ニカノールは信じられないものを見ていた。
この場にいない
そして、信じられない言葉が静かに響く。
「ニカ様、わたしが……
ニカノールにとって、最も守りたいと思うもの。絶対に守り通したいと思う者こそが、ワシリーサだ。その彼女が、普段と変わらぬ笑顔で目の前にいる。
そして、助けに来たと言うのだ。
「ワーシャ、君は」
「はい。ワーシャはニカ様の
そっと、
ワシリーサは震えていた。
そして気付く。
震えているのは、自分も一緒だった。
無意識にニカノールは、胸の奥底に恐怖を沈めて戦っていた。それほどまでに、
恐らく、一緒に戦ってくれる皆がそうだろう。
「ワーシャ、僕はね。僕は……正直、ちょっと怖かったんだ」
「ええ、ワーシャもです。でも、だからこそ、ワーシャがお側に。その、フレッド様やシシス様のようには、いかないかもしれません。でもっ、ワーシャはニカ様のお手伝いがしたいんです!」
「……うん、ありがとう。ワーシャ、これからノァンを助けて、あのバケモノを始末する。手を貸してくれるかい?」
ワシリーサはいつもの
ワシリーサが
同時に、ニカノールは覚えている。
忘れることなく、毎日しっかり
この世界樹の迷宮で、彼女は弱い自分を常に鍛え、あらゆることに挑戦して自分を磨いてきたのだ。全ては、ニカノールのために……そんな彼女を、そっと抱き締める。
「ワーシャ、側を離れないで。僕が君を守る。そして、一緒にみんなと守ろう。騒がしくも輝かしい、なんでもない日々を」
「はい……どうかワーシャの力をお役立てください。この命を、想いを、全てをニカ様に
目の前に殺意が広がる中、巨大な闇の
そして、二人を中心に再び死霊がゆっくりと湧き上がる。
無理をさせすぎたからか、フォリスは倒れたまま動かなくなっていた。
だが、諦める訳にはいかない。
その理由は今、腕の中にある。
「よし、みんなっ! 最後の勝負だ。持てる力の全てで、このバケモノを倒す」
まだ、戦う力は残っているか?
その問いに応える仲間たちがいる。
広間のあちこちから、頼もしい声が返ってきた。
「ワーシャ、きてくれたんだねっ! ニカ、ボクたちなら大丈夫。前衛は任せて!」
「おっしゃ、これは必勝の逆転パターンってやつだぜ! へっ、やってやらぁ!」
「チェル、マキ! 次で決めるわ。全部出し切る……全力でっ!」
いつもならもう、立ち上がる力なんて込み上げてこない筈だ。
それほどまでに少女たちは、酷いダメージを全身に受けている。
でも、それでも。
誰一人として、諦めを感じていない。
絶体絶命の中でも、皆の瞳には強い光があった。
「へっ、キレちまったぜ……本気も本気、全力全開だ! マキッ!」
「うんっ! やっつけちゃおう。こんなの、野放しにしておけない。それに」
「そうよ、チェル。それに……私たちまだ、辿り着いてない! この先、世界樹の
それは、ワシリーサが
ニカノールは迷わず、残った死霊の全てを掌握した。
「残りは、三体。一体は壁に残して、残りで……いけるかな? いや、いける……いってみよう、みんなっ!」
迷わずニカノールは、周囲に浮かぶ死霊の一体を解き放つ。
一時的にあらゆる防御力を下げる、死霊の
その時にはもう、閃光の
そして、人間を超えた速度を追って、ワシリーサの電撃が炸裂する。
「チェル様っ! マキ様と一緒に!」
「チェインで繋いでッ!」
「結んで、
広がる
見知らぬ星座を
幽冥なる原初の主も負けじと、おぞましい声を張り上げ爪を繰り出す。
すかさず防御に繰り出した死霊が、一瞬で切り裂かれた。そして暴虐的な攻撃が、ワシリーサを背に
だが、半裸の少女が風と舞う。
「させないわっ! 決めたもの……私、おぼあちゃまみたいにみんなを守る。守り通す……それがきっと、絶対に私の騎士道だからっ!」
レヴィールの剣が、その細く研ぎ澄まされた刃がしなる。比べ物にならないほど巨大な質量とスピードを、まるで清水へ分け入るように流して殺す。
刀身が金切り声を歌ったその瞬間にはもう、ニカノールは最後の死霊に精神力を注いでいた。
ワシリーサの最後の魔法と共に、膨大な熱量が死霊へと凝縮してゆく。
「
「うん! ここで決める、絶対に! ……だから、ねえ。そろそろ起きてよ、ノァン」
幽冥なる原初の主を巨大な
その好機を見逃さず、死霊が真っ直ぐに飛んだ。
皆、気付けば絶叫していた。
ニカノールも、身を声にして叫んでいた。
「ノァン! スゥが迎えにきてるんだよ!」
「ノァン様!」
「ノァン、早く帰ってご飯にしようよ!」
「いつまで寝てやがるっ、ノァン!」
「ノァン、みんな待ってる! 待ってるから!」
ふわりとノァンの
迷わずニカノールは、最後の死霊をノァンの中へと注ぎ込む。
ビクン! と震えた死体人形が、無音で天井に着地し、中空の大地を蹴り上げる。
そして、ニカノールは初めてみた。
この世の恐怖を凝縮したような邪悪が、小さな少女が突き刺す蹴りに……初めて恐怖と
全員の力を重ねて束ねた力は、完全に原初の闇を