冥府の王、その名はアンデッドキング。  その玉座へ挑む仲間達を見送り、ナフムは再び盾を身構えた。既に体力も精神力も、限界に近い。ここまでの道中は、激戦に次ぐ激戦、正しく死闘だった。  だが、ここで終わり、終着点ではない。  この先にまだ、世界樹の迷宮は続いているのだ。 「よぉ、フレッド。ところで、よ」  続々と通路の向こう側に集結する魔物を見やりっつう、ナフムは相棒にして義兄弟のフリーデルに声を掛ける。 「なんだい、ナフム」 「ここは第三階層の最下層、そして俺達は当初……昇り階段の近くにあるであろう、隠し通路を目指してた。定番の、帰路への直通の近道だ」 「そうだったね……ま、今はもう手ぶらじゃ戻れない」 「あったりまえよ! で、だ……その昇り階段てなあ、あの辛気臭い王様の背後にあると思うか?」  フリーデルが意外そうな顔をした。  今までの経験を元にすれば、各階層の最後には手強い敵が待ち受けていた。そして、戦いは避けて通れず、勝利せねば次の階層へは進めない。  それはまるで、この世界樹の迷宮の摂理のようなものだ。  であれば必定、アンデッドキングの背後に階段がある筈である。  本来ならば、とナフムは巨大な扉を振り返った。 「ニカの奴なら上手くやると思うがな……そこはあんまし心配してねえよ」 「ぼんやりしてても、なかなかどうして偶にしぶといからね」 「そうだ。で、さっき地図を見たが……どうも妙なんだよ」  ギリギリの戦闘を重ねてたどり着いたため、地図には空白地帯が多い。だが、現在地点を記せば、仰々しい扉の向こうは恐らく一つの巨大な部屋が広がっている。  そこに階段があるとすれば、この周囲には隠し通路が存在する筈だ。  だが、ざっと調べた限りどこにも見当たらない。 「つまり、昇り階段は全く別の場所にあるということか……推測の域を出ないが」 「ま、生きて帰ったら、次はそいつを探すことになる。とりあえず地図にメモしといたからよ」  そう言って羊皮紙を丸めてしまい、再びナフムは銃を手にとった。  残弾は少ないし、弾薬を再分配したが少し心もとない。僥倖というべきは、背後で祈りを捧げるエランテ以外は、皆が銃を手にして遠距離攻撃に徹することができることだ。  凄腕の闇狩人ソロルを援護するには、ほぼ完璧な理想的編成である。 「ほらほら、そこの二人! 男の子同士で喋ってないで、急ぎなさい! 敵が来るわよ」 「お父様、おじ様。このわたしがいるからにはご安心ですぞー? ではでは、ちょっと失礼して」  よいしょ、とポン子がナフムに盾を並べてくる。  彼女には先程ネジを巻いてやったので、しばらくは無限の体力で働いてくれるだろう。  竜騎兵としての腕だけは、ナフムもポン子を認めざるを得ない。  もっとも、彼女の持つ記憶と経験を術式で書き込んだのは、あのフリーデルなのだ。機械仕掛けの人形は、意外とナフムの実力を元にしているのかもしれない。  そんなことを考えていると、身の毛もよだつ絶叫が迸る。  死者の群は互いに競うようにして、扉の前の広間に溢れ出た。 「援護を頼むぜ、ネヴァモア! トライマーチも! っしゃ……ここはっ、通さねえ!」  ソロルが大鎌を構えて躍動する。  あっという間に骸骨の一団がバラバラに砕けて混ざりあった。音を立てて崩れ落ちる骨を踏みしめ、次の敵が殺到する。  ナフムは祈祷師のエランテから広がる光を見に宿して、湧き上がる力のままに銃爪を引く。敵を引きつけるソロルの死角をカバーし、扉へ向かう道を塞ぎ続ける。 「クソッタレ、数が多いぜ!」 「ソロル、無理すんなよ! おいポン子、いざとなったらお前が飛び出して」 「がってーん、です! ソロルさんをお助けすればいいんですね、おじ様」  なんだか調子が狂うが、腕だけは頼りにしている。  シシスとフリーデルも、消耗しきった精神力をなんとか集中させて術を紡いだ。時折飛んでくる魔法が、亡霊達を真っ赤な炎で包んで消し去る。  終わりの見えない攻防戦の中で、ふとナフムは奇妙なことを思い出した。  以前、仲間のバノウニ達も同じような状況に陥り、死地から生還した。  その時、神話や伝承、おとぎ話に謳われた存在が助けてくれたという。 「そういやガキの頃、絵草紙で読んだな……久遠の刻を生きる吸血姫。ヘッ、夢物語を頼る程、俺は弱っちゃいねえぜ!」  狙い違わず、ナフムの弾丸が敵を射抜く。  最小限の射撃で、次々と危険度の高い魔物から仕留めてゆく。  劣勢には変わりないが、仲間のニカノールが親玉を倒せばそれで勝ちだ。それまで持ちこたえればいい。  決して望みを捨てぬのが冒険者なら、これほど自分向きな商売はないとナフムが笑った。  そして、絶望に抗うナフムが気迫を叫んだ、その時……伝説は再び冒険者の希望となる。 「……ついに見付けたぞ。彼の王、アンデッドキング……大いなる戦の影に暗躍し、ルナリアの秘宝を簒奪せしめた卑劣な男。見付けたわ……私は、お前を、見つけ出した!」  闇が澱んで、暗がりの中になにかが集束してゆく。  その中から、真っ赤な衣を身に纏った女が現れた。  バノウニが言っていたことと同じで、ナフムは思わず目を丸くする。他のメンバーも同じだったが、現れた少女……そう、うら若き少女が手にした大鎌を振るう。  風が突き抜け刃となって、あっという間に敵の一団を薙ぎ払った。  そのまま彼女は、動きの鈍ったソロルの背に寄り添う。 「私はシャナリア、貴方達に加勢するわ。よくも見つけてくれたものね……ずっと探していた。この古戦場のどこかに、馬鹿弟子の置き土産が巣食っていることは知っていたけど」 「あ、ああ……えっと、シャナリア。助かるんだが……何故だ? 二度までも俺達を」 「四種族の絆……アースランとルナリアが互いを兄弟と呼び、異種族同士の間に生まれた子が生きる時代。今という時代を望んだ馬鹿弟子の、そのフォローってとこかしらん?」  シャナリアは舞い踊るように刃を振るう。  しかし、魔の眷属たる彼女でも多勢に無勢だ。だが、ナフムはここが勝負所と相棒を振り返る。アムリタを手に、フリーデルも大きく頷いた。  防御を構えた状態から一変、ナフムは盾を捨てて走り出した。  攻勢に出て押し返し、そのまま押し切る……そうしている間に、ニカノール達がアンデッドキングを倒してくれると信じる。それに賭けることにしたのだ。 「いい見切りね、ふふ……少し昔話をしましょうか」 「昔話だ? 余裕ある奴ぁいいね、ったく!」  シャナリアから溢れ出る闇が、さらなる深き暗黒で死者を包んでゆく。敵の動きが鈍る中で、ナフムは愛用の銃にロングバレルを接続して銃身を継ぎ足した。  そして、バスターカノンのチャージを開始しながら両足を踏ん張る。 「今からそう、何百年も昔の話よ……一人の馬鹿な少年がいたわ。群雄割拠の乱世の中、父王の駒でしかない彼は願った。いがみ合う四種族、そして同種族でさえ争う世の中を変えたいと」  部の道を修め、世界を学んだ少年は辿り着いた……無限の刻を生きる吸血姫の元に。さらなる叡智を強請って、彼は半ば強引に彼女を師と仰ぎ出す。  やがて、彼は学んだ全てで仲間を集め、全ての種族に絆を結ばせるために起った。  乱れた世の全てを一繋ぎにまとめるため、この世の全ての敵となったのだ。 「歴史は彼を暴王として記録した。それはいいわ……けどねっ! あの馬鹿に金魚のフンみたいにくっついてた奴が、今じゃ死者の国で王様面してる! 私はそれが気に入らないわ!」  誰も知らない歴史の真実を、ナフムは知ってしまった。  暴王は悪、非道の暴君だった……それは変わらない。しかしその始まりに志があって、それを利用した男がいたことを知ったのだ。そして、その男は今……ギルドの仲間達を決戦の玉座に招いた。  友を信じて戦う中で、ナフムは真実を胸にしまって銃爪を引き絞る。  苛烈な光が銃口から迸り、死人の群をまとめて消し去るのだった。