ニカノール達に日常が戻ってきた。  それは、世界樹の迷宮を探索する冒険の日々だ。  そのために集まった仲間達も今、ようやく笑顔を取り戻せた気がする。だからだろうか? 新たなる階層、5Fへと分け入った今も、ニカノールの気持ちは軽やかだった。  地図に目を落としていると、早速ラチェルタとマキシアが声をあげる。 「よぉ、見ろよチェル! 感じるぜ……太古の昔に奉じられし、魔曲を宿した石人形の力をな」 「うんっ! またゴーレムさんだね」  先の階層からだが、普段とはまた違ったゴーレムの仕掛けが現れ始めた。  今までは、通路を閉ざす石壁を制御し、維持するためにゴーレムが建てられていた。そのため、ゴーレムを倒して寝かせると、紐付けられた石壁が消える仕組みだ。そして、それらの関係は必ず地図で見て直線上に配置されていたのだ。  だが、このゴーレムは少し違う。  そう思っていると、元気な声が飛び出した。 「はい! はいはい! こゆのはアタシに任せるのです。チェルもマキも……アタシみたいな力持ちにオマカセなのですっ!」  ノァンが猛ダッシュでゴーレムに駆け寄る。  彼女は怪力無双の細腕でゴーレムを押して、ゆっくりと横を剥かせるように回す。かなりの重さの石像なのだが、常人の七倍の筋力を持つ彼女には容易い仕事だった。  その光景に目を細めていると、隣でほがらかな声が響く。 「ニカ殿、ノァン殿は普段の元気を取り戻されたようですな。拙者、話をお聞きした時は驚き申した……しかし、メルファ殿やヨスガ殿に事情を説明され、今はホッとしており申す」  穏やかな声もどこか言葉が硬いのは、武芸者のコロスケだ。本名は河上虎狼介直房というのだが、武門の出だけあって礼節を尊び常に配慮を欠かさない。彼を迎えたことで、ネヴァモアのメンバーは一層充実した陣容となったのだ。  ニカノールも地図でゴーレムの仕掛けを確認し、コロスケの言葉に頷く。 「本当によかったよ。でも……僕って無力だなあって思うよ。あんまし役に立てなかったからさ」 「それで構わんのです、ニカ殿。ニカ殿にはニカ殿のできることがあり申す。できぬことがあるからこそ、人はこうして輪を作り、和を持って支え合う」 「そうだね。そういうことを言ってくれるだけでも、君と一緒に冒険できてありがたいよ」  頷くコロスケと一緒に、再度ニカノールは目を細める。  視線の先では、ゴーレムを一人で90度回転させてしまったノァンが、腕組みムフー! とドヤ顔だ。左右のラチェルタやマキシアも、しきりに感心したように手を叩いている。  そして……今まで道を塞いでいた巨大な岩石が消えた。  岩石と言っても、明らかに人の手で……高度な魔法で処理された石の障壁だ。カミソリすら入り込む隙間がないほどに、ぴったりと通路に置かれた立方体。それが今、ゴーレムの視線がそれたことで移動したのだ。  新しい仕掛けは、ゴーレムの視線の先の石壁を動かせる……ゴーレムを回転させることで、別の通路へと移すことができるのだ。 「ニカ! 見ててくれたですか? アタシ、役立つです!」 「うんうん、凄いよノァン。力仕事ならやっぱりノァンだね」 「ハイです! アタシ、マスターのためにも頑張るって決めたです。コッペペや酒場のママさん、評議会のレムスも言ってたです! 世界樹のてっぺんに登れば、願い事が一つだけ叶うのです!」  それは、冒険者達が囁き合う世界樹の伝説。  かつて動乱と戦火が世界湯を包んだ時代の、いわくつきの伝承である。  不思議な力で天へと伸びる世界樹には、挑む冒険者への不思議な加護があるという。そして、世界樹の迷宮を極めた者には、どんな願いも思うがままだと言われていた。  だが、ニカノールにとりあえずの願いはない。  ただ、不死身のコシチェイ家の人間として、秘術により彼の心臓を両親がいずこかへ隠した。一子相伝の禁術により、ニカノールは死して尚も動く不死人となったのだ。そして、彼の封じられし心臓は実は……どうやら世界樹の中に隠されているらしい。 「そういえば、コロスケ。君は世界樹になにか願いがあるのかい?」 「拙者、それを探すための修行の場と思うております。また、我が願いは既に成就されつつあり……ニカ殿達との冒険が続く限り、叶えられ続けるでしょう」 「そっか。修行かあ。僕ももっと、術に磨きをかけないとなあ」 「左様。お互いまだまだ若輩の身なれど、ここは世界樹の迷宮……修練の機会には事欠きませぬ。焦らずゆるりと心身を鍛え、謎と神秘に共に挑むが吉かと」  コロスケはどこまでいっても生真面目、クソ真面目、バカ真面目な男だった。  そして、不思議と彼がニカノールにはとてもありがたい仲間にも思える。  背後で女の子の声がしたのは、まさにそんな時だった。 「やっほー、頑張ってるね! もうここまで進んで来ちゃったんだあ」  振り向くと底には、桃色の髪を揺らす一人の少女が立っている。  謎の屍術師、リリだ。  以前もそうだったように、彼女は唐突に現れる。そして、警戒心を励起させる前にニカノール達へ笑顔を向けてくるのだ。今も、屈託のない微笑みで目の前に歩いてくる。 「流石、私が見込んだだけのことはあるな。ネヴァモアにトライマーチ……うん、どっちのギルドも凄くいい感じ」 「やあ、リリ。君は今日も一人かい?」 「うん。いつもは相棒がいるけど、ちょっと忙しいみたい。だから、一人」 「そっか」  そうこうしていると、ノァンとチェルマキコンビが戻ってくる。  三人寄ればかしましい、その三人にリリが加わって一層賑やかな言葉が飛び交った。 「リリ、お疲れ様なのです! 元気そうでなによりなのですっ!」 「ノァンもね。チェルもマキも。この先は気をつけて……危険な魔物が待ってるから」 「ヘヘ、安心しなリリ! オレの剣技とチェルの爆発力があれば、フッ……まつろわぬ刻の傍観者たる階層の守護者も、一撃必殺の連続波状攻撃で一発KOだぜ!」 「マキちゃん、連続攻撃じゃ一発KOじゃないよ! 多分、百発KOくらいだよ!」  基本的に皆、バカだ。  見守るニカノールもコロスケも、バカだった。  リリだけが「そ、そうかなあ」と苦笑を浮かべている。  これがネヴァモア、そしてトライマーチに集ったライトスタッフ達。誰もが皆、ポジティブ過ぎる強い気持ちに溢れている。力はまだまだなのに自信過剰で、勢いとノリだけはいい危なっかしさの塊……そしてそれをあまり自覚していない。  それでも、自分達をニカノールは結構いいと思っていた。  躓き立ち止まる時もあるし、失敗も挫折もある。  だが、それでも進むことをやめない仲間達がニカノールは好きだった。  そんな一同を見渡し、リリが少しだけ声を真面目に尖らせる。 「でも、本当に気をつけてね? この先には、第一階層の鎮守ノ樹海を守る敵がいる。先へ進む為の階段を封印している、強力なゴーレムがいるの」  今までのゴーレムは、物言わぬ石像として与えられた術式を実行し続けていた。己の瞳に宿る力で、対応する石壁を維持していたのだ。  だが、最後に待つゴーレムは違うという。  自らの力で、挑み来る何者をも許さず排除する石巨人。  その存在を聞いても、ニカノールはリリに笑うだけだった。 「ありがとう、リリ。でも、進まなきゃ。万全を期するつもりだし、僕は一人じゃない。僕達ならきっと、そう悪いようにはならないさ」 「……そう。仲間を信頼してるんだね、ニカ」 「リリが自分の相棒に向けてる気持ちと同じだよ。みんな一緒、同じなんだ」 「うん……私もそうだったら、いいなあって思う」  それからニ、三のアドバイスをして、リリは笑顔で去っていった。  ニカノールは、リリが見えなくまで手を振るノァン達三人娘を見守る。一緒に腕組み頷くコロスケも、一段と優しい表情で精悍な顔立ちを崩していた。  そして、このすぐあと……ニカノール達は最後の扉の前へと到達するのだった。