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 危険な魔物、ドリアードの討伐。それは偶発的なエンカウントで、少年たちが幸運を拾ったという評価は当然のものかもしれない。だが、報告を聞いたニカノールは安堵と同時に、惜しみない賞賛を送った。
 そして、改めて世界樹の迷宮の恐ろしさ、その未知と神秘を思い知らされた。

「まさか、第一階層にそんな恐ろしい魔物がねえ」

 ニカノールにも、仲間たちと駆け出しの冒険者だった時期がある。
 ナフムとフリーデル、フォリスとの出会い。ノァンとの意気投合、そしてギルドを立ち上げ今に至る。
 第一階層『鎮守ノ樹海(チンジュノジュカイ)』も、当時は緊張の連続だった。
 今では軽くあしらえる魔物も、昔は強敵だった。
 そして、今でもその奥には……例え最初の階層でも、とてつもない怪物が現れるのである。

「ニカ様? ふふ、なにか考え事ですか?」

 ふと気付けば、覗き込むようにしてワシリーサが見上げてくる。
 ここはそんな始まりの迷宮から見て、最奥にして最果て……先日評議会が、正式に第六階層として認定した『赤方偏移ノ回廊(セキホウヘンイノカイロウ)』だ。アルコンの故郷へと続く星の海は、冒険者たちによって徐々に攻略されつつある。
 もっとも、その進捗(しんちょく)はあまり芳しくないが。

「ああ、ごめんごめん。ちょっとね。それより」
「はいっ。少しずつですけど、法則性があるみたいですね、あの……ゲート? とでも言うのでしょうか。不思議な光で、異なる場所同士を繋いでいる装置は」

 そう、ニカノールたちはまだ最初のフロアにいた。
 宇宙と呼ばれる星空の中、そこに浮島のように無数の回廊が浮いている。そして、それぞれを例の光の柱が繋いでいるのだ。
 それも、数え切れない程の数である。
 だが、無限に存在する訳ではない。
 このフロアの魔物はとても強いし、時には最初の戦闘で引き返す羽目(はめ)になったりもする。だが、例え牛歩の歩みでも……ニカノールたちは前進していた。
 前を向いて、前へと進んでいるのだ。

「どれどれ、ちょっと地図を見せて」
「はい。今いるのは、ここです」
「入り口からは随分来たね。ここから先は」
「四つのゲートがあるので、四択ですわ」

 ちらりと背後を見やれば、少し離れて光が点在している。その数、四つ。そのどれもが別の場所に繋がっており、次のフロアはまだまだ遠く感じる。
 そして、その一つがヴン! と唸るや、一人の少女を吐き出した。

「あっ、ニカーッ! ワーシャも! ここは、あっちと繋がってるです!」

 ブンブンと手を振り、ノァンが満面の笑みで現れた。
 そして、フンスフンスと鼻息も荒く、別の光へと飛び込んでゆく。
 遅れて現れたスーリャも、無言でそのあとを追った。
 どうやら、ゲートを手当り次第使ってみているらしい。

「えっと、今ノァンが出てきたやつは」
「ここからですね。この、4番からです」
「つまり、その先の、8番と11番を経由して、か」
「ふふ、こういう地図は書くのも難しいですね」

 この場所では、空間同士の距離が見た目通りではないのだ。
 だから、地道に足を動かして虱潰(しらみつぶ)しにするしかない。
 ただ、やればやるほど可能性は確かになって、あまり苦にもならなかった。恐るべき異形の魔物たちとの戦闘でさえ、素材を持ち帰った時の喜びを知れば積極的になる。
 さてとニカノールは、またワシリーサに地図を任せて振り返る。
 今日はもう少し探索を続けるつもりだが、同行しているアルコンは気もそぞろだ。

「アルコン、どうかしたの? なにか気になることがあるのかな」
「ん? あ、ああ……私は大丈夫だ。汝等(なんじら)にばかり苦労をさせてしまうな」
「いいんだよ、そんなこと。これが冒険者家業の習いってやつさ」
「ふふ、頼りになるな、ニカノールは」
「ニカでいいよ。みんなそう呼ぶし」
「では、ニカ。少し、気になることがある」

 珍しく、アルコンが弱気な表情を見せた。
 頭上に枝葉のように角を広げて、その明滅に照らされながら彼女は語り出す。

「先程から何度も試しているのだが、母星との連絡が取れない。以前からそうなのだが、少し妙だ」
「迎えの船が来ないのも、おかしいって言ってたね」
「ああ。汝等には少し難しいかもしれないが、私たちは同族間で思念のやり取りができる。音を超え、光を超えて、意思疎通ができるのだ。だが」
「応答が全くないんだね?」

 重々しくアルコンは(うなず)いた。
 彼等は広大な宇宙で、生命を広げることを使命としている。さまざまな星へと生命を根付かせ、その星独自の進化や繁栄を見守るのだ。そのための支えとなるのが世界樹という訳である。
 世界樹が完全に根付き、その星がアルコンたちの庇護(ひご)から巣立つ時期を迎えると……また、次の星を探しに旅立つ。そうして、永い年月をずっと星から星へと流離うのだ。

「我々のネットワークは、母星を中心にあまねく銀河の隅々まで広がっている。それが繋がらないというのは……」
「不安、なんだね。アルコン、大丈夫だよ。必ず僕たちが、君を送り届ける」
「ああ、それは信じて疑わない。頼りにしているぞ、ニカ」
「なにかがあったのは確実だろうけど、なにがあったかはわからない。なら、それを確認するためにも先を急ごう」

 まだまだ最初のフロアだが、悠長なことは言ってられないのかもしれない。
 だが、焦ってはリスクを増やし、仲間を危険にさらしてしまう。強行軍は控えたいし、武具の強化等でニカノールたちも強くならねばならないのだ。
 ()いては事を仕損じる。
 そして、ここでは小さなミスが全滅を招きかねない。
 そのことを自分自身に言い聞かせていると、ワシリーサもアルコンを気遣い微笑(ほほえ)む。

「大丈夫ですわ、アルコン様。ワーシャは、知っているのです……ニカ様はいつも、いつでも、仲間の期待には応えてくださいますから」
「な、仲間? とは」
「アルコン様も今や、わたしたちと旅する仲間です。この星々の中、宇宙という名の大洋を歩いて渡る……仲間です」
「だが、私は戦う力がない。汝等にばかり頼っている」
「あら、わたしだってまだまだ未熟で、皆様の足を引っ張っていますよ? でも、そんなわたしにできることがある。勿論、アルコン様にもあるんです」

 ワシリーサは不思議な少女だ。
 彼女の横顔を見ていると、自然とニカノールも自信が満ちてくる。
 根拠もない希望的な憶測だとしても、ワシリーサが強く肯定してくれる、その言葉は力になる。そこには彼女の優しさや気丈さ、健気さが詰まっているからだ。
 アルコンにもそれが伝わるのか、彼女の表情から不安が少し払拭されたようだ。


「ありがとう、ワシリーサ。では、私も冒険の仲間として努力しよう。引き続き、一族になにが起こったのかを調べてみる……旅路の探索は任せよう」
「ええ、お任せくださいな」

 笑顔を咲かせるワシリーサに、自然とニカノールも頬が緩む。
 だが、確かに気がかりだ。
 ニカノールたちアルカディア大陸の人間から見ても、アルコンはさながら超越者の如き万能の力を持っている。彼女があまり具体的に手を貸さないのは、無力だからでも怠慢でもない。強過ぎる故に、この星の人間たちの奮闘を損ねてしまうことがあるからだ。

「でも、そんな彼女が仲間たちを感じ取れなくなった……ふむ」

 妙な胸騒ぎがするが、今は目の前の迷宮探索に集中する。
 そう心に結べば、背後の光からノァンが飛び出してきた。彼女は全く息を切らしてないが、流石に同じところをグルグル回ってきたらしく、今度は慎重に次を見定める。
 声をかけようと思った時にはもう、ノァンは先程既に試した方向へと元気よく走り出すのだった。

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