激震の大地が、汗と血とを吸い込み躍動する。  ナフムは激しい振動の中で、必死に盾をかざして陣地を守っていた。周囲の岩や倒木、携帯している土塁袋にも砂を詰めて積み上げた。  それは真昼の一夜城にして、砂上の楼閣だ。  自分でも、オリファントの猛攻に耐え凌ぐ防御力がないことぐらいはわかっている。だが、無茶で無理でも、無意味ではない……フリーデルやシシスといった魔導師を守るのは、竜騎兵たるナフムに与えられたチームの役割だ。 「しっかしよお、フレッド! 滅茶苦茶な魔物だな、ありゃ!」 「え? なんだって? 聴こえないよ、ナフム!」 「クソッタレなバケモノだって言ってんだ! あーもぉ、早く帰って夢見の夜魔亭で一杯やりてえ!」 「それは同感だね! 全くだ……美味い酒と飯、白いシーツに美しいレディ」 「となりゃ、ここいらが勝負時だな! ――来いよ、デカブツッ!」  もうもうと土煙を上げ、巨大な戦神が突進してくる。  オリファントという災厄の姿は、ただ移動するだけで深刻なダメージを冒険者たちに与えていた。踏み締める地面は常に大地震で、吼え荒ぶその姿を見ただけで身が竦む。恐怖に自分が震えているのか、それとも振動で揺さぶられているのかもわからない。  だが、そんな中でナフムは仲間たちと必死に戦線を維持していた。 「ニカッ! 次の一撃に賭けるっ! この陣地は放棄するから、そこに死霊を呼び込め!」 「わかった、ナフム! 頼むよ、一発決めちゃってくれ」 「任せな! ヘヘッ、三度目の正直……お見舞いするぜっ!」  シシスから渡された延長用のパワーバレルを、愛銃へと再び装着する。一撃必殺、バスターカノン……零距離でのこの一撃で、倒せない敵はいない。  否、過去にはいなかった。  そして、今はもう状況が違う。  威力を増幅されたバスターカノンを至近で浴びて尚も、オリファントは猛り昂ぶる。  ダメージが通ってる手応えがあるのに、弱る気配が全くないのだ。 「正真正銘、こいつで看板だ……そらっ、全部っ! もっ、て、けえええええっ!」  珍しくナフムは、絶叫の気迫で自らを奮い立たせる。  目の前には既に、絶壁の如くオリファントが迫っていた。その眉間を狙って、よく引き付けてから……スイッチ。激しい衝撃と反動で吹き飛ばされながらも、木っ端微塵になる陣地の中でナフムは両足を踏ん張った。  頭上を今、悠々とオリファントが通過する。  巨大なその股下で、陽光を遮られたままナフムは呆然と振り向いた。  あっという間に通り過ぎた、まるで竜巻のような猛威が遠くでターンする。 「くそっ、なんだありゃ! 反則かよ! ――アチチチッ!」  既に赤熱化したバレルは、音と白煙とを巻き上げている。それを外して捨てつつ、瓦礫の山と化した中からナフムは這い出た。直ぐにニカノールが死霊の召喚でフォローしてくれたし、フリーデルもシシスを小脇に抱えて脱出している。  だが、これでもうオリファントの猛攻を防ぐ手立ては失われた。  同時に、頼みの綱の必殺武器も鉄屑と化したのである。  盾と矛、両方を失ったかに見えたが、不思議とナフムに笑みが浮かぶ。恐怖と畏怖よりも、いまだかつてない未知と神秘の強敵に武者震いが止まらなかった。 「ヘッ、上等じゃねえか。おい、フレッド! お前、なんか逆転の策を考えろ!」 「気楽に言うねえ……ほら、シシス。立てるかい? ……ふむ、なくもないが、どうかな」 「そいつを聞かせな、俺はそれに全てを賭ける。賭けて負けたら、この命で払うさ」 「相変わらず剛毅なことで。シシス、ニカも聞いてくれ。最後のチャンスに賭けてみよう」  既に先程から、正面切って打ち合っていたまきりの姿が見当たらない。あの女傑が死ぬとは思えないが、一抹の不安が脳裏を過る。  達人級の武芸者ともなれば、二刀一刃の型をも超える力を持つ。卓越した妙技は、ささめのように四刀で剣戟に舞うことも可能だ。だが、その代償に、防具を着込む余裕がなくなる。そして武芸者たちは皆、我が身の危うささえも力に変えるのだ。  セリアンとは一種の戦闘民族で、その精神性にはナフムも呆れつつ感心してしまう。  そうこうしていると、迫るオリファントを見やってフリーデルが言葉を選んできた。 「ナフム、みんなも聞いてくれ。オリファントは恐らく、下からの攻撃にはめっぽう強い。あの巨体だ、あらゆる敵が下方から攻撃してくる。必定、そっちの防御力が異常に発達、進化したんじゃないかな」 「なるほど、そりゃ撃っても撃っても弾が通らねえ訳だ」 「逆に、頭上からの攻撃にはそうでもないと考える。巨大な鳥の魔物とて、オリファントに挑む個体は少ないだろうしね。伝説の竜と戦う機会もそうないと思うしさ」  極めて冷静で、なにより建設的な分析だ。その言葉に、肩で呼吸を貪りつつシシスが話を付け足す。そしてそれは、分の悪い賭けだが一筋の光明にも考えられた。 「なら、手はあるわ。エクレール風に言えば『私にいい考えがある』ってやつよ」 「終わったな……フレッド、今まで世話になったな」 「ちょ、ちょっと! なに勝手に黄昏れてるのよ! いい? 上よ、上を取って戦うの」  あっという間にオリファントが近付いてくる。まさしく、動く災害そのものだ。だが、ナフムは仲間たちの頷きを拾い、無駄に頼もしい声を聴いた。  今まで姿が見えなかったまきりが、血塗れで腕組みオリファントの前に立つ。 「ナフム! 話は聞かせてもらった! わはは、ならばわたしに足止めを任せろ!」 「ありゃ、お前さん……ほんとにタフなやっちゃな、まきり」 「なーに、二度や三度死んだくらいでは死に切れん。この死合、捨て身でかからねばならんと見た!」 「おいおい、仲間のために命を捨てて、みたいなのは勘弁しろよな」 「おうてばよ! 我らセリアンの山都魂……命は使うもの、そして燃やすものと見つけたり!」  まきりは、両腰にはいた四振りの太刀を大地に突き立てる。  その時、不思議なことが起こった。  並べた刃の数だけ、まきりが増えた。四人になったのだ。だが、直ぐにナフムは気付く……それは全て、残像。今、まきりの驚異的な身体能力が、人間の肉眼に錯覚を刻む程に高速で動いているのだ。  四人のまきりは瞬時に剣を手に取り、四方に散ってからオリファントを囲む。 「我が太刀に斬れぬものなし……おおおっ、チェストオオオオオオオオッ!」  巨木にも似たオリファンの脚が、四本同時に血飛沫をあげた。  その時にはもう、魔法を放つフリーデルとシシスを背に走り出す。ニカノールの死霊に守られながら、絶叫を張り上げるオリファントへとナフムは疾駆した。  その左手が盾の留め具を外して、銃へと弾薬をリロードする。  瞬間、強烈な炎と嵐が爆ぜて膨らむ。  二人の仲間の魔法は、正確にナフムを包んで炸裂したのだ。 「しゃあ! 来たぜ来たぜ……こいつが正真正銘、乾坤一擲ってやつだっ!」  ナフムは宙を舞っていた。  外した盾で爆風を受けて、その上に両足で立ってバスターカノンを解き放つ。脚部へのダメージで静止したオリファントの、ほんの僅かな隙へと最大火力を叩き付ける。  見えぬ波に乗って馳せるように、ナフムは巧みな体幹バランスで正確に狙い撃った。  そして、絶叫を張り上げ倒れるオリファントの上に落下する。  恐るべき太古の怪物は、ついに大地に突っ伏し動かなくなった。  だが、まだ生きている。  ナフムは山のような巨体の上で、最後の一発を飲み込む銃をオリファントの額に突きつける。すぐに横に、相棒が同じく銃を向けて並んだ。 「幕引きだ、ナフム。お疲れさん」 「おま……さっきの魔法、本気だったろ! 俺じゃなかった死んでらあ!」  文句と同時に笑みが浮かぶ。勿論、フリーデルも最高に悪い笑みを零していた。そして、息せき切ってシシスがよたよたやってくると、長い長い鼻をよじ登って二人の間に割って入った。 「はぁ、はぁ……信じられない。こんなの、科学的、じゃ、ないわ……ぜぇ、ぜぇ。でも、悪くないわね。やっぱし私って、天才、なんだから」  シシスも銃を抜くと、フリーデルと一緒に視線をナフムに投じてきた。  応じるように頷き、ナフムは最後の銃爪を引き絞る。 「あばよ、オリファント。……もう眠れ、暴王のとこに帰んな」  三発の銃声が一つに重なり、それが平原に静寂を連れてくる。  こうして、恐るべき太古の怪物は倒され……世界樹の迷宮で土へと還ってゆくのだった。