第三階層『晦冥ノ墓所』……その最深部、新たなフロアに冒険者達は到達した。  そして、フリーデルは地図を睨んで身を引き締める。  15階は、次の階層へ通じる階段がある筈だ。  同時に、それを守る手強い魔物が待ち受けている筈であう。  だが、隣の義兄弟にして相棒は、先度からニヤニヤと締まらない笑みでからかってくる。その原因にして元凶が、パーティの先頭でこちらを振り返った。 「掃討完了、安全を確保しました。行きましょう、お父様」  白磁のような顔で、竜騎兵の少女が振り返る。  彼女は、ポン子……ロジカル・コンポーネント・オートマトン第一号である。シシスが錬金術を駆使して、迷宮からもたらされる素材で作り上げた自律人形だ。  その開発に参加し、人格や情緒に関する回路を設計、構築したのがフリーデルである。  なので、不本意ながらどう見ても若い娘にしか見えないポンコツに、父様と呼ばれている。因みに、彼女のボディや駆動部の加工をほぼ全てやったのに、カズハルはそのままカズハルと呼び捨てにされていた。  そして、やっぱりナフムが肘で小突いてくる。 「ようよう、お父様だってよ……お前、よかったじゃねえか」 「気持ち悪い笑いはよしてくれよ、ナフム。君が俺の立場だったら、どう思う?」 「そりゃあ勿論……むず痒くてたまらねえな。しかも、俺はそんな歳じゃねえ」 「そう思うなら、加減してくれよ。俺も実際、弱ってるんだ」  ポン子の性能は、背後でフフンと得意げなシシスが言う通り、かなり高い。冒険者としてシシスを補佐する目的もあるので、頑強なボディに精度の高い攻撃、そして鉄壁の防御力を誇る。  だが、その性格は……お世辞にも、フリーデルが設計した通りとは言い難かった。  あのコーディングで、どこをどうやったらこんなトンチキ娘ができるのか、理解に苦しむ。多分、自分の担当した細部を統括する、シシス謹製のメインシステムに問題があるに違いない。  そのシシスだが、フンスフンスと鼻息も荒く迷宮を進み始める。 「さあ、行くよわっ! 今日中にこの15階を突破してみせるわ!」 「……無茶を言うな」 「なに? エランテ、大丈夫よ! 私の秘密道具もあるし、なによりポン子の性能があれば不可能はないわ!」  駄目だ、早くなんとかしないと。  眠りこけたエランテに宿るクァイが、露骨に不安な沈黙を広げている。だが、肝心のシシスにはどこ吹く風だ。  そして、やれやれと思いつつフリーデルもナフムにチクリとやり返す。 「まあ、連れて歩くだけなら便利だし……ナフム、君より彼女の方が高性能かも知れないね」 「おいおい、よせよせ! 照れるって……って、なぬ!? お、俺がポン子に劣るっていうのかよ、兄弟!」 「腕のいい竜騎兵の方が、冒険の難易度は格段に下がる。それだけの話さ」 「ぐぬぬ。いいぜ、不レッド! 見てろよ……おいポン子! ちょっと先頭変われ! 俺が手本を見せてやるぜ」  わかりやすい意思表示で、ナフムがガチャガチャと鎧を鳴らして歩く。  流石にちょっと言い過ぎたかと思ったが、本意ではないことは伝わっているだろう。その証拠に、オイオイ見てろよ兄弟! と言わんばかりに、振り向くナフムがイイ顔で親指を立ててくる。  この陰気な迷宮の中で、彼の明るさとポジティブさはありがたい眩しさだった。 「さて、おいポン子。俺の早撃ちを見て、腰を抜かすなよ」 「メイン盾来た! これでかつる! ご心配なく、腰部ジョイントは特別丈夫に造られてまっす。ほら、夜戦とかギシギシやりますから」 「お前なあ……やっぱどっか壊れてるんじゃねえか?」 「御冗談を、おじ様」 「おっ、おじ様だあ!? や、やめろ、馬鹿! 鳥肌立つだろ」 「おじ様は父様の兄弟とお聞きしました。本当の兄弟ではなくとも、わたしから見て叔父ということに」 「お父様、禁止な? わかったか」 「了解だぜ、オジキ!」 「……っべー、微妙にイラッとするぜ、こいつ」  二人が奇妙な夫婦漫才をやり取りしている、その時だった。  不意に悲鳴が響いた。  誰もが空気の震えに振り返るが、静寂。  不気味なまでの沈黙から、再度絶叫が聴こえてきた。  しかも、その声にフリーデル達は聞き覚えがある。 「今の声は……ソロルッ! ナフム、みんなも! 急ごう」  地図を見ながらフリーデルは、仲間達と共に走り出した。  ソロルは達人級の冒険者で、顔見知りである。確か、屍術師のリリと二人だけのギルドを結成している。迷宮探索では、フリーデル達の二歩も三歩も先を進んでいる筈だ。  だが、どんな戦いにも遅れを取ることのない彼女は今、再度逼迫した声を響かせる。  既に背後では、ふらふら走るエランテが祈祷の術を広げ始めている。ナフムも銃を抜きつつ、脳裏に無数の魔法を呼び出し始めた。  やがて、開けた広間の中央にソロルの背中が見えた。 「ナフム、見つけた! 彼女を守ってくれ。……ポン子、ちょっとよく見てなよ」 「がってん! やっぱりおじ様の方が頼れるメイン盾ですか? お父様」 「俺達は優劣を競ってる訳じゃない。生きて帰るためには、強さと一緒に賢さが必要になるのさ」  ナフムは咄嗟に、抜き放った銃で周囲のモンスターを牽制した。敢えて当てずに、注意を引くため散発的に弾丸を放つ。  次の瞬間にはもう、数で圧倒されていたソロルの前にナフムは盾をかざしていた。 「お前達は……済まない!」 「いいさ、ソロル。あとでおごれよ? んじゃまあ……片付けちまおうぜ!」  フリーデル達は戦闘に突入した。  彷徨うように飛び交う幽鬼の群は、かなりの数が密集している。背後ではエランテを守りつつ、シシスがしっかりと魔法の準備をしていた。  どうやら、背中は任せてよさそうだ。  そして前衛では、銃声が輪唱を奏でて敵を撃つ。  ポン子の射撃は精密機械そのものだが、時として訓練された人間の力はそれに勝る。回路に電算処理を走らせるよりも、人間の反射神経や洞察力は速い。 「やりますね、おじ様」 「あたぼうよ、誰に言ってんだ、誰に!」  二人を魔法で援護しながら、ナフムはソロルへと駆け寄った。  深い傷ではないが、派手に出血している。なにより、長時間戦っているのか疲労も顕だった。 「ソロル、リリはどうした?」 「フリーデルか……リリが、消えちまった。多分、一人で迷宮に……今日、あいつの様子がおかしくてな。昨日、オレとこの15階に到達してから、突然」 「まずいな……こんな危険な場所に、屍術師が一人きり」  屍術師は前衛で戦闘もこなすが、基本的に打たれ弱い職業である。幼くしてベテラン冒険者となったリリならば、単独で動く危険さなど重々承知な筈だ。  だが、彼女は敢えて一人で迷宮に飛び出した。  なにがリリを駆り立てるのか……不安にフリーデルの胸中は落ち着かない。  そして、シシスの声がさらなる危機を伝えてきた。 「ちょっと、後ろからも来たわよ! 凄い数だわ!」  気が付けば、フリーデル達は囲まれていた。  濃密な魔素の中を、無数の亡者達が迫りくる。  まるで、ソロルの行く手を遮り、助けに来たフリーデル達もろとも葬ろうとするかのようだ。そこには、古戦場の戦死者とは別の意思、怨念のようなものが感じられるのだった。