第六階層『赤方偏移ノ回廊』の探索は続く。  果てなき星空の迷宮は、宇宙と呼ばれる大海にどこまでも広がっている。ラチェルタには、その無限に等しい道のりが嬉しくて堪らなかった。  危険は数しれず、苦難と困難の連続ばかり。  それでも、彼女の好奇心と探究心は、闇を照らす灯火のように瞳を輝かせるのだ。 「ねえねえ、マキちゃん!」 「おうっ、どした? チェル、ゴキゲンじゃねえかよ!」  今日も親友のマキシアと一緒で、ラチェルタはモチベーションが高い。既に迷宮の調査は、ワープゾーンが乱立する中で新しいフロアへと移っていた。  勿論、冒険は難航しているし、その足取りは牛歩の如くだ。  だが、確実に前進しているし、ラチェルタたちもそれを後押ししているのだ。  今は、一緒にパーティを組んでるささめとハヤタロウがいない。二人共、少し前のフロアで宝箱を回収しているのだ。不思議なことに、こんな前人未到の迷宮にも宝箱がある。同行するアルコンの話では、世界樹から伸びる航路が具現化させた人の願いだという。  そんな訳で、あまり遠くに行かぬように言われている、が。  遠くでなければいいとラチェルタは思っていたし、それはマキシアも同じようだ。 「ここね、ここ……地図、まだ埋めてない通路があるよ!」 「お、いいねえ。ちょいと見てこようぜ。この並びだと、どうせ行き止まりだけどよ」 「でも、また光の柱があって、シュババッ! って別の通路に飛んじゃうかも」 「それもあっか……じゃあ、なおさら行ってみねえとな!」 「うんっ!」  勿論、空白地帯の一歩先は、闇。  鬼が出るか蛇が出るか、それは誰にもわからない。  唯一はっきりしていることは……冒険者が自分の目と耳で確かめ、我が身一つで進まねばなにもわからないということである。  そして、今まさにラチェルタがマキシアと進もうとした、その時だった。 「ちょっと! 二人共、待ちなさい? もっ、どうして目を離すとすぐ、突っ走っちゃうのかしら」  ピタリとラチェルタは停止した。  マキシアもだ。  二人で並んで振り返ると、そこには腕組み胸を反らした保護者面があった。少し年上のレヴィールは、いつもお目付け役のように口うるさい。  だが、彼女とも気心知れた仲で、仲良し三人娘である。  エヘヘと二人は、悪びれずに笑う。 「ほらほら、レヴィ。この先にまだ地図にない通路があるんだよ?」 「そうだぜ、さらに先に次への階段だってあるかもしれねえ」 「だからって、貴女たち二人で行かせると思って? 危ないじゃない」  溜息をつきつつも、レヴィールは困ったような苦笑い。そして「ちょっと待ってて」と、ラチェルタたちを手で制する。  レヴィールは剣を抜くと、慎重に通路の向こうへと歩いてゆく。  その背が、角を曲がったところで気配を消した。  やはり、この先には別の場所へ瞬間移動させる装置があるようだ。  ラチェルタはマキシアと顔を見合わせ、急いでレヴィールを追う。  背後であられもない悲鳴が響いたのは、そんな時だった。 「やべぇ! レヴィの声だぜ! あっちだ!」 「あっちだ、けど、マキちゃん! こっちから多分、ワープした先だよ!」 「おお、そっか! んじゃ、行くぜチェル!」 「あいあいおー!」  我先にと二人は走り出した。  あっという間に、レヴィールを追って曲がり角の先へ駆ける。そこには、見慣れた装置が淡い光を湛えている。  迷わず飛び込めば、全身が軽くなる。  まるで空気に溶けてゆくような、不思議な感覚。  それも一瞬で、気付けばラチェルタは見知らぬ場所に立っていた。  そして、目の前に震えてへたり込むレヴィールの姿がある。 「あっ、ああ……チェル、マキ……だ、駄目……来ちゃ、駄目」 「駄目ってこたぁねえだろ、レヴィ! へっ、助けに来たぜ!」 「そうそうっ、やっぱ三人一緒じゃないとね! ……へ? あ、あれ? なにこれ」  目の前は行き止まりだった。  そう見えたのは、あまりにも巨大な魔物が道を塞いでいたからである。  巨体の主は、圧迫の牛魔人。  ニカノールやノァンから話は聞いていたが、ラチェルタが直接見るのは初めてである。そして、見ると聞くとは大違い……あまりにも恐ろしく、圧するような殺気に満ちている。  一目で強敵と知れたが、迷わずラチェルタはマキシアと前に出た。 「レヴィ、しっかりして! やっぱ、この先まだ通路が繋がってる……こいつをやっつけないと進めないのかな」 「左右にやり過ごす場所はねえぞ? 誘導して遠ざけるのも無理じゃねえかよ!」 「なら、マキちゃんっ!」 「おうっ!」  まるで壁のような巨躯が、ゆっくりと迫ってくる。  レヴィールもようやく立ち上がると、パシパシと両頬を自分ではたいた。そして、普段の沈着冷静な表情を取り戻す。  三者は三様に構えて、輝く切っ先を敵へと向けた。  背後にも、別行動していたささめとハヤタロウが駆け付けてくれる。 「まあ、とてもおおきなマモノですね。ハヤタロウ」 「はっ! 脚を止めますので、各方! ゆめゆめ油断召されるな!」  ささめがその手に、四振りの太刀を同時に抜いた。それはまるで、舞姫が踊る際の扇のようだ。ハヤタロウも弓を番えて、相棒の猟犬を解き放つ。  本日の大一番が始まったと思えば、不思議とラチェルタは全身が猛る。  気持ちが昂り、地が滾る。 「うおおっ、行くぜチェルッ!」 「うんっ!」  おぞましい絶叫で、牛貌の魔人が吼え荒ぶ。  びりびりと肌をヤスリがけされるような圧力の中、ラチェルタは身を低くして馳せた。マキシアと共に疾駆し、二手に分かれて左右の隙間へと己を捩じ込んだ。  同時に、巨漢の脇腹を切り裂き、払い抜ける。  再びマキシアと合流して擦れ違えば、ゆっくり圧迫の牛魔人が振り返る。  出血させたが、あまりダメージを与えられていないようだ。 「チェルさま、マキさまも。ここはわたしが」 「ささめちゃん! よーしっ、マキちゃん! ここは合わせるよっ」 「よっしゃ! ヘイ、レヴィ! ちょっち奴の注意を逸らしてくれ!」 「やってるわよ! もうっ! こんなの、かすっただけでもただじゃ済まないわ!」  相変わらずレヴィールは、細い突剣一振りで強撃をいなしている。器用に流してさばき、完璧に受け切っていた。  そして、大きな背中側に抜けたラチェルタは、高々と剣を頭上に掲げる。  マキシアも同時に、同じポーズで集中力を研ぎ澄ましていった。  フェンサーの奥義、チェインのスキルを最大限に発揮させるための力だ。 「では、きりますよ……いざ、じんじょうに、しょうぶですっ」  ささめの跳躍が、圧迫の牛魔人に天を仰がせる。白く肥大化したその巨体を揺すって、敵はささめだけを見て角を振り上げた。  だが、まるで神楽を舞うようにささめが空中を自在に飛び交う。  よく見れば、ハヤタロウの射掛けた矢が左右の壁に突き立っている。  恐るべき軽業を駆使して、羽のようにささめは剣舞に踊った。 「っしゃあ、行くぜチェル! 爆、剣、連っ、鎖ぁ!」 「ビリビリ剣法、いっくよー!」  ささめの斬撃が光と走り、その軌跡をラチェルタはマキシアと一緒になぞった。雷鳴が稲妻となって突き抜け、灼熱が業火の如く爆ぜる。二人の雷撃と火炎が、ささめの攻撃を何倍にも膨らませていった。  断末魔の声を響かせ、圧迫の牛魔人が崩れ落ちる。  その先にラチェルタは見た……今までとは色の違う、冒険者を誘うような天への光を。