どこまでも平坦な風景が、縦に横にと連なっている。その中を歩くうちに、バノウニたちは何度も探索済みのエリアへ放り出された。そして、道は常に一方通行……再び新たな区画への入り口へと戻される。  それでも、おぼろげながらフロアの中に秘密の空白地帯が姿を現す。  そこだけ一定の広さで、恐らく隠された広間があるようにバノウニには思えた。 「とすると……こりゃ、あれだなあ?」  バノウニが書く地図を、隣からアーケンが覗き込む。  既に道筋は絞られ、確実に最後の道程は見え始めていた。それをしげしげと眺めながら、アーケンはニヤリと笑う。 「お宝が隠されてる、ってのが定番じゃねえか」 「それさあ、アーケン……ほら、この間の」 「……やっぱ、そう思うか?」 「思う思う、カズハルだってそうだろ?」  以前の苦い思い出が蘇る。  探索済みかと思われた第一階層『鎮守ノ樹海』に、新たな道が記されたあの日。その奥に進んだバノウニたちは、恐るべき魔物との死闘を経験した。  ドリアードと呼ばれる、凶暴な樹霊との遭遇戦。  ジェネッタの機転とポン子のデタラメな強さがなければ、恐らく全滅していただろう。  今も思い出すだけで、バノウニはぞっとする。  だが、虎穴に入らずんば虎子を得ず、である。  その証拠に、件の区画が近付くにつれ、仲間たちは身構え緊張感を身にまとっていた。そして、先頭を歩くカズハルが壁の向こうに消える。 「あれ、ここは一方通行じゃない……で、さ。ここに扉があるんだけど」  カズハルの言う通り、不意に視界が開けた。  そこだけ妙に空気が澄んでいて、荘厳な扉が水晶の柱に挟まれている。ちょっとした社のような雰囲気だが、少し不気味だ。祀られたというよりは、封じられたと思えるような、そんな雰囲気があるからだ。  無数の複雑な迷宮構造と、高度な術式を使った隠蔽工作。  間違いなく、ここには秘匿されたなにかが眠っている。  それは、後方のコロスケとナルシャーダもひしひしと感じているようだ。 「ナル殿、扉でござる。……些か嫌な雰囲気でござるな」 「うむ、この気配。いるな」 「左様、待ち構えて候」 「では、ゆくか」  アッ、ハイ……思わずバノウニは、フラットな表情で頷くしかできなかった。  そして扉が開かれる。  ギギギとかしいだ音が、閉ざされた年月を如実に物語っていた。 「さてさて、鬼が出るか蛇が出るか……ほう?」  背後でナルシャーダが、気障ったらしく鼻で笑う。  そう、まるで祭壇のような部屋の中央に……妖艶なる美貌がバノウニたちを迎えた。  女だ。  それも、美人である。  だが、睦み合うような言の葉もなく、金切り声が鳴り響いた。  びりびりと肌が震え、瞬時にバノウニたちは武器を構える。  腰の太刀に手をかけつつ、コロスケは平然と笑った。 「ふむ、蛇ですな。それも、とびきりの邪悪にて」  そう、蛇……まさに蛇女としか思えぬ怪物が鎮座していた。その巨体を見上げながら、バノウニは脳裏の記憶を引っ張り出す。  確か、古い民話や伝承に登場する怪物……名は、ラミアだ。  神々の眷属でありながら、災いをもたらす化物へと堕した存在である。  そして、同じ知識をナルシャーダもまた、思い出したようだ。 「……ラミア、か。美しく、ない。いや、造形は美しいのだが。だが、まてよ? この醜美が入り交じる姿もまた、新たな美の顕現と言えなくもないのでは?」 「あのー、ナルさんっ!」 「まあ、待て。レディは随分と空腹のようだが……恐らく、数百年単位でのダイエット中だったと見える」  つかつかとナルシャーダが、無防備に歩み寄る。  そして、彼はおもむろに自己顕示欲を解き放った。  不思議なポージングと共に光が溢れ……そして、絶叫。  ラミアの太い尾がしなって、ナルシャーダを鞭打つ。彼なりのコミュニケーションは、ファーストコンタクトの段階で拒絶されたようだった。壁へと吹き飛ばされたナルシャーダは、そのままずるずると崩れ落ちて動かなくなった。 「う、うう……うおおっ! よくもナルの兄貴を!」 「いや待って、ちょっと待ってアーケン。今の、どう見てもナルさんが」 「っていうか、死んでないよね? と、とりあえず、この流れって――」  なし崩し的に戦闘が開始された。  コロスケは落ち着いていたものの、なんだか釈然としないバノウニ。だが、すぐに瘴気を帯びて己に呪詛の力を呼び覚ました。  両手に握った大鎌が、空気を引き裂き振りかぶられる。  ラミアもまた、いよいよけたたましい声を張り上げ襲い来る。  世界樹の迷宮は常に、栄光も名誉も危険と隣り合わせ……そして、数百年前の暴王の時代には、大戦争があって様々なものが世界樹に取り込まれていったのだ。  恐らく、このラミアもまた太古の昔に封じられし者。  それに触れた今は、解き放たれる前に倒すしかない。 「先手必勝っ、奴の攻撃力を……削ぎ落とすっ!」  闇狩人の気迫で、呪念をラミアへと向ける。  殺意も顕な怪物は、澱んだ空気の層に覆われ呻いた。負のエネルギーを操り、相手の能力を弱体化させる……これが、闇狩人だけが使う瘴気兵装の奥義。そして、バノウニは本業こそ吟遊詩人と思っているが、日々の鍛錬を欠かしたことはなかった。  動きの鈍ったラミアへと、仲間たちの攻撃が火を吹く。 「おっしゃあ! 次は俺だ!」  アーケンが続けざまに死霊を召喚し、解き放つ。  嘆き叫ぶ炎の塊が爆ぜて、ラミアは痛みに苦痛に身悶えた。  手応えは、ある。  それに、守りの備えも抜かりない。 「おっし、バンカーはこれでオッケー! みんな、こっちへ!」  カズハルが既に、簡易的な防御陣地を構築していた。  ラミアが、耳元まで避けた口から毒々しい紫焔を吐き出す。沸騰したように空気が熱を帯び、烈風となって部屋中で逆巻いた。  だが、バノウニたちはダメージらしいダメージも追わずにその攻撃を耐えしのぐ。  決して油断はせず、過信も慢心も今は贅沢として戒める。  ただ全力で、本当の自信を取り戻す戦いが続いた。  そして、コロスケも伸びてしまったナルシャーダを抱えながらバンカーの影にやってくる。 「妙でござるな……もろすぎる」 「と、言うと」 「封印されし魔物なれば、もう少し凶暴で手強い筈にて」 「ま、まあ、そうだけど……結構いっぱいっぱいですよ! これ以上強かったら洒落になりませんって!」  だが、コロスケの言うことも確かだった。  遥か昔、この地にラミアを封じて鎮めた者がいる。それは、何故か? どうして、バノウニたちが戦える程度の魔物を? その答を知るには、勝利の先へ進むしかない。  そして、その前に真実がちらりと素顔を見せた。  攻めあぐねたラミアの全身が、まるで膨らむように震えた。  その下半身から飛び散った鱗が、そこかしこで無数の蛇へと姿を変えてゆくのだった。