アルカディア評議会からの、新たなミッション。  それは、かつて暴王が君臨した時代の、伝説の遺物の発掘だ。当時、四つの種族が団結して戦ったが、その中心人物だったアースランの騎士がいた。彼の子孫が、レムス達アイオリスの王族なのである。  当時、その騎士は四つの聖なる武具を身にまとっていた。  その全てを、探し出してほしいという依頼だった。 「ま、最初は見つかる訳ねーと思ったけどよ」  バノウニの前を大股で歩きながら、アーケンがぼやく。  その横では、盾を背負ったカズハルがうんうんと頷く。 「ニカさんがもう、兜を見つけたって言ってたよなあ」 「コッペペさんもそういえば、鎧をゲットしたって」 「意外と見つかるじゃねーか。なあ?」  いつもの三人で、バノウニは薄暗い迷宮を進む。第三階層『晦冥ノ墓所』は酷く冷たい空気が澱んでいた。  この場所に来ると、バノウニはどこか陰鬱な気持ちに沈んでしまう。  生まれと育ちゆえに、自分のダミ声に染み付いた力を思い出してしまうのだ。  だが、アーケンとカズハルは全く気にした様子がない。周囲の陰気な雰囲気も、呪いにも似た奇妙な体質のバノウニ自身にも。 「おう、バノウニ。なんか歌えよ」 「えっ? いや、それは」 「暴王の歌があるんだって? 興味あるな……伝説の人物だからさ」  歌を求められるのは、バノウニにはとても珍しい。そして、嬉しい。世は歌につれ、冒険の道連れは賑やかな方がいい……ただそれだけの、気安い友人の言葉だ。  そして、バノウニに歌ってほしいと願い出る声は、それだけではなかった。 「わたくしもぜひ、おききしたいです。バノウニさんのうた、わたくしはすきですよ」 「と、ささめ様も仰ってることだ、バノウニ。景気よく、一曲頼むよ」  少し後ろを歩いていた武芸者の少女が、にこりと微笑む。死ばかりが漂い沈殿したこの迷宮で、まるで闇夜を照らす月のようだ。  おっとりとたおやかなささめの笑みに、三者は三様にデレデレと表情を緩めた。  従者のハヤタロウが、すかさず不敬だと軽く咎めてくる。 「じゃ、じゃあ少しだけ……でも、みんな変だよ? 俺の歌が聴きたいなんてさ」 「あ? なに言ってんだ、むしろ俺等はお前に歌わせたいんだよ。だろ、カズハル!」 「まーね。音痴なんじゃなくて、声が独特だから……むしろ、味? うん、味があるんだよ」  ささめもハヤタロウも、静かに頷いていた。  そういうものかと思うと、少しだけ嬉しい。そして、ここは魔物のはびこる迷宮の奥だ。今は仲間の四人しかいないし、ハヤタロウが従える猟犬も心なしか待ちわびたように尻尾を振っていた。  ではでは、とバノウニは歌声を披露する。  ギターはないが、皆の歩調がそのままリズムになった。  遥か昔、アルカディア大陸の戦国乱世……その中から現れた奸雄、悪逆なる暴王。彼は圧倒的な力で大陸を蹂躙し、世界樹さえも手に入れようとした。そんな暴王に、敢然と立ち向かった勇者達。初めて四つの種族が、手に手を取って協力した瞬間だった。  狼ががなるような声が割れ響く。  バノウニも気付けば、太古の英雄譚へと想いを馳せていた。  不思議と周囲では、濃密な負の感情が薄らいでいくように感じた。  だが、突然ハヤタロウが足を止める。 「ばば様からお借りした牙丸が……ささめ様! みんなも! この奥でなにか音が……古い武具がガチャガチャ鳴ってる音がする」  すぐに猟犬の牙丸が飛び出した。  その背を追って、ハヤタロウが走り出す。  慌てて叙事詩を引っ込めると、バノウニも急いであとに続いた。アーケンが死霊を召喚し始め、カズハルは銃を抜いた。  戦いの音はもう、猟獣士の鍛えられた聴力がなくとも響いてくる。  そして、バノウニは唖然とした。  今までしずしずと歩いていたささめが、猛ダッシュで駆けてゆく。重い太刀を四本も携えているのに、その小さな背中はあっという間に見えなくなってしまった。  ハヤタロウが「ささめ様!」と叫ぶ声だけが、あとを追って迷宮の奥へ吸い込まれる。  ささめを飲み込んだ扉の向こうへと、転がり込むようにしてバノウニは身構える。 「ささめさん! 大丈夫ですか! みんな、こっちだ」 「わたくしはだいじありません。このかたをいま、おたすけしました」  よく見れば、白衣を着た小さな少女が蹲っている。どうやら香草師のようで、何故かブルブル震えながら……彼女は両手に握った薬草を頬張っていた。  本来、香草師は各種薬草を調合して、薬効のある香りを生み出し冒険を助ける。  だが、少女は涙目で薬草をムシャムシャと食べ続けていた。 「ふええ……がっ、がが、骸骨が! こういう時は、幻覚を抑える薬草で……落ち着くためにも、精神安定効果のある薬草で!」 「すこしパニックのようですね。さ、みなさん。このかたをおまもりしつつ、いちどもどりましょう」  周囲は広い部屋で、そこかしこで骸骨の化物が立ち上がっている。皆、朽ちた武具と骨とをガチャガチャ言わせながら近付いてきた。  一体ならばなんとか対処できるが、数が多い。  自然とバノウニは、いつもの呼吸でアーケンやカズハルと連携をとった。  腕力にものを言わせて、今にも死霊を鷲掴みにせん勢いで使役するアーケン。そしてカズハルは、落ち着いて盾を構えて皆を守ってくれる。バノウニも、並み居る不死の魔物へと力を奪う呪を施した。たちまち瘴気が集まり、バノウニの周囲に満ちる。  最近、バノウニは闇狩人として瘴気の兵装を使いこなしつつあった。  ささめは片手でヒョイと件の少女を肩に担ぎ……もう片方の手で四本の剣を全て抜刀する。右手の指と指の間に、まるで鉤爪のように扇状に刃が並んだ。 「では、まいりましょう。そのまえに……ハヤタロウ、そちらのかたにもごじょりょくをねがいましょう」  不意にささめが、怜悧な視線で骸骨達を睨めつけ笑う。  なんのことかと思った瞬間、ハヤタロウが誰もいない空間を指さした。 「そこに隠れてる方! アイオリスからずっとつけてきてますね? 今は非常時、我々だけでなく貴方も危険な筈です!」  バノウニは驚いた。アーケンもカズハルも同様である。  誰もいない暗がりから……ハヤタロウが指さした方向とは全く違う場所から、人影が浮かび上がってきた。  ハヤタロウは「あっ」と表情を凍らせたが、慌ててそっちの方へと指を向ける。  ジリジリ迫る骸骨の群れを前に、ささめの声はまだまだ穏やかで普段通りだった。 「やはり、ニカさまがおっしゃってた……あんさつしゃ。ノァンさまのかいたにんそうがきのとおりですね。……きょうりょくねがえませんか? スーリャさま」  またもバノウニは驚いた。友人二人と一緒に真顔になる。ハヤタロウも流石に、ありえないとばかりに目元を手で覆った。  ノァンが先日描いてくれた、彼女のマスターであるフォリスを狙う暗殺者……謎の闇狩人スーリャ。だが、その人相書きはお世辞にも上手いとは言えなかった。人の顔と認識することが難しく、最低限の身体的特徴しか読み取れないのだ。  だが、ささめは再度「そっくりでしたね」と微笑む。 「……何故、私の気配を察した。完全に己を殺していたのに」 「さっき、です。つよいさっきがあふれでていました」 「なるほど。でも、私のターゲットは……背教者フォリス。お前達ではない」 「スーリャさんも、ひとりではだっしゅつがむずかしいのではないでしょうか」  周囲は既に、折れて欠けた剣を手に骸骨が十重二十重……この魔物は、微かに日の差す陽だまりの中へと誘導してやれば、光に当たって自然と朽ち果てる。だが、周囲は見渡せど闇ばかり……迷宮の構造は今、完全に冒険者達を閉じ込めていた。  腹を括ってバノウニが大鎌を構えると……スーリャはなにも言わずに、側まで来て背を守るように武器を手に取るのだった。