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 恐るべき破滅の光に()かれて(なお)、ニカノールたちの闘志が燃え尽きることはない。
 彼らを守って、仲間の気配が薄れてしまった。
 だからこそ、そうまでしてくれた想いに応える。
 夢だけを()んで寄り添う者から、星を(むさぼ)る悪夢を叩けと託されたから。

「先手必勝なのですっ! 凄い、パンチッ! 連打パンチ、パンチパンチ、連続パンチです!」

 ゆらゆらと浮かぶ星喰へと突進して、ノァンの両手が雲を引く。握られた小さな拳が、空気さえ引き裂き、音すらも切り裂く。
 無数の痛打をまともに食らって、星喰が僅かにグラリと揺れた。
 誰の目にも、攻撃が通じているように見えた。
 そんな中、ニカノールは不気味な異変を見逃さなかった。

「なんだ……? 星喰の一部が、再生している? 先程全部消えたパーツが、一つだけ」

 最初にその姿を現した時、星喰は直視すらはばかられる邪悪に満ちていた。その全身は、奇妙な機械と呪具にまみれていた。それも、全てを飲み込む恐るべき獄炎を放った瞬間に消滅したが……今また、一つだけ浮き上がるように再生を果たしていた。
 すかさずニカノールは、死霊を放って仲間たちに叫ぶ。

「死霊よ、嘆きにて敵にほころびを……みんなっ! 妙だ、一部だけが再生している!」

 すかさずニカノールに、愛しい声が応える。
 にらいで沸き立つ戦場の空気が、どこまでも冷たく澄み渡った。
 急激な気圧の変化は、高レベルの魔法が圧縮されてゆく高鳴りだ。

「ニカ様、合わせますっ! 本体をノァン様に任せて、わたしが!」

 ワシリーサの掲げる両手が、透き通る水晶を掲げていた。鋭角的に膨らんでゆくそれは、絶対零度の域まで高まる冷気の塊……それは今、小さな「ええいっ!」という声と共に飛翔する。
 魔導師(ワーロック)の術を極めれば、魔法の効果範囲を自在に操ることができる。
 広範囲を殲滅するだけの高威力を、ただ一点に集中することも可能だった。
 だが、星喰は強烈な魔力を身に受けても呻くだけだった。

「思った以上に、再生箇所の守りが……直撃でしたのに」
「いや、効いてるよ! ワーシャ、今の調子でお願い」
「はいっ、ニカ様!」

 ノァンに滅多打ちにされているのもあってか、星喰は反撃らしい反撃をしてこない。時折注ぐ雷や火炎は、コッペペが盾を駆使して防いでくれていた。
 押している、押せている。
 このまま押し切れそうな雰囲気さえ感じる。
 それでも、ニカノールの中でなにかがしきりに警鐘を鳴らしていた。長らく屍術師(ネクロマンサー)として死そのものに親しんできた、その直感が危険を察知していた。
 そしてそれは、不気味な声で顕在化する。

「ボムズチャンバー、回復ヲ維持。機敏ノ光剣、再生ヲ開始シマス」

 抑揚のない声、というよりは音の連なり。
 それがたまたま、ニカノールたちの知る言葉として空気を震わせた。
 とても冷たく、感情が全く介在していない声音だった。
 星喰の声は、さらなるパーツの再生を示していた。

「う、腕がまた生えてきたです!? あっ、コンニャロ! 邪魔するなです!」

 ノァンの攻撃が、突然生えてきた左手に遮られた。
 まるで、膿んだ患部が膨れて破裂する、そういうおぞましい再生だった。
 そして、星喰の手は光の刃でできている。
 あっという間に、周囲にノァンの鮮血が飛び散った。

「ノァン!」
「スゥ様、わたしより……ワーシャより、ノァン様を!」
「わ、わかった」

 大鎌を振りかぶるスーリャが、すぐにノァンのフォローへと駆けつける。
 まるでそれは、ノァン自身から引き出された影のように寄り添った。瘴気兵装をまるでマントのように(ひるがえ)し、スーリャの一閃がノァンの窮地を救った。
 どうやら星喰の左手は、物理的な攻撃を一定数無効化するらしい。
 急いでニカノールは、死霊を補充しつつ前線の仲間を回復させる。
 しかし、先程の声は無情にもカウントダウンを繰り返した。

「大振リノ光剣、再生開始……システム復旧率、32%」

 失われた右手も蘇り、ひときわ苛烈な一撃がニカノールたちを襲った。
 すかさずコッペペが割って入り、盾で受け止める。
 だが、吹っ飛ぶ彼の奥から鋭い斬撃がニカノールを襲った。どうやら敵は、パーティの中でニカノールが司令塔的な立ち位置であると推察したようだった。

「ニカ様ッ!」
「大丈夫、死霊が守ってくれた。コッペペは?」
「イチチ……尻が割れちまうぜ、こいつはよぉ。だが、オイラは不死身なのよね。もち、美人の見てる前でだけの話だけどナ」

 腰をさすって立ち上がるコッペペも、頭部から出血していた。
 それでも彼は、ふてぶてしい笑顔で白い歯を零す。
 そして、コッペペはニカノールの懸念を端的に言葉にしてくれた。

「ニカよぉ、こりゃ……ひい、ふう、みいときて……ふむ。さっき見た時は、本体の他に六つのパーツがくっついてたよなあ?」
「うん。そして、あの強烈な攻撃の後に全て消滅した」
「で、今はせっせと一つずつ再生してやがる。つまり」
「……や、やっぱり?」
「だろうなあ。六つ全部再生したら、また例の殲滅攻撃が来る。そん時ゃまあ……オイラもやってみるがね、防げるかどうか」

 もう、夢喰いのクァイはいない。
 そして、静かに背後で眠るエランテを起こしていい時間でもなかった。
 彼女が目覚めるとしたら、こんな悪夢のような戦場でではない。全ての決着がついたあと、温かいベッドで目覚めを迎えるべきなのだ。それが、クァイの献身に報いてやる形なんだとニカノールは心に結ぶ。
 しかし、どんどん星喰の各部は再生を開始していた。
 もう、時間がない。
 打つ手も少ない。
 けど、絶望には程遠かった。

「ノァン! ジスベルトとの特訓を思い出せ!」
「特訓……おお、おおっ! そうでした!」
「心技体、三位一体。打つ、投げる、極める! 打撃が通じないなら」
「あいっ! そうなのです、オシショー直伝の! 関節技で殴るのです!」

 すかさず意図を察したスーリャが、そろった左右の光剣へと瘴気を向ける。あっという間に呪いの力が、星喰の防御力を局所的に低下させた。
 その時にはもう、密着の零距離にノァンが距離を詰めている。
 彼女は自分の何倍も太い星喰の腕にしがみつき、その関節部を逆側に捻じり上げる。


「今こそオシショーに習った技を見せるです……力こそ、パワーなのです!」

 既にノァンの全身には、無数の縫い傷が浮かび上がっていた。そしてそれは、彼女が全力全開の筋力を酷使することで次々と開いてゆく。真っ赤な血を全身から散らしながら、ノァンはついに全身をバネにして腕をへし折った。
 金属がひしゃげてこすれるような音と共に、星喰が苦悶に呻く。
 守りの左手を封じられたことで、千載一遇のチャンスが訪れようとしていた。

「今です、ニカッ!」
「ああ、ノァン。今、この瞬間……持てる全てをぶつけるっ!」

 ニカノールは、珍しく自分の血潮が燃えている感覚に驚いた。そしてそれが、不思議ではないしおかしくもない。仲間たちがこじ開けてくれた、勝利への細く小さな光。そこへと今、全ての力を出し切る勢いで術を行使した。
 血だるまになりながらも、ノァンが星喰をブン投げる。
 その先へとニカノールは、全ての死霊を炎に変えて放つ。放つ側から召喚して、連続して放つ。紅蓮に燃える死の流星雨が、地面に伏した星喰へと無数に注ぐのだった。

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