アイオリスの大市は、今日も活気に満ち溢れていた。  熱気、ともすれば熱狂とさえ言える人の声。誰もが良い品と金を求めて、無数の商品が行き交う中で言葉を交わす。  ナフムは今、セリクの店で最後の決戦に備えていた。  お目当ては、竜騎兵が使う銃の弾丸である。  セリクはとっておきの蔵出し品を並べて、面白そうに笑っていた。 「あんたが来るのは珍しいなあ。ほら、ハーフルナリアの姉ちゃんがいたじゃんか」 「ああ、シシスか。……ん、こりゃサビ弾だ、ジャムると不味いぜ、っと」  ニヤニヤ笑うセリクを他所に、並ぶ弾丸の一つ一つをナフムは精査してゆく。  ここにあるのは、高価だが抜群の威力を持つ高速徹甲弾である。無論、装填できる銃は限られるし、なんといっても単価が高い。こいつ一発撃って仕留めるなら、迷宮をうろつくF.O.E.――縄張りを持って居座る強敵レベルの魔物――くらいじゃないと割にあわない。  高価な素材を持つF.O.E.でも、二発三発と使えば赤字である。  そんな弾丸をナフムは、あるだけ買い占めようというのだ。 「いいかー、セリク? 俺に言えば冗談で済むけどな、悪い冗談で」 「シシス嬢に言うと?」 「明日からここで店が出せなくなる。物理的に」 「物理的に」 「そう、物理的に。あと、そういうんじゃねーよ。あいつは俺のこと、発明品の実験台くらいにしか見てないぜ? フレッドも……多分、同じだと思うが」  だが、シシスの開発する武器がたまに役立つことは多い。  バスターカノン用の外付けロングバレルだとか、反動オバケで常人じゃ狙いもつけられないような強力な銃とかである。他人に使われて怪我されちゃ目覚めが悪いので、ナフムはなるべく人体実験は引き受けるようにしていた。 「それにしてもさあ、ナフム。この弾、こんなに沢山必要なのかい? どういう相手だよ、その星喰って奴は」 「知らないさ。知らないから怖いんだ。考えてもみろ、想像できるか? 星を喰らって生きてるバケモノだ」 「伝説のドラゴンだって、そこまではしないね。なるほど、ならこういうのもあるけど」  不意にセリクは、番台の奥へ引っ込んで、また顔を出す。  その手には、小さな小さな木箱が握られていた。厳重にテープで封印されていて、危険物に刻印されている三つ巴みたいなマークがついている。これはエトリア地方のトミン族が使う紋様で、太古の昔から伝わる門外不出を示すマークだった。  ビリビリとセリクが、躊躇う様子も見せずに箱を開封する。  出てきたのは、二発の弾丸だ。 「なんだこりゃ?」 「ん、これなあ……仕入れてみたものの、誰も怖がって買わないんだよ」 「……魔弾、か」 「御名答」  その弾丸は、弾殻も弾頭も赤い。  赤く塗られているのではない……そういう素材から削り出されたものなのだ。 「嘘か本当か、異国の世界樹で暴れた巨大な赤竜の素材でできてる」 「……となりゃ、ナパームの類か」 「だろうね。けど、なにせ撃った奴がいないし、売った奴さえ知らないんだ」 「それを俺に売るのか? お前なあ」  だが、セリクは当然と言わんばかりに番台の上に計算機を出してきた。  東洋のもので、盤上にびっしりと珠が並んでいる。  それを指でパチパチと弾いて、にやりとセリクは笑った。 「最後の冒険なんだろ? 選別代わりだ、この値段でいいよ」 「選別なのに金を取るのかよ」 「当然、だってオイラ商人だし。商人である前にブラニーだからね」 「そいつぁ……違ぇねえな。どれ」  財布を取り出しつつ、先程の高速徹甲弾とまとめて支払いをしようとするナフム。だが、珍しく彼がまとまった金を取り出すと、セリクはやんわりと手で制してくる。 「お得意様だ、ツケでいいさ」 「いや、払えるんだが。……きょ、今日は払える」 「へえ、花街通いを我慢できたのか、あんた」 「我慢はしてないが、へそくりの類はいつだって蓄えてある。傭兵は明日をも知れぬ無頼漢、常に備えは必要ってな」 「なるほど。でも、ツケでいいんだよ。ツケがいいんだ」  グイと身を乗り出して、セリクが真剣な顔になった。  いつも陽気な笑顔の彼の、こんな表情をナフムは初めて見る。 「全部片付いたら、払いに来ておくれよ? 必ずだ」 「……わかった。ま、借りておくか」  生きて帰る理由が、また一つできた。  もとよりナフムは、死ぬことなど考えていない。  いつだって、勝ち負けとは別に生き残ることを大事にしてきた。相棒のフリーデルもそうだ。傭兵は金で信頼関係を買う雇われ兵である。だが、力は売っても命までは売り飛ばせない。命を預けていいと思う時は、そんな時は既に金額の問題ではなくなっているからだ。  今まで生きてきて、そう思わせた男は一人しかいない。  ナフムはナフムなりに、ギルドマスターのニカノールが気に入っていた。奴が言うなら、言い値で買い叩かれても構わない。不思議と、共に命を賭して戦ってもいいと思えるのだ。  そんなことを思っていると、背後でよく通る大声が響いた。 「わっはっは、たのもー! セリク、いるか!」 「……でけぇ声だな、まきり。お前さん、怪我はもういいのかい?」 「おう、ナフムか! なに、日頃から肉を食っているからな。わたしは怪我の治りは人一倍早いんだ。傷跡しか残らん程度には完治している!」  武芸者のまきりが、豪胆な笑顔で店内に入ってきた。  四振りもの太刀をはいた彼女は、両手で沢山のインゴットを抱えている。恐らく、これから奥の鍛冶場で剣を鍛えるのだろう。  まきりやささめといった達人クラスになると、武芸者は武器を選ばない。  常在戦場のもののふたちは、業物だろうとなまくらだろうとお構いなしだ。そして、剣がなければ素手でも敵を打ち砕く。  必定、武芸者たちが己の太刀を鍛え直すというのは、とても珍しかった。  ここはアイオリス、世界樹の街……日々新たな素材が迷宮よりもたらされ、武器の性能は毎日値段と共に更新されてゆくのだ。下取りしての買い替えは頻繁で、これといった名刀を持っている人間などごく一部である。 「次が決戦だからな。今持ってる、秘蔵の名刀を選んできた。四振りに厳選するのに、三日もかかってしまったぞ」 「そりゃ、ご苦労なこって」 「まあ見ろ、ナフム! そして聞けっ!」 「声がでけーっての」  ぶるるんとたわわな胸の果実を揺らして、ヒュン! とまきりが抜刀する。  冴え冴えと光る白刃は、鋭く凍っているかのように涼やかな雰囲気をまとっていた。  刀剣には詳しくないナフムにも、その切れ味が容易に想像できる。 「これなるは、まだわたしが山都の方へ住んでた頃、兄様が」 「……その話、長いのか?」 「うん? ああ、すまんすまん! こっちの方が気になるか。こっちの太刀は」 「いやいや、聞いてねーっての」 「まあ、遠慮するな。どれ」 「お前、本当に唯我独尊だなあ。ある意味尊敬するわ」  ある意味もなにも、冒険の仲間たちに感じるリスペクトは確かにあって、それを口にすることはないが忘れない。ナフムがそうであるように、ギルドの仲間は皆そうだろう。  まあ、たまにはいいかとナフムは諦める。  観念したように、セリクも小さな椅子を持ってきてくれた。  腰を据えて二人は、剣豪まきりの愛刀自慢を長々と聞く羽目になるのだった。