世界樹の迷宮は
だが、冒険者たちの日々は終わらない。
いまだ迷宮には未知の魔物が
そんな中、コッペペは仲間と最上階を訪れていた。
「おやまあ、随分とまあ……殺風景な部屋じゃねえか」
身構え周囲を警戒しながらも、コッペペは思ったままの感想を呟いた。
世界樹の
人の手で倒さぬ限り、人の時代は訪れない。
そうアルコンは言ったと、ニカノールが以前話してくれたのを思い出す。
「コッペペ、敵の気配はないみたい。でも、本当にそんなのあるの?」
後で背を守ってくれてるのは、クラックスだ。
他には、怪我の治りを確認したいナフムとフリーデル、そしてシシスが同行してくれている。
コッペペはへらりと笑って、伸ばした
「いやあ、オイラの記憶はまだ完全じゃねえんだがよ。どうもなんか、こぉ……なにかがあった気がするんだよなあ。世界樹ってな、終わっても終わらない、みたいな」
「そういえば、確かに。帝国に生えていた世界樹も、それ自体が封印された伝承の巨神だった。そして、その力を抑え込んだあとも冒険は続いたね」
「そうなのよ、だからな……なにかあるような気がして来ちまった」
だが、
それが隠された通路か、はたまたさらなる上層への階段か。コッペペには具体的にはわからないが、なにか確信にも似た期待があった。ひょっとしたら自分は記憶を失う前、そういう旅を続けてきた人間なのかもしれない。
そうは想えても、決戦を終えたこの場は静まり返っていた。
それでコッペペは、熱心に壁や床を調べるシシスの背後に忍び寄る。
「凄い、凄いわ……材質はなにかしら? 木材や石じゃない、もっと未知の、ヒャウッ!」
「おほーっ! シシスちゃーん、かわいいお尻を突き出しちゃって、なーにしてんのかなあ?」
「ッ! コッペペさん、勝手に触らないでくださいっ! 今、この部屋をあれこれ調査中なのだわ!」
「断わりゃいいの? んじゃあ、もう少し触らせてほしいなあ?」
「あーもぉ、このスケベジジィ!」
手痛い平手打ちがコッペペを襲った。
痩せても枯れても
ちらりと振り返れば、見てたであろうナフムとフリーデルが視線を外してくれる。しかし、二人共笑いを噛み殺して肩を震わせていた。
――よしよし、いい感じじゃないのぉ?
コッペペはひりつく
そして、その意味をわかっているのはクラックスだけだった。
「コッペペ、やはり先に進む道はないみたいだ。けど……厄介なことになりそうだよ?」
「だろぉ? オイラの
「つまり、当たる確率は100%?」
「ああ、当てた確率が100%だ」
そして不意に、部屋の空気がどんよりと
どこから湧いて出たのか、あっという間に濃密な魔素が
異変に気付いたナフムとフリーデルが、慌てて武器を構える。
調査に夢中のシシス以外、誰もが緊張感に身を強張らせた。
「オイオイ、おっさん! どういうこった! こ、こりゃ……まさか」
「ナフム、そのまさかじゃねえの? 世界樹の迷宮は神秘の宝庫だ。どういう理屈か知らんけどねえ、倒した魔物が繰り返し蘇ることもあるのよ」
そう、世界樹の迷宮自体が意思を持つ、一つの生命体のように。
体内に迷宮を持つ世界樹は、確かに生きている。だとすれば、その内部の魔物たちもまた、世界樹によって生かされてることも考えられた。自然界で動物同士が、あるいは動物と植物が持つ共生関係に似ている。
先日もニカノールが、蘇ったヒポグリフを一匹まるごと巨大な死霊に変えたばかりだ。
そして、この部屋に蘇るその姿は、見るもおぞましい
慌ててフリーデルがシシスに駆け寄った。
「お、おいっ! シシス、調査は終わりだ、こっちに来いよ」
「ああ、いいところに、フレッド! 少し削って持ち帰ろうと思うの、力仕事は――」
「本当に度し難い研究馬鹿だな、君は! まったく!」
ヒョイとフリーデルが、小脇にシシスを抱えて走る。
二人が居た場所を、巨大な尾の一撃が薙ぎ払った。
援護射撃をしつつ、ナフムがバンカーを作って仲間たちを呼ぶ。だが、銃も盾もぶら下げたまま、コッペペはそびえる威容を見上げていた。
目の前に今、死という概念そのものを凝縮した闇がある。
若者たちが自力で乗り越えた、原初の邪悪そのものだ。
「いやあ、凄いねえ。これ、伝承の巨神よりもっと凄い感じがするな」
気付けば隣に、全く緊張感のないクラックスが立っている。
ニコニコと笑顔だが、その目だけが笑っていなかった。そして恐らく、コッペペも同じ目をしている
「まあ、なんだなあ。言ってみれば多分なあ、クラックス。こいつぁ、残り
「ああ、ニカたちが倒した本体の?」
「そうじゃねえかなあ。いや、おぢさん肌にビリビリするほど殺気を感じてビビってるけどよお」
「……怖いけど、怖過ぎないね。恐らく、オリジナルの一割弱ってとこじゃないかな」
「なら、やるかねえ」
「うんうんっ、やろう。やっちゃおう!」
絶叫とともに稲妻が襲い、絶対零度の嵐が吹き荒れた。
だが、コッペペのかざした盾が攻撃を受け止める。その盾の大きさ以上の範囲が、老練なる冒険者の腕っぷし一つで敵意を遮断していた。
その背を見たからか、バンカーからナフムが盾を捨てて走ってくる。
「よぉ、ナフム! お前さんもやるかい?」
「あったりまえだ! やるじゃねえか、おっさん」
「だろう?」
「今度は俺の……俺たちの番だぜっ!」
ナフムが愛用の中に、ロングバレルを注ぎ足し両手で構える。
それは、クラックスの輪郭が
その時にはもう、真の力を解放したクラックスが宙を舞っていた。
「チェルが頑張ったんだ、だからもう……ずっと消えててもらえると嬉しいな」
黄金に輝く巨大な
かつては敵で、そして仲間だったらしい。
だから、クラックスの本気の姿を以前目撃していたのだろう。
「おっし、ナフムッ! 一発デカいのぶちこんでやんなぁ!」
「おうっ、お見舞いっ、するぜっ!」
一撃必殺、バスターカノンが火を吹いた。全身で踏ん張ったにも関わらず、射撃の反動でナフムが煙をあげて背後にノックバックする。
そして、
誘っておいてなんだが、大したものだとコッペペは思った。
そして、背後に突然現れた気配に笑顔で振り向く。
「いやあ、用心はするもんだなあ? それで……お前さんがアルコンちゃんかい? ちょっと、そのかわいい顔を見せてくれよ」
そこにはいつの間にか、あのアルコンが立っていた。そして、被ったフードをゆっくりと脱いでゆく。闇が晴れてゆく中で、