決戦の時は来た。  そして、旅が終わる。  だが、それは今日ではないし、今でもない。  いつか終わる旅路は、今も続いている。  星喰と呼ばれる宇宙規模の災厄の、更にそのさきへと続いているのだ。  だから、ニカノールは祈りも願いも必要ない。  鍛えた技と術と、そして仲間たちの存在があるから。  第六階層『赤方偏移ノ回廊』に今、冒険者たちは勢揃いを果たした。最奥へと至る場所、最下層で星喰が待つ部屋の前は、さながらベースキャンプのようだ。  そして、居並ぶ無数の冒険者たちに頭を下げる少女の姿があった。 「冒険者たち、汝らの勇気に感謝を……なにも力になれず、申し訳なく思う」  アルコンだ。  彼女は、星々の光を反射する髪を広げながら、深々と頭を垂れた。  だが、そんな彼女に投げかけられる声は温かい。 「なーに、気にするこたぁないぜ。オイラ、かわいこちゃんの頼みは断ったことないのが自慢なのさ」 「おいおい、爺さん! 爺さんばかりいい格好するなよな」 「そうだぜ。星喰はオレたちに任せろ、アルコン!」 「ボクとみんなで、やっつけちゃうから!」  そこには気概も気負いもない。  ただただ、普段通りの自然体で集った冒険者がいるだけだ。  コッペペが、ナフムが、マキシアとラチェルタが、アルコンの切なる願いを背負ってこの場にいる。これから始まる世紀の決戦も、彼ら彼女らには一つの通過点なのだ。  恐らく厳しい戦いになると、ニカノールも予感していた。  だが、避けていいことでもなく、むしろ望んで挑むのだ。  宇宙と呼ばれる星の海で、アルコンと共に旅した日々……その最後に、恐るべき怪物との戦いが待っていた。そして、ニカノールたちにもアルコンにも、その先にしか未来はないと思える。  そうこうしていると、メルファが皆の前に出て振り返った。 「んじゃ、早速仕事に取り掛かるぞよ? チェルマキとレヴィ、東側の安全装置の解除を担当じゃ。あづさ殿とまきり殿がついて、後詰めにラフィール殿たち」  今回は総力戦だ。  世界樹の迷宮での探索は、最大五人一組までという決まりがある。  これは、資源の宝庫である世界樹の迷宮で、その枯渇や乱獲を防ぐためだ。徒党を組んで大人数で踏み荒らせば、貴重な素材は全て根こそぎなくなってしまう。  だが、今回は最終決戦だ。  それでも、基本的にパーティが五人編成なのは、普段からそうして築き上げたノウハウ、阿吽の呼吸があるから。五人という戦術単位は、最良にして最大の戦力なのである。 「おーしっ、やるぜチェル!」 「うんっ! ボクたちであの見えない壁、消しちゃお!」 「あづさ様、まきり様もよろしくお願いいたします。ほらっ、チェル。マキも。お世話になるんだから、ちゃんと挨拶しなきゃ駄目よ」  少女たちは今日もかしましくて、その明るく活力に満ちた姿が心強い。  そして、メルファは次のチームも発表する。 「次、西側の安全装置じゃが……カズハル、バノウニ、アーケン。まあ、ちと心配……かなーり不安じゃが、なるようになるじゃろ。ナフムとフリーデルが付くゆえな」  サポートにシャナリアとジズベルトが付くことになった。  大役を任された少年たちは、既に武者震いに引きつった笑みを向け合っていた。  ニカノールは今回、敢えて若手たちにチャンスを委ねた。  星喰はすぐそこまで迫っているが、アルコンたち星の民が生み出したこの回廊には、独自の安全装置が働いているのだ。それが今、星の道標を巡る回廊の中で、接近した星喰を阻んで隔離しているのだ。  この状態では戦えないので、まずは安全装置を解除する。  無数のトラップと魔物たちに守られた、東西両方のスイッチを操作する必要があった。 「ニカ、ニカニカー! アタシたちはどっちに行くですか?」 「ノァンは僕と一緒だよ。星喰と戦うには、どうしても最大戦力をぶつける必要があるからね」 「おおー、アタシは頼られてるです! ニカ、アタシ嬉しいです!」  その場でぴょんぴょん跳ねるノァンが、満面の笑みを咲かせていた。  星喰との決戦には勿論、ニカノールが自ら挑む。他には、ノァンとフォリス、スーリャだ。そしてもう一人……どうしてもと言って聞かない、ワシリーサも一緒である。  他にもこの場には、シバやエランテ、ささめたちといった仲間たちが総動員だ。  樹海磁軸も確保してもらってるし、そこまでの最短ルートの退却路も万全だ。 「アイテムの類も準備万端だし、それじゃあ始めようか」  最後にアルコンの頷きを拾って、ニカノールは仲間たち全員を見渡す。  チコリやチェスニー、キリールといったサポートメンバーたちも頼もしいし、あさひやシシス、ポン子によって後方での支援も整っている。  更には、アイオリスの街ではリリやソロルといった別のギルドの仲間たちも協力してくれていた。評議会も後押ししてくれてて、まさに冒険者全員での団結力が集結していた。 「まず、東西二つの安全装置を解除……まあ、もの凄い魔窟らしいから、無理せず長期戦の構えでいこう。幸いここには飲み物も食料もたんまり持ち込んだしね」  先日、ナフムたちが先走って扉の向こうに飛び込んだのを思い出す。  熟練の傭兵たちを震え上がらせる、そんな恐ろしい迷宮がまだ広がっているのだ。  しかも、二つもだ。  迷宮内のフロアを地図で見れば、そこまで広くわない。  同時に、そう広くもないスペースに無限の驚異が詰め込まれているのだ。  その中へと仲間を送り出す、これはニカノールも正直精神的にキツい。  なので、今回も基本は『命を大事に』である。  僅かずつでも前進し、必ず生きて帰る。  その繰り返しで、少しずつ地図を広げてゆくのが一番だ。 「うし、んじゃま……行くかよ、フレッド」 「そうだね。カズハルたちもいいかい? うん、よし。じゃあ、しまっていこう」  ガシャガシャと鎧を鳴らすナフムに続いて、少年たちは意気揚々と旅立っていった。  同時に、もう片方のチームも動き出す。 「マキちゃん! 今回は少し緊張するね!」 「おうっ! 心地よい緊張感だぜ……滾る血潮に勇気がそよぐ、っておい! チェル!」 「お先にーっ! さあ、星喰までの道を切り開くよーっ!」 「待てって、ずりーぞ! 抜け駆けかよ、待てーっ!」  相変わらず騒がしく、騒々しく、妙に頼もしい。  ラチェルタとマキシア、二人は我先にと扉の向こうへ駆けていった。  それを見送り、腰に手を当てレヴィールが溜息を零す。 「はぁ、まったく……また二人共、猛ダッシュで逃げ帰ってくるのかしら? ……ふふ、それはないわね。今日に限って。さ、あづさ様。まきり様も、行きましょう!」 「いい顔するようになったねえ、レヴィ。それじゃあ、行ってみるかい」 「はっはっは! ばば様はこのわたしがお守りします! 勝利の宴会の、その宴席に並ぶ肉に賭けて! 勝利の栄光を我らに!」  意気揚々と、もう一つのチームも扉の向こうへと踏み出す。  ここからはニカノールは、焦れるような気持ちと共に待つしかない。  そして、疑心暗鬼との戦いはもう始まっている。  仲間たちを信じてはいるが、ギルドマスターとして最悪の事態も想定はしていた。そして、得てして最悪というものは……人間の想像力を簡単に乗り越えて膨らむこともあるのだ。  だが、星喰との直接対決を待つ者たちの緊迫感は、優しく振り払われる。 「さ、ニカ様。皆様も。ワーシャがお茶をいれましたわ。少し休憩して、気長に待ちましょう。アルコン様も」  ワシリーサがティーポットを手に、微笑んでいる。紅茶のいい匂いがして、自然と気持ちが穏やかになっていった。ちらりと見れば、物資の入った木箱がテーブル代わりで、マフィンやチョコレートが並んでいる。  真っ先に子犬みたいに飛びつくノァンを追って、ニカノールも星海の茶会に招かれる。  今は案じてもしかたがない局面に来てるし、下手な考え休むに似たりだ。  だから、仲間を信じて焦らず腰を据える。  そうして、必ず訪れる不可避の死闘へと、自分のコンセントレーションを高めてゆくニカノールだった。