二人に馬鹿負けしてるのがわかった。
だが、彼女は
そして、テーブルを囲む仲間と共にゆっくりとレヴィールに向き直った。
『人間たちが超えるべき試練……確かにアルコンはそう言ったのね? なら、私たちの出る幕じゃないわ。そうでしょう?』
祖母の自信に満ちた笑みは、とても老婆には見えない。
年齢は既に六十歳近い筈だ……だが、その半分くらいの歳に見える。
その時、デフィールは帝国の技術で全身をいじられ、強化されたという。
今でも若々しく見えるのは、その名残なのだ。
『あの敵は、人間が倒すべきね。私だって人間のつもりだけど……ふふ、ニカが不死でも人間として、その最前線として戦ってるわ。だからね、レヴィ。ズルは駄目でしてよ?』
今や伝説の冒険者、エトリアの聖騎士と呼ばれるデフィールの強さは本物だ。そして、その伝説が全く伝わってないアルカディア大陸でも、力は全く衰えていない。
その彼女が、自分たちが出向けばズルだと言うのだ。
ニカノールがアルコンに選ばれ、彼女の願いと祈りによって不死者となった。それは、繰り返し挑み続ける者へとニカノールを変えたのだ。
負けても負けても、負けで終わらない。
その
「そう、決着は人間が……これからの時代を生きる人間がつけなければいけないのだわ!」
不意にレヴィールは、鎧の留め金を全て外す。
短くなってしまったスカートも脱ぐと、一切防具をつけぬ姿で二人に並んだ。
神経を研ぎ澄まし、肌で感じる気配と空気に身を委ねる。
「チェル! マキ! 私が攻撃を引きつけるわ。どんどん攻めて頂戴!」
「おうっ! ……って、レヴィ!? おいおい、マジかよ」
「本気、なんだね? じゃあ、ボクも……ボクたちも全力全開の本気で付き合うよ!」
互いに
たちまち、恐るべき攻撃が無数に降り注ぐ。
だが、その全てをレヴィールは自分に集めることに成功していた。そして、極限の集中力を総動員し、避ける。避けて避けて、避け続ける。
日頃より身のこなしに自信はあったし、
半端な防御力は、かえって己の動きを鈍らせる。
レヴィールは今、持てる命の全てをチップに変えて、危険なギャンブルを始めたのだ。
「そうよ、私を狙ってきなさい! 私たちは……人間は、お前なんかに負けない! 負け続けても、負け終えてなんかやらない!」
肌が
何度も何度も、死が
一秒前の自分を、稲妻が貫き、氷刃が切り裂く。
だが、レヴィールはステップワークで攻撃を
危険な剣舞にいよいよ攻撃が集中する。
それはレヴィールの思惑通りで、期待に応える仲間がいてくれた。
「マキちゃんっ、今だよ! 例のやつ、やっちゃおうよ!」
「おっしゃ、チェルッ! お前が繋いで!」
「マキちゃんが結ぶっ! 友情パワーの必殺連携、いっくぞぉ!」
レヴィールは見た。
全身の力を解放したラチェルタが、光っている。その輝きは、まるで地獄の闇に浮かんだお月さまみたいだ。そう、優しい金色の光は、
そして、その背後にはマキシアが剣を構えていた。
二人は、互いの剣閃を重ねて競い合うように、敵へと向かって跳躍する。
刹那、暗黒の化身を鋭い連撃が無数に襲った。
レヴィールでさえも、その全てを目で追いきれない。
「嘘……お互いに、相手に対してチェインを? ……ううん、違う! あれは!」
ラチェルタの攻撃が、徐々にヒートアップして加速する。それはまるで、歌曲が響くように広がってゆく。そして、それをなぞって追撃を捩じ込むマキシアもギアを上げていた。
ラチェルタが崩して、マキシアが痛撃を差し込む。
マキシアの隙をラチェルタがカバーし、その先に……高まる二人の気迫が凝縮されてゆく。
「いくよっ、一緒に!」
「レゾナンス! おおおっ、こいつでっ! 終わりっ、だあああああ!」
雷と炎で
そしてレヴィールは、明らかに幽冥なる原初の主が変わるのを見た。
否、聴いた……無言で無感情だった闇の化身は、苦悶の絶叫を張り上げたのだ。
「嫌がってる? 痛がってる! 二人の攻撃が効いてるのだわ! ――ッ、しまった!」
一瞬の隙を突かれた。
脚を止めたレヴィールを、巨大な一撃が襲う。
回避しようと思っても、もう遅い……思わず目を瞑ったその瞬間、おぞましい絶叫が二つになる。
痛みが襲ってこなくて、レヴィールは恐る恐る目を開いた。
「え……あ、あれ? 私は……それより、あれは!? 死霊……う、嘘! こんなのって」
目の前に今、幽冥なる原初の主にまさるとも劣らぬ巨大な炎が浮いていた。青白く燃えるそれは、
だが、途方もなく大きい。
巨大な死霊が、幽冥なる原初の主の突進を全身で弾き返していた。
そして、背後で頼もしい声が響く。
「やあ、君たちも来てたのかい? 危ないのに、困ったお嬢さんたちだね。ちょっと遅くなったけど、遅過ぎはしなかった訳だ。ね、フォス?」
そこには、
ニカノールがそっと、片手で合図を送れば、死霊の両手が鋭い斬撃を放つ。このサイズで、あまりに素早い動き……さしもの幽冥なる原初の主も、動きが鈍る。
死霊の爪が持つ、麻痺の呪いが効いたようだ。
そしてレヴィールは、謎の巨大な死霊の正体に仰天してしまうのだった。