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 その敵の名は、星喰(ほしくい)
 ラチェルタたちを通してアルコンが教えてくれた、最後の冒険を飾る最強の敵だ。
 だからといって、ニカノールには引き下がる理由はない。
 そもそも今まで、強敵ではない敵などいなかったのだから。
 そしてそれは、仲間たちも同じだ。
 勿論(もちろん)、怪力無双の死体人形ことノァンも同じである。

「と、ゆーわけで! これから作戦会議をするのです!」

 ここはいつもの酒場、魔女の黄昏亭(たそがれてい)
 一番大きな奥のテーブルに、これまたいつもの面々が顔を出していた。ニカノールの他には、フォリスにコロスケ、ナルシャーダ、そしてナフムとフリーデルである。
 そして、彼らの全員が知らない。
 自分たちが敬愛と親しみを込めて、グレイトフルバカセブンと呼ばれていることを。
 鼻息も荒く立ち上がるノァンに、早速フリーデルが声をあげた。

「ノァン、作戦会議はいいけど……情報が(ほとん)どないんだ」
「はいです! でも、アタシは考えたのです」
「ふむ、とりあえず基本方針や今後の対策くらいは立てておけるか」

 ニカノールも、改めて星喰なる災厄の情報を脳裏に展開する。
 だが、わかっていることは驚く程に少ない。
 星喰、それはアルコンたちの文明が遥か太古の昔に生み出した兵器の名だ。その名の通り、星をも喰らい尽くす究極の戦闘マシーンらしい。
 驚異的な戦闘力を持ち、無数の文明が星の海に光と消えた。
 そんな物騒な存在が、宇宙と呼ばれる無限の空間を彷徨(さまよ)っているという。

「星喰、ほしくい、ホシクイ……うーん」
「どした? ニカ」
「ああ、ナフム。こう、ちょっとイメージがね。でも、この名前」
「物騒な名前だけどよ、俺もピンとこないってのはあるな」

 ニカノールとて、コシチェイ家の御曹司(おんぞうし)である。家柄もあって、小さな頃から呪詛(じゅそ)や術式にはある程度の知識を持っている。
 この星喰という名前、それ自体が一種のまじないだ。
 耳にした者の中に、あらゆる恐怖の具現化として自分を想起させる……そういう(たぐい)の呪詛である。そうだとわかっていても、ニカノール自身も震えが込み上げてくるほどだ。

「例えば、夢喰(ゆめくい)ってのがいるよね」
「えっと、あれか? クァイの旦那かい」
「そう。彼は一種の、夢魔とか幻魔とか呼ばれる存在だ。宿主であるエランテが見ている、その夢を糧に共生している」
「エランテの嬢ちゃんはずっと寝てるが、その身はちゃんと旦那が守ってるもんな」
「そう、そこだよ。そういうものとは、星喰は根本的に違う。そもそも、我々の食事や動物の捕食とは、根本的に違うんだよね。そういう意味が名前に込められている気がする」

 ちょうどその時、ウェイトレスが熱い茶とパンケーキの山を持ってきた。バターやハチミツ、メープルシロップに各種ジャムと、味付けも自分で好きなものが選べる。
 早速まずはノァンが、全員の皿に一枚ずつパンケーキを配った。
 そして、次の瞬間には彼女はもう、パンケーキしか見えない子供になってしまった。
 司会進行役にして発起人がおやつに夢中な中、作戦会議は続く。ニカノールは、今ナフムと話していたことを改めて仲間に話し出す。

「みんなも食べながら聞いて。星喰とやらは、随分と危険極まりない代物(しろもの)らしい。そして、奴は星を喰らうが、それは僕たちの知る『食べる』という行為とは一線を画している。と、思う」

 例えば、目の前でデヘヘとだらしない笑みを浮かべている、ノァンの食事には意味がある。死体を()()ぎした人形とはいえ、カロリーを消費すればお腹も減る。食事て栄養素を補充する必要があるのだ。
 それは、生きとし生ける生命の全てがそうである。
 また、人間は空腹や栄養とは別に、美味を求めて食事をすることもある。
 それは喜びを得るための娯楽であり、どの食事も生命にとっては『手段』なのだ。
 そこまで説明すると、フォリスが言葉尻を拾って話をより円滑に進めてくれる。

「なるほど、手段……そうだな、普通の生き物は生きるために喰う。それは、生きるという『目的』があるからだ」
「そう。でも、星喰は違うと思うんだ……それ(ゆえ)の危険さ、ひょっとしたらアルコンの星だけじゃない、僕たちのこのアルカディアだって」

 星喰、その()まわしい名に秘められた邪悪がニカノールには感じ取れる。
 星喰は生きるために、星を喰うのではない。
 星を喰うために(つく)られたから、星を喰うのだ。
 星喰は、あくまでもただ純粋に『星を喰うだけ』の存在。手段と目的が合一した、終わりも始まりもない殺戮兵器なのだ。それが今、生み出した者たちが滅び去っても延々と活動し続けている。
 恐らく星喰は、無限に広がる宇宙の星を、その最後の一個を食べ尽くすまで止まらない。
 だからこそ、ニカノールたちが止める必要があるのだ。

「僕はね、フォス。みんなも。宇宙とか銀河、そして星々の世界のことはよくわからない。正直、こうして今立ってる地面が実は丸いって話も、まだ実感がないんだ」

 だが、この広いアルカディア大陸の他にも、沢山の国があると聞いている。実際、ラチェルタやコッペペは外の世界から船で来たらしいし、
 そうした国々、複数の大陸が乗っかってる球状の大地、それが星だ。
 宇宙には、凍っている星や燃えてる星、煙の星や土塊(つちくれ)の星もあるらしい。
 そして、星喰は分け隔てなくあらゆる星を飲み込み喰い潰してしまうのだ。

「星喰を倒しても、アルコンの母星は戻ってこないと思う。でも……僕は、星喰を倒したい。仇討(あだう)ちとかじゃないんだ。一人の仲間が、これから先も前を向くために」

 アルコンはあの日以来、元気がない。
 一緒に迷宮を進む日々は、彼女にも小さな笑顔や感動を運んでいたというのに。ラチェルタたちと仲良く連れ立っていた姿も、最近はとんと見なくなってしまった。
 帰るべき場所を失ったショックは、辛いに決まっている。
 それでも、アルコンはいつか必ず立ち直る。
 その時、同じ冒険の仲間としてニカノールは安心させてやりたいのだ。

「星喰を倒すよ、みんな。アルコンは帰る場所を奪われたけど……彼女がこれから探して求める場所、進む道まで奪わせちゃ駄目だ」

 腕組みウンウンとコロスケが頷く。
 ナルシャーダに至っては、勝手に感動の清らかな涙を流し、鬱陶(うっとう)しく光り始めている。
 皆、気持ちは同じだった。
 そして、口の回りをハチミツでベタベタにしたノァンも気勢を上げる。

「そうなのです! それで、アタシは考えたのです。星喰は星を食べるのです……その習性を利用して、星喰をまずはおびき出すのです!」


 彼女は、ごそごそと胸元から一枚の紙片を取り出した。
 広げれば、ノァン画伯の最新作がお披露目だ。
 誰もが目を丸くする中、震える手でナフムが指をさす。

「えっと、ノァン? この絵は」
「これが星喰の予想図です! 星を食べるらしいので、すんごく大きいのです」
「お、おう」
「アタシがワーシャとスゥに頼んで、おっきーコンペイトウを作ってもらうのです。それをこう、釣り竿につけて、罠を張るのです」

 ア、ハイ……微笑ましくて思わず、ニカノールは吹き出しそうになった。逆にフォリスは、顔を真っ赤にして(うつむ)いている。
 だが、ノァンのやる気だけはひしひしと伝わってきた。
 そして、バン! とテーブルを叩いてナフムが立ち上がる。

「そうとうでけぇコンペイトウが必要だな! それに耐えうる竿と、あとは糸だ」
「はいです! 長くて太い釣り竿が必要なのです」
「いや、むしろ星……星そのものを餌に使ったほうが確実だな!」
流石(さすが)です、ナフム! だったら、作ってもらったコンペイトウはアタシが食べるです。でも、お星さまはどこに行けば手に入るですか?」
「おいおい、ノァン……チッチッチ、俺たちはどこに立ってる? この大陸は、世界は、なんの上に広がってるんだ?」

 少し考えるそぶりを見せてから、ノァンがパァァと笑顔になった。

「この星があるです! アタシたちのいる星を釣り竿で釣って、星喰をおびき出すです」
「おうよっ! っしゃあ、なんだなんだ、難しく考え過ぎたな俺ら! ワッハッハ!」

 ナフムとノァンが、バシバシと互いの背を叩きながら高笑いをしていた。
 ニカノールは酷く不安に思う反面、いつも通りの展開に奇妙な安堵感を感じる。恐れも気負いもない、冒険者がやることは常にひとつなのだ。
 ノァンが手に持つ不思議な絵、大きなクジラみたいな魔物が星喰だとしても。それ以上に恐ろしい邪悪な存在だとしても、ニカノールたちは恐怖に(すく)むことはないのだった。

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