戦況は一変してしまった。  カズハルは改めて、どうしてラミアがこの地に封じられていたかを思い知らされる。  この魔物は、危険だ。  それも、野生の魔物とは比較にならない程に凶暴である。  神話の世界から現れた、それは蛇神とでもいうべき驚異なのだ。 「クッ、まずい! コロスケさんっ!」 「委細承知! まずはナル殿を」  先程、無防備に歩み寄ったナルシャーダは、まだ部屋の隅で失神して転がっている。  その周囲に、無数の蛇が忍び寄っていた。  ラミアが飛ばした鱗が、無数の蛇となって部屋中に満ち始めていた。  その奥へと下がりながら、さらに苛烈な攻撃をラミアが放つ。  あっという間に数で圧倒され、カズハルたちは窮地に陥っていた。 「カズハル、バンカーだ! もう一つバンカーを作れ! 俺の死霊を全部引っ込める!」 「アーケン、ごめん! バノウニは敵を牽制して!」 「わかった! 数が数だけに、俺の得物向きだっ」  バノウニが前に出て、両手で大鎌を横薙ぎに振り抜く。  鋭い刃が、何匹かの蛇を両断した。  だが、その屍を乗り越えて群れなす蛇が大挙する。  恐らく、猛毒を持つであろう毒蛇だ。そのことを確認したくはないし、我が身を持って知るというのはまっぴら御免だ。  急いでカズハルは、周囲の石塊や岩を集めてバンカーを掘る。  現時点ではもう、ラミア討伐どころではなくなってしまった。  穴蔵に籠もって、百蛇の津波を押し返すのが精一杯である。 「まずいな、弾がもう……と、とにかくリロードして撃つしか――」 「危ない、カズハルッ!」  不意にバノウニが、横から体当りしてきた。  それでカズハルは、バラバラと弾薬を落としてしまう。慌てて拾ってそれを銃に込めれば、バノウニが武器を落としてうずくまっていた。  その隙をアーケンがカバーし、カズハルもすぐにバノウニに駆け寄る。 「か、噛まれた……手が、痺れて」 「毒だ、ちょっと待ってて」 「いや、アイテムでなんとか……カズハルは、周りの援護を」 「麻痺毒かな? いや、むしろ呪いの類かも」  どうやら、バノウニの腕力が封じられたらしい。風切の刃を歌わせる奏者は、そのタクトを持つ手を奪われてしまったのだ。  背後を見やれば、コロスケが一人で約半数の蛇を処理してくれている。  流石のコロスケも、言葉を挟む余裕がないほどの運動量だ。  絶体絶命という言葉が脳裏を過る。  だが、今回だって諦めない。  失くした自信を取り戻す、そのために自分を信じると決めたから。 「……みんな、聞いてくれ。多分、この蛇の大群は……本体を倒せば消えると思う」  カズハルの言葉に、二人の友人は気色ばむ。  きっと、自分の考えていることを察したからだ。  だから、真っ先にバノウニが反論を唱えた。 「駄目だ、カズハル……捨て身でかかっても、ただ勝つだけじゃ、駄目なんだ」 「賞賛はある。一気に本体に肉薄して、バスターカノンで勝負に出るんだ」 「この蛇だらけの部屋で、奴に近付くのは」 「そこだよ、そこ。この敵意の蛇地獄を飛び越え、一撃浴びせて戻ってくる……そういう問題の答を探してるんだ。大丈夫、考えるんだ。冷静に、状況をよく見て思考を巡らせれば」  こんな時、速攻でメンバーが一人戦闘不能になったのが痛かった。  だが、不思議と責める気分にはなれない。むしろ、女性を前にして美を誇らぬナルシャーダなど、不気味でしかたがないからだ。そんなことは凶兆だろうし、縁起が悪い。通常運行な方が安心できるし、ありがたい。  それに、こんな中でもカズハルは絶望してはいなかった。  それはコロスケも同じ様子で、忙しく敵を切り裂きつつ呟く。 「せめてナル殿が健在であれば……いや、無理は言うまい」 「ですよね。でも、らしいっちゃーらしいんで」 「左様。美を見て見せぬは愛なきなり、などとうそぶく御仁でござる。いやしかし、実に惜しい……ナル殿の魔法が大活躍という局面で」  ピクン! とナルシャーダの身が震えた。  おや、と思ったところで、すかさずカズハルも言葉を続ける。 「ですよねー、今日のこのピンチを、颯爽と! 華麗に! 美しくひっくり返すのは、ナルさんだけだよなあ」  待ってましたと、バノウニとアーケンも悪乗りしてきた。 「そうだぜ、そうに違いねぇ。ああ、見たかったなー、ナルの兄貴の大魔法」 「きっと、物凄い英雄譚、壮大な叙事詩が紡げるだろうになあ」  滅茶苦茶に棒読みだったが、効果てきめんだった。  とつぜん、むくりとナルシャーダが身をもたげた。  フフフと肩を揺らす、不気味な笑いと共に。 「フ、フフフ……フッ、フハハハハッ! 俺様、復活美! ああよせ、よすのだ……今は俺様を讃えている場合ではない。なに、こんなのはただの絶体絶命だ、任せ給えよ!」  今だ、今この瞬間……これを待っていたんだ。  咄嗟にカズハルは、バンカーを飛び出て走り出す。またたく間に、周囲に蛇が群がってきた。進路を塞ぐように、シャーシャーと唸る敵意が十重二十重。  だが、背後でチン! と鍔鳴りの音が響く。  一拍遅れて、ラミアへの最短距離を剣閃が突き抜けた。 「今でござる、カズハル殿!」 「ありがとうございますっ、コロスケさん!」  カズハルは走った。  疲労の蓄積した肉体に、着込んだ鎧が重い。  そして、切り開かれた道がすぐに埋まってゆく。  背後からアーケンの死霊が、そしてバノウニの呪詛が歌となって追い越してゆく。二人の援護で、ラミアの堅牢堅固な鱗の防御力が下がっていった。  間髪入れずに跳躍し、カズハルは特別な弾丸を銃身に叩き込む。  それは、突如として天井が崩落し、無数の岩石が降り注ぐのと同時だった。 「フッ、終わりだ……ラミアよ、せめて散り際だけは美しく、な。今だ、少年っ!」  高レベルの広範囲魔法、ロックフォールが周囲を包む。ナルシャーダの魔力が引き起こした振動は、容赦なくその場に岩盤の雨を降らせた。  同時に、その中に空中の道ができる。  真っ直ぐカズハルは、並んで浮く岩の上を一足飛びにラミアへと迫った。  そこには、予想外の反撃を前に、目を見開く鬼女の形相が固まっていた。 「一発逆転っ、こいつでっ!」  こんな大技、初めて使う気がする。そして、これっきりにしたい。カズハルはもう、自ら発案して引き受けた大役に心臓がバクバクだった。  だが、間違ってるとは思わない。  そして、正しくなくても構わない。  みんなで勝って、みんなで帰る。  そのための銃爪が今、勢いよく銃身に押し込まれた。  激しい衝撃音と共に、耳をつんざく断末魔の悲鳴が響き渡るのだった。