カズハルは初めて見た。  あのポン子が、凛々しく表情を引き締めている。黙ってそうしていれば、彼女がとても綺麗な顔立ちの乙女なのだと、これも初めて知った。  今までのおどけてだらしない印象が、あっという間に消え去る。  そこには、怜悧にして玲瓏、冷たい美貌の戦闘人形が生まれていたのだった。 「んじゃ、ま……ちょっくら本気、出し、マスカット!」  銃を構えると同時に、ポン子は盾を捨てた。  その盾がまだ、宙に浮いてるうちに……彼女は地を蹴り、あっという間に魔物に肉薄する。無数の蔦を触手のように蠢かせるドリアードは、広場の奥に鎮座して動かない。  ポン子が距離を詰めた瞬間、ドリアードの表情が驚きに凍る。  だが、容赦なく零距離でポン子は銃爪を引き絞った。  銃声が何度か響いて、そして落下した盾が金属音を立てて転がった。 「おっしゃ、取ったどー! ……って、ありゃ? なんかやべー感じだぞい?」 「離れろっ、ポン子!」 「ほいさっさ!」  口調だけがまだ、以前のようにイラッとする。  ドリアードが金切り声を叫んで、ポン子を絡め取るべく蔦を伸ばす。四方八方から伸びるそれを、器用にポン子は空中で全て避けた。  人間には不可能な関節の動きと、その自由度を完全に使い切った気持ち悪い回避だった。  そうしてズシャリと着地したポン子は、リボルバー式の銃から空薬莢をばらまく。 「カズハル、なんかあれ……回復してるっぽい?」 「あ、ああ。つまり」 「わたしの今の攻撃、無駄だった、的な?」 「まあ、まるっきり無駄でもない……見ろ、さっきより活性化してる!」  そう、ドリアードはまるでダメージを負っていない。  正確には、今しがたポン子が叩き込んだ銃弾の痛みを、あっという間に癒やしてしまった。先程確かに、核となる人型の中枢へポン子は攻撃を集中させた。  だが、ドリアードは驚きこそしたものの、さらに怒りを燻らせ超回復力を見せつけてきたのだ。 「こりゃ、長期戦になるかな……だとしたら、持つのか? 俺たちだけで持ちこたえられるのか」 「とりま、もっかい行こまい!」 「や、ちょっと待ってポン子。完全にいたちごっこになる……むしろ、ドリアードの回復力を超える打撃を与えられないと、詰んじゃうよ」 「まじですかー!? うわぁ、えげつなっ!」  カズハルは冷静を自分に呼びかける。  以前も、第三迷宮『晦冥ノ墓所』で窮地に陥った。無限に湧き出すかのようなアンデッドを相手に、辛い持久戦を強いられたことがある。あの時はシャナリアが助けてくれたが、今回はそういう奇跡は起こらないだろう。  奇跡を期待してはいけない。  結果的に奇跡だったとしても、その可能性を広げる戦いをしなければいけないのだ。  そして、カズハルの仲間たちも諦めてはいないようだった。 「よぉ、こりゃヤベェな。ちょっとバンカーどけてくれ。フルで死霊出すからよ」 「相手の攻撃力を下げ続ける! いつまで持つかは、ちょっと自信ないけど」 「アーケン、バノウニも!」  カズハルには頼れる友人がいる。  彼等にとっても、自分がそうだったらいいと思える仲間だ。  この状況は絶望的だが、そこで絶望してしまわないのが冒険者なのだ。 「とりあえず、まずはあさひを降ろしてやっか。バノウニ、そっちは頼むわ」 「わかった! アーケンは死霊でみんなを守って」 「んじゃ、ま……いつもの感じでやるしかないね」  三人の少年は、同時に地を蹴った。  その瞬間、今まで立っていた場所に落雷が降り注ぐ。その眩い光の照り返しを受けて、カズハルは全身の筋肉をフル稼働させた。重い盾と鎧の、その重さを忘れてゆくかのような高揚感。極限状態で今、カズハルは銃を撃ちつつ敵の注意を引く。  バノウニの大鎌が、もうすぐ空中のあさひを救出する筈だ。  その隙をアーケンが死霊でフォローする。  とすれば、まずはドリアードをこちらに引きつける。 「そうだ、こっちだ! 俺を狙え! ……しっかし、凄い回復力だな」  先程からポン子が、積極的に攻撃を仕掛けている。  カズハルも銃弾を叩き込んでいるが、その都度ドリアードの傷は塞がってしまうのだ。致命打どころか、蓄積するダメージすら与えられていない。  逆に、カズハルたちの体力が少しずつ削られてゆく。  だが、諦めない。  諦めてやらない。  ここでドリアードを倒しておかなければ、自分たちより未熟な新米冒険者が餌食になるのだ。そう思ったら、自然と身体が熱く燃え上がる。  そして、意外な人物からの一矢が状況を変えた。 「えっ? 今、矢が……弓!? いったい誰が――ッ!?」  一本の矢が、ドリアードの中心部に突き立った。  それが飛来してきた方向へと、カズハルは肩越しに振り返る。  そこには、へたりこんで震えながらも弓を構えるジェネッタがいた。 「ウッ、ウチ、友達だから……友達だからっ! 悪いことしてるドリアードちゃんは、止めないとですよぉ」  カズハルは、その瞬間を見逃さなかった。  ドリアードは、自分の胸を貫く矢を見下ろし……忘我の表情で一瞬だけ止まった。まるで、友人に撃ち抜かれた自分に混乱しているようだった。  そう、確かにそういう顔をしていた。  そこに付け入る隙を見い出せば、冒険者はチャンスを逃さない。 「今だっ! ポン子!」 「ほいさっさ! いわゆるひとつのぉ、フルバーストッ! 的なやつっ!」  ポン子の銃が火を吹いた。  連なる銃声が連続して、全ての弾丸をドリアードに叩き込んでゆく。  そして、アーケンとバノウニもまた走り出していた。 「おう、バノウニ! あれをやっぞ!」 「え……あれ!? 練習しても一回も成功しなかったじゃないか」 「それはなあ、何故かってーと……練習だったからだ! 本番なら、やれるっ!」 「無茶苦茶だ! そういうノリ、嫌いじゃないけどさ。どうせ、成功しなきゃやれるだけだ。ならっ!」  バノウニの全身を、一際強い瘴気が覆ってゆく。  その禍々しいゆらめきに、アーケンの使役する死霊が吸い込まれていった。  いったいなにが……思わずカズハルは、二人のフォローに回りつつ思い出す。以前、酒場で朝食を食べながら「合体攻撃とか格好よくね?」「なんかベテラン冒険者っぽい!」「それって必殺技にしたいよな」みたいなことを話し合った記憶がある。  そして、確かにアーケンとバノウニは、二人で時々なにかを試しているのをカズハルは見ていた。 「おっしゃあ! 翔べっ、バノウニ!」 「うわわ、身体が軽いっ!? これなら!」  闇狩人の持つ瘴気兵装は、負の力を具現化させた攻防一体の鎧だ。そこに今、三体の死霊が吸い込まれて合体している。  バノウニは今、暗い炎の翼を広げてドリアードに迫る。  その手に持った大鎌が、全力で横薙ぎに叩きつけられた。  絶叫する死霊の嘆きが、その斬撃に何倍もの力を与えていた。 「よしっ、取った! 回復は……しない、な。なんとか倒せたか」  全力の一撃を放ったバノウニが、瘴気兵装を解除すると同時にその場にへたりこむ。アーケンも同様で、勿論カズハルだってこれ以上は動けない。  だが、この勝利は奇跡じゃない。  ジェネッタの友達を想う気持ちが、カズハルたちへ勝利をもたらしたのだ。  やっと自由になったあさひも、流石にいつものような明るさがない。  一方で、早速ポン子は鼻歌交じりにドリアードから使えそうな素材を切り取り始めているのだった。