カズハルは覚悟を決めていた。  ここが山場、クライマックス……自分たちの最後の戦いになるかもしれない。  けど、それだけだ。  戦いが終わっても、日々は続く。  その先にまだ、夢があった。 「とりあえずさ、今更だけどっ! ゴメン、バノウニ! 一匹逃した!」  渦巻く殺意と害意の中、無数の魔物たちとの戦いが続いている。  竜騎兵としてカズハルは、正面からの圧力が二分される中で戦っていた。魔物の大群は今、完璧にコントロールされている。  最前線に立つ一人の男が、効率よく受け流してプレッシャーを弱めているのだ。  守りの戦いは苦手とか言いながらも、微かに見えるナフムの背中が頼もしい。 「任せろ、カズハル! で? なにが今更だって?」 「帰ったら、たらふく食って、寝て! 起きたら、今更だけどポン子を改良しないと」 「お前、あれはもう完成だからって」 「そう思えても、違う作業して色々いじってると……見えてくるんだよなあ」  バノウニの大鎌が、カズハルの横をすり抜ける魔物を両断する。  すぐにその間隙を縫って、カズハルもバンカーを設置した。  その影に滑り込むや、アーケンが再び死霊を呼び出す。  一歩一歩を噛み締めるような、堅実だがギリギリの進撃だった。 「おっしゃあ! ナフムの兄貴! 死霊二体追加、左右に張るぜ!」 「応っ! どんどん送ってくれ! 正直、クソ忙しくて手が回らないぜ!」  戦いは数だ。  ただし、冒険者の仕事は魔物と戦うだけが全てじゃない。  それに、軍隊や兵隊じゃないから、大規模な集団戦というのも稀だ。  だが、今は暴力の渦へと決死隊となって進むしかない。  そんな中でも、最後尾を守ってくれてる青年の声は落ち着いていた。 「あー、バノウニ、カズハルも。その邪魔っけな魔物は栄耀の潜航者だ。ふむ、まだ隠し持った素材の確認を終えていないね」 「ちょ、フレッドさん! そんな余裕ないですよ!」 「麻痺か毒か……あ、解体水溶液使っちゃいます? 俺、持ってきてますけど」 「バノウニも乗らなくていいから! 今は倒すことだけに集中だってば!」  などと言いつつ、カズハルは脳裏に記憶を広げて思い出す。  見るもおぞましい姿は、これぞ古い聖典に記された悪魔そのものだ。他にも、この第六層『赤方偏移ノ回廊』には常軌を逸したバケモノが跳梁跋扈している。  さながら、神話の時代へと迷い込んだような状態だ。  そして、助けてくれる神様は不在で、頼りになるのは自分と仲間だけ。 「思い出した! まだ試してないのは、物理攻撃でのトドメじゃないかな」  だが、今は無茶は避ける。  冒険者としての本懐は、それは後に訪れてから遂げるとしよう。  今はただ、障害となる魔物を排除し、先に進むだけだ。  それでも、フリーデルが魔法の合間にカズハルの言葉を噛み締め頷く。多分、今日という日を生き残ったら……次に訪れる時、評議会の依頼で制作しているモンスター図鑑が完成に近付くだろう。 「それはそうと、ナフムさんっ! そろそろ俺、代わりますよ!」 「あぁ? なに言ってんだ、頭は俺が張る! 正直逃げたい気分だけど、ここが踏ん張りどころだからよ!」 「ナフムさんでも逃げたくなるんですか!」 「そんなのしょっちゅうさ! けど、今は気持ちに正直じゃいられねえな」  ナフムの竜騎兵としての練度に、改めてカズハルは舌を巻く。  これだけの数を相手に、決して射撃の手を緩めず、もう片方の手で盾を保持して敵を押し返していた。定期的に補充されるアーケンの死霊を、時には盾にし、時には蹴飛ばして敵陣に放り込む。  そして、進軍スピードが全く衰えない。  もう何時間もこうして戦っているが、カズハルたちはまるで一つの意志ある生き物のように進んでいた。  だが、ナフムとて無傷ではいられないし、先程から愚痴を叫んでいる。 「あーくそ、終わったらぜってー派手に遊んでやる! 夢見の夜魔亭を貸し切って、豪遊してやるぜ!」  その時だった。  不意に敵の勢いが僅かに削がれた。  意味するところは不明だが、チャンスにも見える。  咄嗟にカズハルは、ナフムの横へと飛び出した。  並んで身構え、最前線の防御に厚みを加える。 「ナフムさん、敵が妙です!」 「ああ! なんか臭いぜ……そっち頼む、ゴリゴリ押してくぞ!」 「はいっ!」  魔物たちの流れが変わった。  そしてそれは、さらなる激戦へと冒険者を放り込んでゆく。  今まで無秩序な暴力の濁流だった敵は、にわかに信じられない行動を選択する。  そう、魔物たちもまた死闘の中で判断し、選んだ。  それが本能なのか知性なのかはわからないが、確かに攻めを変えてきた。 「ナフムさん、目の前にデカブツが集まります!」 「くそっ、牛魔人だ! 圧迫の牛魔人で壁を作ってやがる」 「あ……こ、これって」 「おうよ! 俺の、俺たちのことを真似してるのか? つーか、パクリじゃねえか!」  個々が勝手にそれぞれ、我先にと押し寄せてきていた……そんな魔物たちの猛攻が変わった。信じられないが、法則性のある隊列を取って、個々の長所を活かして短所を補うような動きを見せたのだ。  とたんにカズハルは、前面で受ける圧力が増したのを感じて鳥肌が立つ。 「無謀な突出してくる個体がいない……みんな、牛魔人の防御力と巨体を活かし始めた!?」  カズハルは新米冒険者だが、その頭の二文字がそろそろ取れてもいい程度には経験を積んできた。だが、こんな魔物たちの動きは初めてである。  そして、初めて見るものはそれだけではなかった。 「へっ、面白ぇじゃないかよ」  隣でナフムは、笑っていた。  それは、瞳をギラつかせる冴え冴えとした笑みだった。  狂奔に駆られたかのように、ニイイと唇を歪めて笑う。  その瞬間にはもう、彼の銃は驚異的な早撃ちで牛魔人の一角を蜂の巣にしていた。  片手でバレルを二つ折りにして、空薬莢を捨てると同時に次弾を装填する。  それを、盾で後方を庇いながら手早く済ませて、また撃つ。 「ナ、ナフムさん、貴方は」 「いいから前だけ見て撃ってろ、カズハル! 面白くなってきたって言ったんだぜ……おう、フレーッド! ちょいとデカい魔法撃ち込め! 後ろはもういい!」  修羅の形相、まさしく戦鬼……普段のナフムからは想像できない面構えだった。  傭兵家業は常在戦場、そうはいってもいつもは快男児、好漢そのものといった雰囲気がナフムにはあった。ノリがよくてキモは太い、遊びも仕事も豪放にして繊細、頼れるカズハルたちの兄貴分だ。  だが、今となりにいるのは同一人物には思えない。  絶対的な信頼感だけがそのままだが、ナフムは危機に際して鋭利な笑みを零していた。 「ナフム、敵の壁に穴を空けてくれたか……なら、今だね」 「おう、不レッド! 一発お見舞いしてやれ!」  最後尾のフリーデルが、片手に拳銃を持ったままで身構える。もう片方の手をかざせば、周囲の空気が幾重にも渦を巻いた。  気圧が激しく上下し、真空の断層が嵐と鳴って逆巻く。  ウィンドストームの魔法が、敵陣の中央で炸裂して唸りをあげた。  その中へと迷わず、ナフムが全速力で突撃してゆくのが見えるのだった。