断末魔の絶叫を張り上げ、魔獣ヒポグリフは業火に包まれ燃え落ちた。  同時に、ちゃっかりラチェルタとマキシアを抱き締めていたナルシャーダも、容赦なく頬を叩かれてKOされた。  レヴィールは、幼馴染の二人の猛烈さを改めて思い出した。  二人共グーで殴っていた。  だが、無事に勝利を勝ち取った。  全員が生きている、それが一番嬉しい。 「コロスケさん、大丈夫ですか? こんなに血が」 「なに、深手は一つもござらん。ニカ殿との約束、果たせて何より」 「ニカさんと……約束?」 「左様。ギルドマスターとは、時に仲間達へ経験を積む場を譲り申す。こうして今日の一戦、勝った以上の意味が後々出てくるのでござるよ」  確かに、レヴィール達はまだまだ半人前、未熟な冒険者だ。  いかに祖母から英才教育を受けたとはいえ、レヴィールにとって本格的な冒険は初めてである。それは、両親からそれぞれ体質と機敏さ、器用さと利発さを受け継いだラチェルタも同じだ。マキシアだって、絵物語でしか冒険を知らぬ筈である。  だが、今日いろいろとわかったことがある。 「コロスケさん……私達、まだまだ弱いんですね」 「なに、最初から強い者などおりませぬぞ」 「ええ。自分が未熟で、どれくらい未熟かがわかりました。これを糧に、ということですね。そうと分かれば!」  キリッとレヴィールは表情を引き締める。  自分も大した怪我はないのだが、ヒポグリフの注意を引き付けるために緊張の連続を強いられた。剣を頼りに攻撃をいなして受け流す、その技術には少しだけ自信があった。  だが、現実は厳しかった。  ヒポグリフの攻撃を捌ききれず、最後には捉まったのだ。  コロスケが援護してくれなかったら、今頃はあの鉤爪で握り潰されていたかもしれない。  身震いが込み上げ、それを追い払うようにピシャピシャとレヴィールは頬を叩く。 「よしっ! 帰って反省会ね! チェル、マキも! 一度アリアドネの糸で帰るわよ? ……って、あら? 二人は、どこかしら」  気絶してるナルシャーダを担いで、コロスケも周囲を見渡す。  ラチェルタとマキシア、通称チェルマキコンビがいない。  酷く目立つ二人だし、一分だって黙っていられない賑やかさが特徴なのに……その姿が、どこにも見えないのだ。  そう思っていたら、ヒポグリフが縄張りとしていた崖の、その向こうから声がする。 「あったぜ、チェル! こりゃ、上への階段だ!」 「つまり、第三階層だね! ううー、どんなとこだろ」  レヴィールは慌てて走り出す。  コロスケも続いてくれたし、同じことを考えているようだ。 「いかん! 我等も消耗が激しい故、ここは一度帰還すべきかと!」 「ええ! でも……あの二人、そういう聡いこととは無縁なんです……ノリとテンションだけで動いちゃうんですもの!」  レヴィールの目にも、上へと登る階段が見えてきた。  そして、その向こうへと二人の気配が去ってゆく。  まだみぬ第三階層は、アルカディア評議会でも現段階での情報開示を禁止している。つまり、それだけ危険な場所なのだ。恐らくその先を知っているのは、以前から接触してくる凄腕冒険者、ソロルとリリの二人くらいだろう。  疲労で気怠い身体に鞭打って、レヴィールは階段を駆け上がる。  そして、視界が開けて新たな冒険の舞台が姿を現した。 「なっ……こ、これは?」 「むう、なんたる邪気か! レヴィ殿! 拙者から離れずに続いてくだされ!」  コロスケも、背のナルシャーダを背負い直して神妙な面持ちだ。  そう、レヴィールも悪寒に震えが止まらない。  第三階層……そこは、薄暗い中に延々と広がる古戦場。世界樹の中に、怨念と憎悪を閉じ込めた魔境が広がっていた。ひんやりと冷たい空気は湿っていて、薄ら寒いのに妙な汗が滲む。  そこかしこに朽ちた武具が転がり、点々と白骨死体も見受けられた。  警戒心を最大限に発揮していると、悲鳴が響く。 「ふおおおおお! チェル! おっ、おおお、おばけ! 幽霊だ!」 「まって、マキちゃん! 落ち着いて!」 「だっ、だだ、駄目だ……オレは、駄目なんだ! ……フッ、我が血脈が父より引き継いだ記憶を覚えておる……クッ、怪異や悪霊め! 沈まれ、オレの右手っ!」 「あわわ、マキちゃんが壊れた!」  声のする方へとレヴィールは咄嗟に駆け出した。  限界を越えた肉体は、彼女の逸る気持ちになんとか動いてくれる。  抜刀して角を曲がると、白骨の剣士が二人の前で剣を振り上げていた。骸骨は全身の骨をカタカタ鳴らしながら、手にした蛮刀に暗い光を集める。 「クッ、間に合わない!? チェル! マキッ!」  ラチェルタにしがみついた、マキシアはその場にへたりこんでいる。あれではラチェルタも、戦おうにも戦えない。まして二人は、先程の戦闘で消耗しているのだ。  そして、マキシアがこの手のホラーやオカルトが苦手なのを思い出す。  父親もそうだが、親子揃って幽霊の類が全く駄目なのだ。  レヴィールが骸骨の背後に斬りかかろうとした、その時だった。  不意に銃声が響く。  否、それは砲声と言った方がしっくりくる。  一発で骸骨の戦士は、東武の頭蓋骨を木っ端微塵に砕かれた。 「ヘッドショット!? 大口径の音っぽかったけど……!?」  レヴィールは首を巡らし、くゆる硝煙の臭いを辿った。  身動きが取れずに縮こまっているラチェルタとマキシアの前に、一人の竜騎兵が立っていた。巨大な銃を片手で軽々と構えて、もう片方の手に盾を持っている。  黄金の鎧に身を包んだ、隻眼の麗人……以前も助けてくれた、エクレールという騎士だ。  その姿を見た瞬間、不思議とレヴィールは全身の力が抜けて膝を突く。  安堵と同時に、遅れてきた恐怖と戦慄がガチガチと歯を鳴らす。  そんな彼女に対して、エクレールは玲瓏な声音で話しかけてきた。 「おチビちゃん達、駄目ね……私がいなかったら全滅ですわ? 戦いは常に、勝利のあとが最も危険。……私はそう教えた筈でしてよ?」  意外な言葉に、思わずレヴィールは「えっ?」と顔をあげる。  暗くてよく見えないが、眼帯をした顔は前髪もあってよく見えない。ただ、ラチェルタの鱗を思わせる金色の甲冑は、それ自体が呼吸しているかのように小さく蠢いていた。  そして、彼女の眼帯に複数の目が一斉に花開く。  その瞳は、ジロリとラチェルタとマキシアを一瞥して、また消えた。  レヴィールはどうにか声を絞り出す。 「あ、あの……エクレール、様。また、助けられました……立ち上がれぬ、ご無礼を、どうか」 「よくてよ、レヴィ……レヴィール・オンディーヌ。今の貴女に、騎士としての礼節を求めるのは、それは分不相応というものだわ。そうじゃなくて?」  返す言葉もない  そっとコロスケが手を貸してくれて、ブルブルと震えながらレヴィールは立ち上がる。  エクレールは銃を盾の裏に仕舞うと、去り際に一言。 「その先に樹海磁軸がありますわ。それで早くお帰りなさいな……でないと、死にますわよ? ここはそういう場所、絶望と業苦を閉じ込めた死地。覚悟なくば、戻りなさい」  それだけ言って、エクレールは毅然とした足取りで去ってゆく。  不思議とレヴィールは、その背中をどこかで見たことがあるような気がしていた。